第288話「遠洋に投げろ」

 新たな釣り竿を作って貰うことになった俺たちは、イソヲに連れられるままウェイドの商業地区へと移動する。

 彼の向かった先は〈カントリークロック〉という名前のレンタル作業所だった。

 ネヴァが以前利用していたスサノオの〈エキセントリッククラフト〉と同じような、時間単位で生産広場よりも高機能な生産設備を備えた作業場を利用できる施設だ。


「レッジの武器スキルは〈槍術〉だったか。〈杖術〉ならそっちの補正も期待できたんだがな」


 作業場に入ったイソヲは早速製作する釣り竿の構成を練り始める。

 釣り竿というアイテムは分類上杖カテゴリに入るようで、彼のような釣り人は護身も兼ねて〈杖術〉スキルを上げている者も多いのだとか。


「〈杖術〉ならレティだな」

「お嬢ちゃんは〈釣り〉スキルを持ってないんだろう? 一番重要なモンが抜けてちゃ仕方ねぇ」


 はっは、と軽く笑いながら、イソヲは作業台に紙を広げる。

 懐からペンを取り出し細かなメモと共に線を走らせていく様子はネヴァと同じだ。


「生産職の方は〈筆記〉スキルを持っていることが多いんですかね?」

「そればっかりは好みだな。多少スキルを上げてればこうして自由に書けるのが、オレの性格に合ってるだけだ」


 レティの問いに答えつつ、彼は慣れた様子で書き進める。

 一口に釣り竿と言っても多種多様なようで少しずつ修正を加えながら緻密なスケッチが描かれていく。


「こんなもんかね。鞭柳で柔軟性としなりを出しつつ、芯材に鋼樫を入れて耐久性もつける。糸は屍蜘蛛の縒り糸と白鉄鉱の鋼糸を混ぜた混合糸がいいだろ」

「うーむ、何言ってるか全然分からんな」

「要は曲がるが折れない竿と切れない糸だ。そうさな、長さは……5メートルもあればいいか」


 ネヴァも〈木工〉スキルを持ってはいるが、彼女は武器や防具の中間素材を作る程度でしか使っているところを見たことがない。

 それとは異なりイソヲは流石は“大工”と言うべき鮮やかさで竿の情報を詰めていく。


「5メートルってかなり長くないですか?」

「そんぐらい無ぇと届かないのさ。〈杖術〉スキルを持ってないなら、尚更な」


 驚くレティに事情を話し、彼はリールを吟味し始める。

 流石にこれは〈木工〉スキルの範囲外らしく、ストレージに用意していた幾つものリールを取り出して作業台に並べていた。


「リールも種類があるんだな」

「釣り馬鹿ってのは案外多いもんだ。オレは釣り竿専門だが、釣り糸専門の裁縫師や釣り餌専門の調理師、ゴム長靴をわざわざ作って上流から流してくる変なやつまでいるぞ」

「奥が深い、と言って良いのか? 特に最後」

「最後のヤツは見つけ次第殴りたいってヤツも大勢いるだろうな」


 言いながら、彼はリールも決めたようだ。

 素材を全て作業台に並べ、早速作り始める。


「芯材が鋼樫だからそうそう壊れねぇとは思うが、まあ糸が切れたりしたらいつでも言ってくれ。簡単な修理ならその場でできるからな」

「簡易生産設備をわざわざ使うのは面倒じゃないか?」

「いや、使わんさ。木工製品はある程度の破損はその場で直せるのが特徴なのさ」


 なるほど、と彼の言葉に納得する。

 基本的に木製の武器や防具よりも金属製のもののほうが高性能であるというのが常識だが、それを補う長所の一つがこのメンテナンスのしやすさなのだろう。

 例えば、鉄の盾が割れれば炉を熾し溶接する必要があるが、木の盾ならば前後から板を打ち付けるだけで良い、といった具合だろうか。


「軽くて安くて直しやすい。木製武器は初心者には結構人気があるもんだ」

「なるほどなぁ」


 そんな話をしながらもイソヲは順調に竿を組み立てていく。

