第247話「黒鉄の機械脚」

スリーツ-ワン……ゴー!」


 乾いた落ち葉が砕け、土煙と共に高く舞い上がる。

 黒い影が陰鬱な森を薙いで駆ける。


「『大威圧』ッ!」


 身体を押しつぶすような不可視の力が彼女の周囲へ広がる。

 森が鳴き、茂みの中に隠れていた獣たちが目を覚ます。


「『修羅の構え』『猛攻の姿勢』『猛者の矜持』『飢渇の刃』――『貪咬連牙』ッ!」


 黒鉄が振るわれる。

 大地を揺るがし、硬い牙岩が一直線に連なり立ちはだかる獣たちを打ち上げる。


「『旋回撃』ッ!」


 宙へ放り出された影狼を横から殴る鉄塊。

 為す術も無く吹き飛んだ獣は、おなじく宙へ突き飛ばされた同胞を巻き込んで遙か前方へと消えていく。


「はぁぁぁっ!」


 消える寸前の岩を蹴り、彼女は更に加速する。

 視界の隅に小さく映した地図を頼りに広い森を駆けていく。


「『起動トリガー』、レッグブースト」


 彼女の脚が輝く。

 黒鉄に覆われ一回り大きくなった、先端に向かって細く尖っていく機械の脚だ。

 そこに赤い光が流れ、彼女に更なる速度を与える。


「うおぉぉお! 『岩砕』ッ!」


 濃緑色の草叢から茶褐色の巨体が現れる。

 太い尾を振り鋭利な牙を剥いて威嚇するクラッシャークロコダイルを、レティは巨大なハンマーの質量で一蹴する。


『いいわよ、更に加速して』

「行きますっ!」


 真鍮の懐中時計を握ったネヴァの指示を受け、彼女は更に強く地面を蹴って加速する。

 その高出力に大地の方が耐えきれず、まるで爆発でも起こったかのように大きく抉れる。


「『爆砕打』!」


 次の瞬間、紛れもない爆発が立ち上がる。

 爆心地は言うまでもなくレティであり、すぐさま遙か前方へと去って行った彼女の後方には黒焦げになった屍蜘蛛の骸が残る。


「ぬぅ、LPに余裕がないです」

『アンプル使って良いから。あとで全部補償するわ』

「わぁい、ありがとうございます!」


 木々の隙間を走り抜けながらレティはアンプルを握りつぶしてLPを回復する。

 その瞬間にも猛烈な勢いでLPゲージは短くなっており、常に彼女が膨大な量のLPを消費していることを示していた。


「ち、硬いやつが出てきましたね」


 彼女が見定めた進路上に分厚い鱗の装甲に包まれた大柄なクラッシャークロコダイルが現れる。

 〈鎧魚の瀑布〉のレアエネミー、ボスに匹敵する適性評価赤の猛者“咬壊のカロストロ”だ。


「『修羅の構え』『猛攻の姿勢』――『フルスイング』――『決死の一撃』――」


 自己バフをかけ直し、彼女は素早く巨鰐の懐へと潜り込む。

 力強くハンマーを振り上げ、カロストロを打ち上げる。

 それが滞空している間に新たなバフを纏う。

 赤黒く禍々しいオーラが黒鉄に宿り、凶悪さを増す。


「――咬砕流」


 強く地面を蹴り、彼女は天高く打ち上げられたカロストロへ肉薄する。

 鋭い視線が分厚い装甲を射貫く。


「――二の技――」


 しっかりと鉄の柄を握りしめ、レティは極限まで身体を捻る。

 身体を倒し、体勢を反転させる。

 機械の脚が鰐の白い腹に触れた瞬間、溜めに溜めた全ての力を解放する。


「――――『骨砕ク顎』」


 稲妻が駆け上る。

 鋼の如き硬度を誇る要塞を打ち砕き、強靱な筋を断ち穿つ。

 弱点など考えない、純粋な暴力によってカロストロは更に高く高く天へと打ち上げられる。


「続き、三の技――」


 生まれて初めて鳥の景色を見たカロストロは、万物の摂理に従い地面へ落ちる。

 血を流し、身体に大きな穴を穿たれてなおその驚異的な生命力によって現世にしがみついている王者。

