第242話「霧と万能鍵」

 レングスが指し示した先、制御塔のエレベーターを見た俺は首を傾げて振り返る。


「エレベーターで七階には行けないぞ? さっき俺とレティが確かめた」


 そういうとレングスは呆れた様子で眉間に皺を寄せた。


「それくらい知ってるさ。俺を何だと思ってるんだ。誰も馬鹿正直にエレベーターに乗って行こうなんて言ってねぇだろ」

「うぐ……」


 棘々した言葉に打ちのめされていると、彼はくいっと手を上げて歩き出した。


「とりあえず付いてこい」


 のしのしと大股で歩くレングスの後に続き、エントランスを横切ってエレベーターの前まで戻る。

 鉄の箱の中に入ったレングスは、しかしコンソールに手を伸ばすことなくインベントリからアイテムを取り出し始めた。


「ひま、隠蔽頼む」

「分かりました。――『隠蔽』」


 ひまわりがテクニックを使用すると、エレベーターの内部に薄い霧のようなものが充満する。

 白月の霧と同じように外部からの視線を紛らせる効果があるのだろうか。


「結局何をするんです?」


 霧の中をきょろきょろと見渡しながら、レティが尋ねる。


「エレベーターが七階に着かなくても、シャフトは通じてるし、ワイヤーは天辺から箱を吊り下げてるんだ。ならもうそこが道じゃねぇか」


 言いながら彼が取り出したのは真っ赤なバール。

 にやりと凶悪な笑みを浮かべ、エレベーターの天井を睨む。


「『解錠』ォ!」


 ゴーレムの体格ならば背伸びせずとも腕を伸ばすだけで天井に触れられる。

 おもむろに振り上げられた深紅のバールが天井の蓋をぶち破る。


「それほんとに解錠のテクニック使ってんのか!?」


 分厚い鉄板をぐにゃりと曲げて、強引に隙間を作り上げたレングスに悲鳴を上げる。

 彼は手のひらをぽんぽんとバールで叩きながら済ました顔で頷く。


「当然。こいつの名前は“マスターキー”だしな。〈解錠〉スキルの効果もちゃんと乗ってるぜ」

「鍵開けってもっと繊細なものだと思ってました……」


 あまりの衝撃に呆然とするレティ。

 その隣でひまわりが深く頷く。


「本来はそういうものなので、お気になさらず。今回は鍵穴になるものが無かったので、おじさんも普段はもう少しスマートに開けます」

「ともかく道は開けたな。よし、登るぞ」


 レングスがこじ開けた隙間の縁に鈎の付いたロープを引っかけ、するすると登っていく。

 ゴツい身なりに反して随分と鮮やかな身のこなしだ。


「全員それなりに〈登攀〉スキルは持ってるな? 持ってないなら上から引き上げるが、この先が少し辛いぞ」

「30も無いが良いか?」

「十分だろ。時間はあるからな」


 ロープを掴み、両足を絡ませるようにして登る。

 俺に続きレティ、最後にひまわりと全員が登り終えると、レングスは『施錠』というテクニックで歪んだ鉄板を元に戻した。


「これで元に戻るの、なんか違和感ありますね……」

「システム的には問題ないからいいんだよ」


 綺麗さっぱり痕跡を消し平らになった鉄板を見て、レティが微妙に眉を寄せる。

 俺も正直納得いかないが、レングスの〈解錠〉スキルがかなり高いおかげで出来る所業らしい。


「ここから七階まで登っていくんですか。……かなり高いですねぇ」

「まあ殆ど塔と同じ高さだからな」


 エレベーターを六階に移動させてから箱の外に出た方がいいのでは、と考えたがエレベーターが動くとそれだけで七階の警備が厳重になるらしく、レングスに却下された。


「さて、こっからが本番だぞ。ひま、シャフトにセンサー類はあるか?」

「『看破』……びっしりとありますね」


 一瞬ひまわりの瞳が赤く輝き、ずっと七階まで塔を貫く長いシャフトを見上げる。

 彼女の言葉にレングスはさほど驚いた様子もなく頷き、インベントリから更にアイテムを取り出す。


「レッジ、レティ、あとひまも。全員これに着替えてくれ」

「なんですか、これ?」


 彼が取り出したのは真っ黒なツナギのような服だった。

 丈夫そうな分厚い生地で作られていて、金属のバックルで各所を締めることができるようになっている。


「“影歩きの黒衣”だ。本来は原生生物の視線を掻い潜るためのモンだが、いくつかのセンサー類にも効果がある。ひまの『隠蔽』だけじゃあカバーしきれねぇからな」

「なるほど、分かりました」


 黒衣を受け取り、手早くそれに着替える。

 スーツ姿のレングスと黒いドレスのひまわりも同じ服装になり、まるでスパイ映画に出てくるキャラクターのようになった。


「潜入するみたいでテンション上がりますね!」

「いや、潜入するんだぞ?」


 レティが当初の目的を忘れかけていないか少し不安に思いながら、俺たちは次なる行動を起こす。

 ひまわりが新たな『隠蔽』の霧を出し、レングスがワイヤーを掴んで登り出す。


「レッジ、大丈夫か?」

「浮蜘蛛が使えたらもっと楽だったんだがな……」

「あれは〈罠〉スキルの範疇だったか。そりゃ使えないな」


 流石はwiki編集者と言うべきか、彼はすでに俺の浮蜘蛛についても把握しているらしい。

 非戦闘区域である都市内部では、戦闘スキルである〈罠〉スキルを使用する浮蜘蛛システムは使えない。

 もし使えるのなら、こんなシャフトもすいすいと登っていけるのだが……。


「ていうかレッジさん、町の中でも浮蜘蛛が使えるように交渉するために今向かってるんですよね」

