第241話「二人の協力者」
ウェイド中央制御区域、中央制御塔のエントランス。
今日も今日とて多くのプレイヤーで賑わう端末エリアを素通りし、いつかと同じようにエレベーターに乗り込む。
「ほんとに行けるんですか?」
「行ける行ける。俺が嘘ついたことないだろ?」
懐疑的な眼を向けてくるレティ。
大人数で行くような用事でもないということで他のメンバーは狩りに出掛けているが、彼女だけは付いてきていた。
「制御塔は全七階層。そのうち三、四、五、六階層は全て中央演算装置〈クサナギ〉の処理領域だ」
トーカたちに説明したことと同じように、レティにも簡単な解説をしながら純白の通路を進む。
分厚いガラス窓の奥では、今も無数のマシンアームが目まぐるしく動き回っている。
「そんで、この第七層がウェイドの統括者が鎮座するぎょく――」
かちり、とエレベーターのボタンを押す。
「あれ……?」
かちかち、と連打する。
三から六層まではすんなりと行けたというのに、七層のボタンだけが押しても一向に箱が動かない。
「…………レッジさん」
「いや、まて、大丈夫。ラグかなぁ。ちょっと回線が」
「何時の時代の話をしてるんですか。VRでラグなんて今日日聞きませんよ」
「じゃ、じゃあバグとか」
「バグなら運営さんがすっ飛んできますよ。レッジさんなんて特に目付けられてそうですし」
だんだんと隣の赤い瞳が冷めていく。
エレベーター内の温度さえも氷点下になっている気がする。
「っ! サポートボタン!」
エレベーターのコンソールにある赤いボタンを押す。
緊急時、〈クサナギ〉と直通の連絡を取れるもの。
これを使えば七層に入れずとも――
『緊急チャンネル応答システムです。用件を』
「七階に入らせてくれ! 相談したいことがあるんだ!」
『個体識別番号を確認。個体名“レッジ”の特別アクセス権を確認。……個体名“レッジ”の特別アクセス権該当なし。開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉へ問い合わせ中。開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉からの否認を確認。貴方にはシード02-スサノオ中枢演算装置〈クサナギ〉へのアクセス権が付与されていません』
「んんんん!?」
冷たい機械音声の宣告に思わず目を剥く。
何度ボタンを押して確認しても、一向にドアは開かない。
機械だから情に訴えることもできない。
「……レッジさん」
「まて、いやまだ何かまだ行ける諦めんな頑張れいけいけ――」
「レッジさん! 正気に戻って下さい! レッジさんが以前ミカゲたちと七階に入れたのは、アクセス権があったからです。もう三つとも使ったんですよね?」
「…………」
あああああっ!
最後に、あんな質問、かっこつけて……。
「いったんお家に帰りましょう? 温かいココアでも飲んで、もう一度策を練り直せばいいと思います。レティも付き合いますから」
「すまない……。俺があんな、うぅ……」
エレベーターの隅に蹲り、どんよりと重たい心を抱える。
レティが憐憫の目を差し向けてぽんぽんと優しく背中を摩ってくれた。
「こんなところで計画が頓挫するなんて……。せめて七階に入れさえ……入れさえ……?」
すん、と涙が引っ込む。
そうだ、入れさえすれば良いんだよ、入れさえすれば。
別に堂々と正面玄関から行く必要はない。
「レティ、ちょっと待っててくれ」
「あ、またなんか変なこと考えてますね?」
「なんか一気に辛辣になったな……。まあいいか、よしレングスは居るな。ひまわりは居るかな」
フレンドリストを開き、目当ての名前を探し当てる。
タイミング良く二人ともログインしているようで、すぐさまTELを掛ける。
『どうした?』
「突然済まんな、レングス」
エレベーターの中でレティに見られながらレングスと交渉する。
重要なのは彼とその相棒が優秀なwiki編集者――つまりは情報通であること。
そして二人が特に都市の構造については右に出る者が居ないほどの有識者であること。
「――ウェイドの制御塔七階、〈クサナギ〉の居る場所へ潜入したい。手伝ってくれないか?」
『突然何を言ってんだお前は。ついに頭がおかしくなったか』
「突拍子も無いことは分かってるが、アンタも随分言うようになったな……」
厳つい呆れ顔が脳裏に浮かび、憮然としながら詳細を語る。
オノコロ高地の下へ向かう準備をしていること、そのためには幾つもの材料を揃えなければならないこと、そして町の使用許可を〈クサナギ〉からもぎ取る必要があること。