 それを狙う兎が一匹。


「――『カイナ』」


 衝突。

 そして、無慈悲な破壊の連続。

 カロストロを護る千の鱗は歪み拉げ吹き飛び剥がれ、巨鎚は刃を持ったかのようにその巨体を二つへ引きちぎる。

 勢い衰えぬ衝撃は周囲の木々をなぎ倒し、二つに分かれた肉の塊は地面を抉って腐葉土を巻き上げる。

 握り砕いたアンプルによって薄皮一枚の命を掴んだレティは、その惨劇を後にして更に先へと進む。


「レッジさん、解体頼みました!」

『そういうならあんまり破壊するんじゃねぇ!』


 映し出された惨状に目を覆う。

 周囲の地形は時間経過で戻るからいいものの、せっかくのカロストロは部位破壊が酷すぎて碌に素材も取れそうにない。


『レティ、もうすぐゴールよ!』

「分かりました! ラストスパートですよぅ!」


 木の幹を蹴り砕き、レティは風となる。

 細い枝葉は強引に突き払い、森の中を一直線に進む。

「邪魔、です、よ!」


 横薙ぐ巨鎚が獣を吹き飛ばす。

 アンプルを景気よく砕き、鋭利な足先で大地を蹴る。

 しなやかな身のこなしで前人未踏の超速を御す彼女は、まさしく天性の戦闘センスを持っているのだろう。

「あと三秒で着きます!」


 イグアナを殴り飛ばし、雷のように駆ける。

 そうして彼女は開けた土地へと飛び出した。


「うぉぉぉ!」

「ゴール!」


 脚を真っ直ぐに伸ばし、地面を抉りながら滑って制止するレティ。

 完全に動きを止めた段階で黒い機械脚が排熱機構を動かし、もうもうと白い煙を上げる。

 大腿部の側面が開き、そこから大型のバッテリーが空薬莢のように排出された。


「タイムは12分26秒34ね。うん、初回にしては良い感じじゃない?」


 広場でレティを待っていたネヴァが懐中時計の時間を止めて確認する。

 その顔は満足げで、十分な結果を得られたらしい。

 俺はレティを追っていたドローンを回収し、これから行うカロストロの解体を思って重たい気持ちになる。


「それで“試製高速機動戦闘支援機械脚”の使用感はどうかしら?」


 各種のデータをメモしたネヴァがレティに尋ねる。

 レティの脚を包む黒い金属の脚は、鋭利な先端を地面に付けてふくらはぎの部分にある排熱口から熱気を吹き出している。

 本来の足先は機械脚の膝あたりにあるため、レティはネヴァを見下ろして先のタイムアタックを振り返る。


「凄い速度が出るので、それに慣れるのが大変ですね。今もかなり振り回されてる感じがしましたし。視点が高くなるので調子も狂います。

 LP消費も結構激しいですし、めちゃくちゃ熱くなるのが火傷しそうで怖いです」

「なるほどなるほど。排熱関連はもうちょっと改善できそうね。

 でも、レティは初めてなのに凄く使いこなしてるように見えたわよ」


 俺のドローンが中継した戦闘の様子を見ていたネヴァが言うと、レティは照れた様子で首を振る。


「いえいえ。使いこなせれば多分10分切れますよ」


 レアエネミーに遭遇したと言うのに、大した自信である。


「そういえばレティ、いつの間に三の技なんて覚えてたの」


 カロストロ戦で使った〈咬砕流〉の三の技『引キ裂ク腕』についてラクトが言及する。

 普段から一緒に行動している彼女たちが知らないということは、つい最近覚醒したのだろうか。


「ああ、あれですか? あの戦闘中に覚えたので使ってみました」


 さらりと言い放つレティの言葉にラクトだけでなくエイミーやトーカも絶句する。

 あのギリギリのタイミングで覚えたとは思えないほど鮮やかな発動だった。

 あれ、でもトーカもプティロン戦で似たようなことしてなかったか?


