第265話「久しい顔ぶれ」
霧立ちこめる森の中を全速力で駆け抜ける。
レティは機械の足で、俺は“浮蜘蛛”でそれぞれに。
そして、ラクト、エイミー、トーカの三人は――
「うわぁああああああっ!」
ミカゲの糸によってしもふりの胴体に括り付けられ、大きな揺れを受けながら疾走していた。
いじめているわけではない。
三人は〈機械操作〉を習得しておらずしもふりに乗ることができないため、苦肉の策である。
「しかしこれは……今後の為にも何か対策を考えといた方がいいかもな」
レティの
ミカゲは糸による某蜘蛛男じみた移動法でそれについてくることができるが、三人はこれといった移動手段を持っていない。
強いて言うならトーカの〈歩行〉スキルが移動手段とも言えるが、瞬間的な速度ならばともかく、長距離においては流石に俺たちの速度に追随できるほどでもない。
「レッジさん、そろそろですよ」
先頭を走っていたレティが地図を確認して言う。
アンプルやバッテリーを惜しまず消費して走っただけあって、アストラが示した座標までも一瞬だ。
使用したアイテム類はきちんとメモしているので、後で騎士団に支払って貰おう。
「森を抜けます!」
そうレティが言った直後、唐突に視界が開ける。
太く濃い緑の木々が消えて青空が現れた。
――そこは木々が伐採され人工的に切り開かれた広大な土地だった。
「うお、凄い人数だな……」
「か、数もそうだけど、面々も圧巻だね。トッププレイヤーや有名人がごろごろ居るよ」
しもふりの脇腹に括り付けられたままラクトが見渡してため息をつく。
若干顔色が悪いが、そんなに喋っても大丈夫なのだろうか。
「テント村! って感じですねえ」
レティの率直な感想は的確だ。
広場には中央に建てられた大きなテントを中心に小さなテントが幾つも並び、何人ものプレイヤーが思い思いに過ごしている。
彼らに共通するのはにじみ出る殺気のような物々しい雰囲気と、それを補強する確かな実力を示す武具を纏っていること。
アストラのお眼鏡に適うだけの風格がある。
「うーん、なんか凄いアウェー感……」
「レッジさんそれマジで言ってます?」
駐留する人々の雰囲気に気圧されていると、周囲から呆れた声が飛んでくる。
レティたちは彼らに負けず劣らずの実力を持っているから分からないのだろうが、ここは小市民が居て良い場所ではない。
借りてきたチワワのようにぷるぷると震えながら広場の中央へ進んでいると、一際大きなテントの方から聞き覚えのある声が響く。
「レッジさん! 来てくれてありがとうございます!」
「アストラ。こちらこそ誘ってくれてありがとう」
ぱたぱたとマントの端をはためかせながら駆け寄ってくるのは、この大規模な陣営を組み上げた張本人だ。
俺は“浮蜘蛛”から降りてアストラと向かい合う。
「しかし随分な数を集めたな。しかもフィールドにこんな大がかりな陣営まで」
「今回の敵はこれが必要なだけの強さを持っているということです。陣地作製は
「ダマスカスの建築課って言えば……スパナが主任やってるところか」
シード02迎撃作戦の時にも色々と世話になったところだ。
フィールド上での大規模建築を専門にしている部署で、第1回イベントの時にはスサノオを囲むバリケードさえ作ってみせた。
「木を伐採して、それを素材に即席のテントを作って設置していくだけですが、テントの威嚇効果もあって防衛が格段に楽になっていますよ」
「なるほどなぁ」
別に俺が教えたわけでもないが、日頃愛用しているものがトップ攻略バンドでも活用されているところを見ると感慨深いものがある。
よく見れば陣地を形成しているテント群は霧森に生息する原生生物の毛皮を天幕に使っていて、そこでも威嚇効果を重視して効果を底上げしているらしい。
「中央の大きなテントが騎士団のもので、作戦本部として会議などの場にも使用します。他のテントは招集した団体に一つずつ貸していますが、レッジさんは自前のテントの方が良いかも知れませんね」
「好きな場所に建ててもいいのか?」
「そうですね。騎士団テントの隣とかが色々便利だと思いますが」