 瞬く間に出来上がったのは、深い褐色をした長い釣り竿だった。

 あまりに長く、作業場の天井に当たるため真っ直ぐに立てることもできない。


「よし、完成だ」

「おお! でかいな」

「これくらいないと針が棚底まで飛ばんからな。とはいえ、オレが見たモンだと20メートルの竿とかもあったぞ」

「それは……満足に振るのも難しいのでは?」

「腕部BBの要求値がかなり高かったらしいなぁ」


 竿を見上げて言うレティにイソヲも苦笑いで答える。

 あまりに重量がある武器などには、〈武装〉スキルだけでなく一定以上のBB数値が装備条件になっているものもあるようだ。


「ま、これなら十分短剣魚ナイフフィッシュのいる所まで届くはずだ」

「ありがとう。助かったよ」

「釣り人が増えるんなら、オレも作り甲斐があるってモンよ」


 イソヲから竿を受け取り、インベントリにしまい込む。

 流石にこれを担いで出掛けると道行く人の邪魔になって仕方ない。


「代金はいくらだ?」

「そうさな……。釣れた短剣魚ナイフフィッシュを何匹か融通してくれればいい」

「いいのか? 釣れるかどうかも分からんが」

「釣れねぇなら、竿を作ったオレの責任だ。ま、釣れたならオレが作った竿のおかげだがな」


 そう言って彼は威勢良く笑う。


「まあ、実のところを言うとな。埠頭から短剣魚ナイフフィッシュを釣ったヤツはいねぇんだ」

「ええっ!? イソヲさんさっき埠頭からでも釣れるって……」


 勢いよく俺の背中を叩き、イソヲは笑みを深めて言う。

 耳をピンと立てて抗議するレティに彼は鼻を鳴らして答えた。


「もちろん釣れるさ。“釣ったヤツがいない”のと“釣れない”のは全然違うんだぜ」

「なるほど。良い考え方してるじゃないか」

「レッジさん!?」


 イソヲの言葉に俺も口角を上げる。

 前人未踏と不可能は違う。

 彼の言うとおりだ。


「どうしても釣れなきゃオレの金で船を出してやるよ。試すくらいならいいだろう?」

「うぐ、それは……。レッジさんが納得してるなら、レティはいいですけど」

「なら決まりだな。早く行こう」

「ちょ、レッジさん!?」


 レティの手を引き〈カントリークロック〉の作業場を飛び出る。

 ワダツミとイソヲも続き、俺たちは再び埠頭へととんぼ返りした。


「いいか。ただ竿を振っても針は飛ばねぇ。錘を調節して、ちゃんと腕を上げて、思い切り振れ」

「分かった。やってみよう」


 埠頭の先端に立ち、イソヲが指さす方向を見定める。

 糸の先には大きな鉤針を付け、事前に買っておいた団子型の釣り餌を突き刺している。

 今度の団子は毒もない、ただ美味そうなだけのエサである。


「せーのっ!」


 何度か素振りをして、感覚を掴んだところで針を飛ばす。

 イソヲの言ったとおり竿は大きくしなり、十分な反動を付けて勢いよく跳ねた。

 ひゅん、と甲高い音と共に糸が伸び、遠く海面で白い飛沫が上がる。


「どうだ?」

「まだまだだな。もっと遠くに投げねぇと、棚には届かん」

「ぐぅ。そう上手くは行かないか……」


 リールを巻き、針をたぐり寄せる。

 エサと針が無事ならそのままもう一度挑戦できるため、狙った所へ落ちなかった時は他の魚が掛かる前に回収したほうが効率がいい。


「よし、もう一度――ほっ!」


 針と団子を確認し、再度腕を振り上げる。

 そうやって何十回と竿を振るうちに段々とコツは掴めてくるものの、肝心の飛距離がなかなか稼げない。


「レッジさーん、まだですか?」

『ムゥ。埠頭から狙うのは無謀だと思います』


 熱中する男二人とは対照的に、レティとワダツミはイソヲから借りた折りたたみの椅子に腰掛け退屈そうに見守っている。

