第312話「管理者の徽章」
大成功の下で第一回BBBは終幕する。
初心者コースの初代優勝者はタルトとカグラの〈神凪〉ペア、上級者コースはアイとクリスティーナの〈大鷲の騎士団〉ペアと、友人が華々しい成績を上げたことで俺たちもどこか誇らしい。
サカオの挨拶のあと、会場からは大きな拍手が降り注いだ。
その後は波が引くように客席からも人が流れ、活気は町の中へと移っていった。
「次のBBBは来週ですか。結構間隔も短いんですね」
「これからは毎週末の恒例行事になるみたいだな」
運営からの告知では、BBBが今後も週に一度のペースで定期開催されることが明示されていた。
『コースも毎回見直していくから、毎回見所があるはずだ。そこんとこは安心してくれ』
「サカオか。ひとまずお疲れさん」
ひとけの無くなった防御壁上の観客席に、先ほど舞台で終了の挨拶をしていたサカオが現れる。
疲労などは無さそうだが黒い瞳が活き活きと輝き達成感に満ちあふれていた。
『もう幾つか意見箱に改善案が届いてるんだ。そういうのも今後は参考にしていくつもりだよ』
「なるほど。それはいいですね」
「特にルールの細かい整備は考えないといけないかもね」
ラクトの言葉にサカオは苦笑する。
確かに今回のレースでは前の車両に向けた攻撃や妨害が過熱していたところがある。
あれではサカオが目指す純粋な運転技術のみを競うレースとは少し趣旨がズレそうだ。
『改善点はあたしの方でもいくつか見付けてるし、その対策も目下思案中ってところだ。
ともかく、今回なんとか始めて終われたのはレッジたちが手伝ってくれたおかげだからな。本当に、ありがとう』
サカオは改まり、真剣な表情で深々と頭を下げる。
「俺たちも好きでやったことだから、そこまで感謝されることもないと思うが……。まあ、その言葉はありがたく受け取っておくよ」
そう言うと彼女は顔を上げ、溌剌とした笑みを浮かべて歩み寄ってくる。
流れるような動きで俺の手を取り、その中に何かを滑り込ませてきた。
「これは?」
『ビットとか、有用なアイテムなんかは報酬として渡せないからな。あたしからの感謝の印だ』
手を開く。
そこにあったのは、燦然と輝く太陽を象った小さな徽章だった。
「“太陽輝く友誼の徽章”――装備枠とは別に装備できるアクセサリーなのか」
『ああ。特に効果とかはない記念バッジだけどな。着けてくれると嬉しい』
少し照れた表情で前髪をいじるサカオの言葉に応じ、俺は徽章を左胸に取り付ける。
荒野に沈む夕日を受けて、オレンジ色に輝くバッジはそれだけで誇らしい。
「ぐ、ぐぬぬ……レッジさん……サカオちゃん……」
低く響く声に振り返ると、険しい顔のレティと目があった。
彼女は着けたばかりのバッジに向かい、ぎゅっと両手を握りしめている。
『レティたちにもあるから、是非受け取ってくれ』
「……ありがとうございます」
サカオが彼女たちにも順に徽章を手渡す。
「ふぅん。結構いいんじゃない?」
「鎧に付いてるのはちょっと面白いけど、格好いいわね」
早速胸に取り付け互いに見せ合う。
彼女たちも満更では無さそうで、サカオもほっと胸を撫で下ろす。
『良かった。不評だったらどうしようかと不安だったんだ』
「せっかくサカオがくれたんだ。そんなはずがないだろ」
「そこはレッジさんの言うとおりですね。とっても嬉しいです」
レティはブラックラビットシリーズの上から輝く徽章に胸を張り、耳を揺らす。
この徽章は確かに能力はないが、そこに込められたサカオからの思いは確かに感じるのだ。
『――なるほど、徽章ですか』
『なかなか考えましたね、サカオ』
その時、突然に二つの声が響く。
町へ降りる階段の方へ振り向くと、そこにはサカオによく似た顔立ちの少女たちが立っていた。
『ウェイド、ワダツミ!』
前触れなく現れた姉妹たちに、サカオは驚いて声を上げる。
二人はカツカツと靴音を鳴らして歩み寄り、俺の胸元にある徽章をじっと覗き込んだ。
『ただの“記念品”であれば、特定調査開拓員個人への有利行為にはなりませんね』
『ぐ、なんで二人がここに……』
『可愛い妹の初舞台を見届けない姉など居ないでしょう?』
つん、と指先でバッジを叩き、ウェイドはサカオの方へ振り向く。
『都市監視網を少し拝借させて頂きました。情報処理量が増加していたとはいえ、セキュリティがなおざりだったのでは?』
そう言って彼女は防壁各所に取り付けられた監視カメラを一瞥する。
いつもの姿で堂々と観戦しては混乱を巻き起こすと考えたのか、サカオのカメラを乗っ取ってレースの趨勢を見守っていたらしい。
『防御壁のシャッターを開けるために一段階警戒レベルを下げてたんだ。くぅ、それでも気付かなかったのは我ながらショックだな』
