第277話「海の町の案内人」

 海鮮〈葦舟〉を出た俺たちは、ワダツミの中心に向かって歩く。

 管理者五人に〈白鹿庵〉の六人、ちゃっかり海の幸を堪能していた白月と、店の外で行儀良く待っていたしもふりの十一人二頭で、随分な大所帯である。

 絶賛建設中で多くのプレイヤーで賑わう街中を、色合いも鮮やかな少女たちを連れて歩くと、それはもう当然の如く目立つ。

 中には鋭い視線もあり、居心地の悪いことこの上ない。


「レッジさん、レッジさん」


 前へ前へと進むワダツミたちを眺めながらついて行っていると、レティが声を潜めて耳元に口を寄せてきた。


「どうした?」

「特別任務、安易に引き受けちゃって良かったんですか?」


 ウェイドたちから提示された特別任務【天岩戸】を、俺はさほど考えることなく引き受けた。

 内容が内容だけに、彼女は案じてくれているらしい。


「いいさ。期限も無いみたいだしな。それよりこんな面白そうなこと、みすみす逃す理由がないだろう?」

「レッジさんならそう言うと思いましたけど……。今回ばかりは難易度が高すぎますよ」

「要はウェイドの時みたいにお宅訪問して話し合いに持ち込めば良いわけだろ? レティが手伝ってくれるなら、そう苦労しないと思うぞ」

「そ、そうですか? えへへ……まあレティに掛かれば? それくらい余裕かも知れませんが? うふふ……」


 突然くねくねと身を捩り始めるレティ。

 何か拙いことを言ってしまったかと戦々恐々とするが、どうやら機嫌を損ねたわけではないらしい。


「スサノオはそれで何とかなったとしても、タカマガハラはどうするの? あれがあるのは成層圏の向こう側だよ?」


 後ろへ下がってきたラクトの指摘。

 やはりネックはそこだろう。


「ま、なんとかなるだろ」

「何か案でもあるの?」


 驚いた様子でラクトがこちらを見上げる。

 俺は得意げに笑みを浮かべて答えた。


「――そのうち思いつく!」

「結局行き当たりばったりじゃん!」


 断言する俺に噛み付くラクト。

 和気藹々と遊んでいると、前方のウェイドたちが振り向いた。


『レッジ。町行く調査開拓員たちの感情パラメータや会話ログは目標量を収集し終えました。次へ向かいましょう』

「そんなことしてたのか……」

『個々の感情パラメータなどは統計的に処理されたものしか閲覧していませんので。円滑なコミュニケーションのための良い経験となりました』


 話が終わった後で突然町を歩きたいなどと言われて驚いたが、どうやら今後プレイヤーと距離を詰めるための準備がしたかったらしい。

 彼女たちは話しかけこそしないものの、つぶさに街角に立つプレイヤーを観察して彼らの言動や表情から様々な情報を読み取っていた。

 まるで人間に擬態するために学習するエイリアンみたいだ、などと言ったら怒られるだろうか。


「レッジさん……流石にそれは失礼ですよ……」

「ごめんな」

『は?』


 レティの若干引いた目に、ウェイドたちに謝罪する。

 彼女たちは流石に読心術までは習得していないらしく、きょとんと首を傾げていた。


「レッジ、次は港湾地区に行ってみない? 船が見てみたいわ」

「いいぞ。距離的にも近いだろうしな」


 エイミーの提案で、俺たちは海の方へ足を向ける。

 ワダツミは内陸部から大まかに住宅地区、中央制御区域、商業地区、港湾地区と区画が分けられている。

 海鮮〈葦舟〉は商業地区の片隅にあり、俺たちはそこからゆるりと地区を貫く大通りを歩いていた。

 通りを一本横へ移動すれば、そこは潮の香りが強い港湾地区である。


「おおー、もう結構船が並んでるんだね」


 埠頭に並ぶ大小様々な船舶を見てラクトが歓声を上げる。

 白い帆を張り、様々なカラーリングに塗装された船体が行儀良く桟橋に寄り添っている。


『フフン。ワダツミの造船設備はイザナミ一ですから。 今も完成したドックから順次フルスロットルで船舶の建造を進めていますよ』

『造船設備があるのはワダツミ一箇所だけなので、イザナミ一という表現は間違いではありませんが誤解を招きますね。工業的生産能力の観点から言えば、地上前衛拠点シード01-スサノオが他を圧倒しています』

