第294話「白羽散る女王」

 トロッコは等間隔に並んだ明かりの下を滑らかに進み、俺たちは瞬く間に〈アマツマラ地下坑道〉の第15層に辿り着いた。

 徒歩と比べ圧倒的に速いというのも利点の一つだが、回復アンプルやナノマシン触媒などの物資を節約できるのも大いに助かる。


「さて、15層ですね」

「そういえば私たち前は16層の主だけ見て帰ったのよね」


 昂揚して頬を赤くするトーカとは対照的に、エイミーが少し憂いを帯びた顔で言う。

 最後に坑道を訪れたのはネヴァに新調してもらった装備を試すため、ここ15層で蟻と戦った時だ。

 俺が〈罠〉スキルの“領域”を試したり、ミカゲが〈呪術〉スキルを見せたのもここだ。

 そしてこの15層でひとしきり戦った後、16層の巣に居座る主の顔だけ拝んで撤退した。


「あれから大きくスキル構成が変わったわけではありませんが、私もレティたち皆も強くなりましたからね。サクッと倒していきましょう」

『グッドラック。期待していますよ』


 戦闘力の無いワダツミたちはラクトの後ろに配置する。

 最後尾には俺とミカゲが立ち、背後からの急襲にも対応できるように陣形を工夫した。


「む、早速蟻のお出迎えですね。張り切って行きましょう!」


 レティがぴくりと耳を震わせる。

 坑道の奥から響く微かな足音を感じ取り、彼女は黒鉄の巨鎚を振り上げた。


「『猛攻の姿勢』『修羅の構え』――」

「『専守の姿勢』『霊亀の構え』――」

「『キャストアップ』『アシストコード』『オーバークロック』――」


 彼女のそれを合図に、トーカたちは次々に自己バフを纏い始める。

 俺も〈支援アーツ〉の詠唱を始め、色とりどりのエフェクトが坑道の壁を照らし上げる。


「――『破壊の衝動』」

「――『両断の衝動』」

「――『叛逆するカウンター・守護のガーディアンズ鉄壁・ウォール』」

「『貫き壊すブレイクスルー氷刃の矢雨アイスエッジレイン』」


 ラクトの放った銀矢が闇を切り裂く。

 坑道の奥から現れた巨大な黒蟻の甲殻に突き刺さり、凍らせる。


「『二重詠唱デュアルコード』『凍結世界コールドワールド』」


 雨のように降り注いだ矢が爆ぜる。

 その音と同時に、レティとトーカの二人も鎖を解き放った獣のように走り出した。





「ふぅ。15、16層は思っていたより楽になってましたね」


 積み上げられた黒蟻の群れを見上げ、レティが息をつく。

 山の周囲ではトーカたちが警戒を切らさずに休息を取っており、俺は急いで解体ナイフを振るっている。

 ここは地下坑道16層の最奥、階層主〈白羽のエンム〉の巣の前だ。


『アメイジング。レティたちの戦闘は初めて見ましたが、圧巻ですね』


 ぱちぱちと手を叩いて彼女たちを賞賛するのはワダツミである。

 彼女たち管理者は普段俺たちが原生生物と戦っているところを見る機会が少ない。

 街中では終始穏やかなレティたちが豹変し勢いよく武器を振るっている様子に怯えられないかと案じていたが、杞憂に終わったようで何よりだ。


『調査開拓員の活動自体は情報資源管理保管庫データベースで閲覧できるから知ってたが……。この身体で実際に見てみると恐ろしいな』


 アマツマラなどは自分の背丈を超える黒蟻の存在に酷く驚いた様子で、息絶えて転がっている骸からも少し離れてまじまじと見つめていた。

 彼女たちの機体が一般的なヒューマノイドよりも少し小柄であることも影響しているのだろうが、確かにそんな黒蟻に臆せず挑むレティたちの胆力は改めて凄いと思う。


「やっぱり実際に来てみてよかった?」


 触媒をしもふりのコンテナから補充しながらラクトが気さくに話しかける。


『そうだなァ。記録からじゃ分からねェ臨場感……、これが“生のデータ”ってヤツか』

『イエス。やはり情報は生に限りますね』

「ワダツミのそれは若干ずれてる気もするけどなぁ」


 得意げに胸を張るワダツミに呆れつつも、最後の黒蟻を捌き終える。


「レッジさんもお疲れ様です。それじゃあ、女王蟻に挑みますか」


 労いの言葉と共にレティが鎚を握り直す。

