第293話「管理者視察」

 〈白鹿庵〉のいつもの面々にウェイドとワダツミを加え、俺たちはヤタガラスに揺られて北を目指す。

 最近行われたヤタガラスの改修アップデートで大柄なしもふりも客車の後ろに連結した大型コンテナで運ぶことができるようになったため、列車での移動も随分としやすくなった。


「しかしアマツマラの地下坑道か。なんか久しぶりだな」

「今までずっと瀑布や霧森方面に付きっきりでしたからね。私も久しぶりに思い出したんです」


 柔らかいソファに座り、到着までの間にトーカと喋る。

 今回、〈アマツマラ地下坑道〉へ行くことを提案したのは彼女だ。


「気になってwikiを確認したら、25層まで進んでいるようでして」

「随分進んだ、のか?」

「かなり敵が強くなっているようで、攻略速度はかなり鈍化したみたいですね。第3回イベントや〈奇竜の霧森〉の解放、ワダツミの建設など賑やかな事が多くて、実力派の攻略組が皆そちらに集中したのも一因みたいですけど」


 〈占術〉スキルで名を馳せる“星読”のアリエスが地下坑道の最前線を23層にまで押し上げたのが第3回イベントの開始前のことだ。

 それから現在までで進んだのが2層というのは、確かに速度が鈍化しているように見受けられる。


「25層の敵はかなり歯ごたえがあるらしいので、チャレンジしてみたいんですよ。あわよくば私も前線を押し上げてみたいな、なんて」

「いいですねぇ。ワダツミ近海も楽しいですが、あそこはどうしてもレティたちの思うように戦えませんから」


 恥ずかしそうに指を突き合わせて言うトーカにレティも同調する。

 “水鏡”に乗って展開する海上戦闘は、たしかに近接戦闘がメインである二人にとってはやりにくいだろう。

 あそこはラクトのような遠距離攻撃手段を持ったプレイヤーの方が適性が高い。


「レッジ、そろそろアマツマラだよ」


 車窓に張り付いていたラクトが振り向いて言う。

 気がつけば周囲の景色は白くなり、列車は険しい斜面を駆け上っている。

 そのうちレールは雪面を離れ、岩山に突き刺さる銀色の塔の真ん中へと入っていった。


『フム。着きましたね』

『アマツマラ、事前に知ってはいましたがやはり寒いですね』


 静かにスライドして開いたドアからホームに飛び下り、ワダツミとウェイドはキョロキョロと周囲を見渡す。

 アマツマラのホームは厚ぼったい雪が吹き込み風も冷たい。

 俺たちは寒風に追われるように階段を降り、一階のロビーへと駆け込んだ。


『よっ! あたしの城へようこそ、姉妹たち』


 頭に雪を乗せた俺たちを出迎えたのは鮮やかな赤髪の少女だった。

 活発な光を宿すブラウンの瞳を細め、赤いワンピースを翻して両手を広げる。


『アマツマラ。お邪魔しています』

『ハロー。アマツマラは変わりありませんね』


 ウェイドやワダツミの色を少し変えた、二人によく似た可愛らしい外見だ。

 ウェイドたちは優雅に会釈すると、彼女はカラカラと笑ってそれに返す。


『連絡があった時は驚いたぜィ。こんな辺鄙な所に何の用だい』

「辺鄙な所って、自分で言うのか……」


 エントランスを見渡すと、確かに以前訪れた時よりも人が疎らだ。

 閑散としている訳では無いのだが、どうしてもウェイドやワダツミの活気を見た後では少し寂しげな印象は否めない。


『姉貴やワダツミと違って狭っ苦しいし、賑やかなモンも無ェからな。どうにかしてェとは思ってンだが、あたしの頭じゃァなんにも思いつかねェ』


 アマツマラはそう言って表情を曇らせ腕を組む。

 地上前衛拠点スサノオであるウェイドとは違い、地下資源採集拠点アマツマラである彼女は、面積も限られていることからベースライン以外の機能を有していない。

 鉱物資源の産出量ならば他の都市の追随を許さないが、滞在するプレイヤーの数や経済規模では到底比べものにならない。

 それが地上前衛拠点スサノオではないから、という話ならまだいいのだが、一番近い妹であるワダツミがスサノオと同等以上の規模と豊かさを備えているのも、彼女が複雑な表情をしている原因だろう。


