第257話「過激な防衛策」
青い炎を吹き上げて“飛蜘蛛”はゆっくりと崖の側を降下していく。
電磁撹乱フィールドのおかげで針突き鳥の攻撃はなく甲板は平和そのものだが、プルームとグリフォンを吊り下げているため重量が嵩み操作役は緊張しっぱなしだ。
俺はコンソールに表示された、テントの各設備のステータスを見て口を開く。
「そろそろバッテリーを交換しないとな」
「足りますか?」
「十分な数用意してるつもりだが、重量が増えたからな。ちょっと分からん」
BBブースターは最低限四機起動していれば蜘蛛の体重を支えられる。
余裕を見て六機起動させながら残りの二個のバッテリーを新しいものに交換する作業を続け、稼働時間を延長する。
「レティ、少し機関部を見ててくれ。俺は下に吊ってる荷物を片付けてくる」
「えええ。レティこれ見ても何にも分かんないんですけど!」
「なんか拙かったらどこかしらが赤くなってアラートが鳴るから、それを知らせてくれれば良い」
操作盤の監視をレティに任せ、俺は“飛蜘蛛”の側面へ降りる。
命綱を自分の腰と蜘蛛の脚に括り付け、脚の根元から繋がる太い鎖を伝い、その先の鈎で吊られている巨鳥と鷲獅子のもとへ向かった。
「さて、どっちも新種だし期待できそうだ」
新しい原生生物はそのまま新しい素材の山である。
上手く解体してその身の全てを余さず頂くことにしよう。
“餓狼のナイフ”を構え、精神を安定させる。
足場も何もない空中での解体作業は流石に初めてだ。
常に揺れているし、獲物自体の大きさも乗用車ほどはある。
そもそもの要求される〈解体〉スキルのレベルが80で足りればいいのだが……。
「『解体』」
鎖を掴み、ナイフを差し込む。
まずはまだ構造が単純なプルームから。
全身に表示された赤いラインに沿って、刃を滑らせる。
「まるで曼荼羅だな。複雑すぎて目が痛くなる」
できるだけ細い線から外れないように細心の注意を払ってナイフを進める。
流石は第五層の壁というべきか、“老鎧のヘルム”も裸足で逃げ出すような解体難易度をしている。
「しかしまあ、所詮は鳥か。流れで行けるところも多い」
大きさこそ桁違いだが、基本的な身体の構造は日向鳥や唄鳥などの鳥型原生生物とそう変わらない。
日向鳥であれば以前〈彩鳥の密林〉で飽きるほど捌いてきたため、今でも身体に動きが染みついている。
「よし、まあまあ上手く行けたんじゃないか」
結果、完璧とは言えないまでも十分に満足できるスコアで解体作業が完了する。
通常ドロップと共にインベントリへ追加されるボーナスドロップもそれなりに纏まった量だ。
「“英邁の冠羽”がレアドロップかね」
解体によってのみ入手できるレアドロップも無事に入手でき、満足な結果に終わる。
一度“鉄蜘蛛”の背に戻り、テントの中に置いておいた
「レティ、異常はないか?」
「あうう。今のところは……。電磁撹乱フィールド発生装置のバッテリーが残り三割程度ってくらいでしょうか」
「じゃあそれも交換するか。一瞬フィールドが消えるから、迎撃準備頼む」
電磁撹乱フィールドはこの降下作戦の要だ。
これが切れた瞬間、周囲に殺到している針突き鳥たちが嘴を向けてくる。
「電磁撹乱フィールドは二重にできなかったんですか?」
「流石にそんなに載せられん。ブースターは活動の根幹に関わるから仕方が無いが、こっちはレティたちでもなんとかできるだろ」
身体を休めていたラクトたちが集まってくる。
中でも気合いを入れているのはエイミーだ。
黒鉄の重鎧に身を包んだ彼女は大振りな拳盾に包まれた両腕を打ち付け、口元の笑みを深める。
「ここは私の出番ね。一匹たりとも近づけさせないわよ」
「頼もしいな」
「私だって色々と研究してパワーアップしてるのよ。どうぞご笑覧あれってね」
レティとトーカは対多数戦に向いていないという理由から、最前線にエイミーが立ち、その後ろからラクトが攻撃し、ミカゲが遊撃、二人は三人が討ち漏らした僅かな敵を相手にするという役割分担になった。
全員に事前の支援アーツを施し、生産職の四人は守りやすいよう“飛蜘蛛”の中央に立って貰う。
「できるだけ素早い交換を心がけるが、まあ3分くらいは見てくれ」
フィールド発生装置の稼働を切ってもすぐにバッテリーが交換できるわけではない。
交換前には冷却時間を置く必要があった。
「任せなさい。何時間でも凌いでみせるわ」
プルームやグリフォン戦では前に出ることが無かったからか、エイミーがいつにも増して血気盛んだ。
やる気がある分にはありがたいことではあるが。
「じゃあ、いくぞ。3、2、1――」
合図で“飛蜘蛛”を包んでいたフィールドが掻き消える。
その瞬間、周囲を取り巻いていた無数の針突き鳥たちが一斉に向かっていく。
「『
灰色の翼を羽ばたかせ、大柄な鳩が殺到するその時。
突然虚空に巨大な半透明の壁が現れる。
プルームの突進を受け止めたものと同じ壁だが、今回のものは空中に静止せず動き出す。
「吹っ飛べ!」
