第251話「舞い哮る大鷹」

 速やかに待機地点へと戻り、姿勢を低くして次なる挑戦者を待つ“土蜘蛛”に、周囲で列を成していたプレイヤーたちはざわめく。

 彼らも〈八刃会〉の実力を知らないわけではないのだろう。

 だからこそ、彼らがものの数分で散ってしまったことの重大さが鮮明に映る。


「イベント攻略スレッドに何か書かれてないか」

「他の都市の奴らと連絡取れ!」

「装備を重装に変えないと……」


 次第にざわめきの中から前向きな言葉が現れる。

 ある者は掲示板を開き情報を集め、ある者は知り合いへTELを飛ばし、またある者は装備を変えるためウェイドへと駆け戻る。


「〈防御アーツ〉と〈支援アーツ〉を持ってる奴はいないか? 次は俺たちが挑戦したい」


 勇気あるパーティが声を上げると、他のパーティから機術師が名乗り出る。

 機術師による支援を受けた重鎧の男たちが果敢に“土蜘蛛”に乗り込み崖下へ向かう。


「攻撃パターンと有効属性を調べろ! 〈撮影〉スキル持ちは映像で記録して掲示板にアップしてくれ。攻撃よりも防御に徹して、一つでも多くの情報を集めるんだ!」


 誰かの声が舵を切る。

 またも無人で戻ってきた“土蜘蛛”に次のパーティが乗り込んでいく。


「サカオでは〈大鷲の騎士団〉が随分健闘してるらしい」

「キヨウには〈百足衆〉が来ているって話だ」


 次第に他の都市の状況も伝わり、どこも苦戦を強いられていることが分かる。

 一度に挑戦できる人数が10人であるため人海戦術は使えない、また足場も狭く安定せず、何よりも全く未知の原生生物が襲撃してくるとあって、イベントの難易度は当初のプレイヤーたちの予想よりも遙かに難しいものとなっているようだ。


「レッジさん、次はレティたちの番ですよ」


 列が進み、俺たちの出番がやってきたころには周囲の様子も落ち着いていた。

 順調に進んでいく列の先を見ながら、レティたちがうずうずと堪えきれない興奮に身体を動かす。


「情報が何もない段階でどれだけ進めるかは分からんが、まあなんとかやってみるか」

「はいっ!」


 “土蜘蛛”だけが戻ってくる。

 待機場所で姿勢を低くしたそれに、俺、レティ、ラクト、エイミー、ミカゲ、トーカ、ネヴァの七人で乗り込む。

 “浮蜘蛛”をベースにしているとはいえ、その大きさは桁違いで、たとえ定員の10人が乗り込んでも余裕はありそうだ。

 しかしここで戦うとなればまた話が変わってくる。


「これ、私も乗り込んで良いの?」


 不安げな表情を浮かべるのは生粋の生産職で戦闘系のテクニックを持たないネヴァである。

 まだ纏まった情報もない段階では足手まといだと思っているのだろう。


「一番乗りになれるかもしれないからな。その時にネヴァが居てくれないと、俺たちは何もできない」

「そうですよ。レティたちなら一発クリアできるかもです」


 俺たちがそういうとネヴァは吹き出す。

 それで何かが吹っ切れたようで、彼女はタラップを駆け上がって"土蜘蛛"の背に乗り込んだ。


『“土蜘蛛”降下行動開始します』


 足下が揺れ、機体が持ち上がる。

 ゆっくりと八本の足を動かして崖際に移動した“土蜘蛛”が、糸を頼りに降下を始める。

 床が持ち上がり、垂直になった身体と直角に接続することで水平を保つ。


「レッジさん、この範囲で小屋は建てられますか?」


 レティの問いに足下を見る。

 少し狭いが、まあ、なんとかなるだろう。


「建材2個分が精一杯だな。それで良ければ建てられるぞ」

「小屋があった方が絶対に有利だし、建てちゃっていいとおもうよ」


 ラクトにも背中を押され、小屋を建てる。

 自然回復能力は全員に付与され、これだけでもかなり自由に戦えるようになっただろう。


「バフも掛けとくか。どのくらいから敵が出てくるのか知らないが」

「そうですね。一応、ミカゲが警戒してますが、早めに準備は済ませましょう」


 ゆっくりと降下していく蜘蛛の背で戦闘の準備を始める。

 幾つもの支援バフを全員に掛け、ネヴァには小屋の中で待機してもらう。

 外周にレティたちが立ち、中央のラクトを守るような陣形を組む。


「――来る」


 そうして各自の準備が整い一息ついた直後、ミカゲが短く呟く。

 途端にレティたちが武器を構え、臨戦態勢を取る。


「まずは針突き鳥ピジョンニードルだね」


 現れたのは鋭く尖った嘴を持つ大型の鳩にも似た鳥類。

 風の乱れる崖際を巧みに羽根を動かし機敏に飛び回り、数匹の群れで敵を襲う凶暴な原生生物。


「『追従するチェイス・連鎖のチェイン・千矢サウザンドアローズ』」


 獲物を見付けた灰色の翼が下方から迫る。

 開戦の鏑矢を放ったのはラクトだった。

 彼女が短弓の弦を鳴らすと、一本の矢が飛び出す。

 それは分裂しながら軌道をぐにゃりと曲げて、針突き鳥たちを的確に射貫く。


「出し惜しみはしないよ。――『拡散するディフュージョン・凍結の驟雨フローズンシャワー』ッ!」


 間髪入れず二の矢が放たれる。

 それは空中で溶けるように消え、無数の細かな雨粒となって降り注ぐ。

 翼に落ちた雨粒は瞬時に凍り付き、鳥たちの飛行能力を喪失させる。


「来ましたね。レティたちも頑張りますよ!」


 ラクトの弾幕を掻い潜り接近してきた鳥は、レティたちによって撃墜される。

 潤沢に供給されるLPに物を言わせたテクニックの嵐が、鳥を打ち落としていく。


「『燦めくグリッター・灼熱のヒート・小盾スモールシールド』――『岩穿拳』ッ!」


 レティの隣では小さな爆発がいくつも炸裂する。

 エイミーはあれから更に〈防御アーツ〉の扱いが上手くなったようで、目にも止まらぬ速さで拳を突き出し強引にジャストガードを決めながら戦っていた。


「ふむ、敵の数が多くなってきましたね」


 “土蜘蛛”が糸を繰り出し降下していくほどに敵の密度も増していく。

 段々とラクトの弾幕をくぐり抜けてくる数も多くなり、レティたちの動きも忙しくなる。

 そして、それまでずっと直立不動を保っていたトーカが刀に手を添えた。


「行きますっ!」


 彼女は跳ぶ。

 床を蹴り、向かった先は鳥の背の上だ。


「あんな曲芸みたいな……」

「誰でもできるわけじゃないからな」


 驚くネヴァに釘を刺す。

 トーカは己の片足程度しかない小さな背中に乗り、素早く剣を振るう。

 絶命した鳥が光の粒子となって消えるまえに次の鳥へと乗り移り喉元を掻き切る。

 まるで彼女自身が鳥になったかのような身軽さで、次々に鳥を墜としていく。


「負けて、られない」


 そんな姉の超人ぶりを目の当たりにしたミカゲも対抗心を燃やす。

 糸を伸ばして周囲の敵を絡め取り、苦無を投げて打ち落とし、迫り来る鳥の群れを壊滅させる。

 まだ敵の性質が分かっていないからか〈呪術〉スキルは温存しているようだが、それでも十分以上に敵を捌いている。


「レッジは戦わなくて良いの?」

「戦う暇が無いんだよ! 鳥の体当たりで小屋の耐久がガリガリ削れてんだ」


 ネヴァに答えながらも損傷を受けた小屋を修理し、耐久値を回復していく。

 この小屋はそもそも防御力に重点を置いていない設計だから、常に修繕をし続けなければ耐えられないほどのダメージを負っていた。


「ネヴァ、戻ったら新しいテントを作ろう」

「そうね。……あれには耐えられ無さそうだもの」


 窓の外を見て言うネヴァ。

 首を傾げて顔を上げると、不意に巨大な影が俺たちを覆った。


「何ですかあれは!?」

「っ! とりあえず手強そうってことだけは分かるわね」


 もはや周囲の状況すら分からないほどに密集した針突き鳥を相手取りながら、レティたちもそれを見る。

 大きく広げられた翼は優に10メートルを越えるだろう。

 鋭く曲がった黄色い嘴が開き、大気を震わせる。

 暴風を纏って現れたのは、金の瞳を爛々と光らせた、うんざりするほど大きな鷹だった。


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Tips

◇『追従するチェイス・連鎖のチェイン・千矢サウザンドアローズ

 四つのアーツチップを使用した中級アーツ。空中で無数に分裂し、自動で対象を追う矢を放つ。分裂する数は術者の技量に左右されるが、面の攻撃を可能とする強力な攻性アーツ。


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