第255話「毒と銀糸」
「電磁撹乱フィールドは……当然効かないか」
プルームの巨体はフィールドでは包み込めず、そうでなくとも“英邁”と名に冠しているからかそもそもの身体強度が桁違いなのか、簡単に墜ちてはくれない。
もちろん俺の方も、多くのプレイヤーを苦しめている大鷹がこの程度で倒せるなどとは考えておらず、すぐに展開していたドローンを差し向ける。
「まずは遠距離攻撃からだな」
テントに組み込まれた銃座が動き、固定された三機の〈
「発射」
声に合わせ、号砲が鳴り響く。
大気に轟く音と共に大口径の物理弾頭がプルームの翼を貫く。
「チッ、これでもあんまり効かないのか」
しかし超速の弾丸を三つも受けたにも関わらず、空の王者は悠然と羽ばたき滞空していた。
翼の面積に比べ三つの傷は小さく、凶悪なまでの生命力にとっては僅かなものらしい。
「〈
コンソールを切り替え“飛蜘蛛”の周囲に浮遊している〈守護者〉の配置を変える。
その直後、まるで弾道ミサイルでもぶつかったかのような衝撃を、ギリギリ間に合った〈守護者〉のシールドが受け止める。
ガリガリと削れていく耐久値を『罠修理』によって回復して凌ぎ、すぐさま〈狙撃者〉の威嚇射撃によって突進してきたプルームを追い払う。
「おいレッジ、装甲で受け止めないのか?」
「テントの装甲は最終防衛ラインだ! そう簡単に当てられてたまるか!」
残念そうに言うムラサメに反論しつつ、〈
三機のドローンは互いに間隔を空け、鋭い刃のついた回転翼を巨鳥へ向けて突進する。
「一度に対応できるのは多くて二機だろう。一機でも到達できればそれでいい!」
巨大な翼がドローンを落とそうと俊敏に振るわれる。
それを張り詰めた集中力でなんとか躱し、プルームの内側に潜り込む。
この日のためにドローンの操作技術も地道に磨いてきたのだ。
「高速射出ミニパイルバンカー!」
ドン、と鈍い音と共に撃ち出される、螺旋の溝が刻まれた太い針。
深々と差し込まれた針を通じて高濃度の毒が強引に注がれ、勢いよく引き抜かれることで裂傷を刻みつける。
「『
極めつけに鮮烈な花が咲く。
猛毒と裂傷を受け、至近距離で三つの爆発。
「くぅ、まだ無理か」
しかし、それでもなおプルームの翼は折れていなかった。
この程度で倒れるならばあのアストラたちも苦労はしないだろうが、上手く決まっただけに悔しさもある。
「レッジさん!」
レティの声。
はっと顔を上げると、鋭い鉤爪が〈守護者〉のシールドを砕き、機体を破壊していた。
「ちぃっ!」
すぐさまテントの中から予備の〈守護者〉が飛び出し、三機一体のユニットが組み直される。
しかしそれまでの時間は明確な隙となり、プルームの蹂躙を許してしまった。
「『
「すまん、助かった」
咄嗟に動いたエイミーが巨大な壁を生成してプルームの進行を阻む。
頭から激突した大鷹は、その勢いをそのまま跳ね返されて大きく吹き飛ばされた。
「狙撃、〈狂戦士〉も補充だ」
銃撃によってプルームを牽制しつつ、爆破した〈狂戦士〉も補充する。
〈観測者〉の視界も借りて戦況を確認しながら次なる作戦を瞬時に組み立てる。
「ぐぅ、どんだけ速いんだ!」
しかし防衛線の再構築と勢いを増すプルームの迎撃を並列して行うのは困難を極めた。
どれだけの銃弾をねじ込んでも、その動きが衰えない。
野生の力強さをひしひしと感じる。
血管が焼き切れそうなほどの思考の中で、決断を下す。
「――『罠発動』、シルバーバインド」
水面を叩くような音と共に銀の煌めきが放たれる。
極細の銀線が両端に繋がった重りによって回転しながらプルームの翼を絡め取る。
「うわぁ、容赦ないねぇ」
ラクトの声が聞こえるが、それに構っている暇はない。
二重、三重にワイヤーが射出されプルームの身体を拘束する。
藻掻けば藻掻くほどにワイヤーは深く食い込み、羽根の動きを阻害していく。
「ふぅ。流石に最小構成のDAFシステムだけじゃあ無理だったか……」
“飛蜘蛛”に繋がった太い鎖によって、飛行能力を失ったプルームが吊り下げられる。
今もその身体は〈狂戦士〉三機分の猛毒が蝕んでおり、もはや銀線の拘束を破るだけの体力は残っていないのだろう。
ぐったりと全身を弛緩させ、プルームはゆらゆらと揺れている。
「ぐぅ、しかし重いな……」
定員丁度まで搭乗し、更に背中に大きな金属テントを乗せている“飛蜘蛛”がプルームの巨体まで吊り下げると流石にブースターの出力が足りない。
できるかぎりゆっくりと降下しながら、プルームのHPが一秒でも早く無くなることを待ちわびる。
「凄いですね、レッジさん。あのプルームを倒せるなんて!」
「搦め手嵌め手何でもありの、若干卑怯な戦法だけどな。厳密に言えばまだ倒せてないし」
黒鉄の巨鎚を構えていたレティが身を翻してやってくる。
アストラたちのように真っ向から挑んだわけでもなく、胸を張って倒したとは言いにくいのだが、レティたちはあまり気にしていないらしい。
プルームのHPはまだまだ多く、ようやくあと半分といったところだが、時々〈狂戦士〉で毒を刺し直しながらじっくりと倒していく。
「プルームを倒せたら、かなり下まで行けそうね」
“飛蜘蛛”の縁に立って下を見ていたエイミーが言う。
今も針突き鳥の猛烈な攻撃を受け続けているが、電磁撹乱フィールドのおかげで気楽に会話ができる程度には平和だ。
「しかし、プルームの為に用意した毒液はもう在庫切れだ。あれだけしか居ないってわけでもないだろうし、こっから先はレティたちもバリバリ働いて貰うぞ」
「お任せ下さい! むしろ待ちわびてました!」
「あれから防御アーツも色々吟味してたのよ。早く試したいのよね」
「私も刀を振りたくてうずうずしていまして」
俺の言葉にレティたちは気炎を上げる。
威勢の良い言葉が異口同音に発せられ、俺は思わず苦笑した。
「……僕も、いろいろ準備、してきた」
いつもは物静かなミカゲも何か用意してきたようで、珍しく興奮気味に言う。
「みんな準備万端みたいだね。こっちも、それに向こうも」
下を覗き込みながらラクトが言う。
彼女の言葉の直後、大きな羽ばたきが複数近づいてきた。
「幻想的だねぇ。凍らせて彫像にしたいよ」
うっとりとした声色でラクトが言う。
瞬く間に“飛蜘蛛”の周囲を取り囲んだのはプルームにも引けを取らない立派な翼を持った獣だった。
上半身は雄々しい鷹で、下半身は勇壮な獅子。
それは幻想の中で語られる怪物。
「――グリフォンじゃねぇか」
思わず口を突いて出たその言葉に応じるように、三頭の獣が咆哮を上げた。
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
アストラがプルーム倒したらしいぞ!
◇ななしの調査隊員
まじか
できるもんなのかあれ
◇ななしの調査隊員
こっちはついさっきおっさんが飛んだってのに
◇ななしの調査隊員
進行が早すぎる
◇ななしの調査隊員
騎士団のHPで戦闘動画上がってるな
◇ななしの調査隊員
なんだこれ・・・
◇ななしの調査隊員
え、これ鳩を足場にしてんの?
なんなんこのお兄さん
◇ななしの調査隊員
これで歩行スキルもってないんだろ?
つまりリアルでもこれできるってこと?