「難しいことってのは分かってるんだ。でもレングスなら出来るんじゃないか?」
『……中央制御塔は都市の最重要管理区域だ。特に七階は文字通りの心臓部――万が一失われたら都市だけじゃねぇ、都市ネットワークそのものが壊滅するほどの中枢中の中枢。当然、警備も武装も外壁のそれとは段違いだ。いつぞやのイベントの時みてぇに警備NPCも手加減してくれねぇぞ。
俺は都市のことはそれこそ外壁の傷の一つ一つまで調べ尽くしてる。だからこそ、その難しさがよく分かる。……絶対に、不可能だ』
真実であるが故の説得力だった。
彼が鋭い言の葉で俺を斬る。
その切れ味は、俺の口を閉ざすのに十分だった。
「……レングス」
最後の断末魔のように彼の名を呼ぶ。
諦めて通話を切断しようとしたその時だった。
『でもな、レッジ』
スピーカー越しの悪人面が凶悪な笑みを浮かべる。
『俺は一人じゃねぇ。相棒もいれば、絶対に、可能だ』
『……勝手に相棒にしないでください』
「っ! ひまわり!? やっぱりレングスと一緒だったんだな」
レングスの言葉の後で不満げな少女の声が続く。
ひまわりは驚く俺に、しばらくぶりですね、と冷めた口調で応えた。
「しかし、レングスとひまわりなら七階に入れるのか?」
先ほどのレングスの言葉が脳裏を過る。
彼の言ったことは事実であり、それは今も変わらない。
レングスたちにどのようなプランがあるのか。
『少し準備が必要だ。今どこに居る?』
「ウェイドの制御塔のエレベーターの中だ。レティも一緒にいるぞ」
『相変わらず仲が良いな。よし、じゃあエントランスで待っててくれ。20、いや15分後に会おう』
「ああ、期待してるぞ」
TELが切れる。
どこかで大男と少女が駆け出す。
「というわけだ。やっぱり持つべきものは良き友人だな」
「類は友を呼ぶってやつですねぇ」
レティと共に一階へ降り、エントランスに戻る。
人混みを掻き分け、ヤタガラスのホームに続く階段の前で待つ。
「しかし、あの二人にはどんな考えがあるんでしょうか」
隣で通話を聞いていたレティも俺と同じ疑問を抱いていたらしい。
不安げに眉を寄せて聞いてくる。
「さあな。でも前も二人には助けて貰ったし、期待してる」
「あれは……〈猛獣の森〉のカイザーを倒した時でしたか。お二人の案内で駅のホームから地下通路を通って逃げたんですよね」
懐かしそうに微笑みレティが思い出を反芻する。
ひまわりと出会ったのはあの時だ。
「今回もあのトンネルみたいな秘密の通路を使うんでしょうか」
「あのトンネル、情報通には広まってるらしいな。移動に使ってる奴もいるとか」
「――ま、全部の構造を把握してる奴は殆どいねぇがな」
「っ!」
話に花を咲かせていると背後から低い声がする。
跳ねるように振り返れば、黒いスーツをビシリと決めて黒いサングラスに黒いハットと、どう見てもカタギではない大男が立っていた。
「レングス!? なんか、種族まで変わってないか?」
俺よりも遙かに背も横幅も大きくなった男を見て、慌てて名前を確認する。
大男はにやりと笑い、頷いた。
「正真正銘、俺がレングスさ。つい最近ゴーレムに機体を変えたんだ」
「スキンは良く張り替えてたみたいだが、ついに身体ごと変えたか……」
「大きくなったせいで暑苦しさも倍増なのですよ」
「ひまわりさんも! お久しぶりですね」
黒尽くめのレングスの影からひょっこりと明るい茶髪が現れる。
ひまわりの姿に声を上げ、レティは彼女の両手を握った。
「お久しぶりなのですよ。こんな面倒なお話を受けて再会するとは思いませんでした」
「うちのレッジさんが済みません……」
「いえ、うちのおじさんも相当なので」
何故か保護者会のような様相を呈し始めるレティとひまわり。
そんな二人に声を掛け、俺はレングスから作戦の説明を求める。
「それでレングス、どういうルートで七階に向かうんだ?」
「あん? そりゃあ決まってるだろ、あれだよ」
レングスは太い指で一方を示す。
それを追い、俺は首を傾げる。
「あれって……エレベーターじゃないか」
そこにあったのは、ついさっき俺とレティが乗っていたエレベーターの扉だった。
_/_/_/_/_/
Tips
◇機体の変更
キャラクリエイト後もアップデートセンターにて機体を変更することが可能です。ただし特定の任務をこなして変更したいタイプの機体を自身で用意するか、取引によって他プレイヤーから購入するか、もしくは特別支援物資販売ショップにて購入する必要があります。
Now Loading...
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます