第258話「笑う異形の黒蛇」

 俺の頭ほどもある大きな眼がこちらを睨みつける。

 鋭く肉厚な牙は深々とグリフォンの身体に食い込み、絶対に逃さないと顎がギリギリと圧迫している。


「でっか! なんですかこのイベント、怪獣大戦争ですか!?」

「前のイベントの方が怪獣大戦争感はあった気がするけど、こっちも十分賑やかだよね」


 “飛蜘蛛”から身を乗り出したレティたちが、黒毛の大蛇を見て言う。


「レティ、鑑定で名前は分かるか?」

「ちょっと待って下さいよ。『生物詳細鑑定』」


 鎖を引きちぎろうと身を捩る大蛇に、ブースターの出力を最大にして対応する。

 その間にレティが目を開き、闖入者の名前を明らかにした。


「出ました。“貪食のレヴァーレン”、当然のようにネームドです! かなり強いみたいで、名前以外の情報は全然分かりません」

「『生物博識鑑定』――だめですね、おなじく名前だけしか」


 トーカが上位派生の博識鑑定を使うが、それでもレヴァーレンの新たなる情報は見つからない。


「ぐっ、しかし大した力だな。機体が持って行かれるぞ」


 レヴァーレンが力強くグリフォンを引っ張り、鎖で繋がった“飛蜘蛛”も盛大に揺れる。

 命綱が繋がっていることを確認し、どうしたものかと考える。


「レッジさん、下部装甲と第三、第四脚にアラート出てます!」

「さっきの揺れで破損したか……。すまん、グリフォンは諦めるぞ!」


 レティの声に決断する。

 鈎付きの鎖を根元から切り離し、ブースターの出力を上げて上昇する。


「せっかくトーカが討ったのに、すまないな」

「いえ、当然の判断ですから。それよりも機体の修理をお願いします」


 甲板に戻ってトーカに謝ると、彼女は気にした様子もなく頷いた。


「私たちはレヴァーレン対策を話し合っていますので。修理が終わり次第、探しに行きましょう」

「あ、ああ。頼もしいな……」


 どうやらグリフォンを横取りされたことよりも、新たなる強敵が登場した興奮が勝っているらしい。

 レティたちは早速頭を突き合わせて話し込んでいるし、トーカは小走りで向こうに加わる。


「あの子たちも大概筋金入りよねぇ」

「逞しいというか、恐ろしいというか……」

「味方なら心強いだろ。敵には回したくないが」


 生産者組がしみじみと言葉を漏らしながら頷く。

 俺はコンソールに表示された赤い警告を確認し、当該箇所の修理を始める。


「脚の修理はワシらも手伝おう」

「いいのか?」


 タンガン=スキーの申し出に驚くと、彼は心外そうな顔で頷く。


「こやつが墜ちれば、全員死ぬのだ。一蓮托生ならば、手伝わぬわけにもいかぬじゃろ」

「仕事が無くて暇になっただけだろ」

「親切心じゃよ」


 またもクロウリと若干ピリつくタンガンだったが、アラートが一際大きく鳴り響き駆けていく。


「じゃあ俺は第四脚を直すかね」

「下部装甲の材質を少し変えてみる気はないか?」

「良い機会だし他も色々メンテナンスしましょうか」


 タンガンを皮切りに他の職人たちもそれぞれに声を上げる。

 今までデータを取り続けた中で、早くも改善案を考えていたようだ。


「蛇型の原生生物ですと、ラピスやスケイルサーペントですか」

「ラピスは三つ首だし、スケイルサーペントは大きさが違いすぎる気がするよ」

「あの図体だとちょっと身じろぎしただけでもかなりの破壊力よ。正直全面カバーできる自信がないわ」

「輪切りにするのも難しそうですね……」


 甲板の真ん中で円陣を組んで意見を出し合う戦闘職を傍らに、生産職たちも喧々諤々と言葉を交わす。

 新たな装甲に使う鉄材についてや、損傷した箇所の改善案など、それぞれが優秀な職人であるだけにお互い自分の意見を譲らない。


「レッジはどう思うの?」

「硬いのと耐久性が高いのとはまた別だからな。刀もある程度のしなやかさがいるんだろう?」

「やはり関節部が弱点じゃな」

「ある程度諦めねぇと、可動域が狭くなって自由に動けなくなるぞ」

「ブースターの先に刃を付けてみるのはどうだ? さっきの〈狂戦士バーサーカー〉を見て思いついたんだが、あれはいいな!」


 幸い、各種素材はある程度簡易保管庫に入れて持ってきているし、簡易生産設備も一通り揃っている。

 崖の上に戻ることなく改良と修繕が行えるのは、生産職が四人も同行してくれている最大の利点だろう。


「そういえば、あの蛇は黒い毛皮に覆われていましたね。黒神獣、というわけではないんでしょうか」

「その可能性は低いと思うけど……。完全に捨てることもできないわね」

「どっちにしろ殴って倒せるならいいのでは?」

