第278話「広く青い海へ」

 ウェイドたちがそれぞれの町に戻り普段の業務に戻った後、俺たちもまた特別任務から少し離れ普段の生活を楽しむこととなった。

 俺たち機械人形の本業といえば惑星イザナミの調査と開拓。

 そしてその最前線こそ、ワダツミが望む紺碧の海原である。


「とりあえず、船を借りるか買うかしないことには活動もままならないんだな」

「買おうとするといくらお金があっても足りませんよ。船舶本体だけでなく、その維持費、倉庫の賃貸費、燃料費などなど沢山掛かりますから」

「何もそこまでリアリティ求めなくてもいいのにねぇ」


 レティが指折り羅列した費用の数々にエイミーがうんざりと眉を寄せる。


「船舶管理事務所でレンタルすれば、全部纏めて一括払いになるので楽ですね」

「……そもそもまだ開発が進んでないから、性能の低い船しか買えない」


 wikiを確認していたミカゲが指摘する。

 各種生産バンドが航空機の次は船舶だと頑張っているようだが、やはりなかなか難しいらしい。


「とりあえず船舶管理事務所に行ってみようよ」


 そんなラクトの鶴の一声によって俺たちは波止場から港湾地区の中央にある船舶管理事務所に向かうこととなった。

 中央制御区域の外ではあるもののワダツミの欠かすことのできない施設としてベースライン扱いとなっている船舶管理事務所は、真っ白な豆腐のようなシンプルな外観で、多くのプレイヤーが続々とその門をくぐっていた。


「ここが船舶管理事務所、通称“船管”ですか」

「他のベースラインと同じで内部は別フィールド扱いなんだね」


 外観と同じく白を基調としたシンプルな内装を見渡し、レティがしみじみと零す。

 ラクトの言うように、外から入ってくる人数と比べ閑散とした内部はスキンショップなどと同様に混雑対策が成されているようだ。


「あれが海図ですね」


 ロビーの中央、青色のソファに囲まれたところに立体投射ホログラムがゆっくりと回転している。

 〈オノコロ高地〉およびそれを囲む〈奇竜の霧森〉が三次元的に表示されているほか、各都市の場所にはそれぞれマーカーが置かれ、ワダツミの周囲からは僅かに波打ったフィールドが広がっていた。


「まだ全然開拓されてませんねぇ」


 トーカの隣に立ち、レティが猫の額ほどの海面を見上げて言う。

 ワダツミ中央制御塔の建設完了と同時に海洋フィールドが解放されたらしいが、それから数日経った今でも進捗は芳しくないようだ。


「最初は完全初見で楽しみたいから情報は仕入れていないんだが、エネミーが強いのか?」

「百聞は一見に如かずって言うし、試しに船借りて出てみようよ」


 ラクトたちも積極的に情報を集めたりはしていないようで、まだ見ぬ新天地に胸を膨らませている。

 俺たちは受付に並び、NPCから早速船舶を借りることにした。


「いらっしゃいませ。船舶管理事務所へようこそ!」


 知能レベルがウェイドのNPCと同様に制限解除されているらしく、流暢な言葉で美人のお姉さんが対応してくれる。


「船舶をレンタルしたいです。とりあえず一日、六人が乗れるサイズで」

「動力はどうなさいますか? 櫂、帆布、BBエンジンスクリュー、BBエンジンジェットの四種から選択できます」


 NPCの言葉と共に、レティの前にウィンドウが現れる。

 櫂、帆布、スクリュー、ジェットの順で価格は上がり、性能もそれに準ずるらしい。


「どうします? 帆布でも結構良いお値段しますが」


 ウィンドウマスクを解き、レティが価格表を見せてくる。

 六人全員が乗れるサイズとなるとそれだけで費用は相応に上がってしまうようだ。


「ちょっと近海で様子見するだけだし、櫂でも良いんじゃない?」

「櫂なら〈機械操作〉スキルもいらんだろ。俺も櫂でいいぞ」

「なら櫂にしちゃいますね」


 レティが船種を選択すると、彼女の財布からレンタル料が引き落とされる。


「船種はSSP-G6-0042、限界搭乗員数は六名、推奨活動領域は近海まで、動力は二対の櫂です。シード01-ワダツミ管理埠頭03番に停泊していますので、損傷や沈没に気をつけてご利用ください」