「いえ、私の場合は抜刀系テクニックオンリーで戦っていたので、その流れで『百花繚乱』も使えただけです。レティは戦闘メインじゃなかった上にタイムアタックのプレッシャーもあった中で、あれだけ鮮やかに技の選択が出来ていたのが凄いんですよ」

「なるほどなぁ」


 最近は女性陣の読心スキルにも驚きが無くなってきたなぁ。


「しかし、ただいま絶賛イベント中なのにこんなことしてて良いのかしらねぇ」


 小屋の中でゆっくりと休んでいたエイミーが言う。

 それに対してネヴァは軽く手を振って答えた。


「いいのよ。どうせ“製造フェーズ”自体は順調に進んでるし、私はイベント開催前に色々仕事したからね」


 ちらり、と俺を一瞥しながら言うネヴァである。


「それにどうせ実地試験するなら、他の人が居ない間にやりたかったしね」


 彼女がすることがないとぼやいていたレティに依頼したのが、独自に開発していた“試製高速機動戦闘支援機械脚”の実地試験だった。

 機械馬での騎乗戦などから着想を得たというこの機械は、人馬一体の究極系として使用者の脚部そのものを機械で包みパワードスーツのようにアシストする。

 作ったのなら試してみたいのが職人の性、ということで彼女はレティにできたてのそれを提供したのだ。


「〈機械操作〉はともかく、〈歩行〉スキルも使用要件に入っちゃったのは不本意なのよね。もともとはBBの脚部配置とか行動系スキルのアドバンテージを獲得するために作ったから」

「流石にそれは通らないだろうな。ある程度制約を設けないと、こんなに強力な装備は許されないさ」


 扱いが非常に難しいとはいえ、この機械脚の脅威的な働きは先ほどレティが身を以て証明したばかりだ。

 こんな代物が〈機械操作〉スキルだけで使えると、それはスキル制というこのゲームの根幹を揺るがしかねない。


「ネヴァさん! これ、レティに売って貰ってもいいですか? シルエットも兎ちゃんみたいで可愛いですし」

「良いわよ。元々レティが使うのを考えて作ったしね」


 うずうずと身体を揺らしながら迫るレティに、ネヴァも快く頷く。

 機械脚を装着してニコニコしているレティの元へしもふりがやってくる。


「……悪役みたいだねぇ」

「メカメカしいな」

「ゴツいわねぇ」


 三つ首の機械獣を侍らせ、巨大な黒鉄の鎚を握り、鋭角的な機械の脚を持つ赤髪の少女。

 身に纏うブラックラビットシリーズも色味が通じているからか良く似合っている。

 ――主に悪の女幹部的な方向性で。


「そういえばこの機械脚、〈格闘〉スキルのキック威力にも補正が掛かってるんですよね」

「ええ。副産物的なものだからそこまで強力じゃないけど」


 装備の詳細を見ていたレティがそこに記載されていた効果に気付く。

 要は脚部を保護する装甲でもあるため、そのような効果が副次的に付いたらしい。


「レティ、サブの攻撃手段が欲しいと思ってたんですよね。〈格闘〉スキル上げても良いかも知れませんね」

「エイミーも基本は殴りだからあんまり被らないから、いいんじゃない?」

「私は別に被りとか気にしないけどね」


 ラクトとエイミーも頷き、トーカたちも特に異論は無いらしい。

 大前提として白鹿庵のアタッカーが更に攻撃力を増すのは歓迎である。


「レッジさんはどう思いますか?」

「いいんじゃないか? レティが強くなれば俺も楽できるしな」


 意見を請われ答えると彼女は決心が付いたらしい。


「それなら、レティは〈格闘〉スキルも上げることにします。どうせスキル値も余ってますしね」


 そう言う彼女は黒鉄の脚でぴょんぴょんと兎のように跳ねた。


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Tips

◇試製高速機動戦闘支援機械脚

 高速機動を伴う激戦を補助することを目的に試験的に開発された機械性の脚部外装。大容量バッテリーにより動力源を確保し、使用者の移動を支援する。高速駆動や高い視点には慣れを要するが、使いこなせれば強力な機装として活躍するだろう。


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