エイミーを中心に“飛蜘蛛”の周囲をぐるりと巡る大壁。
それは突進してきた鳥たちを横から殴り吹き飛ばした。
まるでゴミを箒で掃いたかのように、一瞬空が広くなる。
「さあ、行くわよ」
ぐるぐると回る大壁が多くの針突き鳥を退けるとはいえ、それだけで全てを阻めるわけではない。
エイミーは小盾を空中に生成して飛び上がり、巧みに空を駆ける。
「『破衝拳』ッ!」
大壁をくぐり抜けた鳥を、彼女の黒い拳が捉える。
ゴム鞠のように吹き飛んだ鳥は後方に続く仲間を巻き込み墜ちていく。
「『自壊し飛散し反射し増幅し続ける十二の鋭利な貫く針の飛散する三枚の小盾』」
「なんて?」
エイミーが一瞬でずらりと長い言葉を放つ。
思わず作業を止めて顔を上げた時、空中に立った彼女の拳の前には三枚の薄い盾が連なっていた。
「飛び散りなさい」
パパパン、と一瞬で三つの盾が打ち砕かれる。
エイミー自身の拳によって破壊され、強制的にジャストガードが発動した防御アーツは破片を十二本の鋭い針に形を変えて拡散する。
それは手近な針突き鳥に刺さると、その身体の中で崩れ、新たな破片となりそれが針へと変わる。
突き刺さり、砕け、増幅し、衝撃を反射し、更に増殖し、周囲へ拡散する。
三枚の小さな盾だったものは無数の針へと変貌し、周囲の鳥の群れを一網打尽にした。
「え、えげつない……」
「ちょっとしたマップ兵器じゃないの、あれ」
ラクトも矢を番える手を止めて唖然とする。
エイミーの前方、広い扇状の範囲へどこまでも拡散していく針は、増幅を繰り返すなかで凶悪なまでに攻撃力を高めていた。
もはや針先が掠めるだけで鳥は死に、更に針は増え広がっていく。
「あれ、防御アーツだよな?」
「そのはずだけどねぇ」
アーツの効果時間中、針の数が増えるほどにエイミーのLPも消費されているようだが、ジャストガードを決めたことでそれもテントで回復が追いつく程度だ。
すでに彼女は針の行く末を見届けることなく、別の方向の対処へと移っている。
「電磁撹乱フィールドなくても余裕だったのでは?」
「流石に全方位を常にカバーできるわけじゃないみたいだし、安心して良いと思うよ」
今も小盾を巧みに生成し空中で飛ぶ鳥を文字通り落とし続けているエイミーは、いつになく活き活きとしている。
渾身のアーツが上手く決まって嬉しいのだろうか。
「『
硬い壁を生成し、突撃してきた鳥を小盾で跳ね返すことで打ち付ける。
回りくどい様にも見えるが、彼女が使えばジャストガードによって非常に低いコストで連発できる有用な戦法になるらしい。
「なんか、テニスの壁打ちみたいだな」
「自主練だな」
一歩引いたところから観戦していたクロウリが言い、ムラサメが頷く。
空中という三次元的な空間で意志のある鳥を打ちだしている分難易度は桁違いだろうが、端から見れば確かにそう見える。
「よし、バッテリーの交換も終わりだ」
エイミーが尽力している間に、無事にバッテリーの交換が終わり電磁撹乱フィールドが再展開される。
途端に針突き鳥は墜ちていき、またも平和が戻る。
「ふぅ。いい汗かいたわ」
さっぱりとした顔で降りてくるエイミー。
「私たちは全然仕事がありませんでしたが」
そんな彼女を苦笑いを浮かべたトーカたちが出迎える。
エイミーが冗談みたいな働きをした結果、レティやトーカはおろかラクトやミカゲでさえも殆ど手を動かす必要が無かった。
本当に彼女一人で針突き鳥の猛攻のほぼ全てを凌いだのだ。
「お疲れさん。俺はグリフォンの解体をしてくるから、レティはまた監視を頼めるか」
「分かりました。お気を付けて」
平穏を取り戻した甲板でトーカたちは自由に過ごす。
レティが操作盤の前に立ち、俺は手を付けられなかったグリフォンの解体をするため下へ向かう。
命綱を結び、鎖に手を掛けたその時。
「おおお、おおおおっ!?」
突然大きな衝撃と共に“飛蜘蛛”が揺れ危うく振り落とされそうになる。
「レッジ、下よ!」
ネヴァの声。
慌てて視線を下げる。
太い鎖を辿り、向かった先には首の落ちたグリフォンの身体、そして――
「新手じゃねえか……ッ」
吊り下げられたグリフォンに深々と牙を突き刺す大蛇。
太く黒々とした剛毛に覆われた、奇妙な出で立ちの細長い身体をした異形の蛇だ。
その光る双眸と目が合った。
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Tips
◇『自壊し飛散し反射し増幅し続ける十二の鋭利な貫く針の飛散する三枚の小盾』
13個のアーツチップを使用した上級防御アーツ。衝撃を受けた瞬間に砕け、その破片を十二の針へと変える小さな盾を三枚生成する。針は周囲へ広く拡散し、敵に当たった場合は更に自壊し、新たな十二本の針に変わっていく。針は攻撃時、自身の運動エネルギーを増幅し攻撃力に上乗せする。
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