第311話「戦旗の歌姫」

 サカオが開催したBBBは活況の中で進行した。

 初めに行われた初心者コース部門では第一回戦を勝ち進んだタルトとカグラのペアが、その後の決勝戦でも熾烈なカーチェイスの末に優勝を勝ち取った。

 タルトたちとは第三回イベント後顔を合わせていなかったが、あれから更に強くなっているようで何故か俺まで嬉しくなってしまった。

 中級者コース部門が始まる前には抜け目ない商人たちがスナックや清涼飲料を売り始め、会場は更に騒がしく盛り上がった。


「さ、いよいよ上級者コースですね」

「こっちも定員いっぱいの100組参加かぁ。結構有名人も参加してるかもね」


 大きな紙バケツを抱え、大盛りの唐揚げをパクつきながらレティが目を輝かせる。

 その隣ではラクトがコーラのカップにストローを刺しながら防壁の足下に集まる参加者たちを見下ろしていた。


「アストラとか居ると思うけど、どうなんだろね」

「騎士団長さんは闘技場の完成を急いでいるみたいだし、アマツマラの方にいるんじゃないの?」


 エイミーの話は俺も風の噂で聞いていた。

 アストラは対人戦が解禁されるアマツマラ地下闘技場の完成を一日千秋の思いで待ち望んでいるようで、騎士団の中でも結構な人員を割いて建設計画任務に当たらせているとか。

 バリバリの攻略系バンドである騎士団のことだ、彼以外にも闘技場を切望している団員は多いのだろう。


「んー、ん? なあ、あれってアイじゃないか?」


 防御壁の足下では上級者コースの参加者たちが入念に前準備を進めている。

 そんな集団の中にふと見覚えのある顔を見付けて目を凝らす。


「本当ですね。騎士団の副団長さんです」

「隣にいるのはクリスティーナさんですね」


 レティたちも視線を合わせ、彼女を見付ける。

 アイの横で念入りに準備体操をしている明るい茶髪の女性は、以前イベントの際行動を共にした槍使いのクリスティーナだ。


「団長が出ないかわりに、副団長と精鋭部隊の人が出てきてるんだね」

「腐ってもトップギルドだ。こういうイベントに顔を出さない選択肢はないんだろ」


 それはお祭り好き的な意味合いもあるし、情報収集的な意味合いも含む。

 何よりも情報が重要な攻略界隈で先頭を張る〈大鷲の騎士団〉なればこそ、このような催しに参加しない筈もない。


「それにクリスティーナとかは多分走るの好きだろうしな」


 彼女は俺と同じ槍使いだが、トップバンドの精鋭部隊所属というだけあってその戦闘力は桁違いだ。

 中でも彼女の扱う〈穿馮流〉は突撃力に特化した攻撃的な能力を持っている。


「アイさーん! クリスティーナさーん!」

「ここから叫んで聞こえるか?」


 防壁上の柵から身を乗り出しレティが声を上げる。

 結構な距離がある上、周囲も賑やかで気付かれないのではと思ったが、遙か下方に居るアイはぴくりと顔を上げてこちらに視線を向けてきた。


「わ、気付いたわね」

「流石の敏感さですねぇ」


 エイミーたちもまさか本当に気付くとは思っていなかったのか驚いている。

 そうしているうちにアイが何やら八咫鏡を操作し、直後TELが飛んでくる。


「俺だ。よく気付いたな」

『レティさんたちの声は覚えてますので。ていうか、普通にTEL掛けてきたらよかったのでは?』


 スピーカー越しに少し呆れ気味の声が届く。

 凜とした涼やかな声は間違いなくあの副団長だ。


「すみません、レース前に。まさか本当に気付いて貰えるとは思わなくて」

『いえ。私も緊張がほぐれましたよ』


 俺の側に寄ってきてウィンドウに向かって話しかけるレティ。

 アイは防壁の足下から俺たちを直接見上げながら首を振った。


「上級者コースは結構有名人も参加してるのか?」

『そうですね。〈ゴーレム教団〉〈ビキニアーマー愛好会〉〈猟遊会〉、生産系の〈プロメテウス工業〉なんかも戦闘職を雇って参加しているようです。参加の敷居が低い分、分野を問わず知った顔が沢山見られますね』