◇ななしの調査隊員
リアルチートすぎる
◇ななしの調査隊員
リザさんもよくこう次々とアーツ使えるよな
◇ななしの調査隊員
滑舌も凄いけど、やっぱ状況把握が完璧なんだよなぁ
仲間のLP全部把握してるんじゃねぇの?
◇ななしの調査隊員
銀翼の団は全員が全員頭おかしいリアルスキル持ってるからな
◇ななしの調査隊員
しかし参考になるところも多い
フィーネちゃんの動き方は格闘家の基本になってるからな
◇ななしの調査隊員
いや、フィーネの動きが参考にできるのも十分レベル高いと思うけど
◇ななしの調査隊員
俺的にはニルマの機械鳥が羨ましいな
なんで二人乗せてあんだけ安定してるんだ
◇ななしの調査隊員
アッシュの露払いもすげえよな
他の仲間が全員プルームに集中できるように足場につかう鳩以外全部打ち落としてる
◇ななしの調査隊員
キヨウもろーしょんがプルーム倒したぞ
◇ななしの調査隊員
ろーしょんってだれだ
◇ななしの調査隊員
霊術スキルの有名人じゃよ
“孤群”のろーしょん。召喚タイプで、物量で圧倒する戦法が得意な子。
◇ななしの調査隊員
てか百足衆じゃなかったのか
◇ななしの調査隊員
百足衆は情報全部集めたからつって一旦引いてるよ
調査のために何度も順番変わって貰ったからって言ってた
◇ななしの調査隊員
義理堅てぇじゃないか
◇ななしの調査隊員
ていうかwikiに載ってるプルームの情報だいたい百足衆なのか
◇ななしの調査隊員
調査班の鑑だなぁ
◇ななしの調査隊員
俺いっさいイベント参加してないけど、土蜘蛛の近くにいると有名人いっぱい見れて楽しいよ
◇ななしの調査隊員
〈野営〉と〈取引〉の合わせ技で土蜘蛛の近くに露店だしてるプレイヤー居て商魂たくましいなって思ったよ
◇ななしの調査隊員
フィールドで食べる焼きそばとか結構美味しくてつい買っちゃうやつ
◇ななしの調査隊員
おっさん、テントで飛んでってから随分経つが続報がなんもないな
◇ななしの調査隊員
便りが無いのは良い便りってな
◇ななしの調査隊員
つまりおっさんとこももうプルーム倒してる可能性あるなぁ
◇ななしの調査隊員
ついにテント飛ばしちまったからなぁ
もう何があっても驚かんさ
◇ななしの調査隊員
撮影スキルとかでカメラドローンだけとばせんかね?
順番待ちの間暇だから挑戦中のパーティの様子が見たいよ
◇ななしの調査隊員
頑張ればできるんでない?
◇ななしの調査隊員
技術系バンドに頼んでみるか
◇ななしの調査隊員
盗撮ならドローンにカモフラ着けないといけないな。ロングタンイグアナの皮とかがカモフラ率が結構高めでおすすめ。あとは多分操作可能領域外になるだろうから中継器を付けるか土蜘蛛自体にケーブル接続して糸と一緒に伸びるようにするといいと思う。前提として盗撮が戦闘の邪魔になるのは拙いからできるだけ小型化したほうがいいだろうな。結構な激戦だろうからスペアも合わせて複数台編成にしたほうがいい。ドローン製作は大手バンドなら基本的に性能も安定してていいが、特にダマスカスはユニークなモデルが色々あって楽しいぞ。あとプログラムに強い奴がいるならおっさんのDAFシステムから基本的な自律飛行システムを流用できるからそれを参考にしたらいい。
◇ななしの調査隊員
こいつ盗撮の話になると急に早口になるよな
◇ななしの調査隊員
なんで盗撮魔が当然のようにいるんだよ・・・
◇ななしの調査隊員
おまわりさん!!!
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Tips
◇シルバーバインド
銀糸罠。細く両端に重りの付いた銀糸を勢いよく射出し、対象を拘束する罠。そのままでは耐久値が低く容易に破られるが、複数個を組み合わせることでより固く動きを封じることができる。
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