第243話「一脚一腕」
空気を切り裂き弾丸がレティ目掛けて飛来する。
誰もが死を確信する状況で、しかし彼女はその場に立って目の前に銀色の杖を構えた。
「ふっ――」
連続して金属がぶつかる甲高い音が響く。
レティのLPに損害は――ない。
「任せた側が言うのもあれだが、弾丸の雨を防げるのか……」
「狙う場所が分かっていれば簡単なものですよ。腕部極振りですし、天叢雲剣は破壊不可属性付きなので衝撃にも耐えられるので」
「頼もしいよ、ほんとに」
音速に迫る速度で飛来する弾丸を、多少のステータス補正があるとはいえ戦闘系スキルが機能しない状況下で凌ぎ続けるのは絶対に簡単なことではないと思うのだが、今は俺もそんなことを考えている余裕はない。
インベントリから小さなノートパソコンを取り出し、ディスプレイを開きながらテクニックを発動させる。
「さて……『クラック』!」
一度指を組み、気持ちを落ち着かせる。
使うのは〈機械操作〉スキルのテクニックだ。
自身の管理下にない機械に強引に接続しその支配権を奪うという、なかなかに使い所が限られたもので、俺自身本番で使ったことは今まで一度もない。
「ぐおお、流石は最重要管理区域だな!」
パソコンの小さなディスプレイに次々と開くウィンドウ。
滝のように流れる情報は全て、不正な侵入者を阻む電子障壁の影だ。
この『クラック』というテクニックは不可視の障壁を記号群という影で浮き上がらせる。
そこから先――その記号群から何を読み取りどう操作するかというのは、使用者自身の技量に依る。
「第一障壁、汎用暗号化処理、第二、特殊暗号化イ型以下続く、第四十九、不可逆暗号化処理」
キーボードを叩き、流れる情報の中から障壁の穴を見付ける。
流石は都市の中枢というだけあって、その警備は堅固だ。
しかしこうして『クラック』が通用するということは当然、どこかにそれを瓦解させる穴が存在するということ。
手を変え品を変え現れる障壁の層を掘っていく。
「レッジさん、あとどれくらい掛かりますか!?」
「分からん。障壁の数が多すぎてキリがない!」
機械の支配権を奪う手順は、まず『クラック』によって対象の防御策を把握し、次に対応した“
“糖衣錠”は定型のものが数十種類存在し、『クラック』で流れ出した情報を参照しながら対応するものを見付けて当てはめるため、手間は掛かるが慣れれば無意識にでも出来る。
“鍵”は『クラック』の情報の渦の中から素材を集め、多少は自分で考えながら組み立て完成させる必要があるため、こちらは少々時間が掛かる。
しかもこの手順を障壁一枚ごとに繰り返さなければならないため、〈クサナギ〉の警備システムのような厳重なものでは単純に量が膨大なものになる。
「攻撃が激しくなってます。早くしないと押し切られますよ!」
「こっちもなるはやでやってる! すまないが、もう少し耐えてくれ……!」
コードを読み、データベースから“糖衣錠”を探して当てはめ、“鍵”を組み立て突っ込む。
レティと比べれば驚くほどの単純作業。
しかしだからこそ段々と思考が麻痺していくような錯覚に陥ってしまう。
「ぬあああ、せめてハンマーに変えられたらいいのに!」
レティが悲鳴を上げながら銃弾を弾く。
非戦闘区域内では展開した天叢雲剣は手に持てない。
手に持って振るためには、天叢雲剣は待機状態であるただの短い棒にしておかなければならない。
当然、サイズは小さく銃弾を跳ね飛ばすには素早く動かす必要があった。
『侵入者迎撃強度第二段階へ移行――』
「うわぁあああ!? れ、レッジさん、動き出しましたよロボットが!」
再度レティの悲鳴。
ガシャガシャと金属部品が擦れ合う音がして、七階の部屋の隅から大きな人型の機械が現れる。
それらは手に警棒のような太い得物を持ち、容赦なくレティへ殴りかかる。
「うぉぉぉっ! ……あっ、こっちの方がむしろ楽ですね」
より熾烈さを増す迎撃――と思いきや、レティは飛び込んできた人型ロボットを組み伏せ盾にする事で銃弾を防いでいた。
ロボットが感電した様に震えているところを見ると、一応脱出しようと藻掻いてはいるようだがレティが腕力に物を言わせて完封しているらしい。
「いや、すごいな」
一瞬クラッキングするのを忘れてレティの方を見る。
都市最高の警備システムを担う機械の抵抗を完全に封じられる腕力とは……。
「レッジさん! 早く作業してください、よっ!」
ボロボロになって使い物にならなくなったロボットを部屋の奥へ投げ飛ばしながらレティが声を上げる。
俺は追い立てられた兎のように再び作業に戻った。
『侵入者迎撃強度第三段階へ移行――』
「ええいもう鬱陶しい! 戦力の逐次投入は負けフラグって知らないんですか!」
更に警備の強度が上がる。
近接ロボットの持つ警棒から紫電が走り、青白い輝きを発する。
恐らくは超高圧の電流が流れているのだろう。
あれに指先でも触れれば一瞬で黒焦げだ。
「突ッ!」
