第238話「三術の強者」

 結論から言うとヘルムの素材は無事だった。

 俺が『素材鑑定』で見ただけだから、もしかするとミカゲのような呪術師からすると別のアイテムなのかもしれないが。

 ヘルムの死体が光の粒子となって砕け、同時にインベントリに大量のアイテムが入ったのを確認して、俺は小屋の中に戻る。


「調子はどうだ?」

「まだもうちょっとかかりそう」


 ベッドで横になっているミカゲが少し苦しげに答える。

 温かい飲み物でも作ろうかとティーポットを取る。


「……ふむ」

「その写真、どうするの」


 ふと魔が差してカメラを取り出し、ベッドで倒れているミカゲをファインダーに収める。


「いや、トーカに送ってやろうかと」

「やめて……。死んじゃう……」


 珍しく怯えたような声を出すミカゲ。

 そんなにトーカは恐ろしいのだろうか。


「緑茶いるか?」

「……いる」


 のそりと起き上がり、ベッドの縁に座ったミカゲに湯飲みを渡す。

 彼はふぅふぅと数度息を吹いて冷まし、少しずつ舐めるように飲み始めた。


「ミカゲの〈呪術〉スキルはいくつになったんだ?」

「レベルは34だよ」

「滅茶苦茶高くないか?」


 さらりと放たれた言葉に耳を疑う。

 ついこの前取っかかりが見つかった所ではなかったか。


「もしかして単独行動中ずっとレベリングしてたのか?」

「うん。掲示板で、呪具専門の生産者と知り合って、いろんな呪具を試しながら」

「ほう。そんな生産者も居たんだな」

「自分でも〈呪術〉スキルは上げてるけど、戦闘職じゃないから、しっかり検証が出来ないって言って頼まれた」


 ボス戦直後の高揚感からか、“厄呪”の数値が下がって楽になってきたからかミカゲはいつもより言葉数が多くなる。


「純銀の五寸釘も、呪符も、照魔鏡も、呪縄も、その子が作ってくれた」

「ネヴァじゃなかったんだな」

「……ネヴァはその、話してると少し、気後れする」


 ミカゲは申し訳なさそうに肩を小さくして呟く。

 二人が会話しているところを想像して、なんとなくその理由が分かった。

 ミカゲは大人しい性格だが、ネヴァは誰にでも屈託無くぐいぐいと接するところがある。

 彼女もバンドに所属しなかったり、生産広場での視線が嫌で工房を建てたりする程度には人付き合いを嫌っている節があるが、それとはまた別のことだ。


「その呪具職人と一緒にレベリングしてたって訳か」

「いや、二人で狩りに行ったことは無い。……あくまで呪具の相談をして、完成品を貰って、一人で狩りに行ってる」


 単独行動の極みである。

 なんでも相方の職人もそちらの方がいいと言っているらしく、実はwin-winの関係になっているらしい。

 恐らく呪具職人もミカゲと性格的に似ているのだろう。

 なんにせよ、仲間に新たな人脈が広がるのは良いことである。


「ミカゲは〈呪術〉以外の三術スキルはあんまり研究してないのか?」

「うん。ずっと〈呪術〉一筋。でも、やっぱり関連してるところもあるし、それぞれの有名なプレイヤーも出てきた」

「そうなのか。俺は全然知らないが、そっちも深まってきてるんだな」

「〈占術〉スキルの第一人者は“星読”のアリエスっていう人。午前中はどこかの町の市場の隅で占いをやってて、それが人気らしい」


 ミカゲが虚空を見上げ記憶を掘り返しながら説明を施してくれる。

 アリエスという人の占いは絶大な人気があるようで、その日の朝には専用の掲示板スレッドで店が特定され、すぐに長蛇の列ができるのだとか。


「占って貰った人によると、その日はスキルの上昇速度が上がったり、狩りの成果が普段の倍になったりする、らしい」

「それは……課金アイテム並の効果だな」


 一応このゲームにも課金アイテムというものはある。

 現実時間で24時間から一週間程度の間、スキルのレベルが上がりやすくなるブーストアイテムや、〈取引〉スキルがなくともフィールドで商人NPCを呼び出せる召喚状といった、あったら便利なお役立ちアイテムだ。

 基本は月額課金制ということもあり、課金アイテムは無くても普通にプレイ出来る程度の性能に抑えられているとはいえ、スキルブーストがゲーム内のテクニックで出来るのはかなり珍しい。


「〈霊術〉界隈で有名なのは……」


 彼は湯飲みを両手で抱えて思案する。


「“骨剣”のカルパス、“孤群”のろーしょん、“屍獣”のハニトー、とかかな」

「三人もいるのか」


 冗談みたいな名前と物々しい二つ名のギャップに混乱しつつも、三人も有名人がいることに驚く。

 しかしミカゲは珍しいことではないと頷いた。


「三術スキルは、どれもスキル内での方向性が色々あるから。〈呪術〉スキルなら、僕は直接敵を攻撃する“呪撃師”タイプで、呪具職人の子は間接的に敵を攻撃する“忌み師”タイプだよ」

「〈刀剣〉スキルでも刀を使う“サムライ”系と双剣を使う“双剣士”系と大剣を使う“バスター”系がいるようなもんか」


 俺の例えに彼はもう一度頷く。


「カルパスは“霊装師”タイプ、ろーしょんは“召喚師”タイプ、ハニトーは“霊獣使い”タイプって言われてる」

「それぞれの具体的なのは分からないが、なんとなく雰囲気は掴めた気がするよ」

「僕も詳しいことは知らないから。アリエス含めて四人とも掲示板のスレッドで名前が挙がっただけ」


 俺としては掲示板で挙がった名前を全て覚えているのが凄いと思うが。

 自分は砂漠難民のスレッドで挙がった名前も殆ど覚えていない。


「ちなみに〈呪術〉スキルの有名人はいるのか?」

「“闇巫女”のぽん、“溺愛”のラピスラズリ、とかかな」

「こっちもこっちで物々しい二つ名だな」

「二つ名は……割とみんなふざけて付けてるから……」


 少し笑いつつ答えるミカゲ。

 俺の予想だが、きっと彼にも何かしら二つ名が付いているはずだ。

 ていうか、白鹿庵のメンバー全員何かしら二つ名付いているのでは?


