第287話「髭の釣り人」
それ故に群れ全体へ行き渡るように食料の分配を行い、また生来の旺盛な食欲を満たすため死んだ仲間を喰らうことも躊躇しないようだ。
「いやあ、思った以上のあたりだな」
「ここまでくると一周回って気持ちいいくらいですね」
結果、毒団子は無事に群れ全体へと行き渡り、一網打尽にすることになった。
壊れた貯水槽の巣で山積みになった鼠たちを解体していきながら数を数えると、最低でも120匹以上で構成されたかなり大規模な群れだと分かる。
「これで土地権利書4枚、等級としては7級の土地を契約できるな」
「お団子作って仕掛けるだけでこの結果は上々どころの騒ぎじゃないですよ」
今回が特別大きな群れを引き当てた可能性もあるが、そもそも毒団子は量産しやすい部類のアイテムだ。
数に任せてもっと設置すれば、それだけで1級の土地獲得も夢ではなくなるだろう。
「しかしまあ白鹿庵程度の規模なら9か8級くらいの土地でも十分かもしれないなぁ」
「6人と白月としもふり、あとはカミルだけですからね。多分1級になると騎士団の
「そこまで広いと逆に不便だろうなぁ」
土地権利書は2枚か3枚程度を確保して、残りは市場で売ってもいいかもしれない。
任務が任務だけに、土地権利書自体もそれなりの価格で売れるらしい。
「毒団子のレシピを公開したら権利書の相場も下がるだろうから、公開する前に売って別荘購入費の足しにするか」
『ムゥ? レッジはこの画期的な手法を公開するつもりなのですか』
濡れ鼠を解体しつつ言葉を零すと、タンクの上に座っていたワダツミが驚いた様子でこちらを向く。
「そりゃまあ、秘匿する理由もないしな」
『秘匿したまま任務をこなせば、レッジたちだけで荒稼ぎできるでしょう』
「どこでそんな発想を学習したんだ……。そんなことしても、おもしろくないじゃないか。それにワダツミも地下トンネルに濡れ鼠が巣くってるのはいやだろ」
『……それはそうですが』
この町の管理者は随分と強かなことを考えていたようだ。
しかし1人だけレアなアイテムを大量に入手して稼いでもいらぬ波風が立つだけだ。
それならばこの手法を広く公開して、ワダツミの悩みの種を少しでも解決できる方向に持っていった方が誰もが嬉しいはずだ。
「はい、レッジさん! 向こうにあったの持ってきましたよ!」
俺とワダツミの間にねじ込むように現れたレティが、両腕いっぱいに抱えた濡れ鼠を地面に置く。
「ありがとう。……しかし解体が終わる気がしないな」
数が数だけに、解体作業も気が遠くなりそうだ。
どれだけナイフを振るっても一向に終わりが見えない。
「これだけあるんですし、いっそのこと全部スキル使わずに回収してもいいんじゃないですか?」
「勿体ないだろ。せっかく沢山素材が採れるんだ、余すことなく活用してやりたい」
「……貧乏性ですねぇ」
何とでも言うが良い。
ただし俺一人では重量がキツいから荷物運びは手伝って欲しい。
「ちなみに
「ええ、毒団子食べた鼠の内臓って食べても大丈夫なんですか……?」
「大丈夫だろ。毒なんて狩人もよく使ってる攻撃手法だしな」
ちなみにアイテム名は鼠の腸と書いて“このわた”と読む。
鼠は子とも書けるとはいえ少々強引じゃないかという疑惑は拭いきれないが、恐らくはシーラットの方から寄せているのだろう。
「料理の方はまずレッジさんが毒味するとして、とりあえず権利書は無事ゲットですね」
「そうだな。次はえっと……」
『フム。都市機能使用許可の獲得ですね』
俺の言葉に先んじてワダツミが言う。
別荘では
『オーケー。では都市機能管理課データベースにアクセスを――』
「だから不正操作はダメですってば!」
という一連の茶番を挟み、改めて都市機能使用許可を獲得する方法を確認する。
「なになに、都市機能使用許可を獲得するには【ワダツミ港湾地区保全計画】を遂行する必要があると」
「つまりまた任務をこなすというわけですね」
親切なガイドによれば、【ワダツミ港湾地区保全計画】という任務は二種類の達成条件がある少々特殊な性格のものらしい。
一つはワダツミ近海に生息する
どちらかの条件を達成すれば、無事に許可が降りるのだとか。
「要は戦闘職でも生産職でも許可が貰えるようにっていうことだな。戦闘能力があるなら魚を倒して、金かスキルがあるなら機械を手に入れて納品すると」
『イエス。その通りです』
管理者からのお墨付きも貰い、今後の方針はすぐに決まる。
俺とレティに“耐水性マシンセル”とやらを作る技術はないし、金も決して余裕があるわけではない。
むしろ朧雲やら水鏡やらでいつもの如く消し飛んでいる。
「よし、この鼠を片付けたら早速埠頭に行くか」
具体的な計画が定まった俺は作業を急ぎ、残りの
