第246話「平穏の昼下がり」
第3回イベント〈特殊開拓指令;黒銀の土蜘蛛〉が始まった。
開戦の狼煙となったのはウェイド、サカオ、キヨウの三都市で同時刻に発表された最初の特別任務【土蜘蛛製造計画】だ。
イベントの第1段階である“製造フェーズ”が始まり、それを待ち構えていた
三都市での競争ということもあって各地の進捗は注目の的となっているが、現在のところはやはり人口的に利のあるウェイドが一歩リードしているようだ。
「レッジさんも溜めてた素材は出したんですか?」
「ああ。全体の3%くらいにしかならなかったが」
各地の制御塔が任務をこなそうと殺到するプレイヤーでごった返すなか、俺たちは白鹿庵の一階に集まりのんびりと各都市のイベント進捗を見物していた。
俺は集めた鉱石の類は既に全て任務に注ぎ込んだ上、採集系のスキルをカートリッジに詰めてしまったため、新たに集める気にもなれず。
レティたちにしても、そもそも戦闘職であるため“製造フェーズ”では特にやることもない。
「サカオは有名な豪商が一人で5%くらい進捗稼いだみたいだね」
「まじか、どんだけのアイテム納品したんだ……」
掲示板のイベント実況スレッドを見ていたラクトの言葉に思わず絶句する。
俺が汗水垂らして集めたアイテムを軽く凌駕する物量というものは、想像するのも難しい。
「鉱石需要が爆発したからアマツマラも大盛況みたいねぇ。鉱夫が挙って詰め掛けて、彼らを護衛するために戦闘職も駆り出されて」
「任務がそれなりに美味しいからな。集めにくい素材が貰えるとかで」
俺は円卓の片隅に腰を降ろす白髪の鍛冶師に話しかける。
「高純度ナノダストとか、BB回路とかね。必要な素材と工程が多くて、纏まった量を作ろうと思ったら死ぬほど面倒くさいアイテムが貰えるのは嬉しいわ」
「こういう美味しい任務もイベントの醍醐味ですよねぇ」
紅茶のカップを傾けるネヴァ。
今回、彼女も事情があってこの白鹿庵に招待していた。
「しかし、元々は俺が集めた素材で殆どいける筈だったんだがな。随分大規模になったもんだ」
「三箇所で平行して進めることになったし、“土蜘蛛”は“浮蜘蛛”よりも大型になったから、その分糸も強くしなきゃならなかったからね。どうしても素材は多くなるわ」
俺が用意していた全てのアイテムを納品し、他にも歴戦の蒐集家たちが今も勢いよくアイテムを流し込んでいるにも関わらず、進捗率は水が滲むような速度でしか進んでいない。
色々と理由は考えられるが、一番大きいのはイベント相応の規模にするためということだろう。
当然、一日で進捗を100%まで持って行ける都市はなく、この“製造フェーズ”だけでも4,5日程度の時間が掛かると予想されていた。
「そういえば、ネヴァさんも運営さんと連絡を取り合ってたんですよね」
「まあね。突然〈クサナギ〉からTELが掛かってきてびっくりしたわ」
「その節は本当に申し訳ありませんでした……」
ちらりと瑠璃色の瞳がこちらに向き、深々と頭を下げる。
俺だって〈クサナギ〉が突然ネヴァに連絡を取ろうとするなんて予想していなかったのだ。
ともかく、ネヴァは〈クサナギ〉からの要請通りワイヤーの構造や必要な素材を見直し、イベントの規模に見合ったものに改変する作業を担当していた。
“土蜘蛛”を当初想定していた搭乗可能人数3人程度から10人に拡張したのも、その一環だ。
「その結果、工房の方にも連日人が押し寄せてきて大変だったわ」
「イベントの立案に関与してるから、今のうちに取り込みたいって考える人は多そうだもんね」
ラクトの言葉にネヴァはしみじみと頷く。
俺が軽率に巻き込んでしまったため、彼女には少なくない心労と手間を掛けさせることになってしまった。
こうして彼女が白鹿庵に潜んでいるのも、工房を訪れるプレイヤーから匿っているからだった。
「しかし、ここは本当に静かでいいわね」
ネヴァが喧噪から離れた白鹿庵を見回して言う。
周囲を大きな建物に囲まれ、特に大通りとは〈新天地〉で隔たれている白鹿庵は、許可した人物以外の侵入を許可していないこともあって平穏そのものだ。
特に〈新天地〉には白鹿庵へ通じる扉を他人に使わせないよう頼んでいるため、そこから見知らぬ誰かがやってくることはない。
「ネヴァも白鹿庵に加入していいのよ?」
