第269話「進撃蹂躙射出」
防御要塞“朧雲”。
希少金属、高度生産品をふんだんに投入し、コストを度外視した超大規模要塞。
建設には十六人の〈野営〉〈機械操作〉持ちプレイヤーを必要とし、個人で実現できる範囲を遙かに越える規模の専有面積を誇る、文字通り規格外のテントだ。
「アストラ、状況はどうだ」
『負傷者も問題なく回復し、順次戦線復帰しています。攻撃役も突入し始め、機術師もLPが回復し次第再投入できますよ』
「なるほど。なんとか正常に動き出してるな」
無数のコンソールウィンドウに囲まれながら、アストラの報告にひとまず胸をなで下ろす。
他の十五本の柱の足下では、俺と同じようにいくつものウィンドウを並べた要塞管理班がパラメータの調整をしているところだろう。
ある程度自動制御装置も働いているとはいえ、これほど大重量の建造物をただそこに維持するだけでも細心の注意を払わねばならない。
「さあ、レティたちも行ってきますよ!」
「ここからが本番だからね。朧雲の維持、よろしく!」
「ああ、斬りたいですねぇ。うふふ……」
朧雲の完成を待ち構えていたレティたちが昇降機を使って装甲の上へ登っていく。
トーカの様子が少し不安だが、やる気は十分なようだしまあいいだろう。
「カメラの映像も出すか」
朧雲の各所には張り巡らせた銀糸の上を高速で移動できる小蜘蛛が配置されている。
これを操作することで、壁の外側に居ながらにして内部の様子も直接確認できるのだ。
「しばらくは罠で援護射撃しつつ、全員が状況に慣れるまで待つとしよう」
朧雲は当然、味方も初めて見る代物だ。
十六角形の領域内で暴れ回るヴァーリテインとどう戦うのか、最前線に立つ戦士たちがスタイルを確立するまで様子見することになる。
†
昇降機が朧雲の頂点に到達すると同時に、乗り込んでいたレティたちは一斉に飛び出した。
「ラクトは装甲の上から狙えますね。レティとトーカとエイミーはひとまず三人一組で首一本を倒します」
「了解。死なないようにしてよね」
「レッジさんの領域内ですよ。レティが死ぬわけないでしょう?」
得意げに胸を張り、レティは黒鉄の巨鎚を掲げる。
「さあ、行きましょう!」
鋼鉄の装甲を蹴り、彼女たちは壁の内側へ飛び下りる。
白骨で埋め尽くされた地面に足を付ければ、そこはもう混迷極まる地獄の様相だ。
「『野獣の足』『修羅の構え』『飢乏の刃』『猛者の矜持』『猛攻の姿勢』――ッ!」
「――『刀装・赤』『心眼』」
「『
空中でそれぞれの自己強化を施し、エイミーが盾を生成する。
「ふぅ! テクニック使い放題は楽しいですね!」
LPを消費した瞬間から朧雲の効果によってぐんぐんと回復していく。
三人が着地した時には、すでにLPは9割近くまで回復しきっていた。
「向かってきますよ!」
「任せなさい」
三人目掛けてヴァーリテインの首が突撃してくる。
朧雲の領域内では彼女たち以外にも無数のパーティが戦闘を始めているが、彼らよりもヴァーリテインの首の方が多く、奇竜はまだ揃って余裕の表情を浮かべていた。
「『ピアースガード』」
牙を剥き襲いかかるヴァーリテインの鼻先とエイミーの黒い拳が激突する。
その瞬間、ジャストガードの鮮やかなエフェクトが広がり、ヴァーリテインの細長い首を衝撃が貫いた。
「ナイス! ではレティも――」
首を貫く衝撃にヴァーリテインが怯む。
その瞬間を見逃すほど、彼女たちは優しくない。
「咬砕流、二の技――『骨砕ク顎』」
黒鎚が竜の首を打ち上げ、叩き潰す。
並の原生生物ならばそれだけで絶命し、ボスであろうと気絶させうる大打撃に、しかしヴァーリテインは平然と耐えていた。
「『鉄山両断』」
レティの影から放たれる斬撃。
十分な力を溜め、一息に放たれた鋭い刃は、ヴァーリテインの硬い鱗を切り裂いた。
「くぅ、流石に硬いですね」
鋼鉄すら切り裂く斬撃。
しかし悔しげに唇を噛むトーカが見たのは、僅かに薄皮が裂けたヴァーリテインの得意な顔だった。
「『フォローガード』! トーカ、攻撃が終わったらすぐに距離を取って」
「す、すみません……」
大きく口を開けて喰らい掛かるヴァーリテインを、トーカの前に飛び出したエイミーが受け止める。