 15、16層を突破し一段落付いたところだが、その程度で彼女たちが満足するはずも無い。


「うふふ。ワクワクしてきましたよ」


 特にトーカは胸を躍らせ、今にも一人で巣に飛び込みそうな雰囲気をしている。

 俺は手早くナイフを片付け、槍を持って全員の準備が終わっているのを確認する。


「じゃあ行くか、〈白羽のエンム〉戦だ」


 〈アマツマラ地下坑道〉は第16層、その最奥。

 第17層との領域を隔てる関門は、大きなすり鉢状の傾斜が付いた空間だった。

 表面はコンクリートのようなもので滑らかに塗り固められ、薄くさらさらとした砂が覆っている。

 一度落ちてしまえば、登ってくるのは難しいだろう。


「あれですね、第16層階層主〈白羽のエンム〉」


 すり鉢の縁に立ち、トーカがその底部を見下ろす。

 壁に打ち込まれた杭型の照明によって照らされた巣の中央に鎮座しているのは、一際巨大な黒蟻だ。

 周囲を守る四匹の近衛蟻たちがまるで路傍の石のように見える圧倒的な質量と存在感。

 彼女は白く透き通った巨大な二枚羽を畳み、静かに佇んでいた。


「近衛蟻はエンムを倒さない限り無限に現れるようです。ある程度削って動きを鈍くした後は、敢えて止めを刺さずに放置でお願いします」

「範囲技は自重したほうが良いって事だね」


 トーカの注意に、これまで範囲技を多用していたラクトがしっかりと頷く。

 エンムに向けた攻撃が体力を削った近衛たちを巻き込んでしまえば、新たに元気な近衛が出てきて戦闘が長引く可能性も出てくる。


「この巣は移動が大変そうですね……」

「私とラクトのアーツでバックアップするわ。それと、レッジもたまには戦って頂戴」


 レティが少しだけ足を前に出す。

 ぽろりと崩れた地面の欠片は瞬く間に巣の底まで転がり落ち、消えてしまう。

 基本的に足場はエイミーの防御アーツかラクトの『氷の床アイスフロア』を使うことになる。

 限られた足場ではレティたちも十全な力を発揮するのは難しいため、今回ばかりは俺も“浮蜘蛛”システムを展開して参戦することとなった。


「ミカゲはウェイドさんたちの護衛を頼みます」

「……了解。任せて」


 単独で最も機敏に動くことのできるミカゲは姉の指示で管理者三人の護衛に回ることになった。

 全員の配置が定まり、心も決まる。


「では――行きましょう」


 幾つものバフが俺たちを包み込む。

 ラクトが弦を引き、解き放つ。

 その一矢が女王の眉間を真っ直ぐに狙い――


「くぅ、そう上手くは行かないか」


 割って入った近衛蟻によって阻まれる。


「大丈夫。私たちが行きます」


 ダンッ、と地面を蹴るのはトーカだ。

 彼女は落ちるよりも速くすり鉢状の斜面を駆け、瞬く間に女王の懐へ潜り込む。


「『刀装・赤』――『鉄山両断』」


 鋼を断つ斬撃。

 女王蟻の堅固な黒の甲殻に桃源郷の刃が深く食い込む。


「トーカ、右!」


 後を追うレティの声に、トーカが咄嗟に女王を蹴って後方へ逃げる。

 瞬間、彼女が存在した空間を近衛の鋭い前脚が切り裂いた。


「あの近衛、前脚がカマキリみたいになってるんだな」

「斬撃属性持ちの原生生物は少ないから、対策できて無くてやられた人も結構多いみたいだよ」


 近衛をいなし、即座に反撃を入れるトーカを見つつ言葉を零す。

 生物との戦いとは思えない硬質な音を奏でる剣戟はある種の美しさも伴っていた。


「ぼけっとしてないで、レッジも行きなさいな」

「はいはい」


 エイミーに背中を叩かれ、俺は浮蜘蛛を動かす。

 翅を震わせ猛る女王はレティとトーカの二人に任せ、俺は周囲を守る四匹の近衛蟻に槍を差し向けた。


「風牙流、二の技、『山荒』」


 暴風が直線に突き進む。

 二匹の近衛を絡め取り、巣の斜面へと突き上げた。


「風牙流、三の技、『谺』」


 手前の一匹へと接近し槍を立てる。

 餓狼のナイフで傷口を開き、そこへ機械槍の切っ先をねじ込む。

 固い甲殻の内部で衝撃が反響し、猛烈に体力を削っていく。


「『貫通突き』『雷槍』『串刺し』――『流転大旋回』ッ!」


