第266話「説明会にて」
「それでは、〈奇竜の霧森〉のボス討伐作戦の概要説明会を始めよう」
壇上に立ち、アストラは席を見渡して言う。
騎士団のテントに集まったのは、招集に応じたトップバンドのリーダーや個人でその名を広く轟かせる猛者たちだ。
「今回、俺たち〈大鷲の騎士団〉といくつかのバンドが発見し、敢えなく返り討ちに遭った相手の名前は“饑渇のヴァーリテイン”という。
その体格の大きさと、“巣”から離れない特性、今も霧森の広範な調査を行っている〈百足衆〉から同じ個体が報告されていない点、そしてなにより騎士団を退けたその強さから、この霧森のボスだと推測されている。
今回、こうして俺が持ちうる人脈の全てを使って皆に集まって貰ったのは、ヴァーリテインがそうしなければ勝てないと悟ったからだ」
アストラは一堂に会した著名人たちから一点に注目を浴びながらも、臆することなく言葉を放つ。
他ならぬ彼の言葉だからこそ、その裏には信頼に足る説得力があり、それ故にテントに集まったリーダーたちがどよめく。
イザナミ最強とも称される青年がはっきりと、自分達だけでは勝てないと断言したのだ。
「にゃぁ、ヴァーリテインについてはどのくらい調査が進んでいるんだい」
俺の隣に座っていたケット・Cが手を上げ、髭を撫でながらアストラに問う。
彼は頷き、自身の八咫鏡を操作した。
「巣の外側からならゆっくりと安全に観察できるから、姿形については資料も十分に集められた」
そう言って、彼は大きなウィンドウを展開する。
表示されているのは一枚の写真。
「これは……まさしく悪の大王って感じだな」
思わず口を突いて出た感想は恐らく間違っていないだろう。
白骨の山を築き上げ、その上に鎮座する黒々とした巨体。
無数の首と尻尾が胴体から枝分かれし、炎のように揺らめいている。
首の一つ一つにギラギラと憤怒を湛える赤い双眸が輝き、鋭利な大剣のような牙がずらりと並んでいる。
全身を覆う黒い触手はレヴァーレンのものよりも長く太く、それぞれが独立した腕のようだ。
八岐大蛇も尻尾を巻いて逃げそうな、考え得る限り全ての凶悪性を詰め込んだ様な造形である。
「この首と尻尾は柔軟かつ強靱で、高い伸縮性もある。まるで鞭みたいにしなって数十人を一気に薙ぎ払った。触手もレヴァーレンのように簡単には切れないし、拘束する力も強い。表皮を覆う鱗は当然ものすごく硬い」
「にゃぁ。まるで要塞だね」
「まさしく。近付くことすら難しい、難攻不落の要塞だよ」
ケットの軽口にアストラは重々しく頷く。
写真から滲み出る存在感だけでも息が詰まるのだ、実際に相対した彼などその比ではないだろう。
なぜか、彼が一瞬俺の方を見た気がした。
「ただ、頭の一つ一つ、尻尾の一本一本はあなた方でも十分に対処できる。問題なのはその数で、どうしても人員が足りないんだ」
「つまり、ワシらは攻撃を分散させる囮ってことかい?」
「いいや、囮なんて用意している余裕はない。全員が主力だよ」
メルの指摘を彼は即座に否定した。
「どの首が本体で全ての首を統率している、というわけでもないらしくてね。全ての首が完全に独立した個で、個が集まって巨大な個を作っている。
だからここに集まって貰った皆が主力で、決定打になってくれなければ困る」
どれか一つを叩けばいい、という保証はない。
むしろ写真を見る限りではどの頭も同じような見た目と大きさで、大元となるリーダーがいるわけではない。
いうなれば首の一つ一つが個として完成されたボスであり、それが一つの身体を共有しているわけだ。
「こいつ、アーツは効くのかい」
「物理攻撃と同じ程度には。つまり硬すぎてどっちもそう大差ないってことだけど」
「多少なりとも効くならいいさ。アーツ無効なんてふざけた話があったら降りるつもりだったけど」
「その点は安心して欲しい。リザの全力の攻性アーツで一瞬怯んだのは確認した」
それのどこに安心できる要素があるのかと甚だ疑問ではあったが、メルとしては十分な解答だったらしい。
彼女が手を下ろすと、他のバンドからも質問の手が挙がった。
「毒や麻痺なんかの状態異常は効くか?」
「まだ試していない。状態異常武器程度では効果は無いか、あっても微量だろう、という推察はされている」
「攻撃方法は何パターンくらいある?」
「基本は噛み付きか叩き付け、薙ぎ払い、あとは触手による拘束がメインだ。ただ単純に数が多いから完全にパターン化しての回避は難しいと思ってくれ」
「どの弾丸が効きやすいかは検証してる?」