「大丈夫ですよ、トーカ。レティたちの攻撃はちゃんと通っています」
ヴァーリテインの残存体力は分からない。
しかし彼女たちの攻撃は、確実に奇竜の身体へ傷を付けていた。
「――はい!」
その言葉に励まされ、トーカも気持ちを入れ替える。
そうして、三人と一頭が再度ぶつかり合った。
†
「にゃあ、近くで見ると迫力満点だねぇ」
朧雲の縁に立ち、ケット・Cは暴れ回るヴァーリテインとそれに立ち向かう戦士たちの攻防を眺めていた。
濃緑のマントを風に揺らし、ツバ広の帽子を片手で抑え、彼は心底楽しそうにくつくつと笑う。
「もう皆出てるぞ。お前も早くしないと取り分がなくなる」
「あれだけ首があれば、早々在庫切れにはならないよ」
同じ猫型ライカンスロープで揃いの黒い長靴を履いた男に声を掛けられ、彼は肩を竦める。
そんな様子に話しかけた男は処置無しと首を振り、装甲を蹴って飛び下りる。
「まあでも、ここでのんびりしてるのも勿体ないにゃぁ」
コキコキと首を鳴らし、ケットはうねる黒竜の中から一つを選ぶ。
「よぅし、キミに決めた! なんちゃって――ねっ!」
そうして、彼は壁を駆け下りる。
先に飛び下りた筈の仲間を追い抜き、隕石のような勢いで着地する。
山積した骨を砕き白い砂煙を立ちこめる中、疾風の如き勢いで狙い定めた一頭へ肉薄する。
「盗爪流、第一技――『瞬爪』」
刹那。
奇竜が反応するよりも早く、一瞬のうちに六枚の爪が赤い双眸を斬り裂く。
「続き、第二技――『偽傷』」
竹を割いたような甲高い音。
衝撃を予想していたヴァーリテインは、しかしいつまでも訪れない攻撃に疑問符を浮かべる。
「続き、第四技――『獣皇無塵』」
ザン、とノイズが走る。
奇竜は自身の首を包む触手が全て刈り取られたことに気がつかない。
「『偽傷解放』」
そして、太い首が落ちる。
無数の切り傷が鱗を砕き、肉を断つ。
「ふぅむ。LP使い放題っていうのは随分楽だにゃー」
少し離れた場所に立ち、赤いエフェクトを吹き出す首を見ながらケット・Cが呟く。
彼は両手に握った三枚刃の双剣を払い、大きな欠伸を漏らした。
その頭上に、影が落ちる。
「にゃ?」
「――『
ケット・Cを押し潰さんと落ちてくるヴァーリテインの首を、横から飛来した巨岩が殴り退ける。
「『焼き焦がす蹂躙の火炎』」
「『刺し穿つ堅氷の鋭牙』」
ヴァーリテインの首が業火に包まれる。
灼熱にのたうち回るそれを、立て続けに現れた鋭い巨大な氷柱が貫き地面に固定する。
「『駆け巡る紫電の結爆』」
動きを封じられたヴァーリテインの首に、太い紫電が広がる。
劈くような絶叫と共に、ヴァーリテインの首がまた一つ事切れた。
「あー! 私の出番がないじゃないですか!」
「ふん。こう言うのは早い者勝ちなんだよーだ」
「まあまあ、おかわりはまだ沢山ありますし」
四つのアーツが飛んできた先からやってくる、少女たちの声。
混沌の戦場の最中とは思えない無邪気な様子に、ケット・Cは思わず髭を震わせた。
「にゃぁ、助けて貰っちゃったね」
「くふふ。何を言うやら。あれくらい、ケットなら避けられただろう」
少女達の中心に立っていた赤髪の少女――“炎髪”のメルが笑う。
「むしろ横取りしてしまってすみませんね」
「にゃあ、ここで横取りもなにも無いよ。自由に戦って首を取れば良い。ボクは仕事が減る分には大歓迎だからね」
細い目を更に細めて謝罪するのは“流転”のミオ。
先ほどはヴァーリテインの動きを封じるほどの氷柱を生成した、水属性のエキスパートだ。
「どうだい、調子は」
新たに迫り来るヴァーリテインの首を軽く避けながらケット・Cが彼女たちに問う。
「どうもこうも、LP無制限っていうのは楽しいね!」
「詠唱し放題、でかいアーツ使い放題! 一家に一台レッジが欲しい!」
奇竜を焼き、凍らせ、痺れさせ、吹き飛ばしながら〈
彼女たちにとって一番の障害はアーツを放つごとに消費する膨大なLPであり、それを丸ごと取り払うレッジの朧雲はまさに渇望して止まないものだった。
「ちなみに何本切ったんだい」
「ワシは五本程度かな」
「後は皆、エプロン以外全員三本ずつくらいかなぁ」
「わたしは支援機術師だから、朧雲のせいであんまり仕事がないわね」
