第254話「宙舞う蜘蛛」

 〈鎧魚の瀑布〉崖際、多くの人で賑わう“土蜘蛛”の降下開始地点。

 背後に広がる森の中から三つ首の機械獣が現れ、人々を飛び越えて着地する。


「レッジさーん! 持ってきましたよ!」

「おお、完成したか。助かるよ」


 土煙を巻き上げ急停止したしもふりからレティが飛び下りる。

 列を成したプレイヤーたちが驚いて視線を向けるが、彼女の姿を確認すると安心したようですぐに興味を失う。


「ネヴァさんたちは徒歩なので遅れて来るそうです。順番は進んでますか?」

「順調に進みすぎたから抜けてきた。今から並び直せば丁度いいくらいだろ」


 しもふりの鼻の頭を撫でつつ答える。

 彼の胴体部に、俺が発注したアイテムが入っているのだろう。


「レティも輸送お疲れ様」

「本当に、しもふり様々ねぇ」


 すぐ近くで待っていたラクトたちもやって来て、レティと共に“土蜘蛛”の列に並ぶ。

 イベント初日ほどの長さではないが、まだまだかなりの人数が挑戦している。

 列の進み自体は幸か不幸か順調で、ネヴァたちがやってきたのは順番が回ってくる間際のことだった。


「お待たせ! ギリギリみたいね」

「ああ。次が俺たちみたいだ」


 フードを目深に被ったネヴァは、クロウリ、タンガン=スキー、ムラサメといった錚々たるメンバーを引き連れてやってくる。

 またも周囲の強烈な視線が向けられるのを感じながら、努めて意識しないようにして会話を進める。


「俺たちがバンドの垣根を越えて協力したんだ。上手く使いこなせよ」


 黄色い安全ヘルメットを被ったクロウリがにやりと笑いながら言う。

 その隣に立っていた初老の男性が静かに口を動かす。


「ふん、ワシらの技術が無ければ完成しなかったじゃろうに」

「何言ってんだ。そっちだって同じだろうが」


 途端に険悪な雰囲気になる二人。

 見かねたネヴァが間に入り、それを諫める。


「今はくだらないこと言ってないで、自分たちの作品を見届けるんでしょ。ちゃんとデータ集めないと次の段階行けないわよ」

「そうだ。オレも自分の鉄がちゃんと生きてるところを見てみてぇ」


 それに同調するのは野武士のような男だ。

 “名工”ムラサメ――刀のみを鍛える無所属の刀鍛冶。

 彼を説得するのにも随分苦労したが、それだけに彼の働きがなければ今回の計画は実現に漕ぎ着けなかっただろう。


「ふん、それもそうじゃな」

「レッジ、早くやってくれ」

「はいはい。じゃあちょっと場所を開けてくれ」


 “土蜘蛛”の側にしもふりを移動させ、その胴体に格納されていたコンテナを展開する。

 そこに詰め込まれていたのは幾つもの金属部品。

 柱や板、また複雑な機械類が並んでいた。


「やっぱり、何度見てもテントの材料には見えねぇな」


 そんなクロウリのつぶやきに誰もが頷く。

 俺はそれを運び出し、“土蜘蛛”の背上でテクニックを使用して組み立てる。


「『野営地設置』」


 ふわりと浮き上がる金属パーツ群。

 個々が意志を持っているかのように、まるで時を巻き戻していくかのように、それらは滑らかに組み合わさっていく。

 台形の分厚い装甲板が八つ、外周を囲む。

 天井を八角形の金属板で蓋をされ、平たいテントが組み上がる。


「完成品見ても、やっぱりテントには見えないよ」


 ラクトの容赦の無い突っ込みが入るが、これはれっきとしたテントなのである。

 “土蜘蛛”と同じ、黒銀色のメタリックな外装。

 衝撃緩衝材と自己修復ナノマシンジェルを間に挟んだ三層構造の頑丈な装甲に守られた小型のテントだ。

 テントは巨大な“土蜘蛛”の背にぴったりと収まるサイズで、展開が終了するとジョイントと太いボルトによってガッチリと固定される。


「『領域指定』」


 しかしこのテントはまだ完成ではない。

 俺の言葉に従い、テントの各所に内蔵されたマーカーが起動する。

 薄青色の領域が、テントを中心に球形に展開して“土蜘蛛”そのものもすっぽりと包み込む。


「機銃設置、ドローン展開。DAFシステム、起動」


 装甲の一部が開き細長い銃身が出現する。

 更にテントの内部からは小型のドローンがいくつも飛び出す。


「姿勢制御装置、起動。BBエンジン、起動」


 “土蜘蛛”の脚を包み込むようにパーツが展開し、八つの円筒に成り代わる。

 それらは末端から青い炎を吹き出し、動作を確認する。


「空中飛行型機動要塞“飛蜘蛛”――展開完了」


 敵が空を飛ぶのなら、こちらも空を飛べば良い。

 背上にテントを乗せた“土蜘蛛”あらため“飛蜘蛛”は、そんなコンセプトの下でネヴァやクロウリたちに協力を要請して開発したものだ。

 試作段階だったダマスカス組合とプロメテウス工業の技術を複合し、更にムラサメに金属素材の監修をしてもらい、ネヴァも加わり完成させた。

 当然のように莫大な金額と素材が消し飛んだが、これはまあ必要経費ということで。


「なあ、クロウリ。テントは飛ぶと思うか?」

「飛ぶわけねぇだろ馬鹿野郎。――と、言いたいところだが、これは飛ぶ。絶対にな」


 一度は鼻で笑われ一蹴された問い。

 職人としての矜持を賭けて、クロウリが断言する。