アストラの言を聞いて中央の大きなテントの方を一瞥する。
恐らく二階建てになっているのだろう、今まで見てきた中でも群を抜いて大きなテントだ。
鉄骨の骨組みで組まれ、石材を中心に外壁を積み上げられたそれはもはやテントと呼ぶのもおこがましい。
「まるで要塞だな」
「はい。レッジさんのシード02迎撃作戦の時のモデルを参考にしました」
「そ、そうか……」
あれをかなり大規模に引き延ばしたら確かにこれになるのかもしれないが……。
恐らく、掛かっているコストや建造に必要な時間はあれの比ではないだろう。
ともあれ、そんな要塞じみたテントの側に集まっているのは――
「見事にトップバンドばっかりだな」
「やはり連絡を頻繁に取るのは普段から見知っている所からになりますから。こちらの方が都合が良いんですよ」
「そんな中に俺たちが混じっていいのか?」
「え、何か問題でも?」
「いや、そっちが良いなら構わないんだが……」
きょとんと首を傾げられてはこちらが困る。
結局、俺たち〈白鹿庵〉は騎士団テントの真横に小屋を建てることになった。
というより、小屋を建てるのにぴったりすぎる土地が既に確保されていた。
「にゃにゃ! レッジくんじゃーあないか!」
小屋を建てようとしもふりのコンテナから建材を取り出していると、突然元気な声が振ってくる。
振り向けばツバ広の帽子を目深に被った黒長靴のライカンスロープがやって来た。
「ケットか。久しぶりだな」
「にゃぁ。そっちは元気にしてたかい?」
「ま、ぼちぼちだな」
自由気ままながらも構成員それぞれが高い技術を持ち、騎士団と並んで攻略の最前線を押し上げている猫型ライカンスロープの集団〈黒長靴猫〉のケット・Cである。
外見そのままの自由奔放さでしばらく顔も見ていなかったが、ちゃんと俺のことは覚えていてくれたらしい。
「BBCも参加するんだな」
「モチのロンにゃ! だってこれ以上に面白いこと、なさそうだからね」
一応今はイベント期間中なのだが、それは忘れているらしい。
まあ、彼は開祖になる程度にはガチガチの戦闘職だし今はやることもないのか。
「珍しいことにBBCのメンバーもかなりの数が集まってるんだよ。大体20人くらいかな? 10人は超えてたと思うよ」
「そんなに! BBCの総員もあんまり知らなかったが、かなり集まったな……」
BBCは一応バンドではあるが、構成するメンバーの殆どがソロか数人程度で行動していることでも有名だ。
全員が纏まっていることの方が珍しく、そこに魅力を感じてやってくる加入希望者も多い。
そんなBBCが一つの場に20人も集まるというのは、歴史的な事件と言っても過言ではないだろう。
「おや、珍しい顔がおるではないか」
ケットと談笑していると、そこに新たな声が加わってくる。
立っていたのは鮮やかな緋色のローブを纏った、赤髪赤瞳のフェアリー。
「メルか。当然のように参加してるな」
「当然だからね。ワシらも全力のアーツが放てる機会なんてそうそう無くて不完全燃焼だったもの」
得意げに言う彼女は〈
真っ赤な装いに違わない、火属性の攻性アーツを得意とするアーツ分野のトップで――
「メルさん! お久しぶりです!」
「ラクトもいたか。久しぶりだね」
ラクトが敬愛する相手でもある。
「そうだ、ラクトは水属性アーツが専門だったね。そこのテントにミオもいるから、話してみるといいよ」
「ミオさんって、あのミオさん? いいの!?」
「作戦が始まるまでワシらは暇だからね。向こうも歓迎するだろうさ」
「やった! ありがとうございます!」
喜び勇んで飛び出していくラクト。
メルたちのテントは〈白鹿庵〉のすぐ側にあるようで、そこには彼女の仲間も全員揃っているらしい。
「メル、ミオっていうのは?」
「自分で言うのも何だけど、今時ワシらのことを知らない人がいるのも不思議な感じがするね……。ミオはウチの水属性担当だよ」
驚きつつ自身の仲間を紹介するメル。
〈七人の賢者〉はその名の通り七人のメンバーで構成されたバンドで、“炎髪”のメル、“堅岩”のミノリ、“流転”のミオ、“風塵”の三日月団子、“雷迅”のライムが各属性の〈攻性アーツ〉、“大壁”のヒューラが〈防御アーツ〉、“慈母”のエプロンが〈支援アーツ〉、と全員がそれぞれ分野の異なるアーツの専門家として名高い。