「はい。ありがとうございます」


 料金が支払われると同時に、レティへ船舶の使用権が付与される。

 これで彼女と、彼女の許可した人物は停泊している船に乗り込むことができるのだ。


「幸多き航海を!」


 にこやかな笑みに見送られ、俺たちは船管を出る。

 港湾地区を歩いてレティのマップに記された場所へと向かうと、そこには白くカラーリングされた沢山の小舟がずらりと並ぶエリアになっていた。


「えーっと、これですね。SSP-G6-0042!」


 埠頭を歩き、中程まで。

 係船柱に繋がれた舟があった。


「……ちっちゃいね」

「舟ね。小舟」

「ギリギリ六人は乗れそうですが」

「しもふりはお留守番ですね」

「……白月も乗れるか?」


 海面と共にゆっくりと上下する小舟。

 三列の座席に二人ずつ乗れば確かに六人乗れるだろうが、かなり密着する必要がありそうだ。


「――誰がどこに乗る?」


 ラクトの言葉に、レティたちが真剣な表情になる。


「やはりここはレティでしょう。左右の櫂を密な連携で動かすならレティが適任です」

「パワーバランスの均衡は大事だよ。レティやトーカは筋肉ムキムキすぎてちょっと辛いんじゃない?」

「繊細な力加減は居合いに通じていますので問題ありません。それよりもやはり不安定な足場に強い〈歩行〉スキルが高い私が」


 頭を突き合わせ何やら熱心に話し込むレティたち。

 舟の操作というものはそんなに難しいものなのだろうか?


「そこの娘さんたち。早く乗らないと出港しちゃうわよー」


 見かねたエイミーが声をかける。

 頭を上げたレティたちがこちらを向いて驚愕に目を開く。


「な、なんでミカゲがレッジさんと!?」

「そこはわたしの席なのに!」

「お、弟とて許せないこともあるんですよ……!」

「いや、なんか忙しそうだったから適当に。ミカゲなら息も合うし、〈歩行〉スキルも高いから体勢も安定して支えてくれるだろうし、適任だろ?」


 船首側に座り、一本ずつ櫂を握る俺とミカゲ。

 白月は船首の僅かなスペースに身体を詰め込んで得意げに鼻を鳴らす。

 エイミーが仕方なさそうにため息をつき、埠頭に立つレティたちを呼び寄せる。


「単純に考えて、ラクトは力仕事に向かないでしょ。レティとトーカは二人で後方の動力源になった方が効率的だし、私はエネミーの急襲に備えて盾を準備する必要があるから櫂は持てない。

