第275話「管理者たち」
ワダツミはまだ
そんな若い都市にも関わらず、第三回イベントの勢いに乗ったプレイヤーたちの尽力によって開発依頼が凄まじい速度で進められ、その規模は毎秒広がっている。
地上前衛拠点スサノオよりは地下資源採集拠点アマツマラに近い存在ではあるが、港湾設備よりも内陸には様々な海産物を取り扱うユニークショップが立ち並んでいることも、プレイヤーたちがやる気を出している一因なのだろう。
「ん~~~! このお店、美味しいですね!」
「今まで結構いろんなお店巡ってきたけど値段とボリュームが桁違いだね。あ、レッジそこの雲丹取って」
「鮮度が良いわよね。この帆立なんかぷりっぷりよ」
「この蛸もコリコリしてて美味しいですねぇ。あ、レッジさんそこの山葵取って下さい」
「……海苔おいしい」
ワダツミの一角、まだひとけも少ない片隅に隠れるようにして小さな看板を掲げる店が一軒。
俺の案内でやってきたレティたち〈白鹿庵〉の面々は、店内のレールを高速で流れる寿司を次々に味わっていた。
「はい雲丹、はい山葵。――まあワダツミ公認の回転寿司だからな。品質はお墨付きだ」
「よくこんな穴場知ってましたね。あ、穴子取って下さい」
「はいよ。色々あったんだよ。ほら、美味い魚の店案内してやるって言ったろ」
本当は適当な店で良かったのだが、せっかくだからと作って貰ったのだ。
無条件に寿司の品質を上げて価格を無料にしようとするワダツミと、カンカンになって怒り狂うウェイドを宥め賺しながら、一からこの店をコーディネートさせてもらった。
別に俺専用、〈白鹿庵〉専用の店というわけでもないが、俺たち専用の席というものはワダツミの強い要望で取り付けられてしまった。
今は店自体は正式に開店しておらず、俺たちはプレオープン記念という名目でやってきていた。
「ちょっと席離れるぞ」
「またですか?」
「ちょっと用事がな……」
柱のように積み上げられた皿の間から見上げるレティに言って、俺はいそいそと席を立つ。
彼女たちも寿司の美味しさに夢中で深くは追求してこないのがありがたい。
「さて」
個室を隔てる暖簾をくぐり、隣の部屋に入る。
『ふむ、これがシャケですか。脂が美味ですね』
『ノー。それはサーモンです。そんな事も知らないとは我が姉ながら呆れ果てます』
『どちらも同じではないですか。そのような細かいことに拘るとは』
『どっちでもいい。わたしはこのエンガワって奴が気に入ったぞ!』
『大トロというのも、やわこくておいしいですよ』
『鉄火巻きって名前が良いねェ! あたしのデータベースにビンビン響きやがる!』
そこには、レールの通ったテーブルを囲むそっくりな顔立ちの少女が五人。
白銀色のウェイドと青色のワダツミが細かすぎることで言い争い、その隣では黄色と緑と赤の服を着た少女たちが自由に寿司を食べ続けている。
「なんか増えてないか?」
『オー。レッジ、寿司というものは美味しいですね。データでは知っていましたが、実物を味覚センサーで捉えるとまた異なる感情が湧き上がります』
知らない間に数を増やしたクサナギたちに思わず言葉を漏らすと、俺に気がついたワダツミが膝立ちでこちらへ近寄ってくる。
「そりゃ良かった。クサナギにも部屋の中に引きこもってちゃ分からんこともあるんだな」
『私たちは所謂“生”のデータではなく、データカートリッジに集積された“加工済み”のデータを閲覧しているに過ぎません。こうして機体を得て町にでるのも、案外有意義であることが分かりました』
はしたない、と
彼女はサーモンチーズ炙りを食べむふんと頷いた。
ウェイドとワダツミの協力により、俺はこの店を作って貰った。
そうしてレティたちを案内する前に、彼女たちにも食事をすることを提案したのだ。
普段は中央制御塔の最上階で町中から集まる情報を処理している彼女たちに、足下の実際を見てもらおうという軽い思いだったのだが、二人は案外乗り気だった。
アップデートセンターで予備の機械人形を分捕り、そこに自身の人格データを入れてやってきたのだ。
「それで、そこのお三方は?」
『貴方がレッジだな! わたしはシード04-スサノオの〈クサナギ〉、まあサカオって呼んでも良いぞ!』
『あてはシード03-スサノオ。キヨウでいいですよ』
『あたしはシード01-アマツマラ。アマツマラでいいぜィ』
黄色のサカオ、緑のキヨウ、そして赤のアマツマラが順に名乗る。
色が違うだけで全員ウェイドたちと同じ顔だが、口調というか性格はかなり違っているようだ。
プレイヤーもどの町を拠点にしているかで性格が異なる傾向があるが、それと似たようなことだろうか?