まんまと姉妹たちの侵入を許し、その上その事実に今まで気付いていなかったことが悔しいようだ。
サカオは唇を噛み締めて声を漏らす。
『ともかく、貴女はとてもよくイベントを回せていました。その点は評価できるでしょう』
『そりゃ、どーも』
いつものあまり起伏のない声でウェイドが褒める。
それが彼女の包み隠さない率直な感想であるのは、姉妹であるサカオが一番よく分かっているのだろう。
彼女は素っ気ない言葉を返すものの、ふっと視線をずらす。
『それとレッジ』
「なんだ?」
話の矛先を向けられ、自然と背筋を伸ばす。
ウェイドは青色の瞳でじっと俺を覗きこみ、口を開いた。
『――。アマツマラからの伝言です。明日、地下闘技場が完成し第一回闘技トーナメントが開催されるので、是非来てくれ、とのことです』
「なんだ、そんなことか。元々行くつもりだったよ」
サカオが一足早くBBBを開催させたが、アマツマラでも地下闘技場の完成が目前に迫っている。
どうやら明日にはそちらも出来上がるだろうというのはプレイヤー側からも予想されていて、最初の対人大会に参加を目論む闘士たちは既に予定を空けているらしい。
俺は闘士として参加する予定はないものの、当然そちらも観戦にお邪魔しようと考えていたところだ。
「ていうか、その程度ならTELでも良かったんだが」
『アマツマラはアマツマラで忙しいようなので。私たちもここへやってくるついでに引き受けました』
どうやらウェイドたちは俺がここにいることも知っていたらしい。
中枢演算装置というものはなかなかに高性能である。
「そういえば、レティたちは参加するのか?」
ふと気になって後ろを振り返る。
俺は対人戦に興味がないため観戦に徹する予定だが、彼女たちは違うかもしれない。
「レティは出たいと思ってますよ。闘士枠に入れたら、ですけど」
「私もぜひ剣技がどこまで通用するか見てみたいです」
「そうねぇ。〈格闘〉スキルって対人戦の方が楽しそうだし、やってみるつもりよ」
レティ、トーカ、エイミーの三人はそう言って頷く。
逆にラクトとミカゲは出場にあまり積極的ではないようだった。
「アーツは発動までが長いし、弓も狭い空間だとあんまりね。あと単純に人と戦いたくないかな」
「……沢山の人に見られるのは、苦手」
結局、〈白鹿庵〉からは三人が出場予定らしい。
トーナメントには一応人数制限があるが結構な数まで許容されるようで、恐らく彼女たちは明日リングに立っていることだろう。
『レティたちは出場するんだな。ならあたしも応援してるよ』
『ファイト! ワタクシとウェイドも今日みたいにして見ていると思うので、頑張って下さいね』
サカオたちの声援を受け、レティは眼を細める。
「闘技場は攻略組の方々も沢山参加されるようですので、どこまでいけるか不安ですけどね」
「私たちもできる限り勝ち進みたいですが」
闘技場ではアマツマラが望む血湧き肉躍るような激戦が繰り広げられる。
そこにアストラを筆頭に多くの戦闘特化ビルドの著名人たちが注目しているのは既に周知の事実だ。
俺の見立てでは彼女たちもかなり上位に食い込めると思うのだが、なかなかどうして本人は自信がないらしい。
「レティたちも強いと思うんだがな……」
無意識のうちにそんな言葉が飛び出す。
その直後、レティの耳がぴくりと動き彼女はこちらへ振り向いた。
「そ、そう思いますか? レティ、強いでしょうか」
「うん? そりゃあまあ、強いだろ。普段からよく見てるが、レティたちが居ないと俺は霧森だって歩けないぞ」
「ふ、ふーん。そうですか。ふーん」
彼女たちの強さは、日頃一緒に行動している俺がよく知っている。
彼女たちが立ちはだかる原生生物たちを退けてくれているおかげで俺はここまで来れたのだ。
「――レッジさん、私、明日のトーナメント頑張ります」
「レティも頑張りますよ! 見てて下さい!」
「私も本気で行くわよ」
急にやる気を出す三人に少し戸惑うが、不安が消えたのならいいことだろう。
深く考えず激励する。
「……なんていうか、単純だなぁ」
「なんか言ったか?」
「いや、何でもないよ」
後ろでラクトが何か呟く。
聞き逃して振り向くと、彼女は髪を揺らして首を振った。
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Tips
◇太陽輝く友誼の徽章
地上前衛拠点シード04-スサノオ中枢演算装置〈クサナギ〉が、自身に多大な貢献をした者へ送る記念品。橙色は荒野を照らす太陽を表している。
装備枠が埋まっている場合でも装備可能。
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