ガンッ、と鉄板を穿つ音。
レティが天叢雲剣を近接ロボットの胸に突き刺していた。
彼女はそのまま剣の柄を蹴り、ロボットを壁に激突させる。
「その武器、寄越せぇい!」
ロボットの両腕を足で踏み抜き関節を潰す。
駆動系を損傷しだらりと垂れ下がった手から紫電の警棒を強奪した。
「二刀流ならまだ舞えます――よっ!」
右に天叢雲剣、左に警棒を握り、憤怒の表情を浮かべるレティ。
彼女はダンと床を蹴って一瞬で距離を詰めると、ロボットの首を突く。
電流と超硬度の突撃によって首は拉げ、回路が焼き切れる。
「ええい、銃弾もいい加減うざったいですね!」
プスプスと黒煙を上げて倒れるロボットから二本目の警棒を分捕り、遠くで狙いを定める銃口に向けて投擲する。
一直線に紫電を撒きながら進んだ警棒が銃身を裂き、筐体が爆発した。
「こええ……」
あれで〈投擲〉スキルは持っていない、つまり素の投擲能力なのだから恐ろしい。
「ふふっ、ちょっとテンション上がってきましたよ!」
戦闘は過熱し、レティのテンションも高潮する。
銀と紫電の刀を振り、彼女は次々に警備システムを破壊していく。
彼女が一機スクラップに変えるたび、俺が突破すべき障壁もごっそりと消えるためありがたい。
『侵入者迎撃強度第四段階へ移行――』
「まだあるんですか!?」
そこへ無慈悲な警告が流れる。
レティの悲鳴が響く中、部屋の各所から赤く細い光線が照射された。
「っ! レッジさん!」
「うぉわっ!?」
直後、視界の外から強い衝撃を受ける。
驚いて振り返ると、レティが俺を蹴り飛ばしていた。
「きゃあっ!?」
次の瞬間、赤い光線をなぞり白い光線が現れる。
それはまるで蝋を溶かすかのように、レティの右足膝下を切断した。
「レティ!?」
「大丈夫です。レッジさんは作業を!」
右足の半分を欠損したレティが腕をバネにして立ち上がりながら俺の声を掻き消す。
彼女は左足だけでバランスを取りながら、光線を発した銃口に警棒を投げて破壊する。
「ああああぁああっ!」
身体全てをしならせ、彼女は片足とは思えないほどの機敏さで駆ける。
一瞬で光学銃を全て破壊し、その勢いのまま近接ロボットたちも壊滅させる。
「がァっ!?」
しかし、容赦ない銃弾が彼女の肩を打ち抜く。
左腕がもげ、衝撃を受けて転倒する。
腕と足で飛び上がった瞬間、彼女がいた場所へ容赦無い銃弾の雨が降り注ぐ。
「ぐ、うぅぅうああっ!」
激しい声を上げ、レティは更に跳ねる。
殺到したロボットたちを右腕で掴み、左足で蹴り飛ばす。
武器も持たず、腕脚を使い敵を薙ぎ倒す。
「舐め、る、なァァアアア!」
手刀で機械眼を穿ち、膝で炉心を砕く。
部屋の奥から続々と現れるロボットたちを、獣の如き獰猛さで食い破る。
「はァ、はぁっ!」
息を荒げ、瞳孔を大きく開ききったまま、銃弾で身体を穿たれながらも止まらない。
「うらぁあああああっ!」
「――ありがとう、レティ」
最後のキーを弾く。
その瞬間、部屋の中の殺気が掻き消えた。
赤いランプが消え、穏やかなグリーンに戻る。
傷だらけの彼女に手を伸ばしていた警備ロボットたちが、白い肌に触れる寸前で凍る。
「…………おわり、ましたか」
「ああ。遅くなってすまん」
床に倒れたレティが、仰向けになり大きく胸を上下させながら言う。
静寂の戻った室内で二人とも疲弊しきっていた。
「傷は?」
「大変ですよ。あと1ミリしか残ってません」
レティのLPゲージは真っ赤だった。
残存しているのは僅かばかりで、少しでも動けばその瞬間に機体は崩壊するだろう。
インベントリからアンプルを取り出し、彼女の口へ持っていく。
「ふふ、ありがとうございます」
「余裕そうだな」
「全然余裕じゃないですよ。……なので、レティは……少し……休みます」
満足げに微笑むレティ。
彼女は動かすのも億劫な様子で唇を震わせて、ゆっくりと目を閉じた。
LPゲージは安全域とまでは言わないものの安心できる程度には回復している。
短時間に大量のダメージを受けたことで、気絶してしまったようだ。
「ありがとう、ほんとに」
穏やかな呼吸を始めたレティに言葉をかけて立ち上がる。
俺は部屋の最奥に鎮座しているこの町の最高権力者の元へ、ゆっくりと歩み寄った。
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Tips
◇STF-HVC“ヴァイオレットファング”
地上前衛拠点スサノオの最重要管理区域、中央制御区域中央制御塔を警備する機械人形。特殊合金製防弾防刃加工装甲と全150層の独立電子防御障壁を装備し、クラスⅩ人工知能を搭載している。主力兵装は高圧電流警棒。極力警備区域自体の損傷を避けつつ侵入者を迅速に排除することを目的に設計されており、有事の際は防御の要として迅速な出動を行う。
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