「こうなってくると俺も何か二つ名が欲しいかもしれないな」

「えっ」

「えっ? どうした?」

「いや……なんでもない……」


 ふと呟いた言葉にミカゲが反応する。

 直後にふるふると首を振ったため、よく分からないが首を傾げて終わるが、どうかしたのだろうか。


「しかし当然と言えば当然だが、いろんなプレイヤーがいるんだな」


 ミカゲから聞いた名前を思い出しながらしみじみと言う。

 アストラやひまわり、レングス、ルナやタルトと俺も随分知り合いが増えた気がしていたが、流石は大人気MMOである。

 ユーザー数がどんなものかは知らないが、同時翻訳ツールの存在もあって海外からのプレイヤーも多いらしいしな。


「ちなみになんだが、三術スキルの平均レベルって今どれくらいなんだ?」

「掲示板見てる感じだと……」


 ミカゲが〈呪術〉スキルレベル34と言っていたが、これが高いのかどうか分からず軽い気持ちで聞いてみる。

 彼は掲示板を開き、軽く流し読みしながら答えた。


「〈呪術〉スキルはぽんがレベル36で、ラピスラズリがレベル34、だね」

「……うん?」


 彼の言葉にまたも耳を疑う。


「ぽんやラピスラズリは〈呪術〉界隈のトップなんだよな」

「そうだよ」

「その二人がレベル36と34なんだよな」

「うん」


 ふんふんと頷くミカゲ。

 ごくり、と喉を鳴らして最後の問いを投げかける。


「それで、ミカゲのレベルは?」

「34だね」

「バリバリトップ層じゃねーか!」


 思わず大きな声が出る。

 なにを一般人顔してるのか。

 二つ名付くレベルのプレイヤーと同じ水準に鎮座してるじゃないか。

 これはもう絶対、100%二つ名付き確定である。


「ミカゲの二つ名は? あるんだろう?」

「……」

「いや、ここで黙秘してどうする」


 突然口数が少なくなるのは、もうYESと言っているようなもんだろ。


「まあ別に教えなくてもいいが」


 嫌がるくらいなら無理強いはしないと言うと、ミカゲはふるふると首を振る。


「他から聞いていつの間にか知られてる方が恥ずかしいし、ここで言う」

「そ、そうか」


 よく分からないが、本人がそう言うのなら是非聞きたい。

 耳を傾け待っていると、彼は覆面の下で小さくもごもごと口を動かした。


「うん? すまん、聞き取れなかった」

「…………じゃ」

「な、なんて?」


 二つ名を自分で言うのが恥ずかしいのは分かるが、聞き取れず何回も聞き直されるのも随分恥ずかしいと思うのだが。

 そうしていると、彼は心を決めて大きく声を出す。


「じゅ、呪殺忍者」

「……ふむ」


 ぴったりじゃないか。

 俺はつい先ほどのヘルムを汚え花火にしたミカゲを思い出して頷く。

 四文字でミカゲの特徴が良く表れている。

 これ以上無いほどにぴったりなのでは?


「かっこいいと思うぞ。ちなみにデコレーションでそれは作れないのか?」

「……作れる」


 作れてしまう、と言いたそうなミカゲである。

 自他共に呪殺忍者になれるようだが、たぶん彼はしないのだろう。


「そろそろ、帰る」


 逃げるように立ち上がり、湯飲みを消すミカゲ。

 LPが完全回復し“厄呪”も無くなったようだ。

 二人で小屋を出て、小屋も片付ける。

 そうして洞窟の方へと足を向けた丁度その時、亀裂の向こう側から数人の足音が聞こえた。

 ヘルム目当てのパーティが来たかと思って少し待っていると、暗がりの奥からは見慣れた面々が現れる。


「あれ、レティじゃないか」

「こんにちはレッジさん。ミカゲも」


 レティ、エイミー、トーカ、ラクトの四人が亀裂を飛び越えやってくる。

 どうしてここに、と尋ねる前に彼女たちは来訪の訳を語った。


「サカオで何十軒かお店を回って甘い物巡りをした後、腹ごなしに【四獣奮迅】の任務をしてたんですよ。断崖、丘陵、霊峰と回ってきて、瀑布のヘルムで最後です」

「腹ごなしにボス連戦か……」


 俺が随分苦労した任務も、ガチガチの戦闘職である彼女たちにとっては片手間らしい。

 僅かな哀しさを覚えつつ、リポップしていたヘルムを彼女たちが瞬殺するのを見届ける。


「お待たせしました! どうせなら一緒に帰りませんか? レッジさんがミカゲと何をしてたのか気になりますし」

「いいぞ。ミカゲが〈呪術〉スキルを上げてな――」


 手早く解体まで終わらせ、俺とミカゲもレティ達に合流する。

 そして彼の華麗な呪殺ぶりを語りながらウェイドへと帰るのだった。


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