第239話「星読の占術師」

 〈角馬の丘陵〉の中央に建造された地上前衛拠点シード03-スサノオ、またの名をキヨウ。

 崖を覆うように建造され歪な建物の間を複雑に路が絡み合うサカオとは対照的に、碁盤の目のように整然と並び交差した通りに嵌め込むように立てられた建造物が並ぶ、静の美しさを見せる都市である。

 そんな町の市場マーケットもまた、その土地の特色を色濃く表した整列具合だ。

 ずらりと一直線に並んだ露店の群れの影に潜むように、一軒の小さな小屋が建っていた。

 簡素な防水布の屋根を木製の柱で支えただけの、小さな三角錐型のそれは、使い捨てで費用はかかるが〈取引〉スキルが僅かでも使用可能な最低品質の臨時露店だった。


「私、アリエスの占い小屋に来るの初めて!」

「今日は運が良かったなぁ。朝10時まで、1日30人限定なんだろ」

「あんた何占って貰うの?」

「今日は狩りに行きたいから、ドロップ増加がいいな」


 しかし簡素な――ともすれば見窄らしい――小屋の構えとは裏腹に、その前にはずらりと長蛇の列が出来ている。

 並ぶ機械人形たちは女性が比較的多く、誰もが期待に胸を膨らませ列が進むのを今か今かと待ちわびていた。


「――いらっしゃい。ようこそ、天占宮へ」


 一人の女性ヒューマノイドが内外を隔てる幕を持ち上げて小屋の中に入る。

 小さな机を挟んで薄暗い小屋の奥に座っていたのは、妖艶な濃い青髪を腰まで流した美女であった。

 布量の多いゆったりとしたドレスを纏い、顔も薄い紗で覆っている。

 瞳は見えず、真っ赤な口元だけがゆるく微笑む。


「運命占いは一回300ビット、お守りはどれでも一つ500ビットよ」


 言い慣れた様子で美女は言葉を転がす。

 薄いヴェールに隔たれ表情は見えないものの、それがまた客たちへ不思議な期待を抱かせる。


「う、占いをお願いします!」

「分かりました。では、こちらへかけて」


 白魚のような手が滑らかに動き、机の前の小さな椅子を指し示す。

 女性客はぎこちない動きで椅子に座り、ぴんと背筋を伸ばした。


「じゃあ、占うわね」


 何を占って欲しいか、どう占って欲しいかなどを聞くことも、氷を溶かすような言葉を交わすこともなく、早速占い師は始める。

 客の両手を握りしめ、何かを確認するかのように丹念に揉む。


「ふんふん。なるほど……」


 それで何が分かるのだろうか、と女性客は不安げに瞼を上げる。

 そんな彼女を勇気づけるように占術師の紅がゆるくカーブした。


「戦闘職ね。弓を使うのかしら。……狩人ハンターだったりして」


 何かを読み上げるように言葉を放つ占い師。

 それを聞いて女性客は驚きを隠せない。

 彼女の言葉は全て正しかった。

 自分は大型の弓を扱う、〈猟遊会〉という〈狩人ハンター〉系バンドのメンバーである。

 しかし町中ということもあり弓は“天叢雲剣”へと変えて腰に吊っているし、装備も町歩き用のラフなものに着替えている。

 フレンドカードも渡していないため、占い師は自分が〈猟遊会〉のメンバーであることも知り得る筈がない。


「どうして……」

「貴女が教えてくれたのよ」


 思わず口元を覆う客に向かって、占い師は艶やかに微笑んだ。

 そうして再度彼女の両手を握りしっとりと濡らすように撫で続ける。


