第244話「白光の少女」

 床を這うケーブルの束を跨ぎ、部屋の奥で鎮座する球体と再び向かい合う。

 以前と違うことと言えば、部屋中に焦げ臭い煙の残滓が漂っていることと、これほどまでに近づいても警備システムが沈黙していることだろう。


「久しぶりだな」

『――警告。個体名“レッジ”および“レティ”は最重要管理区域への強行侵入の容疑が、“レングス”および“ひまわり”には犯罪幇助の容疑がかけられています。ただちに出頭し、拘束の後に事情聴取を受けて下さい』

「まあ、ちょっと落ち着け。少し話がしたいんだ。主犯は俺だし、目的はイザナミ計画全体に関わることだ」

『――警告。個体名“レッジ”および“レティ”は最重要管理区域への強行侵入の容疑が、“レングス”および“ひまわり”には犯罪幇助の容疑がかけられています。ただちに出頭し、拘束の後に事情聴取を受けて下さい』

「うーん、聞く耳を持ってないな……」


 なんとも機械らしい頭の硬い応答に腕を組む。

 あんまり悠長にしていると追加の警備NPCたちが到着して、今度こそ為す術も無く拘束されてしまうだろう。


「よし、〈クサナギ〉。とりあえず俺の話を聞いてくれ。――もし聞いてくれないのなら、お前を壊す」


 床に転がっていたロボットの腕から警棒をもぎ取って球体に差し向ける。

 銀色の表面を流れる青い光が、何か思考するように点滅を始めた。


『――了承。個体名“レッジ”の行動記録を分析した結果、弁明の余地ありと判断。危機回避プロトコルを発動します』


 光が弾ける。

 部屋の四隅から淡い光線が放たれ、一点に重なる。 濃淡のある光は影を作り、実体のない立体像ホログラムが現れる。


「なんだ、可愛いな」


 本体である銀球にちょこんと腰掛けた小さな少女だ。

 シンプルな白いワンピースを身に纏い、透き通った長い銀髪の下から青い瞳がこちらを見ている。


『対話を円滑に進めるためには親しみが重要であると判断しました』

「……なるほど?」

『好みの容姿があれば最大限対応することが可能です。外見を改変しますか?』

「いや、別に良い。ていうか、話が通じるならボールでも十分だが」


 厳ついおっさんでも美人のお姉さんでも、とりあえず〈クサナギ〉と話せればそれでいい。

 そう言ったものの、クサナギはホロを消さず依然として本体の上に腰掛けて俺を見上げていた。


「じゃあ、早速本題に入って良いか?」

『どうぞ』


 〈クサナギ〉が頷く。


「この〈オノコロ高地〉の外、崖の下に行くために調査開拓員が色々やってるのは知ってるな?」

『把握しています。それに伴い新たな工学技術が開発、実用化を進められ、各フィールドの詳細な探査が行われていることはイザナミ計画に好影響を与えていると判断されています』

「その一環で、俺も少し計画を練っていてな。その実現のためにこの塔を貸して欲しい」

『地上前衛拠点スサノオのリソースを個人が使用することは許可されておりません。また個体名“レッジ”にそのような権限が付与されていることも確認できません』

「だからこうして頼みに来てるんだ。なに、別に都市機能そのものが欲しいわけじゃない、この塔に糸を括り付けたいだけだ」


 ネヴァと共に練った作戦の概要を〈クサナギ〉に伝える。

 浮蜘蛛システムを流用し、特大のワイヤーをこの制御塔の腹に括り付けて崖を懸垂下降していく、そんな構想を説明すると、〈クサナギ〉は無表情で微動だにしなくなった。


「……〈クサナギ〉?」


 フリーズでもしたかと不安になって声をかけて数秒後、ぱちりと瞬いて〈クサナギ〉が動き出す。


『想定していた要求に当てはまらず、交渉プランを再構成していました。確認、貴方の要望は“制御塔の建物の堅固性に注目し、その外周にワイヤーを固定し、崖下へ降下する”ということで間違い有りませんか?』

「ああ、そうだ。都市の防衛設備が使いたいとか、そういうのじゃない。ワイヤーを町の外に延ばす必要があるから、塔周辺と通りを一本、あと門を1つ少しだけ借りたい。

 目指すのはあくまで高地の下への到達と周囲の探索。これが達成できれば、開拓範囲を拡大するための足がかりになるだろう。個人的な要求じゃない、と主張したい」


 また数秒〈クサナギ〉が沈黙する。

 こんなに困惑されると、むしろこれは俺がどんなことを要求すると想定していたのか気になるな。


『要求の詳細を確認。シード02-スサノオ〈クサナギ〉はそこに妥当性ありと判断。個人の利益ではなく、領域拡張プロトコルに寄与すると考える。

 計画書を作成、開拓司令船アマテラス〈タカマガハラ〉へ提出。審査の間、しばらくお待ちください』


 〈クサナギ〉の本体が活発に動き出し、空の果てに浮かぶ司令船と通信を始める。

 それからさほど待つこともなく、少女はすぐにまた口を開く。


『〈タカマガハラ〉からの応答。イザナミ計画の進行に有効と判断、個体名“レッジ”の短期間に於けるシード02-スサノオの一部区域の占有を許可』

「本当か!? やったぜ」


 AIというのはもっと堅物かと思ったら、〈タカマガハラ〉は随分フットワークが軽いらしい。

 すぐに使用の許可が降りて、俺がここへやってきた目的が達成される。

 拳を握って喜んでいると、〈クサナギ〉が更に言葉を続ける。


『しかし、計画に欠陥も確認。改善指示に従ってください』

「……欠陥?」

『重量と降下距離、および現在の貴方のストレージに収納されているアイテムから予想されるワイヤーの強度、惑星イザナミの重力、中央制御塔の強度などを分析した結果、現在の計画ではワイヤーが断裂する可能性があります。

