第252話「牙を研ぎ澄ませ」
薄緑色のジェルが排出され、意識が戻る。
いつもならスケルトンの初期機体になってしまうが、今回は緊急特例措置下での死に戻りということで既にモサモサギリースーツの姿だ。
「ぐぬぬぅ、全然手も足も出ませんでした……」
「あれはちょっと卑怯だねぇ」
隣のガラス管から出てきたレティたちは、死んだことを嘆くよりも先に数秒前の戦闘について振り返る。
崖下を目指し降下していた俺たちの前に立ちはだかった大鷹は、圧倒的な力を見せつけた。
その巨躯に似合わない俊敏さで空中を縦横無尽に駆け回り、全身を武器にして襲いかかってきたのだ。
針突き鳥の対応に精一杯だった俺たちはその猛攻をもろに受け、瞬く間にLPを全損、仲良くウェイドのアップデートセンターへ帰還した。
「とりあえず、一度白鹿庵に帰りましょ。情報もある程度出揃ってるでしょうし、対策を考えてから再挑戦したほうがいいわ」
そんなエイミーの鶴の一声で俺たちはセンターを出る。
ウェイドの町は全品一割引のボーナスに釣られてやって来たプレイヤーたちで賑わっており、イベントに参加していない人も大勢いることが実感できる。
「おお、白月もちゃんと戻ってきてたんだな」
センターの入り口側に座り込んでいた白鹿がぴくりと耳を揺らして駆け寄ってくる。
場所の都合や死に戻りの可能性を考えて白月は“土蜘蛛”に乗せていなかったが、無事に戻ってきてくれたようだ。
「〈調教〉スキルなんかでテイムできるペットは、飼い主が死に戻りしたらどうなるんだ?」
「白月と同じように飼い主が設定したアップデートセンターの前で待ってますよ。ペット自身が戦闘不能になった場合はメディカルセンターへ駆け込めば治療してもらえます」
レティの博識に頼るところによれば、ペットは一定のダメージを受けた段階で戦闘不能となるらしい。
それ以上はダメージを受けないため死の概念は無いが、メディカルセンターでの治療を受けると対価としてペットの保有するいずれかのスキルのレベルが減少する。
「白月も戦闘に参加できると、いろいろ楽にはなるんだがなぁ」
俺が白月といられるのは先のイベントのおかげだ。
ペットを捕獲し、育成するために必要な〈調教〉スキルは持っていないため、白月がこれ以上強くなることはないし、もし彼がメディカルセンターの世話になったとしてもデスペナルティから復帰させることができない。
『幻惑の霧』があれば行動の自由度が格段に上がるし、『幻夢の霧』を使えば敵を遠ざけることもできるだろうが、それも難しいだろう。
「今回は、白月も留守番かね」
柔らかな白い毛並みを撫でつつ呟く。
すると白月は不満げに角を振り、鼻先を俺に押しつけてきた。
「ふふっ。白月はついて行きたいみたいですね」
その様子を見てレティたちが笑う。
俺はどうしたものかと眉を上げるのだった。
†
白鹿庵に戻った俺たちは、早速それぞれに先ほどの戦闘を見直し対策を講じることにした。
レティたちは掲示板やwikiにアップされた情報を集めてそこから糸口を探し、俺とネヴァは早速テントの改良に着手する。
「それで、ご要望は?」
円卓に紙を広げ、ネヴァはペンを握る。
俺は顎を引き何が必要なのかを考える。
「まずは耐久力だな。最低でも針突き鳥の攻撃に耐えるくらいはないと、俺が修繕以外なにもできなくなる」
「それならウェイドのシード迎撃の時と同じような要塞にするの?」
「あそこまで大きくなくていいけどな。あんまり大きすぎると蜘蛛に乗らないだろう」
占有面積について考える必要の無かった以前とは異なり、今回は足下が限られている。
できるだけコンパクトに収めつつ、回復能力と耐久力も一定の水準以上を確保しなければならない。
基本的にテントの規模と各種能力は比例する関係にあるため、小さくて高機能というのはかなり難しい。
「なにか、ブレイクスルーが必要だな」
「ブレイクスルーってそうそうできないからブレイクスルーって言われてるのよ」
ネヴァのもっともな言葉を受けながら頭を悩ませる。
「掲示板も悲観的な意見が多いですね。時間経過で難易度が下がっていく可能性を支持してる人も多いです」
「つまり今は絶対攻略できないってこと?」
「ここの運営がそんなことするでしょうか……」
情報を集めていたレティたちも表情を曇らせる。
圧倒的な難易度に絶望を感じているのはどこも同じようで、早くも攻略の熱意を失い始めているところもあるのだとか。
キヨウでは〈百足衆〉が、サカオでは〈大鷲の騎士団〉が、そしてウェイドでは〈八刃会〉が今も中心となって攻略を続けているが、その成果も芳しくない。
「逆に燃えてる人も多いみたいですけどね。アップデートセンターと崖を10往復したって人もいるとか」
「それはもう別の才能がありそうだな……。
ともかく、俺としてはこのイベントは今の段階でも十分に攻略可能だと思ってる。足りないのは準備と知識だけだ」
レティの言葉に呆れつつも、自分の意見を仲間たちに伝える。
すると彼女たちからも反論はなく代わりに力強い返事が返ってきた。
「今までも行き詰まりましたが、そのたびになんとか突破もできました」
「ここの運営は厳しいしちょっとドジ踏むこともあるけど、理不尽なことはないからね」
「諦めてない人も沢山居るし、私たちも頑張らないと」
トーカとミカゲ、そしてネヴァも頷く。
白鹿庵の仲間も俺の友人も、どうやら随分往生際が悪いらしい。
「少し、歩いてくる。何か思いついたら連絡するよ」
「行ってらっしゃいです。レティたちは引き続き情報収集をしてますね」
思考を巡らせるため、気分転換も兼ねて外へ出掛けることにする。
「……僕も、少し出掛ける」
「ミカゲもですか。どこに?」
ミカゲが立ち上がると、トーカが首を傾げる。
彼は少し間を開けて答えた。
「ちょっと、呪術師仲間に会いに」
以前言っていた、例の呪具職人のところへ行くのだろう。
彼も新しい選択肢を求めているらしい。
「私も色々考えておくわ。どれくらい実現できるかは分からないけど」
そういうネヴァの手元の紙は既に細かな字や図が並んでいる。
先の戦闘を俯瞰して見ることができていた彼女だからこそ発見できたこともあるだろう。
「じゃあ、よろしく頼む」
「はい! 任せてください」
白鹿庵をレティたちに任せ、俺とミカゲは町に繰り出す。
「……僕は、キヨウに」
「例の呪具職人か?」
こくりと彼は頷く。
その職人はキヨウに呪具専門店を構えているらしく、何か相談事がある時はそこを訪れていたようだ。
「彼女は、イベントに参加してない、と思うけど。……何か、良い案が貰えるかもしれない」
「そうか。そっちも期待してる」
「うん」
制御塔の方へ向かうミカゲ。
彼と別れた俺は、特に理由もなく――強いて言えば彼とは反対方向に――足の向くまま町を歩く。
石畳の敷き詰められた瀟洒な通りは様々な服装のプレイヤーやNPCが行き来している。
人混みの隙間を縫うように当てもなく歩き続け、のんびりと力を抜いて考えを巡らせる。
「小さくて優秀なテントか。随分な無理難題だな」
極論、全方位を守る
しかし白鹿庵の盾役であるエイミー一人では到底全方位をカバーすることなどできないし、〈支援アーツ〉を持つ俺もせいぜいサブヒーラー程度の能力でしかない。
ならばやはりテントを展開するのが順当な対策手段ではあるのだが、そこに占有面積という問題が立ちはだかる。
「ある程度の耐久力が無いと、俺が槍やドローンで攻撃に参加することもできないしなぁ」
小屋は展開が素早い分耐久に難がある。
先ほどは修繕に追われて、それ以外のことが何もできなくなった。
敵の攻撃に耐えられるだけの耐久力があれば、空いた手で俺も加勢できるのだが。
「結局、問題は一つだな」
そしてその解決には金と素材と画期的なアイディアが必要となる。
金は……まあ今回ばかりは必要経費ということでレティも許してくれるだろう。
そもそも“製造フェーズ”で金属類を納品したことで、実は案外懐事情は悪くないのだ。
素材もネヴァがある程度備蓄しているだろうし、いざとなればタンガン=スキーやクロウリに頼み込んで購入できる。
「そういえば生産バンドの航空機開発はどうなってるんだろうか」
崖下への道を俺よりも早くから模索していたダマスカス組合やプロメテウス工業といった有力生産バンドは、大型の航空機を開発することで纏まった人員を一気にローコストで輸送することを目標に掲げていた。
今回のイベント実施に際して何かしらのサポートもあったらしいが、今も開発は進んでいるのだろうか。
「ふむ。しかし、航空機か……」
この星の重力や既存の
俺たちの司令塔は空の更に向こう側に停泊しているというのに随分な話ではあるが。
「――ああ、クロウリか。少し話がしたいんだが、今いいか?」
湧き出た少しの好奇心と、何か打開策が見つかるかもしれないという期待を抱え、俺はフレンドリストから一人の名前をタップして連絡を取る。
忙しそうな雰囲気を口調に乗せつつも、通話の主は快くその要請に応えてくれた。
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Tips
◇緊急特例措置
開拓活動に於いて非常な困難が予想される際に開拓司令船アマテラスの承認の下で実施される開拓支援措置。各地上前衛拠点スサノオ内のベースラインに於ける様々な制約が撤廃され、また調査開拓員の大破時の制限が解除される。
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