 普段は犬猿の仲であるタンガン=スキーも、ムラサメも、ネヴァも、製作に携わった全員が頷く。


「レッジさん、リベンジに行きますよ!」


 早速乗り込んだレティに急かされる。

 気がつけばラクトたちは皆、俺よりも先に乗り込んでいた。


「定員は丁度10人だ。クロウリたちも早く乗ってくれ」

「言われなくとも」


 煙草を消し、クロウリが乗り込む。

 彼らの技術を流用する代価として、“飛蜘蛛”では様々なデータを収集している。

 それらを記録し、大型航空機製作の足がかりとするのだ。


『“土蜘蛛”降下行動開始します』


 “飛蜘蛛”の背に乗っているのはテントだが、その内部には色々な機械類や銃座や弾倉の類をぎっしりと詰め込んでいるため人の入る隙間がない。

 そのため俺たちは全員屋上部に登り、そこを活動の足場とする。

 全員が乗り込むと“土蜘蛛”が動き出す。


「――『点火イグニッション』」


 それに合わせテクニックを使う。

 蜘蛛の脚先に配置された八つのBBブースターが青い炎を吐き出す。

 いつもならゆっくりと頭から崖下へ降りていく蜘蛛が、ふわりと浮遊する。


「と、飛んだぁ!?」

「相変わらずぶっ飛んでやがる……ッ!」


 ざわめく周囲の声もブースターの唸りに掻き消される。

 俺は計器類に異常が表れていないか気を配りながら、ゆっくりと操作する。


「さあ、発進だ」


 ブースターが角度を変え、蜘蛛が滑るように飛び出す。

 水平を保ちながらゆっくりと降下を始め、徐々に速度を上げていく。

 情報は常に収集しフィードバックを繰り返すことで俺の負担を軽くしていく。

 ある程度自動操縦の目処が立ったところで、周囲に展開して追従していたドローンたちにも意識を向ける。

 この“飛蜘蛛”はDAFシステムも内蔵している。

 そのためテントの中には〈統率者リーダー〉が三機積み込まれ、〈観測者オブザーバー〉〈狂戦士バーサーカー〉各三機、〈守護者ガーディアン〉九機が周囲に配置されていた。

 〈狙撃者スナイパー〉だけは処理の簡略化や戦闘領域の都合からテントそのものに銃座として組み込んでいる。


「よし、DAFシステムも異常なし」


 各ドローンが正常に動作していることを確認すれば、ひとまず発進は成功と言える。


「レッジ、そろそろ」

「ああ。まずは小手調べだな」


 見張りに立っていたミカゲの声に頷く。

 各種確認中も降下を続けていた“飛蜘蛛”はそのまま針突き鳥ピジョンニードルの生息する空域へと侵入した。


「電磁撹乱フィールド、展開」


 〈罠〉スキルによって設定した“領域”内に特殊なフィールドを広げる。

 その途端に青く示された“領域”に侵入していた針突き鳥たちがよろめき落ちていった。


「わあ、これは楽ですね!」


 直接手を下すことなく消えていった針突き鳥を見送って、レティが喜色を滲ませる。

 電磁撹乱フィールドは強い磁場を発生させることで原生生物の感覚を狂わせる罠の一種だ。

 これによって“領域”内に侵入した針突き鳥たちは平衡感覚を失い、空間識失調の状態に陥る。


「素材を取れるわけじゃないが、露払いにはいいだろう」

「なんで私たちには効かないのか知らないけど、都合がいいのは大好きよ」


 次々に落ちていく針突き鳥たちはまさに飛んで火に入るなんとやら。

 俺たちも機械は機械なので強い磁場は都合が悪いのではないかと思われたが、予想以上にハイスペックなようで特に影響は表れていない。


「データの方は順調に集まってるか?」


 熱心に稼働部を見つめていた職人たちにも声を掛ける。

 彼らは乗り込む前よりも更に活き活きとした顔で頷いた。


「ブースターの連携が上手いとここまで体勢が安定する物なんだな」

「レッジ、うちでプログラマとして働かないか」

「装甲はまだ分からねぇな。手っ取り早く崖にぶつかってくれないか」

「今のところは満足な出来ね。問題はこの後の戦闘だけど」


 それぞれが担当した箇所について語る四人の反応は上々だ。

 彼らの様子に俺も自信が湧いてくる。


「英邁のプルームも、一旦俺に任せてくれないか。無理そうならすぐに言う」


 武器を構えたレティたちに言う。


「分かりました」

「一応すぐに出られるようにしておくからね」


 臨戦態勢は解かないままで彼女たちも承諾してくれる。

 その時、昨日と同じように大きな影が俺たちを覆った。


「来たな――」


 大きな褐色の翼を広げ、金に輝く双眸をこちらに向ける大空の王者。

 高々と掲げられた冠羽は漲る自信を表しているのか。

 英邁のプルームは大きく声を上げると、俺たちの方へと鉤爪を向けて飛び込んできた。


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Tips

◇自己修復ナノマシンジェル

 高度な機械装置などに用いる基本的な中間素材。内蔵されたナノマシンに形状を記憶させることで、損傷を受けた際に自動的に修復を行う。物質元来の耐久性以上の能力を引き出すことで、強い衝撃や長期間の使用に耐えうる性能を付与する。


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