第253話「可能性の鉄扉」
スサノオにあるダマスカス組合の大工房は、相も変わらず茹だるような熱気に包まれていた。
プロメテウス工業の工房もそうだが、トップを競うバンドというものは戦闘も生産も前提となる規模が他とは桁違いだ。
そこかしこを精悍な職人たちが往来し、素材を満載した機械牛が縦横に歩き回るなか、俺はそれらにぶつからないように気を配りながら早足で工房の奥にある一室へと向かう。
「よう、クロウリ。忙しいところ済まないな」
「本当にな。こっちは目が回りそうだってのに」
ドアを開けて声を掛けると、部屋の奥から甘ったるい香りの紫煙が立ち上がる。
部屋の奥の椅子に腰掛けうずたかく積み上がった書類と格闘しているのは、ライトグレーの作業着を着たフェアリーの青年だ。
トレードマークの黄色い安全ヘルメットを横の棚に無造作に置き、ボサボサの黒髪を掻きむしっている。
「それは?」
「うちの設計課の汗と涙の結晶だよ。使えるかどうか判断して、どう使うか決めるのが俺の仕事だ」
咥えた煙草を指の間に挟み、疲れた目を瞬かせて彼は言う。
「今回のイベントはレッジが発起人なんだろう? そっちに行かなくて良いのか?」
流石はトップバンドだけあって噂に聡い。
俺は肩を竦め、勧められるまま来客用のソファに腰を落とす。
「そっちが行き詰まってるから、何か打開策がないかと思ってな。それくらいは耳に入ってるんだろう?」
「まあな。アストラたちも随分頑張ってるみたいだが、何より驚きなのはあの〈百足衆〉が明るいとこにでてきたことか」
俺と対面する席に移動し、クロウリが言う。
今もキヨウでイベントの指揮を執っている〈百足衆〉は俺も面識のあるカナヘビ隊の母体だ。
彼らは常に影の存在として水面下で活動し、その存在は知られていても構成員を知っている者は少ないことで有名だった。
そんな〈百足衆〉が、今は大々的に他のプレイヤーの前に立ち指揮を執っている。
「ま、本当の本隊って訳じゃあないみたいだがな。良くて二軍、おそらく三軍よりも下の分隊だろう」
「他の人員を指揮できる奴がそのくらいに居るっていうのも凄いけどな……」
クロウリの言葉に驚き半分呆れ半分で返す。
リーダーどころか上層部のほぼ全てが謎に包まれているだけに、その実力の高さがそのまま言い得ない気味の悪さに繋がっている。
ともあれ、今回クロウリの下へ押しかけたのはそんな話がしたかったからではない。
気を取り直し、本題に入る。
「それで、航空機製作の方はどうなってるんだ?」
「そうだな……。一応試作品は実用レベルのものが完成してるな」
知己の仲とはいえ部外者である俺にどれほどの情報が明かされるかと不安だったが、随分と踏み込んだところまで開示されてむしろ不安になる。
そんな俺の内心を感じ取ったのだろう、クロウリは口元を緩めて言った。
「別にこれくらいなら、耳の良い奴は知ってるさ。おたくのレティとかもな」
「なん、だと……。全然知らなかった」
「アンタは耳が悪すぎるんだ」
呆れながらクロウリは続ける。
「試作品っていうのは、目標にしてるものよりも規模を小さくしたミニチュア版のことだ。操縦士ひとり、観測手ひとり、補助人員ひとり、あとは輸送人員がひとりでも乗り込んだら限界のな」
「定員4人なら十分じゃないのか?」
率直な疑問を口に出すと、彼は肩を竦めて首を振る。
「最低でも20人、できれば倍の40人くらいは一気に運べる規模が欲しい。それに加えて、崖下で拠点を建てられるだけの資材も乗せて、何度も往復できるだけの耐久性もな」
「それは……ずいぶん我が儘じゃないか?」
「職人ってのは我が儘でなんぼだろ」
彼の掲げる理想に戦慄すると、にやりと得意げな笑みが返される。
「そもそも今のミニチュアじゃあ崖のエネミー層を突破できねぇ。ある程度の装甲と迎撃設備を乗せようと思ったら、どのみちそれくらいの規模が必要なんだ」
「なるほどな。それは難しそうだ」
ちらりと執務机の上で地層となった紙の束を見るクロウリ。
あれらが全て、航空機関連のものらしい。
「航空機くらいのデカブツになると、単に武器や防具を作ったり機械獣を組み立てたりするのとは訳が違う。パーツ一つ一つがオリジナルな形をしてるから、まずは設計士が図案を描いて、鍛冶師がそれを作る。それを機械技師が組み立てる。でけぇパズルをピースから作ってるようなもんだ」
「第1回イベントの時、プロメテウスが列車作ってなかったか?」
「流れはあれとそう変わらんさ。規模が違うだけでな。それに、列車はヤタガラスっていうモデルがあったが、航空機はそもそも前例が存在しないからな」
なるほど、歴戦の職人が束になってもなかなか解決しないわけだ。
設計図も無いなかで膨大なパーツの一つ一つを手作りし、それを組み合わせる。
巨大な金塊を作るため、一粒の砂金を膨大な砂と共に掘り出すような作業だ。
「それにただモノを作ればいいってわけでもない。俺たちが想定してる航空機なら纏まった面積の発着場も必要だ」
「なるほど。そっちも難しそうだな」
「一応目処は立ってるんだがな」
眉間の深い皺を消そうともせずクロウリは言う。
