第276話「妹たちの願い」
レティたちに管理者のことを説明し、管理者たちに〈白鹿庵〉の説明をして、ひとまずその場を収めることはできた。
もっともウェイドたちは事前にレティたちのことも知っているため、そちらはあまり苦労しなかったが。
その後、管理者権限で二つの個室が繋げられ、レティたちも同じ部屋で顔を向かい合わせることとなった。
「つまりこの子たちはNPCなんだよね? カミルと同じくらい賢そうだけど」
ウェイドたちの顔をまじまじと見つめ、ラクトが言う。
立場的に言えばカミルより遙かに上位の存在なので当然ではある。
『イエス。カミルは〈白鹿庵〉所属のメイドロイドですね。彼女も一般的な汎用NPCのなかでは突出した能力を保有していますが、基本的にはワタクシたちの方が高性能と考えていただいて結構です』
『活動時間に絡まる経験量で言えば、キヨウ、サカオ、アマツマラ、ワダツミの四人はカミルより下と言っても間違いはありませんが。経験の“濃度”で言えば、彼女を遙かに凌駕しているでしょう』
自慢げに胸を張ってワダツミが言い、ウェイドが補足する。
なんだかんだと言いつつも仲睦まじい姉妹のように息が合っているのが微笑ましい。
ちなみにサカオたちはそれぞれ好物の皿を山ほど注文して飲むように食べている。
これも彼女たちの言う“経験”になるのだろう。
「しかし、ウェイドさん以外の皆さんがプレイヤーの前に出るのは初めてですよね? いいんですか?」
『イエス。問題ありません。ウェイドとレッジに関連するエピソードから、ワタクシたち中枢演算装置も現地の調査開拓員と更に親密になったほうが良いという結論が下されました』
『こうして遙々やって来たのは寿司を喰いたかったからじゃないぜ。もともと、レティたちにも会うつもりだったんだ』
『ちょっとずつ貴方たち調査開拓員との接触機会を増やして、トラブル無く交流できるようにしてますのや。急に出てきても、困りますやろ?』
不安げに尋ねるレティに、ワダツミたちが口々に答える。
俺とウェイドの一件でどうしてそんな結論が下されたのかは分からないが、彼女たちがプレイヤーと交流を持つというのは恐らく良いことだ。
彼女たちは可愛らしいし、色合いも相まってアイドル性も獲得できるだろう。
「レッジ、なんで新人アイドルをスカウトしてきたプロデューサーみたいな顔してるの?」
「どんな顔だよそれは」
ラクトの問いにどきりとしながら取り繕う。
どうしてこうも的確に俺の思考を当ててくるのか、薄ら寒くすら感じるのだが。
「レッジさん、やはりこういう方々が……」
「俺の趣味じゃないって言ってるだろ!?」
ふっと目のハイライトを消すレティに声を上げる。
最近の彼女は随分と器用にエモート表現を使いこなし始めているようだ。
「あの、一つよろしいですか?」
そこへトーカが控えめに手を挙げる。
全員の注目が集まる中、彼女は口を開く。
「アマテラスの〈タカマガハラ〉や、シード01-スサノオの〈クサナギ〉は、ウェイドさんたちみたいに女の子にならないんですか?」
『オー……』
『そうですね……』
そんな問いに、ウェイドたちは一様に口ごもる。
何か拙かったかとトーカが身体を小さくして恐縮していると、ウェイドは慌てて両手を振った。
『トーカが悪いわけではありませんよ。むしろ、その話も今回しようと思ってやってきたのです。
――実は私たちも開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉や地上前衛拠点シード01-スサノオ〈クサナギ〉に問い掛けています。
しかし〈タカマガハラ〉は今までずっと沈黙しつづけ、〈クサナギ〉は断固とした拒否を示しています』
「なるほど。なんだか少し残念ね」
エイミーの言葉にワダツミたちも揃って頷く。
〈タカマガハラ〉は母親、スサノオの〈クサナギ〉は長女になるのだろうか。
二人はウェイドたちの強い誘いにも関わらず、あまり乗り気ではないらしい。
「……うん? ウェイドも人前に出ることには賛成なのか」
『むしろ私が中心になって提案しました。……サンプル数がレッジだけでは、今後様々な意志決定に支障を来すことが予想されるので』
「なるほど」
「なるほどねぇ」
「なんでお前らが納得してるんだ……」
すんと澄まし顔で言うウェイドに何故かレティたちが深く頷く。
俺のような平々凡々な一般市民、サンプルには持ってこいだと思うのだが?
「タカマガハラとスサノオは人見知りなのかしらね」
寿司をつまみつつ、エイミーが言う。
『ウーム。スサノオは恐らく、仮想人格と容姿を得て調査開拓員と接触することに意義を見出せないのでしょう。アレもシード値は違えど基本的には同じ〈クサナギ〉なのである程度は推測できます。
アレはイザナミ計画最初期に地上進出の第一手として投下された存在ですので、基本思想は“臆病”かつ“慎重”なのです』
「万が一にも失敗できないからこそ、なかなか挑戦的なことができないのか。理には適ってるんだなぁ」
ワダツミの説明がストンと腑に落ちた。
逆にワダツミは姉たちの盤石な体勢に裏打ちされ、広い海を眺望する町という特性から、バイタリティに溢れているのかもしれない。
『逆に〈タカマガハラ〉が黙ってる理由は分かんねェな。アレはあたしたちとはそもそもの論理手順が違う』
テーブルに皿を積み上げ、硬い赤髪に指を絡ませながらアマツマラが言う。
彼女たちは中枢演算装置〈クサナギ〉という同一の存在が、シード値によって個性を得たものだ。
それに対して〈タカマガハラ〉は開拓司令船アマテラスの中枢演算装置〈タカマガハラ〉――根本的に全てが異なるため、その思考も予測できない。
『できれば、スサノオやタカマガハラにも調査開拓員たちと交流を図って欲しいと思っているのです。しかし、経験量的観点からも、権限強度的観点からも、私たちはアレらに強く進言すること、あまつさえ行動を強制させることは不可能です』
どうやら〈クサナギ〉の力関係はそのままシードの投下順と同等らしい。
つまりスサノオは六姉妹の中では最も強い権力を持ち、ウェイドたちはそれには逆らえない。
そして〈タカマガハラ〉はそもそもイザナミ計画そのものの頂点に立つ存在であるため、彼女たちはまず手出しできない。
「それじゃあもう絶望的じゃないですか?」
「逆立ちしたって手出しできない存在が拒否ってるなら、何もできないじゃん」
レティたちの出した結論は妥当だ。
それはウェイドたちも分かっているようで、渋々ながら頷く。
しかし、すぐに彼女たちは顔を上げ、俺を見る。
「え……、なんだ?」
『実は……ええと……』
言い淀むなどという機械らしくない反応を示すウェイド。
煮え切らない態度の姉に痺れを切らしたのはワダツミだった。
『ムー! 単刀直入に言いましょう。レッジ、ワタクシたちの姉と母――スサノオとタカマガハラの説得を手伝って下さい』
「なんだって!?」
突然の頼みに驚きを隠せない。
レティたちも目を見開き、耳を疑っている。
「お前ら、寿司食べに来ただけじゃないのか」
『それはおまけだ。わたしらはそもそも二つ目的があってやって来たんだ』
俺の疑問にサカオが言い、キヨウが頷く。
『一つは、レティさんたちと接触して交流を広げていくこと』
『もう一つはレッジにこれを頼むってェことだ』
鉄火巻きを飲み込み、アマツマラが俺を見る。
「ウェイドたちが束になって説得しても無理だったんだろ? ただの調査開拓員でしかない俺に何ができるって言うんだ」
俺はゲームを楽しむ一般プレイヤーである。
そんな存在Aになんてことを頼むのだ。
「そうですよ。レッジさんはやること成すこと無茶苦茶ですけど、流石にシステムには逆らえないんですよ」
「もしかしたらしでかすかも、なんて思わなくもないけど、流石にね」
「……ない、ですよね?」
「いや、もしかしたら……」
なぜか段々と尻すぼみになっていくレティたち。
俺に対する信頼感がなさ過ぎる……。
『レッジには実績があります』
「実績?」
ウェイドが顔を上げ、口を開く。
心当たりのない言葉に首を傾げると、彼女は自分の胸に指先を当てた。
『私を説得したことです。私を説得し、結果としてこうして中央制御塔の外に連れ出した。更にその影響は波及し、私の姉妹たちにまで広がった。
――そもそも貴方は調査開拓員の一人。私たち中枢演算装置に逆らう権限など持ち合わせていない、私たちの思うまま唯々諾々と従うはずの存在。そんな貴方が私に進言し、それを認めさせ、こうして行動を変えた。
その事実を強力な判断材料として、こうして貴方に協力を要請しています』
真っ直ぐに青い瞳が俺を見つめる。
一文字に結ばれた口が、堅固な決意を雄弁に語る。
『調査開拓員、個体名“レッジ”。地上前衛拠点シード02,03,04-スサノオおよび地下資源採集拠点シード01-アマツマラ、海洋資源採集拠点シード01-ワダツミの連名で特別任務を発令します』
『イエス。任務の内容は、地上前衛拠点シード01-スサノオ中枢演算装置〈クサナギ〉と開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉の仮想人格および容姿の獲得を支援すること』
唐突に、任務受注ウィンドウが目の前に現れる。
『要するに、あてらのお姉ちゃんとお母さんを部屋から引きずり出して欲しいんです』
『手段は問わない。何かあれば、わたしたちの権限範囲内で協力するぜ』
『お前はあたしらにはできねェ
ウィンドウの発令者の欄には、五人の名前。
ウェイドが俺を見上げて言う。
『任務コードは【
_/_/_/_/_/
Tips
◇特別任務
中枢演算装置により少数もしくは個人の調査開拓員に対して発令される、重要度の高い任務。達成難易度は高い傾向にあるが、その分報酬も十分な量が保証されている。
受注の可否は調査開拓員個人に委ねられ、拒否した場合にも何らかの罰則が課されることはない。
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