 やっている方は案外考えることが多くて面白いのだが、端から見ている分には変化に乏しく退屈なのだろう。


「もう少しで何か、打開策が見つかりそうなんだがなぁ」


 ぶんぶんと竿を振りながら首を捻る。

 何か一つ打開策が見つかれば、すぐにでも届きそうな微妙なもどかしさがどうにも息苦しい。


「もう諦めて船出して貰いましょうよ――きゃあっ!?」

「おわっ!」


 レティが唇を尖らせ言ったその時、突風が吹き彼女の髪を乱す。

 俺が着ている“深森の隠者”装備も全体に風を受け止め、思わずよろめいた。


「やっぱり海辺は風が強いな。日が暮れると途端に冷えてくるぞ」


 半袖短パンというまるで説得力の無い服装のままイソヲが言う。

 日暮れまではまだ時間があるが、あまり寒空の下にレティたちを立たせるのも忍びない。

 早めに引き上げた方が良いかも知れない。

 と思ったその時、脳裏に妙案が過った。


「そうか、風か!」

「レッジさん?」

「ワダツミ、この辺はもう戦闘可能エリアだよな?」

『イエス。釣りも戦闘行為の範疇に入るため、港湾エリアは例外的に戦闘可能エリアとなっています』


 管理者に確認を取り、俺は頷く。

 それならば俺が考えていることはすぐにできる。


「イソヲ、少し離れててくれ」

「お、おう。どうしたんだ?」

「まあ見てろ。ああそうだ、さっき釣り竿を置いてたホルダーを貸してくれないか?」


 俺は隣に立っていたイソヲをレティたちの所まで下がらせ、一人で埠頭に立つ。

 イソヲに借りたロッドホルダーを使い、長い竿をできるだけ高さが出るように立てかける。

 その後ろに立ち、俺はナイフと槍を構えた。


「えっと、レッジさん? 何やってるんですか?」

「要は針を遠くへ飛ばせばいいわけだ。それならわざわざ竿を振って頑張る必要は無い。こうやって、風を起こせば良い。

 風牙流、二の技――」


 身体を捻り、風を掴む。

 急峻な斜面を駆け下りるような突風を巻き起こし、槍に纏わせる。

 極限まで溜めた力を解放し、埠頭の端から大洋に向かって突き出す。


「『山荒』ッ!」


 吹き荒れる。

 海面がへこみ、両脇に飛沫が立ち上がる。

 螺旋を描きながら真っ直ぐに風が切り裂き、糸で繋がれた針が吹き飛ぶ。

 そうして海面スレスレを疾駆した釣り針は遠く視界の霞むほどの場所でぽちゃりと落ちた。


「どうだ、これなら申し分ないだろう」

「……あ、ああ。いや、参ったな。流石と言うべきか」


 得意になって振り返ると、驚愕の表情を浮かべた三人がいた。

 特にイソヲは額に手を当てぽかんと口を開けている。


「それで、この後どうすればいいんだ?」


 両手を竿に持ち替え尋ねると、彼はようやく我に返って目を瞬かせる。


「針が沈むまで少し時間が掛かる。それでしばらくして強い引きがあったら、いつも通り釣り上げるんだ」

「了解。さあ、こっからが本番だな」


 先ほど大きく波立った海は早くも平穏を取り戻す。

 そして俺が竿をぎゅっと握りしめ、長く伸びる糸の先に神経を尖らせたその瞬間、早くも糸を引きちぎらんとする強い力が食らいついてきた。


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Tips

◇鞭柳と鋼樫の捻れ長竿

 柔軟性に優れた鞭柳と耐久性に優れた鋼樫を合わせ、両者の特性を引き出した頑丈な竿。緩く竿全体を捻ることによって、5メートルに及ぶ長さにも関わらず真っ直ぐに立たせることに成功している。上手く振れば竿先は勢いよく跳ね、かなり遠くまで釣り針を飛ばすこともできる。


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