第309話「荒野駆ける」
BBB開催が発表された直後から、サカオの中央制御区域の管理事務所には大勢の人が殺到していた。
彼らはレースの詳細を確認したり、バギーをレンタルしてコースを走ったりと、突然の新コンテンツに熱気を上げた。
コースになっている〈鳴竜の断崖〉と〈毒蟲の砂漠〉では無数の車両が列を成し、“塵嵐のアルドベスト”の巣は昼夜を問わず攻略法を見出さんと分析に長けたプレイヤーが張り付いた。
その間もアマツマラやキヨウの任務は着実に進められ、そちらももう完遂目前にまで迫っているようだった。
「ふぅ、流石に凄い人だな」
「なんてったってBBB開催日ですからね。プレイヤー全体が注目してますよ」
各地で動乱が巻き起こった三日間が過ぎ去り、早くもBBBの開催日当日。
俺たち〈白鹿庵〉の面々もまた大部分のプレイヤーの例に漏れずサカオへと足を運んでいた。
「それよりも、レッジは出なくていいの? 試走だとエイミーと一緒にベストタイム出してたよね」
「三日間で随分コース研究が進んだとはいえ、まだレッジさんのタイムはかなり早い方ですよね」
人混みから逃げるように入った小さなカフェで、ラクトたちが確かめるように尋ねる。
俺はやってきたコーヒーを一口飲んで頷く。
「試走の時は他に競争相手も居なかったからな。直接的な妨害は即失格だが、それでも何かしら小競り合いは起きるはずだし、面倒だ」
レースは最大20台のバギーが同時に走る。
直接バギーや搭乗者を狙った攻撃は即時失格の対象となるものの、原生生物を狙った攻撃に偶然巻き込んでしまった場合はセーフとルールにも書いてある。
それが発見された直後から、濃い煙幕を広げる爆撃アーツなどの開発も進められていたし、面倒なことになるのは明らかだ。
広い荒野を思い切り走るのは存外楽しいものだが、まわりから敵意を向けられるのは趣味じゃない。
「そういえば、レースで勝ったら何かあるの?」
「同時開催の勝敗予想で配当金が貰えるみたいですね。あとは参加賞とか順位に応じた賞品とか」
「上級者コース優勝賞品のギアキングベルトはゲーム内に一つしかなくて、以降のレースでも優勝者に引き継がれていくみたいです」
レースで得られるのは順位に応じた賞金と、幾つかのアイテム類。
あとは勝者の栄誉か。
「ともかく俺が今日来たのはサカオのお披露目を見届けるためだからな。のんびり平和に観戦するさ」
「そっか。今日サカオがついに人前に出るんだね」
「そっちはそっちでドキドキしますねぇ」
俺たちが今回こうしてやってきたのは、今まで人前に出てこなかった管理者が漸く表舞台に立つその姿を見届けるという理由が一番大きい。
管理者の中で一番最初に姿を現すサカオがどんな反応で迎えられるのか、僅かながらも不安を持っているのだ。
「開会式で早速何か言うんだろうかね。今から不安だ……」
「レッジ、授業参観に来たお父さんみたいだね」
味のしないコーヒーを飲んでいると呆れ顔のラクトにそんなことを言われる。
子供など持ったこともないのだが……。
「ていうか開会式観るなら今から出ないと間に合わないんじゃない? 防御壁の上の観覧席」
「別に中継でもいいんだが……」
「何のためにサカオまで来たんですか。サカオさんの勇姿を見届けないと!」
日和る俺をレティたちが揃って引っ張りカフェから飛び出す。
人混みと日差しの増す街中を進み、俺たちは今日だけ特別に解放された都市の防御壁上へ登った。
「うわ、もう凄い人だよ」
「ほんとですね。カフェで休んでる暇無かったかもしれません」
有事の際には防衛設備が展開され、平時には調査開拓員の立ち入りが制限されている防御壁の上。
今日だけはそこに仮設の客席が組み上げられ、すでに寿司詰めにプレイヤーが押しかけていた。
レースの模様は運営公式チャンネルの他、実況者や情報系バンドの配信で中継されるようだが、生の熱気を直に感じたいと思う者も多いらしい。
「レッジ、あそこ空いてる」
「本当だ。早く行こうか」
目聡く人数分の空席を見付けたミカゲに連れられて、俺たちは何とか腰を落ち着かせる。
そうして一息ついた丁度その時、乾燥した青空に向かって空砲が轟いた。
『レディース&ジェントルメン! 今日はこの記念すべき日に集まってくれてありがとう!』
町を囲う防壁の外側。
鉄材で組み上げられた舞台から朗々とした声が響き渡る。
騒がしかった周囲もそれに気づき一斉に視線を向ける。
「やぁ、早速出てきたな」
広い舞台の上に立ち、大きく両腕を広げ満面の笑みを浮かべる少女。