 ワイヤー強度上昇のため設計の改善を行ってください』

「ぐ、あれでもまだダメなのか……」


 俺やネヴァが算出した強度では不十分だったらしい。

 恐らく〈クサナギ〉の指示の方が正しいだろうし、それを拒否する理由はない。

 ……まあ、手間は増えたが。


『また、大規模な作戦となることが予想されるため、特殊開拓指令扱いとし、地上前衛拠点スサノオの緊急特例措置を限定的に行う必要があります。その場合、領域拡張プロトコルにより最高指揮権が〈タカマガハラ〉に付与されます。

 この条件を了承出来ない場合は、都市区画の使用は許可できません』

「なるほど。それは別に良いぞ。むしろそっち側主導ってことにしてくれた方が、他のプレイヤーからの理解も得られやすいだろ」


 最後の条件は、俺からしても渡りに船のものだった。

 たとえ〈クサナギ〉から許可をもぎ取ったからといっても、ウェイドの通りには常に多くの人がいる。

 彼らを押し退けてワイヤーを通すための交渉を俺がするよりは、〈クサナギ〉側から言ってくれた方がスムーズに事は進むはずだ。


『この後、特殊開拓指令に掛かる特別任務を策定します。そのため、ワイヤーの設計者を教えてください』

「うん? ネヴァっていうタイプ-ゴーレムの女だ。スサノオ、えっとシード01-スサノオに工房を構えてる」

『検索。該当の人物を発見。連絡を試みます』

「うん、うん?」


 ジリリリ、と妙にレトロなベルが鳴り、〈クサナギ〉のホログラムが抱えるように大きな受話器を持って耳に当てる。

 なんだこの、ちょっとあざとい表現は。


『……個体名“レッジ”と共に〈オノコロ高地〉の降下作戦を立案した個体名“ネヴァ”ですか』

『えっ、そ、そうだけど貴女は誰?』

『シード02-スサノオ中央演算装置〈クサナギ〉です』

『くさ、えっ、はっ? いや、なん、え?』


 何故か通話はスピーカーで成されているようで、〈クサナギ〉の側に立つ俺にも会話の内容が届く。

 ネヴァからしてみたら突然良く分からないところからTELが掛かってきて、出てみたら知らない声が〈クサナギ〉を名乗っているのだ。

 正直、めちゃくちゃ怖いだろうな。


『レッジからの打診により、当作戦は〈タカマガハラ〉管轄の特殊開拓指令扱いになりました。その際の計画再検の結果、ワイヤーの強度不足という結論が出されました。

 そのため、ネヴァに構造再設計を申請します』

『あー、またレッジが何かしたのね。大体分かったわ。強度強化のための設計修正は別に良いけど、そのための情報はくれるの?』

『関連する情報に限り、必要と判断された場合は開示されます』

『なるほど、じゃあいいわ。とりあえずどうにかして引っかかってる箇所のデータ送って頂戴』

『送信しました』

『早いわね。なるほど、じゃあ設計できたらTEL掛け直したら良いの?』

『もしくは各スサノオ制御塔の端末よりアクセスしてください』

『了解了解、任せて頂戴』


 ぷつりと通話が切れる。

 俺が言うのもなんだが、ネヴァも随分肝が据わっているというか、適応力が高いというか……。

 〈クサナギ〉が何らかの処理をしているのか固まっている前で腕を組んで感心していると、突然TELが入ってくる。

 誰かと思えばネヴァである。


「おう、ネヴァ。順調に交渉終わったぞ。さっき連絡が――」

『レッジ、後で直接いろいろ話しましょうね』

「…………はい」


 ドスの聞いた低い声に思わず口を噤む。

 通話越しだというのに、彼女の圧を感じる笑みが見えた気がした。

 普通に対応しているように見えて、流石のネヴァも突然の〈クサナギ〉からの入電は混乱したらしい。


「――レッジさん」

「うん? おお、レティも目を醒まし――」


 レティの声が聞こえ、気絶から復活したかと振り返ると、一脚一腕のボロボロの状態で長い赤髪を乱れさせた彼女が目を爛々と光らせて俺を見上げていた。

 何故か怒っているようで、正直滅茶苦茶に怖い。


「ど、どうしたレティ? いや、ほんとこんなボロボロにさせちまったのは申し訳ないんだが」

「後ろの女の子、誰ですか?」

「……うん? 女の子?」


 後ろを振り返る。

 そこには〈クサナギ〉くらいしか……。


「ああ、〈クサナギ〉だよ。色々話すのに便利ってことでこういう姿に」

『はい。データベースの中から最もレッジとの交渉が円滑に進むと予測される外装データを流用しました』

「……レッジさんと、交渉、円滑……」

「……レティ?」


 ブツブツと口の中で何かをつぶやき始めたレティ。

 早くアップデートセンターで修理したほうが良い気がするんですが。


「ふーん、レッジさん、そんな清楚な感じの小さい女の子が好みなんですね」

「うん、うん? なんか勘違いしてないか?」

「ふーーーーん!」


 ぷっくりと頬を膨らせるレティ。

 結局、〈クサナギ〉の容姿に俺が何ら関与していないことを説明するのに、小一時間使うことになったのだった。


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Tips

◇犯罪

 地上前衛拠点スサノオ内で、各中央演算装置〈クサナギ〉によって犯罪行為を確認された調査開拓員はただちに捕縛され、ベースライン内の留置所に移送されます。

 留置所では罪状に応じて様々な刑罰が執行されるペナルティが発生します。


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