第264話「折れた騎士の翼」
スピーカーの向こう側から、アストラの声がする。
今まさに大規模な人員を率いて〈奇竜の霧森〉を攻略しているはずの青年からの着信に驚きを隠せない。
「どうしたんだ、いきなり」
なんとかそれだけの言葉を絞り出すと、通話の主は軽やかな笑いと共に答えを返した。
『単刀直入に言うと、霧森の攻略を手伝って貰いたいんです』
「攻略の手伝い?」
そんなものが必要なのかと首を傾げる。
アストラはゲーム内最大規模の攻略バンド〈大鷲の騎士団〉のリーダーだ。
彼が使える人員は三桁近いし、個々の実力や士気も高い。
正直、俺たちに助けを請う理由などない気がするが……。
『はい。〈白鹿庵〉だけでなく、〈
淡々と並べられた、錚々たる面々に絶句する。
まるで俺がウェイドのシードを迎撃した時――いや、それ以上の戦力を、彼は招集しようとしていた。
冗談や誇張など一切抜きにしても、ゲーム内最大規模の戦力である。
「いったい、何をしようとしてるんだ」
彼の思考が読めない。
何を求め、普段は互いに火花を散らし合っている競合バンドと手を組もうとしているのか。
その答えを求めて問いかけると、彼は驚くほど簡単に訳を話した。
『この森の、〈奇竜の霧森〉のボスを倒すためです』
シンプルな言葉。
それ故に不可解だ。
「霧森のボスはレヴァーレンじゃないのか?」
全身を黒い触手で覆った、多脚奇形の大蛇。
ミカゲの活躍によって討伐できた強大な原生生物だ。
てっきり奴こそがこのフィールドのボスだと思っていた俺は、アストラに向けて問う。
彼はそれを聞き、即座に否定した。
『レヴァーレンはボスではありませんよ。だからこそ困っているんですが……』
どこから話したものかと迷ったらしく、少し間をおいて彼は話し始める。
『レッジさんはもう暴食蛇に遭いましたか?』
「レヴァーレンの幼体だろう? 何匹も倒してるぞ」
森の中で嫌と言うほど見た相手である。
全身に黒い毛を生やし、鋭い牙を持つ2メートルほどの蛇だ。
レヴァーレンのように無数の足はなく、本当の蛇のように身体をくねらせて動く。
大きく開く顎からも分かるように非常に大食いで、解体した時など稀に他の原生生物の素材も獲れるという特徴もある。
『ええ。あれが成長するとレヴァーレンになるんですよ』
「まあ、なんとなく分かってたよ。見た感じがレヴァーレンの幼体だったからな」
『問題は、その“貪食のレヴァーレン”が更に成長するということです』
「なんだって?」
アストラの言葉に驚く。
あの時点でも並のボスより遙かに強い力を持っているというのに、まだ成長の余地があるという事実は俄には信じられない。
いや、しかし、俺の脳裏に一つの事実が過る。
「……レヴァーレンは、複数体いたか」
『はい』
間を置かない明快な肯定だった。
通常、ボスエネミーは一つのフィールドに一体のみ存在している。
リポップこそあるものの同時に存在しているのは一体だけだ。
しかし貪食のレヴァーレンは違った。
「ウェイド、キヨウ、サカオ。三地点から同時に降下して、それぞれにレヴァーレンが最終関門として立ちはだかった」
『はい。つまり、レヴァーレンは最低でも三体が同時に存在する。――“貪食のレヴァーレン”はただのネームド個体です』
アストラの宣告が胸に突き刺さる。
あれほどの、強大な力を持った化け物が、この森では頂点ではない。
その事実に震えた。
「アストラは……ボスに遭ったのか?」
『ええ。遭いました。森の奥、サカオ方面の先に巣がありました』
幸か不幸か、アストラの定めた進路は正しかったらしい。
彼率いる〈大鷲の騎士団〉と、それに追随する他の攻略バンドは順調に霧森を進んだ。
人員の数に物を言わせ、圧倒的な面の制圧力で立ちはだかる原生生物の波を退け、彼らは破竹の勢いで森を進撃した。
そうして見付けたのは、