 周囲を見渡し、同じように準備をしている人々を眺めながらアイが言う。

 BBBの上級者コースは上位に入るだけでも結構な賞金とレアな賞品が授与される。

 そうでなくとも名は広まるため、命知らずたちが多く参加しているようだ。


「アイはクリスティーナと出るんだろう? どっちが運転手なんだ」

『僭越ながら私が務めさせて頂きます』


 スピーカーからアイとは違う声が響く。

 クリスティーナは気合いの籠もった言葉で自信を見せる。


『〈伝令兵オーダリー〉としてスピード勝負では負けられません。ぜひ、見ていて下さい』

「ああ、分かった。応援してるぞ」


 アナウンスが鳴り響き、参加者たちをシャッターの中へと促す。

 アイたちも通話を切断してバギーの下へと駆けていった。


「ふーん……」

「な、なんだよ」


 通話を終えて顔を上げると、レティがこっちを見ていた。


「いえ、なんでもありません。レッジさん誰にだってそうですからね」

「うん?」


 よく分からんが、今はそれどころではない。

 もうすぐに上級者コース部門第一回戦が始まるのだ。


「そういえばアイが護衛なんだよね? 彼女、剣士じゃなかったっけ」

「確かに、レイピアでしたよね。レティみたいに機装でも使うんでしょうか」


 はたと気付いたラクトの言葉に俺たちも疑問を持つ。

 BBBに於いて護衛役が近接攻撃職というのはかなり不利だ。

 彼女たちの事だから何か対策も持っているのだろうが、どう勝ち抜くのか予想が付かない。


『さあ、いよいよBBBも終盤。最も過酷、最も危険、上級者コース部門が始まるぞ!』


 観客席が臨む舞台の上にサカオが現れ威勢の良い声を上げる。

 各部門の最初と決勝戦の前後に度々姿を現す彼女に、客席も大きな声で応えた。


『破砕上等、死に戻り上等! コース上で待ち構えるのは獰猛な原生生物たち。更に最後に立ちはだかるのは“塵嵐のアルドベスト”! 絶えず渦巻く砂嵐の中に入れば、脱出するのは至難の業だ。