「それはまあ、そうだな」


 降下作戦では浮蜘蛛システムを流用して、ワイヤーをこの塔に固定する必要がある。

 今のままではそれは不可能であるため、こうして苦労して登っているのだ。


「レッジ、また何か企んでるのか」


 上から呆れ声が降ってくる。

 そう言えば詳しい事情を説明していなかった。


「実はこの〈オノコロ高地〉から降下する作戦を進めててな――」


 ネヴァとの立案からこうして七階の〈クサナギ〉を目指す経緯までを説明すると、レングスはなるほどと一つ頷く。


「いつものレッジみたいだな。逆に安心したぜ」

「どういう事だそれは……」


 ワイヤーは長く、七階は遠い。

 静けさを掻き消すように俺たちはとりとめの無いことを話ながら登り続ける。


「そういえばレッジ」

「うん? どうした」


 半分ほどまで登った頃、レングスが話しかけてきた。


「俺たちは七階までは案内するが、そのあとはどうするんだ? 正直、シャフトの比じゃねぇくらいに七階は警備が厳重だろ」

「七階のドアはレングスが開けてくれるんだろう? なら大丈夫さ」

「しかし、部屋の中には警備NPCがわんさか居るぜ」


 ミカゲたちと七階に入った時のことを思い出す。

 あの時は正当なアクセス権があったにも関わらず、俺たちは常に照準を定められ張り詰めた警戒の目に晒されていた。

 今回は正当性は何もない、正真正銘の不法侵入だ。 考え無しに立ち入ればその瞬間に蜂の巣だろう。


「ん~、まあなんとか説得してみせるさ。たぶん」

「レッジさん!? レティ、穴だらけにはなりたくないですよ?」


 下から不安げな声が聞こえてくる。

 一応そこは事前に考えていたから、対策も用意している。

 問題は俺の能力次第というところだが、それはやるだけやってみないと分からない。 


「着いたぞ」


 先頭のレングスが七階の扉の裏に手を掛ける。

 俺、レティ、ひまわりの三人もそれに続き、シャフトを構成する僅かな枠に張り付いて安堵の息をつく。


「ひょええ、怖いですね」

「落ちたら無事じゃ済まないのですよ。あとセンサーも全部作動して集中砲火を喰らうので絶対に落ちないで下さいね」


 足下を見たレティが声を震わせ、ひまわりが念を押す。

 この状況ではフラグに聞こえるが、本当に面倒なことになるので絶対に足を滑らすことは出来ないのだ。


「俺とひまができるのは、ここの扉を開くことだけだ。あとは二人でなんとかやってくれ」

「分かった。レティ、ちょっと作戦会議しよう」

「うぅ、やっぱりレティも何かするんですね……」


 俺とレティはこの扉の先に待ち受ける事態を想定して言葉を交わす。

 その間、レングスとひまわりの二人は黙々と解錠作業を続ける。

 今回はバールでぶち抜くことは出来ないらしい。


「レッジさん、それほんとに言ってます?」

「本気だよ。どれだけ時間がかかるか分からんが、俺もなるたけ早く終わらせるように努力する」


 俺が要望を伝えると、レティは目を見開いて聞き直す。

 彼女には過酷なことを要請してしまって申し訳ないが、今はこれしか選択肢がない。

 恨むなら素直に会ってくれない〈クサナギ〉を恨んでくれ。


「レッジ、あと30秒だ」

「分かった。レティも準備してくれ」

「うぅ……。死んだら化けて出ますからね」

「アップデートセンターから出てきてくれ……」


 レティが腰のベルトに吊していた天叢雲剣を手に取る。

 いつもの物々しいハンマーではない、ただの短い銀色の棒だ。


「あと20秒」

「レティ、バフは掛けられないからな」

「分かってます。自分でなんとかしますよ」


 ここまで来ると彼女も覚悟が決まったらしい。

 かっこいい横顔できっぱりと言い切る。


「あと10秒だ。俺とひまは扉が開いた瞬間逃げるからな」

「ああ、ありがとう。本当に助かったよ」

「ひまわりさんも、突然お呼びして申し訳ありませんでした」

「いいのですよ。他ならぬ友人の頼みですから」


 カチャカチャと静かな音が響く。

 冷たい緊張に震えそうになる身体を抑え、その時を待つ。

 そうして、扉からレングスの手が離れる。


「じゃあ、頑張れよ」

「――おう」


 後ろへ跳んだレングスとひまわりはワイヤーを掴んで滑り落ちていく。

 それを見送る暇も無く、扉が開かれる。


「レティ!」

「任せて下さい!」


 レティが部屋へ飛び込む。

 暗く、幾つもの機械が山のように積まれた部屋の中へ。

 その瞬間、部屋中の銃口が彼女の方へ向く。


「戦闘スキルが無くても――」


 間髪入れずマズルフラッシュが激しく燦めく。

 レティは天叢雲剣を水平に構え、ピンと長い耳を立てた。


「――レッジさんのことは、レティが守ります!」


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Tips

◇影歩きの黒衣

 闇に紛れ、影から影へと隠れ潜みながら移動するために設計された漆黒の衣装。動きやすいよう極力簡素な造りを追求し、静音性を重視して装飾も徹底的に排除した。各所のバックルによって身体に密着し、まるで裸のように身軽な動作を可能にしている。

 夜間及び暗所での隠密性が上昇する。


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