 浮蜘蛛から供給される無尽蔵のLPを最大限活かすため、威力倍率の高いテクニックを使う。

 甲殻を破り、強引に持ち上げた近衛を槍ごと振りまわす。


「せぇぇえええい!」


 遠心力も乗せたそれをのろのろと漸く起き上がってきた二匹目にぶち当てる。

 結果、二匹は団子のように絡まり合って巣の斜面を転がり登り、堅い岩盤の天井に激突した。


「まだ終わってないぞ!」


 一連の攻撃は上手く決まったが、多少の〈支援アーツ〉以外に自己強化手段を持たない俺の一撃は軽い。

 子蜘蛛を動かし浮蜘蛛に乗って接近し、視界を揺らす近衛蟻に槍を突き出す。


「『脳天貫撃』ッ!」


 頭部を狙う一撃。

 眉間を貫き、赤いバーを大きく削る。


「『旋回槍』ッ!」


 まだまだ削りきれない。

 槍を突き刺したまま、またも近衛蟻を振り回す。


「レティ!」

「はい? はいっ!?」


 近衛蟻二匹が今度は巣の底へと叩き落とされる。

 その先に居たレティに声を掛けると、彼女は慌てて飛び退いた。


「レッジさん!? もうちょっと考えて投げて下さいよ!」

「すまん、久しぶりだったから勝手を忘れててな」


 ぷんすかと怒りながら、レティはついでとばかりに俺が投げた近衛二匹を叩き潰す。

 それで丁度二匹の近衛はHPが一割を切り、動きが目に見えて鈍くなった。


「そこの二匹、もう手を出さなくていいですからね!」

「了解。ありがとな」


 レティは礼を聞くよりも早く女王蟻の方へと戻る。

 彼女の背中を見て、俺も残る二匹の近衛蟻へと視線を移した。


「彩花流、陸之型、三式抜刀ノ型――『百合舞わし』ッ!」


 斬撃の渦が立ち上がる。

 その中心で無数の傷を刻まれているのは美しい翅をズタズタに汚された女王蟻だ。


「続き、肆之型、一式抜刀ノ型――『花椿』ッ!」


 ゆっくりと墜ちる女王に、剣士は逃さず刃を向ける。

 首を刈り取る一撃は鮮烈な赤のエフェクトと共に放たれ、女王の黒い外殻に深く罅を走らせた。


「咬砕流、二の技『骨砕ク顎』、続き、三の技『轢キ裂ク腕』!」


 その隣に立つレティもまた、赤髪を乱し鎚を振るう。

 二人からの絶え間無い連撃の前に本来鉄壁の防御力を誇る女王蟻も為す術なく一方的に被弾し続け、急激にその命を消費していく。


「わたしも戦いたいなぁ」

「あんなに圧倒されちゃ、タンクの仕事も無くなるのよねぇ」


 レティとトーカの活躍を支えるのは、的確に彼女たちの足下へ望む角度で足場を作り続けるラクトとエイミーの二人である。

 本来ならば合間を見てアーツを打ち込みたいラクトも、俺が浮蜘蛛を使って前に出ているためLP供給がなくそれができない。


「うーん、思ったよりあっけなく終わりそうですね」


 完全にパターンに入ったのか、レティたちもテクニック以外を喋る余裕ができてきたようだ。

 近衛四匹は俺が頑張って処理したし、エイミーとラクトの二人態勢で足場の生成も間に合っている。

 ミカゲに至っては完全に仕事が無く暇そうにしている。


「まあ16層ですから。今日の目標は25層ですし、こんなところで足踏みしている暇はありません――よっ!」


 そうして女王が砂塵の下に斃れる。

 かつて交戦することもなく逃げ帰った階層主が、そんな会話の片手間に止めを刺されてしまった。


「ふぅ。お疲れ様でした!」


 そんなレティの声を合図に、俺たちは斜面を滑り降りて合流するのだった。


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Tips

◇白羽のエンム

 老成したブラックアーマーアントの雌。〈アマツマラ地下坑道〉第16層の最奥にすり鉢状の巣を構え、無数の近衛蟻たちによって守られながら生活している。美しく透き通った二枚の白羽が特徴的だが、巨大化した身体を飛翔させる程の力は持たない。巨大な群れの主となってからは、その翅は子供たちに向けた指揮棒として、そして群れの脅威を誇示する戦旗として掲げられる。


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