第249話「神凪の子」

「盗爪流、第二技――『偽傷』」

「穿馮流、二の蹄――『岩穿ち鉄散らす青き騎馬』ッ!」

「風牙流、一の技――『群狼』ッ!」


 斬撃が舞い、槍が群れを蹴散らし、風が吹き荒れる。

 待ちに待った新イベントに祭り好きな戦士たちの勢いは最高潮に達していた。


「おお、さっきの『群狼』か。俺以外が〈風牙流〉を使ってるのは初めて見たな」


 最前線では強い敵とプレイヤーが激突し、その後ろでは比較的弱い敵と駆け出しのプレイヤーが相対するという分業が自然と生まれている。

 そんな中、俺やミカゲがいる“土蜘蛛”の周囲はそれらをくぐり抜けてきた僅かな原生生物を倒すだけで比較的平和に進行していた。

 前線で吹き上がったエフェクトの一つに見覚えがあり、感慨に耽っているとミカゲが話しかけてくる。


「〈風牙流〉は、ソロプレイヤーに人気。範囲技が多いから、使いやすい」

「使いやすいのは身を以て実感してるんだよな。俺も開祖だし、早く四以降の技を覚えた方がいいのかね」

「流派技は、開祖が覚えると後も覚えやすくなる、らしい。開祖が覚えて無くても、覚えられないわけじゃないけど、大変、みたい」

「なるほどなぁ」


 せっかく同門の者がいることが分かったのだ。

 俺も後続のために頑張ろうか。


「このあたりなら私も安全みたいだし、もっと前に行ってもいいのよ」

「僕も残るから、大丈夫。任せて」


 ネヴァとミカゲがそんなことを言ってくれる。

 彼女に整備し直して貰った機械槍も試してみたいし、ここはそれに甘えることにしよう。


「すまんな、ちょっと行ってくる」

「……気をつけて」

「いってらっしゃーい」


 二人に礼を言い、“土蜘蛛”の前に出る。

 蜘蛛を守る重装戦士たちを飛び越えると、そこは既に凄惨な戦場だ。


「ヒャッハァァアア! 首置いてけぇい!」

「その獲物は私のよ!」

「おらおらおらおらおらぁ!」


 プレイヤー側の勢いが凄まじ過ぎて、いっそエネミー側が不憫に見えるほどだ。

 向こうは向こうで際限なく湧き出してくるからそうも言っては居られないのだが。


「大・爆・砕! ひゃっほう! みんな吹き飛べぇい!」

「『一閃』ッ! 『鉄山切破』ッ! 『花椿』ッ!」

「――『侵蝕する絶零の白牙アブソリュートゼロ』」

「『燦めくグリッター・灼熱のヒート・小盾スモールシールド』ッ!」


 約四名ほど、見知った顔もあるが。


「さて、俺もやるか。『活性する怪力の鉄腕アクティベイト・ブルート・アイアンアーム』『再生し続ける体躯リジェネレイト・ボディ』『鉄の体躯アイアン・ボディ』『鮮明な視界ビビット・サイト』」