 骨はちゃんと拾ってやるから、死ぬ気で駆け抜けろ!』

「うぉぉおおおおっ!」


 何度かのスピーチを経て要領を掴んできたのか、サカオも乗りに乗ってくるくると舌を回す。

 客席の熱気も最高潮で、ビリビリと震えるような活況の中でカウントが始まった。


「上級者コースが始まりますね」

「うん……!」


 レティたちも固唾を飲み、ぎゅっと拳を握りしめる。

 声を合わせ観客たちがカウントを進め、やがてゼロになる。


『スタート!』


 防壁に並んだシャッターが一斉に開く。

 奥からトップスピードで飛び出したのは20台のバギー。


「おお、早速ぶつかり合ってるな」

「ここで少しでも前に出ないと、もう差ができちゃいますからね」


 激しく車体を擦り合わせバギーの群れが荒野を進む。

 その中にはクリスティーナが運転し、アイが乗る姿もあった。


「やっぱり試走の時とは勝手が違いそうね」

「まあ、あんなに妨害してくるライバル居なかったからな」


 俺が試走した時は他に競争相手もなく、のんびりと走ることができた。

 今必死にハンドルを動かしているクリスティーナとは感じるプレッシャーが随分違う筈だ。


「うーん、随分練習してるんでしょうね。クリスティーナさん」

「流石のハンドル捌きだね」


 川を渡る牛の群れのような乱戦の中、クリスティーナのバギーは小刻みにハンドルを切って上手く切り抜けていく。

 横から頭をぶつけてくる突撃バギーも上手くいなし、時に急停止で避けながらそれでも上位にしぶとく喰らい付いている。


「さあ、岩場だ」


 客席から見える範囲にバギーが居なくなると、舞台上のスクリーンに中継が表示される。

 それを見ればバギーは団子の状態のまま岩場へと突入したようだ。


「初心者コースとは雲泥の差ですね。岩場っていうより最早谷ですよ」


 荒野にぱっくりと開いた亀裂の中へ次々とバギーが飛び込んでいく。

 鋭いナイフのように突き出した岩に引っかかり、幾つかの車体が転がっていく。

 クリスティーナは上手く足場を見付けて難なく亀裂の底へ降り立った。

 泥水の流れる谷底を進み、現れるのは急斜面だ。


「わ、前の車わざと後輪で泥を飛ばしてますね」

「技術が高いんだか低いんだか」

「けどクリスティーナの車も泥被っちゃったよ」


 性格の悪い嫌がらせではあるが、広い視野が必要なここでは効果的だ。

 その証拠に後続の車両の中にはバランスを崩して斜面を転がり落ちていくものもある。


「まだ原生生物が居ないからアーツが飛び交ったりはしてないけど、既に脱落者も出てるわね」


 エイミーが手元のウィンドウを見て言う。

 車体から二人とも放り出され、一定時間復帰できなければその時点で失格となる。

 急峻な地形から転がり落ちれば、気絶してしまう危険もあった。


「さあ、ここからラッシュですよ」

「エネミーの溜まり場を何個も通るんだよね。ほんと、大変だったよ」


 上級者コース経験者のラクトがげんなりとして言う。

 荒野にいくつか点在している水場の近くを通るのだが、そこは当然原生生物たちの姿も多い。

 過酷な環境に揉まれた彼らは気性が荒く、大きな音を立ててやってくるバギーには敵意を剥き出しにして襲ってくるのだ。


「よりによって爆裂蟲か。こりゃあ大変だな」


 水場に集まっていたのは爆裂蟲。

 腹に爆発性の体液を溜めた厄介な原生生物だ。

 少しでも刺激すれば即爆発。

 その爆風をモロに浴びれば無傷では済まないだろう。


「おおおっ、躊躇無く爆発させましたよ!?」

「うわ、容赦無いね」


 等と考えている間に爆風が広がる。

 起爆の元となったのは誰かが放った弾丸だった。


「誰かが巻き込む前に先手で爆発させたか。良い判断だな」

「自分も武器にはできないけど、妨害される心配がなくなるのは大きいですね」


 爆裂蟲が一掃された泉の畔をバギーが駆け抜けていく。

 コースの状況は岩が転がり、泥濘みも多い不安定な酷道であり、純粋な運転技術の巧拙が大きく出てくる。

 そんな中でクリスティーナはぐんと速度を上げて首位に躍り出た。


「おおっ! 凄いですね、ここでトップになりましたよ」


 先頭に出ればその分妨害も激しくなる。

 彼女たちを射線に乗せたアーツと弾丸と矢が雨のように後方から降り注ぐ。


「アイもパリィで弾いてるのか? タルトも大概だったが、アイもレイピアで良く弾けるもんだ」


 後ろを向いて仁王立ちしたアイはレイピアを素早く振り回す。

 揺れ動く車上で弾丸とアーツの雨を切り捨てていく様子はやはり人間離れしている。


「やっぱりトッププレイヤーってのはプレイヤースキルも異常なんだなぁ」

「っ!?」


 驚愕と尊敬を込めてしみじみと言葉を漏らす。

 その直後、周囲から一瞬だが視線が集まったが、何か拙いことを言っただろうか。


「ですが流石にこの密度は大変そうですね。幾つかバギーにも被弾してます」


 とはいえアイはレイピア一本、タルトのように無数のダガーを並べているわけでもなく徐々に迎撃が追いつかなくなってくる。