先を待つ俺の方を向いて、甘ったるい煙を吐き出した。
「〈野営〉スキルと〈罠〉スキルを使って、フィールドを整地するんだよ。アンタが見付けた“領域”ってやつは、かなり自由度が高い」
「そうなのか」
二つの意味で驚く。
一つは、大手生産バンドのトップが“領域”にそれほどまでの価値を見出していたこと。
もう一つは、そもそも“領域”というものを俺が発見していることになっていたこと。
てっきりすでに先人が見付けていたものだと思っていたが……。
「〈罠〉スキルなら〈猟遊会〉とかの方が上手に使ってるんじゃないか?」
「確かにな。アンタよりよっぽど積極的に使ってるが、あの集団はリアルの束縛が強すぎる」
その言葉に一瞬思考が詰まる。
つまりは、先入観に囚われているということだろうか。
「罠は罠、それ以上でもそれ以下でもないと思い込んでるとそれ以上の使い方ってのができなくなる。アンタの“浮蜘蛛”なんかは〈猟遊会〉には逆立ちしてでも思いつかねぇだろうな」
ぷかぷかと煙草を吸いつつ言うクロウリ。
どうやら俺は随分評価されているらしい。
「クロウリ」
「なんだ?」
少しだけ思いついたことがある。
それは荒唐無稽に思えたが、この世界ならなんとかなるかもしれない。
淡く儚い希望を胸に小さな技術者へ口を開く。
「――テントは飛ぶと思うか?」
_/_/_/_/_/
◇ななしの調査隊員
いや、無理だろ
◇ななしの調査隊員
絶望的すぎる
◇ななしの調査隊員
第一関門から本気出しすぎなんだよな
なんなんだよアイツ
◇ななしの調査隊員
誰か鑑定データもってねぇの?
◇ななしの調査隊員
“英邁のプルーム”
断崖の僅かな突起に堅牢な巣を築き、崖から落下してきた獲物を狩る非常に知能の高い大型の鳥類原生生物。発達した筋肉と大きな翼はしっかりと風を捉え、機敏に空中を舞い踊る。過酷な環境に適応した身体は、それそのものが強靱な武器であり、何人たりともその凶刃から逃れる術は持たない。
◇ななしの調査隊員
だめじゃん
◇ななしの調査隊員
フレーバーでもう勝ってんじゃん
◇ななしの調査隊員
え、ほんとにアレ越えないといけないの?
無理でしょ
運営何考えてんだ
◇ななしの調査隊員
たぶんなにもかんがえてないよ
◇ななしの調査隊員
アストラさんは?勝てたの?
◇ななしの調査隊員
3割くらい削ったところでやられたらしい
◇ななしの調査隊員
銀翼の団でそれとか・・・
◇ななしの調査隊員
単純にフィジカルお化けなんだよな
斬撃も打撃も刺突も入らん
◇ななしの調査隊員
都市防衛設備持ってこないとあれは無理だろ
◇ななしの調査隊員
七人の賢者とかなら勝てんのかなぁ
◇ななしの調査隊員
あの人ら、今回のイベント参加してなくね?
◇ななしの調査隊員
まだ初日だ。諦めんな。
◇ななしの調査隊員
初心者っぽいパーティがワクワクしながら挑んで一瞬で死に戻ってて可哀想だった
◇ななしの調査隊員
せめて三都市でレベルわければ良かったのにな
◇ななしの調査隊員
それは確かに
◇ななしの調査隊員
27戦目
21分で死亡
◇ななしの調査隊員
ゾンビ戦法兄貴もがんばってんな・・・
◇ななしの調査隊員
俺高所恐怖症なんだけどやめといたほうがいい?
◇ななしの調査隊員
正直きついとおもう
◇ななしの調査隊員
でも下は見えないから案外行けるやつもいる
◇ななしの調査隊員
なんか下は白い靄が掛かってるからそこまで高さは感じない
◇ななしの調査隊員
銀翼の団が五割削ったってよ
◇ななしの調査隊員
やべぇな
◇ななしの調査隊員
しかし五割か
◇ななしの調査隊員
アストラは五割削れたらあとはもう五割削るだけだから行けるって言ってる
◇ななしの調査隊員
あいつも大概頭おかしいよ
◇ななしの調査隊員
いやまあ、確かに五割削れたらあと五割削ればいいんだけどさ
◇ななしの調査隊員
単純な折り返しってわけじゃないだろうしなぁ
◇ななしの調査隊員
そういえばおっさんどうなったん
◇ななしの調査隊員
一回見たきりかね
◇ななしの調査隊員
白鹿庵のメンバーとプラスで一人連れて挑んでたよ
他とあんま変わらん時間で死んでたからプルームで引っかかったと思う
◇ななしの調査隊員
プラス一名だれだよ
◇ななしの調査隊員
姉御だろ
◇ななしの調査隊員
ネヴァ
◇ななしの調査隊員
姐さん
◇ななしの調査隊員
だから工房行っても会えなかったのか
◇ななしの調査隊員
工房行くなよ
常識だぞ
◇ななしの調査隊員
姐さんがなんで早々に工房建てたか考えろ
◇ななしの調査隊員
本人が嫌がることはするんじゃねーぞ
◇ななしの調査隊員
はい・・・
◇ななしの調査隊員
今回のイベントはおっさんが発端みたいなところあるし、おっさんが何かしらやってくれるんじゃねぇの
◇ななしの調査隊員
皆忘れてるかもしれないけどおっさんべつにガチの戦闘職ではないからな?
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Tips
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