 走りながら〈支援アーツ〉で自己バフを纏う。

 〈戦闘技能〉や〈アーツ技能〉とは違い、LPコストが重いがその分長続きするのが〈支援アーツ〉によるバフの特徴だ。


「ふむ」


 戦場を見渡し、俺が入り込める隙間を探す。

 その時、“土蜘蛛”の進路上で戦っていたプレイヤーたちが爆風に巻き上げられて瓦解する。

 現れたのは、大柄で老齢のクラッシャークロコダイル。


「――咬壊のカロストロか。少しやってみよう」


 駆ける。

 レティの機械脚ほどではないが、俺だって伊達にBBを脚部に極振りしていない。

 降り積もった腐葉土を吹き飛ばし、一瞬で巨鰐の懐へ潜り込む。


「風牙流、三の技――」


 腰に吊っていた餓狼のナイフを握り、機械槍の切っ先をその喉元に向ける。


「――『コダマ』」


 切り裂き、差し込む。

 裂傷に衝撃が反響し、多段の攻撃が硬い鱗に覆われた巨体の中を駆け巡る。


「『貫通突き』」


 無論、その一撃だけで斃れるほど奴も甘くはない。

 間髪入れず二発目を打ち込む。

 防御力を無視した鋭い刃が肉を断ち切り深く食い込む。


「『旋回槍』」


 硬い筋肉を捉えたまま、大きく槍を振る。

 遠心力に従った巨体は勢いを付けて太い木の幹に背をぶつけて砕く。


「『雷槍』」


 強く幹を蹴り、離れた鰐へと追いつく。

 その運動エネルギーを全て槍先に集中させ、柔らかな腹を貫く。


「『裂牙』」


 突き刺した槍を持ち替え、刃を立て滑らせる。

 裂傷を深め、更に槍を振るう。


「『発動トリガー』、熱刀身ヒートブレード


 肉が焦げ、脂が泡立つ。

 傷口を赤熱した槍の切っ先が焼き、治癒せぬ傷を刻む。


「よし、じゃあな」


 柄に埋め込まれたボタンを押し、カロストロの腹を蹴って後ろ飛びで離脱する。

 彼の傷口に埋め込まれているのは、今も急速に温度を上げ続けている槍の切っ先。

 使い捨てではあるが、一度試してみたくてうずうずしていたのだ。


「『自爆デスストラクト』」


 爆炎が上がる。

 風が吹き荒れ、周囲の原生生物もろとも鰐をこんがり焼き上げる。


「うむ、俺も十分戦えるもんだな」


 斃れたカロストロが瞬く間に道の脇へ退けられていくのを見ながら、ひとまず満足できる結果に胸をなで下ろす。

 レティほど鮮やかではないが、俺でもレアエネミーは倒せるらしい。


「わ、やっぱりレッジさんでした!」

「うん? おお、久しぶりだな」


 突然背後から声を掛けられ、驚きながら振り返る。

 そこに立っていたのは亜麻色の髪の上で垂れ耳をぱたぱたと揺らす犬型ライカンスロープの少女――以前から装いを新たにしたタルトだった。


「はい、お久しぶりです! 白月くんもお元気そうで」


 タルトは俺の足下にやってきた白月の角の間を撫でて顔を綻ばせる。

 彼女の肩に止まる白フクロウのしょこらも相変わらずのもふもふ具合だ。


「タルトもウェイドの方に参加してたんだな」

「はい。サカオの方はアストラさんがいますし、キヨウはルナちゃんがいるので、どこに参加しようか迷ったんですが、結局カグラちゃんたちの意見でウェイドになりました」


 そういえば、彼女はリアルでも交流のある友人たちと一緒にパーティで活動していると言っていた。

 カグラちゃん、というのはその友人たちのことなのだろう。


「あ、噂をすればですね。カグラちゃん! こっちだよー」


 タルトは友人たちを見付けたようでこちらに呼び寄せる。

 慌ただしく動き回る群衆の中から現れたのは、機術師らしい黒髪の少女とタルトよりも濃い茶髪の少女、そして軽装戦士らしい赤髪の少女だ。


「黒髪のヒューマノイドの子がわたしたちのパーティのリーダーで、支援役バッファー回復役ヒーラーのカグラちゃん。茶髪のフェアリーの子が妨害役デバッファーの睦月ちゃん、赤髪フェアリーの子は攻撃役アタッカーの如月ちゃんです。

