第279話「奇策と妙策」
ワダツミのアップデートセンターで生き返った俺たちは商業地区にある〈海鳴り〉という喫茶店でテーブルを囲み、反省会を開いていた。
レティの目の前には無数のホールケーキが積み上がっており、今も不機嫌な顔でパクパクと食べ続けているのが一周回って恐怖を演出している。
「舟底があんなに脆いなんて聞いてません!」
「まさかテクニック使うだけで踏み抜いちゃうなんてねぇ」
ショートケーキを切り分け、大きく口を開けて飲み込むレティ。
彼女が怪魚に向けた一撃は不発に終わった。
その原因は、船体の脆さ。
咬砕流『骨砕ク顎』を放とうとした彼女はいつものように力強く踏み込み、舟の床がそれに耐えきれず大きな穴があいたのだ。
舟底に穴ができてしまえば、水は容易く侵入し舟は浮力を失ってしまう。
そこへ無慈悲にも怪魚のボディプレスが炸裂し、俺たちは諸共海の藻屑となってしまったのだった。
船ごと機体は沈んでしまったので、当然回収不可能。
事前に緊急バックアップデータカートリッジを作っておいたのは不幸中の幸いだった。
「あの魚、許すまじですよ!」
「せっかく凍らせた捻れ鰯も回収できなかったしね。赤字もいいとこだよ」
憤るまま糖分を摂取するレティと、悔しそうに唇を尖らせるラクト。
他の面々も流石に悔しげな顔を隠せない。
「しかし何か対策を考えんことにはな。もっとしっかりした舟を借りるか?」
考え無しに挑んでも、また同じ結末が待つだけだ。
狭く絶えず揺れ動く不安定で脆弱な足場と、無数に襲いかかる小魚、そして質量で押しつぶしてくる怪魚。
遠距離攻撃手段を持つラクトはともかく、激しく動き回るスタイルを確立しているレティたち前衛組は厳しいものがあるだろう。
「レッジさんの浮蜘蛛でなんとかなりませんか?」
「あれは地上専用だ。海上運用なんて想定してないさ」
レティの提案は、複数の小舟で陣形を組み、そこに子蜘蛛を配置し、その上に親蜘蛛を乗せることで安定と広さを両立した戦場を形成するというものだ。
しかし“浮蜘蛛”システムは子蜘蛛がしっかりとした足場に固定できることを前提としており、またレティたち三人を同時に乗せられるほどの耐荷重性能もない。
そもそも“浮蜘蛛”は〈野営〉スキルが軸になっている。
流石のテントも海上に設置するのは難しそうだ。
「……ラクトの、氷を広げるのは?」
抹茶あんみつを食べていたミカゲが手を挙げて言う。
「なるほど。ヘルム戦の時みたいにやるのか」
思い出すのは〈鎧魚の瀑布〉のボス、老鎧のヘルムを討伐した時のことだ。
あの時はラクトが地底湖に氷を張り、ヘルムを拘束すると同時にレティたちが動くための足場を形成していた。
「あの時は面積が地底湖の範囲に限られてたし、敵がヘルムだけだったからねぇ。海面下からあんなに襲撃を受けてたらすぐに割れちゃうよ」
「むぅ、そう上手くはいきませんか……」
一案出ては退けられ、レティは不服そうに拳を握る。
しかし俺たちが少し考えた程度で解決策が出るのなら、既にアストラたち攻略組が何かしらやっていることだろう。
「欲しいのは安定していてそれなりに広い足場だろう? しかしそれを〈野営〉スキルやラクトのアーツで実現するのは難しい」
一旦情報を整理しようと試みる。
船のレンタル代は高いため、できるだけ廉価に済ませる手段があればなお嬉しい。
「レッジさんが考え始めましたよ」
「私たちは邪魔しないように待ってることしかできないけどね」
レティたちの声が遠ざかる。
wikiと掲示板を開き、知りたい情報が無いか探す。
「氷……。氷か……」
氷。
テント。
キャンプ。
船。
船舶。
いくつもの単語が現れては消えていく。
水面に浮かぶ泡のように、ぷくぷくと。
そうしてふと、視界の隅に表示された時間が目に入った。
「――皆はこの後はどれくらい時間あるんだ?」
「え? っとと、もう夕方ですか……」
「私たちはあんまり余裕は無いかも知れませんね」
現実時間を確認し、レティたちが顔を曇らせる。
彼女たちも今気がついた様子で、トーカとミカゲの二人は少し焦ってもいる。
それならばと俺は彼女たちに言う。
「少し準備と検証をしたい。できればラクトには付き合って欲しいが……」
「いいよ! どうせ暇だし!」
立ち上がって手を挙げるラクト。
「じゃあ今日のところはこのあたりでお開きにしましょうか。私はまだ付き合えるけど」
「……心惜しいですが、レティはログアウトします」
「私とミカゲも失礼しますね」
致し方なしとレティたちがログアウトする。
テーブルの周囲には、俺とラクトとエイミー、そしてちゃっかりと青リンゴの盛り合わせを食べている白月が残った。
「それで、準備と検証って何をするの?」
「ここで説明するよりも、実際にやって貰った方が早いだろ。ちょっと店を出よう」
興味を向けるラクトたちにそう言って席を立つ。
向かう先はワダツミが擁する入り江の片隅、ひとけのない岩場に囲まれた小さな砂浜だ。
「こんなところで、何をするの?」
ちゃぷちゃぷと波打ち際を歩きながらラクトが言う。 エイミーは岩に腰掛け、のんびりと穏やかな水平線を眺めている。
「なに、ちょっとした実験だ。ラクトの『
「なるほどね?」
俺が考えたのは、船を用いない航海手段だ。
ラクトが『
「まずは『
「りょーかい! いくよー」
まずは安全な陸地で検証だ。
ラクトに『
「よし、『野営地設置』」
そして氷の床の上に向けて、テントを設置――
「できないね」
「できないな」
「できてないわねぇ」
技は不発。
キャンプセットは広げられず建材も消費されない。
涼しい風が海から吹き、俺たちの間を通り過ぎた。
「ぐぅ、流石にそう上手くはいかないか……」
がっくりと砂の上に膝を突き項垂れる。
名案だと思ったが、そうも容易く順調に進むことはなかった。
「……とりあえず小屋建てて、風を凌ぐか」
氷の床の隣に小屋を建て、中に二人を招き入れる。
夕暮れの迫る海辺の風は冷たく寒い。
「もしかして考えついてたアイディアってこれだけ?」
「まあそうだな。正直あんまり自信が無かったから、レティたちは帰したんだ」
テーブルを囲み、消沈したまま答える。
「見切り発車も良いとこねぇ。レッジらしくないんじゃないの?」
温かいココアを飲みつつエイミーが言う。
確かに、普段の俺ならもう少し深く考えて確証を得てから実行していた気もする。
「海を見て興奮してたのかもなぁ」
「レッジ、海初めてなの?」
「流石に違うさ。住んでるところが内陸だから、あんまり縁がないだけだ」
姪が幼い頃はたまに連れて遠出していたこともあったが、最近はさっぱりだ。
久しぶりに広い水平線を見て知らず知らず舞い上がっていた自分が恥ずかしい。
「考え方はなんとなく良かった気がしたんだがなぁ」
言い訳になってしまうが、考え自体はいつものように形容しがたい手応えを感じていたのだ。
今もまだ、何かパーツが足りないような気がするだけで……。
「ま、問題を整理して順番に片付けていこうよ」
俺を慰めるように明るい声で言うラクト。
彼女は指を折りながら一つ一つ課題を整理していく。
「まずは足場だね。これはやっぱり大きい船を用意するしかないんじゃない? 今度は船体の材質にも気をつけて。大きい方が安定もするだろうし――」
「なるほど」
正面に座るラクトを見て、天啓を閃く。
突然顔を上げた俺に彼女はきょとんと首を傾げる。
俺は立ち上がり、ラクトの両手を握る。
「そうだよ、順番だ! 順番が大事なんだ!」
「どっどっどっ、どういうこと!?」
混乱するラクト。
俺は彼女の手を握ったまま外に飛び出す。
「ラクト、氷の床を出してくれ!」
「いや、だからそれはさっき失敗したんじゃ……」
「違うんだ。
俺の言葉に唖然とする二人。
それに構わず、ラクトの背中を押す。
「ここは砂浜だ。足下は柔らかいだろう? それを押し出すように、テントの下に床を生成してくれ」
「ううん? わ、分かった、やってみるけど……」
失敗しても知らないからね、とラクトは疑問の残る表情のままアーツを使う。
「『
「あっ!」
小屋がぐらりと揺れ、一段高く持ち上がる。
その足下には、分厚い氷の床が生成されていた。
「――いける。行けるぞこれは! “浮蜘蛛”展開、さあ引っ張れ!」
浮蜘蛛を展開し、糸を使って氷の床ごと小屋を動かす。
ゆっくりと海に向かって滑るそれは波打ち際に乗りだし、水面に――
「浮かんだ! 浮かんでるよレッジ!」
ラクトの興奮した声。
彼女は波打ち際でぴょんぴょんと飛び跳ねて俺の方へ振り返る。
小さな木造の小屋を乗せた氷の床は、ぷかぷかと茜色の水面に浮かんでいた。
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Tips
◇シュガークリーム・セブンオーシャン
海洋資源採集拠点シード01-ワダツミ商業地区に存在する洋菓子カフェ〈海鳴り〉で提供されているチャレンジメニュー。〈海鳴り〉自慢のホールケーキを縦に七つ積み上げた巨大なタワー型のスイーツ。糖分と脂質の暴力が、濃厚な甘みと共に襲いかかる一周回って凶悪な商品。
30分以内に3人以内で完食することができれば“甘味の海賊王”のデコレーションと限定の海賊帽を送られる。
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