そういえば掲示板の〈防御アーツ〉を扱ったスレッドでヒューラの名前が出ていたような、出ていなかったような。
「あっ! レッジさんだ!」
「うん? お、タルトも来てたんだな」
背後から新たな声、そして複数の足音。
振り返るとそこには、金属製のドレスを纏ったタルトと彼女のパーティメンバーがいた。
「こんにちは! レッジさんたちも参加されるんですね」
「ああ。一応な。〈神凪〉もか」
「はい。神子持ちの縁でご連絡頂きまして」
小動物的な動きで言うタルト。
彼女の肩に止まったしょこらも一緒になって揺れている。
彼女の後ろにはカグラや睦月如月姉妹も居て、全員が揃っていた。
「〈七人の賢者〉やBBCの皆さんと比べると力及ばないと思いますが……」
彼女たちは俺の後ろに立つメルたちを見てしょんぼりと肩を縮める。
そんな様子を見て、ケットがカラカラと明るく笑声を上げた。
「にゃはは、そんなことはないさ! アストラが君たちを呼んだってことは、彼がしっかりと君たちを一つの戦力として認めているってことなのさ」
「そうだね。今の君たちに足りないのは実力じゃ無さそうだ。もっと自信を持ちなよ」
トップ二人からの言葉にタルトたちは一瞬呆け、すぐに大きく目を見開いた。
「あ、ありがとうございます!」
「にゃははー。〈神凪〉の噂はボクも聞いてるからね。過ぎた謙遜は嫌味にもなり得ることを覚えておくと良い」
なぜかこちらへ視線を向けながらケットが言う。
俺が何をしたって言うんだ。
「あれ、知ってる顔がいるね」
「今度は誰かと思ったら、本当に久しぶりだな」
更に現れる新しい顔。
長い金髪を揺らしてやってきたのは、腰に二丁の拳銃を下げたヒューマノイドの少女だ。
側に付き従っているのは、白く小さな虎。
「ルナさん! お久しぶりです!」
アストラは神子持ち全員に声を掛けていたようで、久しぶりに顔を合わせる。
ルナも装いは少しずつ変わっているが、近接銃撃スタイルは今も貫いているらしい。
「なんだか凄い人だかりができてると思って来たら、随分な面子が揃ってるわね」
「人だかり? うわ、ほんとだ……」
ルナの言葉に周囲を見渡すと、いつの間にか俺の小屋の周りにプレイヤーが集まっていた。
彼らは遠巻きにこちらをチラチラと見ながら何事か囁いていた。
「トップバンド三つと新進気鋭の若いパーティが集まってたらそりゃあ注目の的にもなるよね」
「ルナさんも十分注目の的になっているのでは?」
「あたしはそんなに目立つことしてないから気のせいだよー」
いつの間にか賑やかな顔が揃い、話も弾む。
初対面だった者も親睦を深め、お互いにカードを交換したようだ。
「皆さん、大方揃ったようですしそろそろ作戦会議をしたいと思います」
団員と連絡を取っていたアストラが口を開く。
彼の案内によって各バンドやパーティから代表者一人が出て、騎士団のテントへと移動することとなった。
「じゃあ、ちょっと行ってくるよ」
「はい。レティたちはこっちで楽しくやってますね」
満場一致で代表者になってしまった俺もメル達について行くこととなり、残ったレティやタルトたちに見送られる。
騎士団のテントの中は予想よりも広く、企業の説明会のように幾つもの椅子が並べられていた。
「できるだけ前に詰めて座って下さい。まずは招集の理由からお話しします」
登壇したアストラに従い、椅子に腰を下ろす。
会場にぎっしりとプレイヤーが詰まったところで、彼は口を開いた。
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Tips
◇毛皮の天幕
基本的な構造のテント。木材などを骨組みにして、その上から鞣した毛皮で覆うことで作る。安価で組み立ても容易だが、耐久性に難がある。毛皮の種類を選ぶことで周囲の原生生物に対する威嚇効果を発揮する。
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