「それは遠慮しておくわ。元々私は一人の方が性に合ってるし、それにあの工房にも愛着があるし」
エイミーの提案に、ネヴァは首を振って答える。
彼女もその答えは分かっていたようで特に驚いた様子もない。
「いつも通り、白鹿庵は良いお得意様として末永くお付き合いさせて貰いたいわ」
「レティも新しいハンマーとか沢山作って貰いたいですよ!」
「ああ、そういえばネヴァ。機械槍の整備を頼んでも良いか?」
レティの言葉にずっと頼みたかったことを思い出す。
機械槍を展開してネヴァに渡しながら、使用していく中で感じた改善点などを列挙していく。
レティの機械鎚もそうだったが、試製と名に付く武器は後々の強化がしやすいようになっているらしく、ネヴァはそのシステムを好んで使っていた。
「なるほど。それくらいなら今すぐ弄って実装できるわよ」
「そうなのか? うちに鍛冶系の生産設備はないが」
白鹿庵には俺以外に生産系スキルに手を出しているメンバーがいない。
そんな俺も半分趣味みたいな〈料理〉スキルだけだから、ネヴァの工房のような立派な設備はなにもない。
しかしそんなことは当人も分かりきっていて、自分のインベントリから小さなキューブを取り出して床に置いた。
「“
言いながら、彼女はキューブを展開する。
パタパタと面が展開して、蒼銀のキューブはゆっくりとコンパクトな炉と金床を備えた鍛冶場へと変わる。
「レッジさんのテントみたいですね」
「実際、フィールドでも展開できるわよ。見ての通り結構な時間が掛かるし、滅茶苦茶重いし、応急修理用マルチマテリアルがあるからあんまり出番はないけど」
物珍しい光景に目を輝かせるトーカに向けて、ネヴァが自慢げに言う。
これの木工作業場や機械工作場もあるようで、それら全てを彼女は常に持ち歩いてるらしい。
「他に持ち歩くものもないし、ゴーレムの重量を活かせるからね」
ネヴァの機体でもあるタイプ-ゴーレムは所持重量制限に大きなアドバンテージがある。
そのため素材を大量に持ち込んで一気に纏まった生産を行うのに便利で、生産職の中にも多い。
「そういやムビトのところのカナヘビ隊にもこういう設備を持ってる奴がいたな」
「カナヘビ隊って百足衆のフィールド調査専門部隊だっけ? 確かにああいうところなら未知の素材の調査も兼ねて現地で武器を強化しながら行動することもありそうね」
炉で熱した槍を大きな鎚でカンカンと叩きながらネヴァが言う。
彼女の手元で真っ黒な金属の棒が形を変え、構造を変えていく。
「鍛冶はリズムゲーなんだったか」
「そんな感じね。武器の表面に叩く場所と叩く強さが分かるマーカーが出るから、そこを狙って鎚を落とすの。適切なタイミングで素材も追加しながらね」
鍛冶だからと言って、現実と同じような作業をするわけではない。
鍛冶の場合はリズミカルに鎚を振るうことで、目的の武器や防具を形作っていくようだ。
「しかし、“製造フェーズ”が終わらないとレティたちは暇ですねぇ」
ジリジリと進む進捗ゲージを睨みながら、退屈そうに口を尖らせてレティが言う。
今回のイベントの“製造フェーズ”は基本的に生産者や蒐集家が活躍する時で、その間ガチガチの戦闘職であるレティたちはすることがない。
ならば護衛依頼でも受ければ、と思ったのだがそれもあまり気乗りしないらしい。
「はい、レッジ。要望通り機能は付けたわよ。あと少しだけ長くしたわ」
「ありがとう。――うん、良い感じだ」
レティがぼやいているうちにネヴァの作業は終わり、改良が施された機械槍が俺の手に戻ってくる。
ぶんぶんと軽く振って、扱いやすくなっていることを確認して彼女に代金を渡す。
「さてレティ。暇ならちょっと付き合って貰ってもいいかしら?」
一仕事終えたネヴァがくるりとレティの方へ振り向く。
突然な彼女の誘いにレティはきょとんと首を傾げた。
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Tips
◇
持ち運びの可能な鍛冶場。簡素な作りをしているため製作の難易度があがるが、フィールド上などで金属製武具の修理などの鍛冶作業ができる。
待機状態では青みがかった銀色のキューブであり、展開するのに3分程度の時間を必要とする。
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