「今日の貴女には……三つの標があるわ」

「三つの、標?」

「ええ。一つは、弓を持ち森へ狩りに出かけること。貴女の感覚は冴え渡り、草の下に隠れた鼠の一匹でさえ知覚し華麗に射貫くことができるわ」


 占い師の口調はどこか人を酔わせる。

 何時しか二人の指は絡み合う。


「二つ目は、ストレージに貯まっている収獲物を加工して過ごすこと。肉類の燻製は特に上手く行くわ」


 その言葉に女性客は更に驚く。

 彼女はサブスキル的に〈料理〉スキルを習得しており、自ら仕留めた獣の肉を燻製にして弁当代わりに持ち歩いていた。

 しかし最近は狩りばかりに傾倒し、ストレージにはかなりの量の未加工肉が貯まり気味になっている。

 ――自分はこの小屋でこの占い師の美女と初めて出会ったというのに、彼女は自分のことを旧友のように深く知っている。


「最後は、狩りも料理も全部忘れて、町で楽しく遊ぶ事よ。貴女はとても倹約家ね、でも金の気は溜まりすぎてもいけないの。時にはぱっと発散してリフレッシュしないと。町の商人たちはきっと貴女に色々なサービスをしてくれるわ」


 自分で食材を仕留め、自分で料理して弁当にしているのだ。

 女性客も自分が倹約家である自覚はあった。

 しかしこの美女に囁かれると、たまには町で買い物を楽しんでも良いかも知れないと思い始める。


「三つの標のうち、選べるのは一つだけ。貴女が欲しい運命を、私があげるわ」


 強く指を絡ませて、ぐいと口元を客の耳元に近づけ囁く。

 惚けた表情の女性は頬を薄桃に染め、今日の予定を考える。

 狩りに出掛けようか、食材を加工するか、もしくは――


「お、お買い物……したいです」

「ふふ、良いわね。女性は金の気の巡りが良くなると更に美しくなるのよ」


 占い師がさらりと手を撫でる。

 それと同時に女性客のステータス欄に見慣れないバフアイコンが点灯した。


「これは……?」

「“買い物上手”というバフね。今日一日、貴女がNPCから何か買う時は何でも10%割引されるわ」

「ほんとに!? 割引……なんて甘美な響きなの……」


 三度の飯より割引が好き、ワゴンセールが己の揺り籠と豪語する彼女は占い師が齎した運命に歓喜する。

 待ちきれないと立ち上がる彼女と手が離れ、占い師の口紅が名残惜しそうに曲がる。


「ありがとうございます、アリエスさん! 私、今日は思い切って沢山お買い物します!」

「ええ。――良い一日を」


 ぺこぺこと何度も頭を提げてお礼を言う女性客に、占い師は微笑みを浮かべて手を振る。

 疾風のように小屋を飛び出した背中を見送り、次の客を待つ。


「おう、ここが噂の占い小屋だな」


 続いてやって来たのは鎧姿の男である。

 町中だというのに背中に鉄塊のような大剣を背負い、完全武装のゴーレムである。

 大きな身体を縮めて入ってきた彼を一瞥した途端、占い師の口元がすんと冷める。


「ようこそ、天占宮へ。占いは300ビット、お守りは500ビットよ」

「おう、占ってくれ」

「ん、貴方には三つの標があるわ。一つ、荒野や断崖で狩りをする。貴方の剣は簡単に敵を切り裂くでしょう。二つ、深い地中で狩りをする。貴方の守りは硬くどんな攻撃も弾くでしょう。三つ、強大な敵に挑む。いつもより効率的に技術を磨けるでしょう。さあ選んで」