『アマツマラ。貴女は地下坑道を実際に見たことはありますか?』


 唸るアマツマラに向かい、ウェイドが口を開く。

 姉の言葉にきょとんとした彼女はすぐに頷いた。


『もちろん。坑道内にはカメラも震度計も温度計も揃えてッからな。各種計器類のチェックは常時――』

『そういうことではありません』


 得意げに指を折りながら語るアマツマラの言葉を遮り、ウェイドは首を振る。

 彼女の言いたいことが分からないアマツマラは、そんな姉の様子にぽかんと口を開けた。


『ハァ。アマツマラ、ウェイドはこう言いたいのですよ。“貴女は自分の足で実際に歩き、生のデータを集めたのですか”と』


 そこへワダツミが一歩前に出て言葉を重ねる。

 それを聞いたアマツマラはぽかんと口を開いた。


『アマツマラも以前、レッジたちと共にワダツミの町並みを見て回ったでしょう。あの時と同じように、今回はアマツマラ地下坑道を視察するのです』


 ウェイドが俺たちの方を向く。

 彼女が何か言うよりも早く、トーカが頷いた。


「アマツマラさん。良ければ私たちと一緒に地下坑道へ降りてみませんか? 元々ワダツミさんやウェイドさんはその予定でここまで来たんですよ」

『はァ? あたしは別に――』

『良い考えです。アマツマラ、是非一緒に行きましょう』

『ウェイド!』


 トーカの提案にウェイドが乗っかり、アマツマラは目を大きく開く。


「いいんですか、レッジさん」

「元々ここに来たいって言ったのはトーカだしな。そもそもウェイドたちは戦闘力が無い代わりに滅茶苦茶頑丈らしいし、もう一人増えたところで変わらんだろ」


 俺の声が聞こえたのか、アマツマラはちらりとこちらに視線を向ける。

 彼女はしばらくうんうんと唸って葛藤していたが、最終的には吹っ切れた様子で顔を上げた。


『分かった。そこまで言うなら、あたしも参加させてくれ』

「ええ。管理者の皆さんは責任を持ってお守りしますよ」


 とん、と胸を叩くトーカ。


「とりあえず、私の後ろにいる限りは責任持って守るわ」


 そういうのは白鹿庵の頼れる盾役タンク、エイミー。

 攻めのトーカ、守りのエイミー。

 彼女たちがいれば、管理者三人が付いてきてもさほど問題にはならないだろう。


「では早速行きましょうか」


 花刀・桃源郷を腰に佩き、トーカが一歩踏み出す。

 それに続く俺たちもロビー中央にある大きなゴンドラに乗り込み、薄暗い地下坑道へと降下していく。


「1層から15層までは坑道の整備も進んでいて、トロッコのレールが敷設されているらしいですよ」


 小刻みに揺れるゴンドラに乗り、wikiを見ながらレティが言う。

 アマツマラには【地下坑道整備計画】という常設の任務があり、それを何度もこなすことで徐々に坑道内が整備されていく。

 トロッコもその一環なのだろう。


「途中がショートカットできるわけだ。それはありがたいな」

『坑道の延伸作業が思ったより進んで無ェからな。納品されたリソースをそっちに回してンだ』


 ゴンドラが坑道の入り口に到着すると、そこには小ぶりな鉄の箱が並んでいる。

 綺麗に整備された坑道の奥まで細いレールが続き、これで進めば道中の敵を相手することなく前線付近まで行けるらしい。


「レール沿いに置かれてるマーカーって、土蜘蛛の糸のまわりにも置いてあったエネミー避けのやつですよね」

『ああ。あの技術を流用してるぜ』


 トロッコのレールの側には等間隔で青い光を放つ小さな杭が並んでいる。

 あれのおかげで、原生生物が跋扈する坑道内をトロッコで安全に移動できるようになっている。


「では、ひとまず15層まで向かいますか」


 早速トロッコに乗り込みトーカが言う。

 恐らく巌のプティロンを倒したことで、彼女もそれなりに地下坑道に思い入れがあるのだろう。

 いつもより少しテンションが高いトーカの後に続き、俺たちもトロッコに乗り込む。


「では出発!」


 トーカの元気なかけ声と共にレバーが下ろされる。

 ブレーキが外れ、トロッコは勢いよく坑道の奥へと発車した。


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Tips

◇【地下坑道整備計画】

種別【納品】

推奨能力【採取、生産系スキルレベル5以上】

達成条件:指定アイテムの納品

詳細説明:

 地下資源採集拠点シード01-アマツマラ地下には豊富な鉱山資源が埋蔵されていることが判明しています。しかし、それらの効率的な採集のためには坑道を延伸し、活動の障害となる多岐に渡る問題を修正する必要があります。坑道整備には多種多量の金属資源、レベルⅠからⅩまでのSoCおよびHQSoC、標準マシンセル、上級マシンセル、各種高耐久性マシンセルなど多くのリソースが求められます。下記に示すアイテム類は長期的かつ継続的に調査開拓員各位からの提供を期待しており、それらは地下資源採集拠点シード01-アマツマラ中枢演算装置〈クサナギ〉の判断により随時適切に使用されます。


達成報酬:

(1)納品アイテム類の通常売却価格と同等のビット。


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