「そういえばミカゲ、さっき逃げてったグリフォンはどうなったの?」

「……大体の、位置が分かる。呪縁が薄いから、大まかな方角だけ、だけど」


 黒神獣、という単語にのんびりとテントの後ろの方で寝ていた白月がぴくりと耳を立てる。

 今の今まで眠りこけていたのにも驚くが、彼としてもその単語には敏感にならざるを得ないのだろう。


「白月、あれは黒神獣なのか?」


 試しに尋ねてみるが、相変わらず明確な答えは返ってこない。

 動物言語的なスキルが見つかったりしないものか。


「レッジ、こっちは大体作業終わったわよ」

「こちらもしっかり話し合えました! 結論としては高度の柔軟性を維持して臨機応変に対応する作戦でいこうと思います」

「なるほど。少し不安だが、降下するか」


 両方から報告があがり、全ての準備が整った。

 破損箇所を修繕、強化された“飛蜘蛛”はまたもゆっくりと崖の側を下方へと向かう。


「レッジさん、レッジさん」

「どうした?」


 周囲にDAFシステムを配置しながら“飛蜘蛛”を操作していると、背後からレティが声を掛けてきた。


「この“飛蜘蛛”ってゆっくりとしか動かないですけど、最高速度がこんな感じなんですか?」


 コンコンと巨鎚の先で甲板を突きながらレティが問う。


「いや、設計上はもっと素早く動けるぞ。単純に俺が疲れるからやらないだけで。あとあんまり激しく動くと乗員が振り落とされかねない」

「なるほど……。レヴァーレンとの戦闘はかなりの激しさが予想されるので、戦闘が始まったら“飛蜘蛛”にも動いて貰いたかったのですが」

「そういうことか。なら全員命綱を装着しておく必要があるな」


 レヴァーレンは随分な高さまで立ち上がり“飛蜘蛛”に吊されていたグリフォンを奪っていった。

 飛行能力があるようには思えないため、恐らくは全身の筋肉を使ってあの巨体を地上から支えていたのだろう。

 それほどの力があるならば、たしかにとても激しい戦闘が予想される。

 そう考え、ネヴァたちに命綱の説明をしようと口を開き掛けた時だった。

 突然ミカゲが驚いたように顔を上げ、こちらを振り向いた。


「どうした?」

「呪縁が、消えた」


 その言葉に首を傾げる。

 ミカゲは時折説明不足なのが玉に瑕だ。


「さっきのグリフォンに投げた、釘。あれをアンカーにして、呪縁を繋げてた。それが今、突然消えた」

「えっと、つまり……?」

「あのグリフォンが、一瞬で死んだ」


 その言葉に絶句する。

 トーカとレティが倒した二体のグリフォンよりも更に大柄で強そうな個体だった。

 それが一瞬で倒されるとは。


「レヴァーレンか?」

「分からない。……でも、あいつはグリフォンが好物、みたい」


 恐らくはそういうことなのだろう。

 あのグリフォンをおやつ感覚で捕食するような存在がそう簡単にいて欲しくはない。


「満腹で眠たくなってくれませんかね……」

「野生にそれを求めるのは酷だろ。それにあの程度で満腹になってくれるとも思えん」


 レティの軽口に付き合いながら、“飛蜘蛛”を白い濃霧の中へ突入させる。

 もう地上は目と鼻の先だ。

 しかし、その前にあの大きな壁を乗り越える必要があるだけだ。


「っ! 早速来ましたね」


 レティの敏感な聴覚がその存在を捉える。

 ネヴァたちが腰に命綱を括り付け“飛蜘蛛”に固定し、トーカたちが武器を構え、濃霧の中で視線を巡らせる。


「あっち! かなり弱いけど、少しだけ呪縁が繋がってる」


 ミカゲの声。

 全員の視線が向かった先から、巨大な影がぬるりと浮かび上がる。


「足下は随分と気持ち悪いじゃないか」


 深い黒色の毛に覆われた巨体を支えるのは、奇妙なほどに細長い、無数の脚。

 百足のようにも見える胴体とひょろりと伸びた長い首、そしてその頂点に据えられた大きな頭は、やはり随分とユニークな姿だ。


「『機装展開アーマーマージ』、黒兎の機脚ブラックバニー――」


 レティの脚にいつか見た細長い流線型の機械脚が装着される。

 ネヴァによって改良の施されたそれは、デザイン面でも随分と洗練されていた。


「さあ、決戦ですッ!」


 そんなレティの言葉によって、双方が同時に迫った。


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Tips

◇呪縁

 術者と対象の間を繋ぐライン。“厄呪”や“怨嗟”の数値が高いほど“呪縁”も濃くなり、それを使用したテクニックの効果量も高くなる。


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