戦利品を全部インベントリに詰めると案の定重量オーバーになったため、7割ほどをレティに持ってもらい、三人でトンネルを後にした。
†
「さて、埠頭に到着した訳だが」
アイテムを制御塔のストレージに預け、釣り餌を補充して再び埠頭に立つ。
見渡せば釣り人たちが岸壁に座り込みのんびりと糸を垂らす穏やかな風景が広がっている。
「短剣魚ってここから釣れるのか?」
「え、確かめてないんですか?」
初歩的な疑問に突き当たり、俺はレティに尋ねる。
彼女は俺が知っていると思っていたようで同様に驚いた様子でこちらを見返してきた。
「ワダツミちゃん……」
『ノー。特定プレイヤーに有益な情報を伝えるのは権限の私的利用に当たります』
「凄い今更な気がしますが、滅茶苦茶正論ですね!?」
素っ気ない態度のワダツミにレティが崩れ落ちる。
ワダツミの方も、どこまでの情報を開示していいのかという塩梅が分かってきたらしい。
「しかたない。ちょっと聞いてみるか」
wikiやガイドを見ても書いてあるだろうが、せっかくのオンラインゲームだ。
たまには見ず知らずの人と交流を図るのもいいだろう。
そんなわけで俺は釣り竿を担ぎ、埠頭に立っている釣り人の中から暇そうにしている人を探す。
「こんにちは、釣れますか?」
「おう? なんだ兄ちゃん」
話しかけたのは半袖半パンに麦わら帽という素朴な服装の男性だ。
顎のまわりに短い髭を生やし、折りたたみの椅子に座っている。
釣り竿もホルダーに預けて椅子の隣に置いているが、糸は微動だにしていなかった。
「エサも付けてねぇ待ち釣りだ。釣れるか釣れねぇかは魚のみぞ知るってな」
そう言って男性は陽気に笑う。
どうやらそういうタイプの釣り人らしい。
「ちょっとお尋ねしたいことが……」
「なんだ兄ちゃん。気持ち悪いな。多分同世代だろう?」
顔を顰めるおじさん。
「――とりあえず自己紹介からだな。俺はレッジだ」
「知ってるさ。有名だからな」
「ええ……」
がっはっは、と口を開けて笑うおっさん。
愕然とする俺は慌てて振り向くが、レティはさもありなんと頷く。
「自覚が無いってのも噂通りみてぇだな。後ろにいるライカンスロープの嬢ちゃんも有名だが……その隣は知らないな。NPCか? まあいい、オレはイソヲってんだ。普段は“
「なるほど。待望の海釣りって訳か」
イソヲから差し出されたカードを受け取り、自分のカードを渡す。
ヒューマノイドのイソヲは、“流木の釣り人”というデコレーションを設定していた。
「それで、兄ちゃんは何が知りたいんだ?」
「別荘の入手を考えててな。
「なるほど。それならこの埠頭からでも釣れるぜ」
イソヲが鼻を擦って言う。
その言葉に俺は安堵するが、すぐに彼が言葉を続けた。
「ただし、兄ちゃんの釣り竿じゃあちっと厳しいな」
「そ、そうなのか?」
イソヲは俺が担いでいる竿を一瞥する。
この竿は〈鎧魚の瀑布〉でケイブフィッシュやヘルムを釣り上げるために使ったもので、その時に用意できる中で一番頑丈なものを選んだのだが。
「埠頭から短剣魚を狙うなら、もっと長くて
ワダツミ近海は少し沖に進むと急に深くなっているらしい。
目当ての短剣魚はそんな少し深まった海にいるため、俺の持っている竿ではそこまで針が飛ばせないと彼は言った。
「船で行けばその竿でも十分だと思うが、駄目なのかい」
「今は出せないんだ。ちょっと人数が足りなくてな」
「ああ、そういう事か。アレも難儀な代物なんだな」
どうやら“水鏡”のことも良く知っているらしい。
話がすんなりと通じるのはありがたい。
「しかしどうするか。――イソヲ、ワダツミに良い竿を売ってる店はあったりしないか?」
今の竿で駄目ならば、新たな竿を用意する必要がある。
しかし今の俺ではどの程度の能力がある竿がいいのかも分からない。
そう思って目の前の男に尋ねると、彼はぽかんとした顔で言った。
「兄ちゃん、オレのカードちゃんと見たか? ――竿が無ぇなら作ってやるよ」
にっと歯を覗かせて笑うイソヲ。
そういえば、彼は木の扱いに長けた“大工”だ。
「ありがとう。是非頼むよ」
そんな彼からの提案を、拒否する手はなかった。
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Tips
◇〈木工〉スキル
生産系スキルの一つ。木材を加工し、武器や防具、様々な道具類、家具などといった多様なアイテムを作製する。製作にはノコギリやカンナ、彫刻刀など多岐に渡る道具に精通する必要があるが、そうして作られた木工品は芸術の域にすら達する。
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