 その時、アイはちらりと運転席を見て何事か呟いた。

 直後、クリスティーナが思い切りアクセルを踏み大きく加速する。

 二人が離れたことで妨害の攻撃に一瞬の空白が出来上がる。

 その刹那の合間にアイは武器を切り替えた。


「うおっ!? なんだあれは」

「旗、ですかね。戦旗でしょうか」


 細いレイピアだった天叢雲剣は一瞬で長柄の大旗へと変化する。

 鮮やかな青に翼を広げた銀の鷲の紋章が風を孕んで翻る。

 アイは鮮やかな手際でそれを大きく振るい、再び殺到する攻撃を全て受け止めた。


「あの旗、攻撃無効化してるのか?」

「そんな効果のあるもの聞いたことないですよ」


 驚愕が波及するなか、アイはほぼ全ての攻撃を受け止め完封する。

 クリスティーナは快調にバギーを繰りあっという間に後続との距離を大きく離した。


「流石は副団長だね。完全に他を圧倒してるよ」


 悠々と走るバギーを見て俺たちはただ感心するほかなかった。

 彼女たちは一度も他の車両に妨害を向けることなく、自身に降りかかる火の粉を文字通り払ってトップを独走しているのだ。


「けど後続も諦めてないね。やっぱりアルドベストの所で勝負を仕掛けるみたいだ」


 ラクトの指摘通り二位以下の走者も執念深くアイたちを追っている。

 点在するエネミーの群れを掻き分け、荒野を走り、熾烈な競争を継続している。


「さ、アルドベストの巣だよ」


 アイたちの硬い防御力を突破できないまま、レースは終盤に差し掛かる。

 彼女たちは最後にして最大の関門である“塵嵐のアルドベスト”の砂嵐へと躊躇なく飛び込んだ。


「事前に研究してるんだろうけど、全然躊躇わないね」

「流石の胆力ですよ」


 砂嵐の中では中継の映像もかなり乱れる。

 入り乱れる砂塵の中で、アイが高く旗を掲げ大きく息を吸い込み胸を膨らませ――


『アアアァアアアアアアアアッッ!!!!』


 直後、爆音が耳を劈いた。

 暴風の中に新たな嵐が弾け、龍が掻き鳴らす荒々しい旋律を強引に上書きする。

 まさに音の爆弾。

 アイに続いて砂嵐へ入ろうとした後続車両は、運転手が驚いてバランスを崩す。

 アルドベストは突然の絶叫にのたうち回り、砂嵐は引き裂かれる。

 その中から現れたのは、大方の予想通りクリスティーナとアイの乗るバギーだった。


「な、なんですかあれ!?」

「巣からかなり離れてるのに、ここまで聞こえてきたよ」


 予想外の出来事に取り乱すレティたち。

 俺もアイが何をしたのか分からない。


「――あ、あれはアイさんの歌唱戦闘バトルソングですよ。私も実際に見るのは初めてですが」


 未だに耳が痺れるのか、耳たぶをつまみながらトーカが言う。

 それを聞いてレティも合点がいったらしい。


「なるほど。そういえばアイさんの本領はそちらでしたね……」

「お、置いてかないで。俺にも説明してくれ」


 俺を置いて理解し合う彼女たちに助けを求める。

 むしろ何故知らないのだという視線を甘んじて受けながら、俺は彼女たちの説明に耳を傾けた。


「アイさんが〈大鷲の騎士団〉で副団長の地位に立っている理由ですよ。彼女は剣技や戦闘センス、指揮能力も卓越していますが、他に唯一無二の能力があるんです」

「それが歌唱戦闘バトルソングってやつか?」


 レティたちが揃って頷く。


「趣味系生活スキルの一つでしかなかった〈歌唱〉スキルを、戦闘に取り入れたんです。〈支援アーツ〉と複合することで広域バフを発生させたり、〈剣技〉と複合させることで旋律剣技と言う独自のテクニック系統を組み上げたり。

 汎用性の高い味方支援能力と応用性の高い個人戦闘能力が、アイさんの持ち味です」

「戦場で歌い強大な敵の群れを薙ぎ倒す姿は、それだけで味方の士気を高めますしね」

「付いた二つ名は“歌姫”。まあ本人は恥ずかしがって言わないけど」


 辣腕の副団長だとは思っていたが、彼女もやはりトップ攻略バンドの副団長になるだけの実力を持っているらしい。


「しかし先ほどの音爆弾みたいなのは聞いたこともありませんね」

「周囲の敵を怯ませるのに特化したテクニックかな。物理的なダメージなんかは少なそうだし」


 騒がしい客席の真ん中で早くもアイの分析を始めるレティたち。


「ともあれ、今は勝者を讃えるべきだろ」


 思考を始めるレティたちに声を掛ける。

 2位と大きく差を付けて堂々の凱旋を果たす彼女たちを、俺たちは割れんばかりの拍手で出迎えた。


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Tips

◇爆裂蟲

 〈竜鳴の断崖〉に生息する小型の蟲型原生生物。腹部に爆発性の体液を溜め、外敵に襲われた際はそれを破裂させ大きな爆発を周囲に広げる。自身は頑丈な外殻によって爆発の衝撃と熱に耐え、また爆風に乗って遠方へ逃げることができる。


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