「こちらに情報は上がっていないが、調査班がログを解析しているところだ」
「ドローンを飛ばして偵察はできないか?」
「すぐに叩き落とされる。ただ、光学迷彩か優れた操作技術があれば別だろうから、自信がある人は名乗り出てくれ」
矢継ぎ早に飛んでくる様々な質問を、アストラはテンポ良く答えていく。
彼もすでに様々な思考を巡らせているのだろう。
「ヴァーリテインに関する詳しい情報は騎士団の調査班が今も分析して纏めている。テントの二階に窓口があるからそこで問い合わせてくれても良い。
武器防具その他物資についても本作戦に関連する物に限って騎士団が全面的な援助を約束する。〈プロメテウス工業〉、〈ダマスカス組合〉、〈原始の太陽〉、〈縞蛇工房〉などの生産系バンド、および個人に協力を要請しているから自由に装備を拡充して貰ってくれ。
各自の準備と平行して、大規模戦闘の大まかな作戦についても立案検討を行っていく。何か意見があったら自由に、どんな些細なことでもいいから言ってくれ」
アストラがそう言って締めくくる。
テントに集まったリーダーたちは一斉に立ち上がり、それぞれの目的の場所へと足を向けた。
一番人の流れが激しいのは、やはりアストラの下だ。
「重装と軽装と機術師で分けて、バンドの垣根なく協力した方がいいんじゃないか?」
「指揮系統に疑問がある。各バンドに一人騎士団から連絡要員を出してくれ」
「一番槍は是非〈八刃会〉に!」
殺到する人々の言葉を次々に捌いていくアストラは、流石普段から大規模バンドのリーダーを務めているだけある。
「それにしても大変そうだな」
「攻略系は得てして血の気が多いからにゃー。それを御せるのはアストラくらいじゃない?」
「自らあんな面倒くさい矢面に立つなんて、一生アレについてよく分からないよ」
群衆を遠巻きに見物していると、ケットとメルもやってくる。
二人もアストラに呆れ半分感心半分といった微妙な視線を向けていた。
「まあまあ、多分アストラも本気で全部聞いてる訳じゃ無いと思うよ」
「どういうことだい?」
ケットの言葉にメルが首を傾げる。
俺もアストラが誠実に答え続けているように見えていたため彼の言葉を待つ。
「これだけの人数を集めるんだ。それを決行するよりも前に大筋の流れは自分の中で確立してるよ」
「なるほど。参考意見はいくらでも聞くけど、取り入れるとは言ってないって訳か」
「船頭多くしてなんとやら。アストラだって聞く言葉を選ぶ権利はあるということにゃ」
ぶら下がり取材のように大勢の人を付き従えながらアストラがこちらに歩いてくる。
どうしたものかと動けないでいると、彼は周囲の人を散らし目の前で立ち止まった。
「この後、本会議をします。参加するのは俺が選んだメンバーだけで、今回の作戦で重要なポジションを任せる方々です」
「……えっと、それはどういう?」
さっきの集まりは一体なんだったのかと少し混乱する。
左右に立つ二人は納得しているようで、特に驚いた様子も無いのが疎外感を浮き彫りにする。
「今回の作戦に囮はいないし、全員が主力です。ですが、決して欠かすことのできないメンバーとそれ以外に分けられるということも事実なんですよ。
本会議では作戦の詳細を詰めていきたいと思っています。こちらでもいくつか案を立ててはいますが、それが実現可能かの検証も含めて、意見を聞いていきたいですね」
「なるほど?」
「とりあえず、ケットさん、メルさん、レッジさんも来て下さいね」
「にゃぁ、会議は面倒だけど仕方ないね」
「ワシは呼ばれるぶんには不満もないよ」
「……え、俺も?」
自然に名前を呼ばれ、一瞬反応が遅れる。
ぽかんとする俺を見て、アストラは何故か不思議そうな顔をした。
「そりゃあそうですよ。今回の作戦、レッジさんがいなければ何もできないので」
「ええ……」
自分が知らないところで、知らないうちに重要人物にされていた。
完全に置いて行かれた気分で、俺は目の前の青年を見て途方に暮れるのだった。
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Tips
◇竜殻の天幕
鋼鱗のタトリの硬質な素材を用いた堅固な天幕。内部は二層に分かれており、一階は大部屋、二階は複数の小部屋が設けられている。防御力と耐久性に優れ、並の原生生物では脅威にもならないほど。コストと建築時間を度外視した、異質なテント。
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