 カグラちゃん、睦月ちゃん、如月ちゃん、それとわたしの四人で〈神凪〉っていうパーティを組んでるんですよ」


 後方の落ち着いた場所へ移動しながら、タルトがそれぞれの名前を教えてくれる。

 全員で四人しかいないためバンドは結成できないが、それ以上にメンバーを増やすこともなく楽しくやっているようだ。


「タルト、突然飛び出していったかと思ったら……」

「この人が噂の“要塞”さん?」

「普通のおじさんだねぇ」


 タルトと同世代の少女たちが賑やかな声と共にやって来て俺を見上げる。

 どうやらタルトは戦闘中に俺のことを見付けてやって来たらしい。


「ごめんね、カグラちゃん。しばらく会えてなかったらうれしくなっちゃって、つい……」


 いつもより幾分砕けた声で、タルトはカグラと呼んだ黒髪の少女に謝る。

 巫女らしい白の装束に朱い袴を合わせた和装の少女で、手に持つ武器は柄の長い幣だ。


「タルトには前のイベントの時に世話になってな」

「いやいや、むしろわたしの方が……」


 そんなことを言い合っていると、カグラはふっと口元を緩めて俺を見る。


「初めまして、〈神凪〉のリーダー……ということになっているカグラです。お噂はタルトからかねがね」

「一体何を言われてるんだ?」

「ふふ、面白い方だとお聞きしております」


 淑やかな雰囲気に違わない、清楚な所作でカグラは笑む。

 タルトの言ったことの詳細が聞きたいような、聞きたくないような……。


「あたしは如月だよ! おっちゃん、さっきカロストロ瞬殺してたの見てたよ~」


 次に元気よく手を挙げたのは、顔立ちの似たフェアリーの片割れ、赤髪の少女だった。

 タルトのものよりも金属部の面積が少ない軽鎧を身に着け、腰に二本の短刀を佩いている。

 ミカゲのものほどではないが、現代風にアレンジされた忍装束のようで可愛らしい。


「おっちゃん戦闘職じゃないんだよね? なんであんなに強いの?」


 レティに似た赤い瞳をキラキラと輝かせて迫る如月。

 赤髪の少女というのは誰でもこんなに強さを求めているものなのだろうか?


「俺より強い戦闘職は沢山居るぞ。うちのバンドだと俺は最弱だしな」

「そうなの!? あたしもおっちゃんくらい強くなりたいなぁ。前はタルトの方が弱かったのに、しょこらも合わせたら勝てなくなってきたんだよ」

「神子は割と卑怯なところあるからな……。俺は何も教えられんが、今度レティに会ってみるか?」

「おおー? レティって誰だ?」


 如月がこてんと首を傾げたその時、今までずっと静かだった茶髪の少女が顔を上げる。

 縁の太い眼鏡の奥の瞳を輝かせる様子が如月とよく似た、妨害役と言われていたフェアリーの睦月だ。


「“暴兎”のレティさんですよね! 近接物理で最強に近い破壊力を持つ部位破壊の申し子。卓越した戦闘センスはスキルに依らない天性のもので、超重量の扱いが難しいハンマーを軽々と扱う姿はもはや華麗。最近は瀑布の森を信じられない速度で爆走しているところを目撃されたとかされなかったとか――」

「え、えっと……?」

「ごめんおっちゃん、姉ちゃん有名人の話になると暴走しちゃうんだ」


 決壊した堤防のように止めどなく言葉を放つ睦月を見て、如月が申し訳なさそうに小さくなる。

 少々驚いたが、二人がどうやら姉妹であるという確信は得られた。


「レティ、というか他のメンバーも前線に居たんだが、気付かなかったか?」

「ほ、本当ですか!? 私たちさっき追いついたばかりだったので……」


 睦月が本当に悔しそうに唇を噛む。

 ならば、レティたちと会わせてやろうかとフレンドリストを開いたその時だった。


「――レッジさん?」

「うん、まあなんとなく予想できてたが。とりあえず落ち着いて話を聞いてくれ」


 背後に感じる冷たい殺気。

 俺も慣れたもので、彼女が次の言葉を言う前に手早くタルトたちのことを説明する。


「なるほど、タルトさんたちのパーティでしたか」

「わぁ、皆可愛らしいわねぇ」

「カグラちゃんは機術師なんだね。氷属性のアーツで好きなのある?」

「如月さんはミカゲと話が合いそうですね」


 戦闘を切り上げてやって来たレティたちが〈神凪〉のメンバーを見て口々に言う。

 カグラたちは突然大勢に囲まれて緊張している様子だったが、レティたちと言葉を交わすうちに心を溶かす。

 第一印象が危うかったが、なんとか優しいお姉さんと認識してくれたようだ。


「そうだ、ここで会ったのも何かの縁ですし、一緒に行動しませんか?」

「れ、レティさんの戦闘が間近で見られると!? 是非是非是非!」

「ちょ、姉ちゃん!」

「ふふっふ、これだけ喜ばれると嬉しいですね……」


 ずい、と近寄る睦月を抑える如月。

 レティはレティで満更でも無さそうだ。


「レッジさん、本当にいいんですか?」

「私たちは足手まといになりそうですが……」


 そんな中、タルトとカグラが不安げにこちらを見上げる。


「せっかくのイベントなんだ。付き合ってくれ」

「っ! は、はい。では、お言葉に甘えて!」

「よろしくお願い致しますね」


 俺が言うと、二人も安心した様子ではにかむ。

 新たに四人の仲間を加え、レティたちはまた激しい戦闘の繰り広げられている前線へと戻るのだった。


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Tips

◇忌祓いの長柄幣

 杖としても扱えるよう、柄を長くした幣。長い歴史と共に深い意味を持つ祭具の形を取っているが、最先端の素材によって構成されている立派な武器。アーツの威力を補助する回路が組み込まれている。


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