「いやいや、いつもよりバフが多いからめちゃくちゃ快適よ?」
軽く語るメルたちにケット・Cは内心苦笑した。
まだ戦いは始まったばかりだというのに、目覚ましい戦果である。
「ま、これだけ倒してもまだまだ敵さんは元気ですし、私たちもまだまだ動けるわ」
「こんなフィーバータイムそうそう無いからね。ワシらも思い切り楽しまねば!」
会話の最中にも追加で三本を落としつつ、メルが更に気炎を上げる。
「にゃあ、もっとヴァーリテインに近付けば攻撃の密度も高くなる筈だよ」
「うむ。ワシらもそろそろ前進しようかと思っていたところだ」
突っ込んできた首が、硬い障壁に阻まれ炎上する。
自分の方へ倒れてきたそれを、六枚の刃が切り刻む。
「じゃ、ワシらはあっちから攻めるとする」
「ならボクは向こうから。健闘を祈ってるよぅ」
「くふふ。こちらこそ!」
そうして、僅かな会話の後彼らは散開する。
「じ、次元が……」
「ピクニック気分かよ」
そんなトッププレイヤーたちの側に居た絶賛戦闘中のパーティは、彼らの悠然とした態度に唖然とするのだった。
†
「前線薄くなってきてます!」
「死亡者が増えて戦線復帰が追いつきません!」
「第六装甲損傷! 第七装甲も戦線崩壊間近です!」
「ナノマシンこっちに回してくれ! ランク5まであるだけもってこい!」
朧雲の外側では、戦線を支える後方支援部隊が慌ただしく駆け回っていた。
機械牛を連れた補給班が物資の少ない場所へと走り、救護班が負傷した人員を回復させる。
「レッジさん、調子はどうですか?」
「アストラか。弾薬が少し足りないな。クロウリたちにも言っておいてくれ」
「もう工房もてんてこ舞いですけどね」
背後から急に話しかけられ、驚きながら振り返ると完全武装のアストラが立っていた。
彼は俺の周囲に展開されたウィンドウ群を一瞥して目を細めた。
「それを全部把握できているんですか?」
「カメラ越しに戦況を見て、撃てそうなら援護射撃するだけだから見てくれほど難しくないさ」
撤退しているパーティを追うヴァーリテインを機銃で牽制しつつ答える。
「ヴァーリテインの体力はどうだ?」
「想定よりも減りが遅いですね。BBCや〈七人の賢者〉が奮闘してくれているようですが」
「他のパーティか」
「彼らも良くやってくれていますよ」
否定も肯定もせず、柔やかな表情でアストラは言う。
その言葉が殆ど答えだったが俺も追求はしない。
「というか、アストラは出ないのか?」
「……総指揮官が前線に立つというのもアレなので」
「…………別に誰も止めないだろうよ」
正確に言うなら誰も止められない、だろうか。
ともかくあまり背後で忙しなく動かれても気が散るだけだ。
「最高戦力を出し渋るのも悪手だろう。進捗も遅れてるんだろう?」
「そ、そうですよね。うん、俺もそう思います!」
「まあ、死なない程度にな」
「はい!」
その言葉を待っていたとばかりに彼は超速で昇降機へ乗り込む。
「ちょ、団長!?」
「どこ行くんですか団長!?」
彼の側に控えていた団員が驚き追いかける。
しかし平の団員に後れを取るほど、彼ものんびりしていない。
「後の指示は共有回線を通じて出す! 高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変に対応しろ!」
「団長? 団長!?」
「待って団長!! 置いてかないで!」
「ああもうあのバーサーカー!」
「恨みますよレッジさん!」
勢いよく昇降機を発進させるアストラ。
置いて行かれた団員たちの視線が一気に俺に集まる。
「まあまあ、アストラが前線に出れば逆に忙しくなくなるかもしれないぞ」
怪訝な顔をする団員たち。
俺はウィンドウに映し出されたアストラの生気に満ちた顔を見て苦笑した。
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Tips
◇高速昇降装置
アセットの一つ。壁面にレールを敷設し、拘束具で身体を固定することで、高速で昇降することができる。使用には稼働距離に応じたエネルギーを消耗する。
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