『中枢演算装置〈クサナギ〉は様々な判断をより最適にするため、シード値によって個々の性格が僅かに変えられています。それぞれの町の開発傾向などにもそれが現れていますが、人格データには性格や口調といった所でそれが現れているようですね』
「なるほど。これは助かるな」
主に個体識別の関係で。
「で、なんでサカオとキヨウとアマツマラまでここに集まってるんだ?」
『わたしらは基本的な情報を共有してるからな。お互いが何をしてるのか大体分かるんだ』
『そしたらあてたちの知らん所で、ウェイドとワダツミが楽しそうなことしてはりまして』
『ちょーっと気になってねェ。思わずこうして駆け付けたってェ訳だ』
順に言葉を受けながらサカオたちが事情を説明する。
つまり姉妹たちが変わったことをしているから、好奇心のままにやってきたらしい。
二人を連れ出した俺が言うのもなんだが、こんなにホイホイ制御塔から出てきて良いものなんだろうか。
『心配せずとも、私たちは皆本体の活動は休めていません。空いている処理領域を使っているだけ。貴方たち風に言うなら、余暇を楽しんでいるようなものです』
「なるほどなぁ」
なんだかんだでウェイドが一番俺の気持ちを汲み取って補足してくれる。
そんな姉を見てワダツミがまた少しむっとしているわけだが。
『とりあえず、ワダツミの開発速度が早い理由が分かったぞ。お前らは皆、生の魚が好きなんだな』
「まあ、そうだなぁ。プレイヤーは大体日本人だろうし」
恐らく今頃、料理系バンドでは刺身醤油なども開発が急がれているのだろう。
元々あるのは普通の醤油だけで、少し前に卵かけごはん用の醤油も開発されたが、やはり寿司や刺身には刺身醤油が必要だと需要は高い。
「遠洋にはまだまだ知らない魚もいるんだろう? それ目指して開拓速度も上がるんじゃないか」
『それは我々としても望むべきところです。開拓の円滑な進捗は、イザナミ計画完了までの時期が早まることを意味するので』
「プロメテウス工業なんかは航空機の次は船舶だって忙しくしてるみたいだしな。河童や釣り人も喜び勇んで海に向かってるらしい」
クロウリやタンガン=スキーたち生産職は、ヴァーリテインの討伐直後に大型輸送航空機を完成させた。
それにより高地の上下も行き来しやすくなり、〈水泳〉スキルや〈釣り〉スキルを持つプレイヤーたちがワダツミに殺到している。
今はまだ近海に出られる程度の小舟しかないが、近いうちに大型船舶も現れることだろう。
『いろんなとこでいろんな人が頑張ってはりますえ。あてらもそんなんを見るのが好きなんですよ』
「キヨウたちに言うのも野暮だったかも知れないな」
にっこりと口を弧にするキヨウに苦笑する。
小柄な外見に惑わされてしまうが、彼女たちは自身の足下で活動する全ての機械人形を管理する超高性能な演算装置なのだ。
当然、俺たちがどんなことをしているのかなどリアルタイムで分かっている筈だった。
『そうだなァ。白鹿庵の活躍もよく目立ってるぜィ。タカマガハラやシード01のクサナギもたまにお前らの名前を言ってるくらいだ』
「そ、そうなのか?」
『……貴方は自分が何をしているのか覚えていないのですか?』
アマツマラの言葉に驚いていると、ウェイドが呆れ顔で言う。
レティたちの活躍は随分高いところまで響いているらしい。
「へぇ。それは光栄ですね」
「そうだねぇ。わたしたちも人に噂されるくらいになるなんて」
「全く、なかなか戻ってこないから様子を見に出てみれば……」
背後から声。
どうやら話し込みすぎたらしい。
「とりあえず落ち着こう。彼女たちはレティたちが思っているような人じゃない」
「ふむ。レティも最近は学習してきましたよ。一人は見知った顔ですし。とりあえずご紹介願えますか?」
学習してきたと言う割には身体が震えるような圧を発するレティ。
俺は背筋に冷たいものを感じながら、彼女たちに五人の正体を説明した。
_/_/_/_/_/
Tips
◇海鮮〈葦舟〉
海洋資源採集拠点シード01ーワダツミの片隅に建つ、小さな回転寿司店。地味な店構えとは裏腹に新鮮で大振りなネタの乗った豪勢な寿司を手軽な価格で提供する名店。レーンの速度がとても早く慣れた者でなければ目当ての皿が取れないという難点があるが、それもご愛敬。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます