第248話「土蜘蛛発進」

 第3回イベントの前哨戦、“製造フェーズ”を最初に終えたのは大方の予想通りウェイドとなった。

 しかし続くサカオも30分後には進捗ゲージを満たし、キヨウも暇になった二都市のプレイヤーたちによってすぐにフェーズを達成させたため、大差が付いたという程でもない。

 無事に一着を勝ち取ったウェイドにはフェーズボーナスとして、“降下フェーズ”中のショップ価格全品1割引が進呈された。


「さて、いよいよレティたちの出番ですね!」


 “製造フェーズ”中はずっと、機械脚の習熟と改良に充てていたレティが意気軒昂に拳を握る。

 あと数分で三都市一斉に開始される“降下フェーズ”は今まで出番の少なかった戦闘職たちが輝く舞台だ。

 開始地点である制御塔の周囲にはレティだけでなく多くの戦闘職たちが集まっていた。


「これだけ居たら、“降下フェーズ”もすぐに終わっちゃいそうね」


 物々しい装備に身を包んだプレイヤーたちを見渡してエイミーが言う。


「いやいや、運営だってこれくらい集まることは予想してるだろうし、案外難しいかもしれないよ」


 それに異を唱えるラクト。

 正直、俺も彼女と同じ考えだった。


「このフェーズでは、まず“土蜘蛛”を崖際まで護衛しなくてはならないんですよね」


 トーカがイベントの概要を纏めたページを見ながら、確認を兼ねて言う。


「ああ。まずは崖際まで護衛、そのあと最大10人ずつのグループで“土蜘蛛”に乗り込んで降下って流れだな」

「護衛が必要ってことは、つまりそれだけの襲撃があるってことだよね」


 ワクワクと胸躍らせながらラクトが言う。

 降下とは異なり、護衛中は特に人数の指定もない。

 つまりここに居るプレイヤー全員で守りながら進まなければならず、その必要があるほどの襲撃がある、ということだ。


「私は戦力に数えないでよね。ていうか、生産職も結構ついていくのねぇ」


 少し疲れた様子で言うのはネヴァである。

 彼女には“降下フェーズ”の後に待ち構える“起点設営フェーズ”のため、白鹿庵と共に“土蜘蛛”に乗り込んで貰うことになっていた。

 現在の彼女はいつものツナギを取り払い、落ち着いた色合いの簡素な衣服に分厚いローブを羽織り、フードを目深に被った怪しい風貌である。

 あまり目立ちたくないから、という理由らしいが、正直悪目立ちしているような……。


『間もなく〈特殊開拓指令;黒銀の土蜘蛛〉第2段階“降下フェーズ”の開始時刻となります』

『調査開拓員各位は出発に備えてください』


 町の各所に設置されたスピーカーからクサナギの声が響く。

 ウェイドの崖へ向かう方角の通りは既に立ち入りが禁じられ、左右の店舗は緊急防護シャッターが降りている。

 制御塔の周りに集まるプレイヤー達も、今までの和気藹々とした空気を澄み切った静かな熱気に変えた。


『地上前衛拠点シード02-スサノオ、“土蜘蛛”展開』


 煉瓦の敷き詰められた地面に光のラインが現れる。

 その上に立っていたプレイヤーたちが慌てて左右に逃げると、路面が開いて地下に隠されていた格納庫が露わになった。


「こんなものあったのか……」

「かっこいいね!」


 警告灯の点滅と共に格納庫の床がせり上がり、内部に鎮座していた八本脚の機械が日の光を浴びる。

 黒と銀のメタリックな身体は大型のバスほどもあり、頭部には八つの赤い瞳が輝いている。

 複数人が搭乗することを想定された背中や脚の各所には柵や取っ手が設けられ、最後部はウィンチを内蔵した巨大な腹部から太い鋼鉄のワイヤーを縒った糸が飛び出している。


『“糸”展開します』

『中央制御塔周囲の調査開拓員各位は注意してください』


 そんなアナウンスと共に“土蜘蛛”の腹から鋼糸が伸びる。

 普段は高圧電流警棒を持っている警備NPCたちが糸を引っ張り、塔にぐるぐると巻き付け固定する。


『地上前衛拠点シード02-スサノオ、“降下フェーズ”開始準備完了』

『地上前衛拠点シード03-スサノオ、“降下フェーズ”開始準備完了』

『地上前衛拠点シード04-スサノオ、“降下フェーズ”開始準備完了』


 クサナギの声に若干色の異なる声が続く。

 どうやら今まで意識していなかったが、各都市のクサナギの声は少し変えてあるらしい。


「さあ、始まるわよ!」


 エイミーも興奮した様子でいう。


「行くでがんす」

「ふふっ」

「レッジさん、なんですかそれ?」

「……なんでもない」


 笑ってくれたエイミーとネヴァだけが仲間だ。


『“降下フェーズ”開始』

『“土蜘蛛”三機、発進します』


 クサナギの声により、三都市の“土蜘蛛”たちが動き出す。

 最初はゆっくりとした動きで、次第に駆け足程度にまで加速して、“土蜘蛛”は一直線に通りを抜ける。

 腹部のウィンチが回転し、次々に糸を伸ばしていく。

 どう考えても質量的に格納できないと思うのだが、そこはどう言い訳しているのだろうか。


「門の前にエネミーが集まってる! 戦闘職は少し先行して処理するぞ!」


 斥候に出ていたらしい軽装戦士が駆け戻ってきて、“土蜘蛛”と併走していたプレイヤーたちに声を駆ける。

 やはり“土蜘蛛”を狙う原生生物も十分な数用意されているらしい。


「行くぞぉぉ!」

「うぉぉおおおっ!」


 血気盛んな戦士たちが雄叫びを上げて集団を飛び出す。


「俺たちも行くか?」

「いえ、あれだけ行けば十分だと思います。あんまり先に進みすぎて本丸が手薄になっても本末てんとう虫ですからね」


 レティもイベントの熱気に当てられて少し浮ついているらしい。

 軽く笑って流してやる。


「そういえば、レティはせっかく整備した機械脚使わないの?」


 自分の足で駆けるレティを見てラクトが首を傾げる。


「はい。これくらいの速度ならむしろ扱いにくいくらいですから。とっておきは使うべき時までとっておくのがいいかなって」


 ライカンスロープは運動能力に秀でた機体だ。

 フェアリーのラクトでも十分に追いつけている“土蜘蛛”の進行速度なら欠伸が出るくらい余裕だろう。


「もうすぐ門をくぐるぞぉ!」


 “土蜘蛛”の背中に乗ったプレイヤーが叫ぶ。

 前方に視線を向ければ、大きな門の向こう側で乱闘が繰り広げられていた。


「“土蜘蛛”に指一本触れさせるな! 機術師は範囲攻撃アーツを中心にして敵を一網打尽にしろ!」


 彼の言葉に群衆が湧き、それぞれの武器を取り出す。

 まだギリギリ町の中だが、緊急特例措置か何かで武装が許可されているらしい。


「レティ、あのリーダーっぽい人は誰だ?」

「ええ……レッジさん知らないんですか」


 機械槍を展開し、支援アーツを使いながらレティに尋ねる。

 いつものように呆れ顔のレティはちらりと蜘蛛の背に乗った青年を見て答えてくれた。


「〈八刃会〉の大トロうに軍艦さんですね。〈尖廻流〉の開祖で、後発組ながらケット・Cさんも認める優秀な二刀流軽装戦士ですよ」

「名前はともかく、〈八刃会〉も〈尖廻流〉も聞き覚えがないなぁ」

「〈八刃会〉は〈剣術〉スキルをメインに据えた剣士限定のバンドです。元々大トロうに軍艦さんを含めた八人の剣士で結成されたのでその名前になったようですが、今はメンバーも多く勢いのあるバンドとして注目されてますよ。

 〈尖廻流〉は確か、刺突系テクニックを多く揃えた双剣向け流派だったと思います。防御力無視技が一つ目の技から習得できるので、攻略組にも人気の流派です」


 相変わらずレティペディアは頼りになる。

 よくもまあ何も見ずにここまですらすらと求められた情報を引き出せるものだと感心せざるを得ない。


「森の奥から大量のエネミーが進行中! 全員、戦闘準備を取れ!」


 大トロうに軍艦氏の大号令によって、周囲のプレイヤーたちが武器を掲げる。

 “土蜘蛛”が門を抜け、深い森へと飛び込んだ瞬間、四方八方から強烈な殺気が降り注ぐ。


「楽しくなってきましたね! 行きますよぅ!」


 牙を向けられるほどにレティは昂揚し、黒鉄を軽々と振り上げて飛び出す。


「やれやれ、レティはすぐに飛び出しちゃうのが玉に瑕ね」

「じゃ、わたしたちも行ってくるよ」

「レッジさんとミカゲはネヴァさんの護衛をお願いしますね」


 立ちはだかるクラッシャークロコダイルの群れを殴り飛ばしながら進撃するレティの背中を見てエイミーたちが肩を竦める。

 彼女たちは俺とミカゲに後を託すと、我先にと赤髪を追う。


「あれ、自分たちも戦いたいのでは?」

「……たぶん、そう。でも、言ったら後が怖い」


 達観したようなことを言うミカゲ。

 随分と姉に揉まれてきたらしい。


「レティたちが本気で戦うのを見るのは、坑道以来かしらね」

「あの時よりも敵が多いし歯ごたえもあるしで、やる気は段違いだと思うぞ」


 そこかしこで爆発が立ち上がり、斬撃と刺突と殴打の嵐が縦横無尽に暴れ回る。

 第3回イベント〈特殊開拓指令;黒銀の土蜘蛛〉の“降下フェーズ”は、そんな爆音と共に始まった。


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Tips

◇“土蜘蛛”

 〈特殊開拓指令;黒銀の土蜘蛛〉に向けて設計、開発された特殊大型機械。〈オノコロ高地〉を脱し、その足下に広がる新天地へと降下することを目標に、惜しみない資材投入によって製作された。強靱な“糸”を機体内部の圧縮物質貯蔵庫に素材単位で保存し、進みながら紡ぎ伸ばしていく。


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