 配置は必然的に決まるんじゃない?」

「ぐぬぬ……」

「正論は時に何よりも惨い暴力になるんだよ……」

「くっ!」


 強く唇を噛みながらレティたちも舟に乗り込む。

 後方の席にレティとトーカ、真ん中の席にエイミーとラクトが座り、配置が決まる。


「係留の縄を取ればすぐに出港できるみたいですよ」


 全員の準備が整ったところでレティがロープを解く。

 声を合わせ櫂で水を掴むと、思ったよりも力強く船体が動き始めた。


「こうなれば自棄です! トーカ、漕ぎますよ!」

「ふふふ、お任せ下さい!」


 船尾のレティたちが何やら気合い十分で、ザブザブと櫂を回している。

 ガチガチな戦闘職である二人が力と息を合わせて動けば、それはエンジンの如き強出力を発揮するようだ。


「漕ぎ手は前を見れないからな。エイミーとラクトに警戒は任せるぞ」

「任せて。とりあえずはワダツミの範囲を抜けましょうか」


 漕ぎ手は舟に対して後ろ向きに座っているため、前方の状況は分からない。

 警戒と防衛は二人に任せ、俺たちは一心不乱に漕ぐのみだ。


「うんうん、順調だね。人力とは思えないくらいの速さだよ!」

「人力でいいのかしら。一応私たちは機械じゃないの?」

「細かいことは気にしないの!」


 波は穏やかで揺れも少ない。

 レティとトーカが高速でパドルを動かしている前で、エイミーたちがのんびりと話しながら周囲を見渡していた。


「レティ、エネミーの反応なんかはないのか?」

「流石に分からないですね。ウサギ型は聴覚が良いだけなので、海の中から襲われても分かりませんよ」

「なるほど。索敵も何か考える必要があるな」


 ワダツミの領域を抜け、近海に侵入する。

 陸上ならば優れた聴覚を持つレティが原生生物の接近を早い段階で察知してくれるが、海上ではそうもいかない。

 普段斥候役を買って出てくれるミカゲも、今回はそんな余裕はない。


「海原は平穏そのものだよ。広さが広さだけに他の舟ともぶつからなさそうだし」


 手で庇を作りラクトが言う。

 昼間の攻略最前線ということもあり周囲には俺たち以外にも大小様々な舟が浮かんでいるが、どれも十分な距離を取って接触する危険はなさそうだ。


「少しは原生生物来てくれないと、こっちも張り合いが無いんだけど――」


 と、ラクトが余裕綽々な顔で言い掛けたその時だった。

 レティの耳がぴくりと揺れて立ち上がる。


「ッ! 海面下から無数の音が近付いてます!」

「ガードは任せて頂戴!」


 レティが気配を察知したのはかなりの接近を許してからだった。

 瞬時にエイミーが障壁を展開したものの、数匹がその内側に飛び込んできた。


「『ウォールガード』!」


 拳盾を横に薙ぎ払い、面積の広い防御を展開するエイミー。

 それに阻まれ海面に落ちていくのは――


「小魚だね! 細長くて尖ってる!」

「『生物鑑定』。名前は捻れ鰯スクリューサーディンって言うみたいね」

「スクリューみたいに回転しながら飛んでくるからかな。また来るよ!」


 水面が泡立ち、無数の影が現れる。

 続々と飛び出してくるのは銀色の細長い弾丸のような小魚だ。


「『凍結領域コールドフィールド』!」


 舟の周囲、円形の範囲が冷気を上げる。

 侵入してきた捻れ鰯たちが鰭から順に瞬間凍結されて、舟底に転がった。


「ラクトのそれ凄い便利そうだな」

「この前ミオさんに教えて貰ったんだ。効果時間短いし範囲も狭いけどね!」


 数秒喋っている間に凍結領域は消えてしまう。

 櫂を手放し立ち上がったレティたちが臨戦態勢を取ったその時だった。


「うわぁ、でっかい影が上がってくるわよ!」


 前方の水面を見ていたエイミーが悲鳴を上げる。

 大きく海水が持ち上がり、ぬらりと影が小舟を包む。


「ヘルム!?」

「別種ですよ。図体はそれくらいありますけど!」


 驚くラクトにレティは冷静に鎚を構える。

 銀色の鱗に飛沫を纏い、白い腹が迫ってくる。

 突如現れた怪魚は飛び出した勢いのまま、ボディプレスで俺たちを押しつぶそうとしているらしい。


「咬砕流、二の技――」


 それに相対するのは我らが最高破壊力。

 低く腰を落とし、黒鉄の巨鎚を構えたレティが力強く足で舟底を踏む。


「きゃあっ!?」


 ――舟底を、踏み抜いた。


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Tips

◇捻れ鰯

 スクリューサーディン。海洋資源採集拠点シード01-ワダツミ近海に生息する小型の群棲魚類原生生物。強靱に発達した鰭を持つ小さな魚で、捕食のため海面に近付いた海鳥の翼を自身の身体で打ち抜いて落とす獰猛な習性を持つ。

 その身は淡泊で、若干の臭みがあるものの適切な処理をすれば美味しく食べることが可能。


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