サカオはオレンジの髪を乾いた風に揺らしてその存在を彼らに見せつけた。
『いよいよ今日、この瞬間から始まるイザナミ計画史上初の大規模モーターレースBBB! 砂塵舞い岩飛び交う過激な競争! 告知は三日前と急だったが、すでにスタートラインには初心者コースを走る挑戦者が気炎を上げて待ってる。
だが、彼らの走りを観る前にまずはあたし自身を紹介させてくれ』
観客席の各所に設置されたスピーカーが彼女の声を増幅させる。
舞台の上空には立体ホログラムでサカオの顔が映し出され、それを観た観客たちは空がひび割れそうな声を上げた。
『あたしの名前は地上前衛拠点シード04-スサノオ中枢演算装置〈クサナギ〉仮想人格。長ったらしいから“サカオ”と呼んでくれ。
普段の仕事は君たちが居るサカオの町全てを管理すること。そしてイザナミ計画の進行のため、君たち調査開拓員を全力で支援することだ』
自身の正体を公表したサカオの言葉に、客席はざわつく。
確かに、突然そんなことを言われてもすぐには信じられないだろう。
『このBBBはもちろん、キヨウで準備が進められてる祭りも、アマツマラの闘技場も、全部あたしたち姉妹がそれぞれの都市をより発展させるために企画したものだ。
姉妹たちも明日以降、それぞれに挨拶すると思うからよろしくな』
可愛らしく片目を瞑ってみせるサカオ。
そんな彼女を観て客席は面白いほどに沸き上がる。
「わわ、掲示板も凄く盛り上がってますね。チャット並みの速さですよ」
「公式中継チャンネルも凄いことになってるわ」
「そりゃあまあ、ドデカい爆弾が投下された訳だしねぇ」
各所を見ていたレティたちが声を上げる。
この客席だけでなく、FPO全体がサカオの登場に驚いていた。
『今回のレースで各部門上位に入ったチームには、あたしが直接賞金と賞品を渡すことになってる。あたしはレースの管理とかで忙しくなるからここで一旦下がるけど、またその時に会おう!』
そう言ってサカオは舞台から飛び下りる。
瞬く間に姿を消した彼女に一瞬の静寂が広がり、すぐに観衆の声が爆発した。
「おおおお!」
「サカオの中枢演算装置ってマジ?」
「俺たちはあんな可愛い子に管理されてたのか……」
「キヨウとかにもあんな子がいるのか。場合によっては引っ越しも考えるぞお前」
「情報量が、なんで事前に告知されてる以上のことが」
「可愛いなぁぁあああ!」
「誰か写真撮ってねぇのか!」
「俺、次のレースでるよ」
「意見箱に送った奴もあの子が見てくれてたのか。なんか罪悪感出てくるな……」
「むしろ興奮してきた」
「警備NPC!!!」
いつまでも冷めやらぬ興奮と熱気の渦巻く中、再び空砲が空に轟く。
それと共にスピーカーからはシステム音声のアナウンスが流れ出した。
『それでは、第一回バトルバギーブラスト、初心者コース部門第一回戦を始めます』
『開口部周辺の安全確認完了。第01番から第20番防衛設備保管倉庫、基地外方向多重防御シャッター解放始め』
防壁の足下に並んだシャッターが内部から順に開き始める。
同時に舞台上に投影されたホログラムにカウントダウンが表示される。
数が小さくなるにつれ、客席の声は大きくなってゆく。
「さんっ!」
自然と観客の声は揃い、彼らは真っ直ぐに腕を突き上げる。
「にっ!」
ゆっくりと多重防御シャッターの最終層が引き上げられる。
「いちっ!」
スタート地点、倉庫の奥からエンジンの唸る音が響く。
荒涼とした原野を睨み二十台のバギーがその瞬間を待ち構える。
『スタート』
冷静な機械音が時を告げる。
瞬間、二十の門から四十人が現れる。
コースの中心に向けて車体をぶつけ合いながら、熾烈なレースが幕を上げた。
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Tips
◇防衛設備保管倉庫
地上前衛拠点スサノオの外周防御壁内部に組み込まれた倉庫。平時は都市防衛に必要な兵器類や各種リソースの保管に使われている。
都市内外に通じる二方向の扉があるため、中央制御区域と同等の重要管理区域指定がなされており、通常調査開拓員の立ち入りは全面的に禁止されている。
都市外部へ繋がる通路は全10層の耐火耐爆高度耐久性多重防御シャッターによって閉ざされており、都市管理者以上の権限でなければ開放できない。
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