『白い巣でした。とても大きくて、常にどこからか崩れ落ちる音がする。異臭がしなかったのは、腐るほどのものも残されていなかったからでしょうか。
それは全て……彼の食事の痕で作られていました』
狼、熊、鳥、兎、鼠、猫――存在しうるあらゆる生物の骨が乱雑に無造作に積み上げられた骨の牙城。
白く乾いた骨塚。
森の木々をなぎ倒し、強引に開いた土地に広げられた万骨の山。
その頂上にそれは居たという。
『他のボスの例に漏れず、奴と戦う前にも十分な準備時間は確保できました。今思えば、奴の領域に近付く原生生物など居ないということだったんですが』
レヴァーレンの成体であることは一目で分かった。
だからこそ彼は、万全の状態を整えた。
『騎士団だけではありません。息を潜めついてきていた他のバンドにも声を掛け、一時的な同盟を組みました。
腐っても俺たちについてくることができたバンドですから、アレの強さも感じていたのでしょう』
そうして騎士団と複数の攻略バンドが手を組み、一つとなった。
指揮系統を確認し、戦力を揃え、考え得る限りの行動を予測し、あらゆる情報を集め、これ以上無いほどの体勢を整えた。
『三分で負けました』
彼は変わらない軽やかな口調で言った。
ゲーム内最大規模の攻略バンドが、更に戦力を増強して、万全の対策を取って、なお。
『削れたのはほんの1ミリ程度。多くの攻撃は、軽く首を振るうだけで撥ねられました。連合軍としても、騎士団としても、もちろん〈銀翼の団〉としても、今まで以上に気合いを入れて挑みましたが、倒せなかった。掠りすらしなかった』
言葉の裏にある千切れそうな程の悔しさと張り裂けそうな程の悲痛を感じ取る。
トップ攻略バンドのリーダーなのだ。
飄々としていても、いつもその口元に爽やかな笑みを湛えていたとしても、注ぐ情熱は凡百とは比べものにならず、負けず嫌いも筋金入りだろう。
『あれは、一人で――いや、一集団で敵う相手ではない。だからこそ、俺の持つ全ての繋がりを使って、人を集めているんです。技量不問、スキルレベル不問。ただ、強敵に挑む気概だけあればいい』
知らず、彼の語気が強まる。
『あれは一つの災害と言っても過言ではない。あれがあるから、アマテラスはなかなか崖下へ進出する判断を下せなかった。
だからこそ、今あれを打ち破らなければならない。崖下に起点を置き、開拓の手を広げようとしている今、あれを退けなければ』
周囲を見る。
一緒にアストラの言葉を聞いていた〈白鹿庵〉の面々は同じ表情をしていた。
「集合場所を教えてくれ。できるだけ急いで合流しよう」
向こう側で彼が息を詰まらせる。
その後、少し和らいだ語調で騎士団が駐留している地点の座標が送られてきた。
『後方支援は騎士団の後方支援部隊が統括して、各生産バンドにも協力を仰いでいます。物資については十分な量を自由に使って貰えるようにしていますから、安心して下さい』
「分かった。それを当てにして走る」
出発の準備を整えながら、最後に聞き忘れていたことを思い出す。
「そうだ、アストラ」
『なんでしょうか』
しもふりが頭を振る。
彼の背に、エイミーとラクトとトーカが、ミカゲの糸によって括り付けられていた。
「ボスの名前はなんていうんだ?」
『ああ、言い忘れていましたね。ボスの名前は――』
レティが機装を纏い、俺は子蜘蛛たちを動かす。
『――餓え喰らう者、“饑渇のヴァーリテイン”。それがこの〈奇竜の霧森〉という食卓の主です』
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Tips
◇暴食蛇
グラットンスネーク。非常に食欲旺盛な蛇。全身に敏感な感覚器である黒い毛を生やし、動くものを見付けると見境無く喰らう。顎が大きく開くように発達しており、鋭利な牙は何度でも生え替わる。
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