『純粋な取引総額ならサカオわたしの圧勝だぜ』

『バンドのガレージ設置数なら、キヨウあてがスサノオに次いで二番目ですえ』


 ぱいん、と胸を張り鼻を高くするワダツミ。

 しれっと突っ込むウェイドに、サカオとキヨウが続く。


『あ、あたしも鉱石産出量ならダントツ一番だぜィ』


 商業施設などを持たないアマツマラが控えめに手を挙げる。

 流石のワダツミたちも彼女の主張には何も言えなくなったのか、揃って言い淀んだ。

 鉱石類は開拓調査の足下を支える重要な要素の一つだ。

 アマツマラにはもっと自信を持ってもらいたい。


「ワダツミさん、ここに並んでるお船はレティたちでも乗れるんですか?」

『オフコース。もとより調査開拓員が使用することを目的とした船舶です。貴女がたにはこれらを存分に活用して、海図を埋めて貰うことを期待しています』

「おおー、船旅ですか。いいですねぇ……」


 純白の真珠のように輝く白い帆船を見て、うっとりとした顔でレティが言う。

 ワダツミが都市として所有している船舶は、レンタル料を支払うことで使用できるようだ。

 船種によって料金はピンキリで、沈没および損傷の際は別途料金が請求されるものの、航海中に得たあらゆる収入は全てポケットに入る。

 特定の依頼を受けていれば料金が割引されるなどのサービスもあるらしい。


『バイザウェイ。〈機械操作〉スキルがあればより自由に操舵が可能で、〈取引〉スキルがあればレンタル料金などに値引きが掛かります』

「そんなお得情報教えて貰って良いの?」

『ノープロブレム。中央制御塔および港湾地区船舶管理事務所に行けば誰でも知ることができる情報ですので』


 そうは言うが、こうしてワダツミの最高権力者から直々に教えて貰えるというのはありがたい。

 彼女ほどワダツミという都市について熟知している存在もいないのだから、ガイドとしては適任だろう。


「海の向こう側には、何があるんでしょうか」


 銀に波立つ水平線の先を眺め、潮風に暴れる髪を抑えながらトーカが呟く。


『ムー。近海の先には大小様々な島影が観測されていますが、詳しいことは分かりません。現在判明している海図についてはいつでも閲覧できますので、それより先は自分の目で確かめて下さい』

「ふふふ、それは楽しみですね。私の刀がどこまで通用するか、今からとてもワクワクします」


 ワダツミの言葉にトーカは桃源郷の鞘を撫でて怪しく笑う。

 新たなフィールドとなれば当然見知らぬ原生生物もいることだろう。

 十中八九、ヴァーリテインよりも更に強力な存在も立ちはだかるはずだ。

 普通ならば足が竦んでしまいそうな想像に、トーカたちはむしろ心を躍らせているらしい。


『ふむ。レッジが、というよりは〈白鹿庵〉のメンバーも多少なりとも特異的な感情パラメータをしているようですね』


 そんな彼女たちを見て、ウェイドは冷静な分析を行う。

 確かに、レティやトーカたちに囲まれてしまえば俺程度すぐに埋もれてしまうものなのだ。


『貴方のその思考は、恐らく今後も理解できないと思います……』

「それくらいスムーズに心が読めるようになれば十分じゃないか……」


 最早見慣れた呆れ顔のウェイド。

 彼女がレティたち側に立つのも時間の問題らしい。


『しかし、そうですね。町の案内というものは調査開拓員との交流に丁度よいかも知れません』


 エイミーたちを連れて港湾地区を回っているワダツミを見て、ウェイドが言う。


「キヨウやアマツマラはともかく、ウェイドとサカオは道が入り組んでるからな。慣れない場所だと経験者でもすぐに迷う」

『道案内も良いですが、観光案内の方が更に良いでしょう。各スサノオには私たちが工夫を凝らしたユニークショップがありますが、中には立地や外観によって来客数の少ない店舗もあります』

『そういう店舗も周知すれば、ドンと収益アップだな。わたしとしても金が落ちるのは歓迎だぜ』


 どうやら、観光案内はウェイドたちのお眼鏡に適ったようだ。

 せっかく作った店に閑古鳥が鳴くのは中枢演算装置と言えど歯痒いものなのか。


『経済は開拓活動の活発度の指数としても重要ですからね。あても観光産業に力を入れていきたいおもってましたんや』

『……あたしもなんか、テーマパークでも作ろうかねェ』

「娯楽施設作ったら開拓はむしろ停滞しないか?」

「たまには息抜きも大事だと思いますよ」


 管理者たちはそれぞれに構想を練り始める。

 ゲームの中で息抜きや娯楽というのもおかしな話だが、それを彼女たちに言っても仕方の無いことではある。

 それに、俺自身特色豊かな各都市を見て回るのは密かな趣味の一つである。

 彼女たちがそんな町の見所を案内してくれるツアーなどがあれば真っ先に参加したいくらいだ。


「観光ツアー、もし実現できたら教えてくれ。真っ先に参加したい」

『……そうですか。では試験的なプランができたらお呼びしましょう』


 俺がそう言うとウェイドは虚を突かれた様子で一瞬沈黙し、肩の力を緩め僅かに微笑んで答えた。


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Tips

◇船舶管理事務所

 海洋資源採集拠点シード01-ワダツミ港湾地区中央に存在する施設。ワダツミが所有・管理する様々な船舶に関する事務的な業務を統括して行う。調査開拓員はここで船舶の貸借契約を交わし、海洋調査へと向かうことができる。


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