 入り口に立ったままの男をちらりと見て早口で捲し立てる占い師。

 男は少し首を傾げたが、提示された三つの選択肢の中から考える。


「三つ目はボスと戦えばスキルレベルが上がりやすいってことか?」

「そうね、そんな感じよ」

「じゃあそれにしてくれ」

「はいはい。……ん、できたわよ」


 占い師は2メートルほど離れた場所にいる男を見て、虚空で指を滑らせる。

 それだけで男のステータス欄に“恐れずの猛者”というバフが付く。


「はい、終わったわよ」

「おおこれはいい。丁度〈武装〉のスキル上げがしたかったんだ」

「そう。頑張ってね。後が詰まってるからそろそろいいかしら」

「ああ、どうもサンキューな!」


 大腕を振って小屋を出る大男。

 彼に視線を向けることもなく、占い師は次の客を呼ぶのだった。





 日が昇り、キヨウの町にも活気が溢れはじめる。

 短針が10の数を数える頃、小さな小屋は畳まれる。


「あ゛~、疲れた。けど今日も可愛いおにゃのこが沢山見られたし、綺麗な手も沢山触れて良かったわぁ~」


 切れ長の青い瞳を細め、真っ赤な口紅を拭いながら長身の女性は足取り軽く市場の隙間を歩く。

 白いうなじの上で纏められた一つの団子が、彼女の歩調に合わせて楽しげに弾む。

 地味な色合いの簡素な服は周囲の群衆に紛れ溶け込み、誰も彼女に視線を向けることもない。


「さぁて、今日は星の並びも良いし、一狩り行こうかしら」


 広がる青空を見上げ、手の影を白い肌に落としながら彼女は今日の予定を立てる。

 中央制御塔の端末でストレージから荷物を取り出し、向かった先は〈アマツマラ地下坑道〉の第23層――現在熾烈な攻略競争が繰り広げられているその最前線だった。


「ふーん、ふふ~ん♪」


 暗い坑道の真ん中を鼻歌まじりに歩く彼女は、更に服装を変えていた。

 白い布地に赤の差し色の入ったゆったりとした軽装で、腰の左右に二本の曲刀を佩き、星の刻印の入った耳飾り、指輪、首飾りなどで華やかに装飾され、黒革のブーツを履いている。

 防御力を一切考慮しない軽装だ。


「ん、来たわね」


 暗い道を明かりもなく歩いていた女は突然立ち止まる。

 その数秒後、闇の奥からぬるりと白爪の大モグラが現れた。


「4層か8層の階層主だっけ? ここまで下がるとモブで出てくるのねぇ」


 岩のように隆起した筋肉の塊を見て鼻白む。

 そんな彼女の反応に気を害したか、ホワイトネイルモールは低く唸り声を上げて地面を蹴る。


「『占眼』」


 気を揺らすこともなく、女は僅かに下がる。

 直後、それまで彼女が立っていた場所に鋭い斬撃が降り注ぐ。

 その後も彼女が頭を下げればその真上を腕が薙ぎ、跳べばその下を脚が蹴る。

 まるで白爪モグラの行動全てが事前に分かっているかのような強烈な違和感を発する回避だった。


「『星標:金の盾』」


 ゆらゆらと身体を動かし回避に徹していた女が新たな行動を起こす。

 指を打ち鳴らす乾いた音と共に、彼女とモグラの間に分厚い黄金の壁が現れる。


「『運命変転』」


 再度指が鳴る。

 瞬間、金の壁から太い針が突き出しモグラの身体を貫く。


「『疾風連斬』」


 曲刀が舞う。

 無数の斬撃が硬い肌を撫で、深い傷を刻む。


「無駄に硬いよねぇ。ぜーんぜん刃が通らなくてアリエスさん困っちゃう」


 十分以上に大量のダメージを与えているというのに、彼女は不満げに唇を尖らせる。

 針から逃れようと藻掻くモグラを青く輝く瞳で射貫きながら、数メートルほど距離を取る。


「双星流、第六座――」


 曲刀を逆手に持ち替え、腕を十字に交差する。

 銀の刀身に12の紋章が浮かび上がる。


「――『乙女の慟哭レディ・クライ』」


 絹を裂くような悲鳴が坑道を揺るがす。

 絹を裂くように白爪モグラの身体が裂かれる。

 縦に無数の斬撃が飛び、長いHPバーを灰色に染める。

「ふん。……やっぱり星が見えないとあんまり力が出ないわね。金の星の時に水の星の技使うのも微妙だし」


 ゆっくりと倒れる大モグラを一瞥もせず彼女は腰の鞘に刀を収める。

 そうして素材を回収したあと、光の粒子となって砕けるのを見送ることもなく、彼女は暗い坑道の奥へと進み出した。


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Tips

◇星印の双曲刀

 しなやかな白鉄鋼の刀身に虹結晶で十二の星印を刻んだ一対の双刀。星の力を授かる特別な力を宿すと言われている。ゆるく湾曲した形状は使用に高い技術が必要だが、流れるような捌きで敵を乱れ斬る。


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