第237話「呪殺忍者」

「レッジ、ちょっと付き合ってくれる?」


 ネヴァと共に新たな製作計画が始動した日から数日が経ったある日。

 白鹿庵の自室でむにゃむにゃと頭を捻っていると、控えめなノックと共にそんな声が掛けられた。


「ミカゲか。珍しいな」


 戸口に立っていたのは忍装束の少年。

 彼の姉は今、レティたちと一緒にサカオのスイーツショップを巡って道場破り観光をしている筈だ。


「〈呪術〉スキルが、少し育ったから。見てもらいたい」


 心なしか少し目を輝かせてミカゲが言う。

 顔の大半は覆面に覆われて見えないが、俺も随分彼の感情が分かるようになってきた。


「丁度行き詰まってたところだ。気分転換もしたかったしいいぞ。付き合おう」


 たまには外の空気を吸った方がいいだろうと立ち上がり、手早く準備を済ます。


「それで、どこに行くんだ?」

「まだ外は明るいから……。とりあえずヘルムの所に行く」


 時刻を確認し、彼は目的地を告げる。

 スキルの使用と時刻に何か関係があるのだろうか。


「分かった。じゃあ行こうか」


 一応浮蜘蛛も一式持って、“剣”も腰に提げる。

 ミカゲは既に準備万端だったようで、俺たちはカミルに一声掛けて町を出た。





「最近、三術スキルの効果量が時間帯と相関があることが分かった」


 瀑布の裏の洞窟の前に立ち、おもむろにミカゲが口を開いた。


「三術ってことは、〈呪術〉だけじゃなくて〈霊術〉や〈占術〉もそうなのか」


 俺の言葉に頷き彼は続ける。


「基本的には、真夜中から午前三時くらいまでが一番効果が大きい。逆に真昼は殆ど、使えない技もあるらしい」

「それはまた……。使い所がニッチだな」

「扱いづらいのは確か。でも、条件が嵌まれば、低スキル帯でも強い」


 少し鼻息を荒くしてミカゲは興奮した様子で言う。

 夜の方が強いというのが忍者的という認識なのだろうか。


「それと、昼間でも一定の効果が出せる時もある。それが、あんまり日の光が入らない場所」

「つまりこの洞窟の中とかか」


 黒々とした闇の広がる洞窟の奥へ視線を向けて言う。

 彼は頷き、腰のホルダーから銀の五寸釘を取り出した。


「呪具も素材によって効果が変わる。一番効果量が高いのが、純銀の五寸釘だった」

「なんかいろんな世界観跨いでるけどいいのか……」


 まあ、いいんだろうな。


「じゃあ、まずはナメクジで、腕試し」


 指の間に四本の五寸釘を挟み、彼は早速纏う空気を変える。

 冴えきった夜の寒さのような緊張感の中、彼はするりと洞窟の中へと入っていく。


「ランタンは点けてもいいか?」

「大丈夫。問題ない」


 一応確認を取って明かりを取り出す。

 〈丘を征く人〉の能力のおかげで明かりは更に強く鮮明に周囲を照らし上げる。

 最近は機械槍一本でも十分白鹿庵フルメンバーの戦場の視界をまかなえるのだから便利なものだ。


「っと、早速やってきたな」

「行く」


 光に釣られてか洞窟の奥から濃い紫色をした巨大なナメクジがジュルジュルと滑りながらやってくる。

 ミカゲは腰を低く落とすと、小さく言葉を落として駆け出した。


「ふっ!」


 糸を出し、壁を蹴って天井へ駆け上る。

 身軽に身体を捻りながら、腰のホルダーから一枚の札を取り出す。


「札?」


 彼は札を前に突き出し、それ目掛けて銀の五寸釘をダーツのように投擲した。

 鋭い切っ先が札の上辺を突き破り、そのままナメクジの眉間に突き刺さる。

 水っぽい音と共に毒液が吹き出す。


「『枯血渇呪』」


 突き刺さった釘の頭をダメ押しとばかりに踏みつけ後方へ下がるミカゲ。

 去り際、彼が発した声に呼応し、札から黒と赤と紫の入り交じった禍々しいエフェクトが吹き出した。


「なんっ!?」


 その光景に首を傾げかけたその時。

 突然ナメクジが急速に身を縮め始めた。

 まるで全身の水分が消し飛んだかのように。


「敵の身体から水分を抜く呪術。大抵の原生生物には効果的で、直接ダメージは入らないけど渇水と防御力低下のデバフが付けられる」


 淡々と先の行動の説明をしながら、彼は再度走り出す。


「『千針侵呪』」


 今度は札はない。

 釘だけ、手に残った三本すべてを勢いよく萎びたナメクジの胴に向けて投げつける。

 するりと何の抵抗もなく釘は体内へと入った。


「『結呪』」


 片手の人差し指と中指を伸ばしたミカゲが、素早く水平に空を切る。

 それと同時に、ナメクジの体内を無数の針が暴れ回り内側からズタズタに貫いた。


「え、えぐい……」

「〈呪術〉スキルのテクニックは、ちょっとグロテスク」


 ちょっと? と少し疑問が過ったが、ひとまずその強さは実感できた。

 ナメクジはもはや解体のしようが無いほどのミンチになっている。


「今はまだ、三本しか使えないけど、スキルレベルが上がればたぶん千本使えるよ」

「……むしろ千本使わないといけないレベルの敵が出てくるって事なんだろうな」


 ナメクジの血の匂いが仲間を呼ぶ前に洞窟の奥へと進む。

 その後も道中で遭遇するナメクジや蝙蝠をミカゲは冷静に釘で突き刺し爆殺していった。


「そんでもってヘルムの地底湖に着いたわけだが」

「ここからは、もっと凄いの、見せる」


 ふんす、とやる気を出すミカゲ。

 少し目を離した隙に彼も随分とぶっ飛んできたようだ。


「レッジ、ヘルム釣って貰ってもいい?」

「了解。少し待ってろ」


 小屋を建ててミカゲに休んで貰っている間に、俺は釣り竿を取り出して湖面に投げる。

 しばらくケイブフィッシュばかり釣れたが、突然一際強い引きが現れた。


「よし、来るぞ!」

「手伝う」


 ミカゲが糸を使って水中のヘルムを絡め、釣りをアシストしてくれる。

 それもあってすぐにその黒々とした巨体が宙を舞う。


「――『呪縛縄』」


 その瞬間を逃さず、ミカゲが太い麻縄のような物を投げつける。

 それは意志を持った蛇のように蠢き、瞬く間にヘルムの巨体を拘束する。


「ボスを縛るとかできるのか!?」

「何秒も持たない。一瞬だけ。でも、それで十分」


 縄の両端が深く洞窟の天井に突き刺さり、絡め取られたヘルムは宙づりになる。

 ミカゲは糸を繰り、壁を蹴ってヘルムと同じ高さまで飛び上がると、更に新たな道具を取り出す。


「『怨嗟反転』『呪怨増幅』」


 彼の手のひらに収まるほどの小さな鏡が燦めく。

 そこに映った己の金眼を見たヘルムは、途端に怒り狂い縛める縄を強引に引きちぎる。


「ミカゲ!」

「大丈夫。問題ない」


 ヘルムの眉間を蹴り、後方へ下がるミカゲ。

 その目の前でヘルムはのたうち回りながら水柱を上げて湖へ沈む。


「『呪縁伝炎』」


 岸に立ち、彼は手に持った鏡に向けて黒い石をぶつける。

 鏡面が砕け、火花が散る。

 火花は紫の炎となって不可視の糸を伝うように勢いよく湖の中へと広がる。


「たーまやー」

「うん?」


 突拍子のないことを言うミカゲ。

 その数秒後、突然水面が大きく膨れ上がる。


「かーぎやー」

「うぉぉあああっ!?」


 破裂する爆炎。

 劈く爆音。

 飛沫が拡散し、紫炎に包まれたヘルムが飛び上がる。


「ふっ。汚え花火だ」

「随分懐かしいネタを知ってるんだな……」


 しかし流石はボスと言うべきか、全身を火に包まれた程度ではまだ死なない。

 それはミカゲも折り込み済みで、彼はすぐに地面を蹴って再接近する。


「『呪刻確認』、うん。『呪怨増幅』、『呪傷刃』」


 腰に吊った鞘から忍刀を抜き、その刀身を指で撫でる。

 呪術の黒いエフェクトが刀身に移り、禍々しさを増す。


「『疾風連斬』」


 彼が放ったのは〈刀剣〉スキルのオーソドックスなテクニックだ。

 スキルレベル70から使用可能な、素早く五連続の斬撃を浴びせる技。

 一発一発の威力は低いが、全て当たればそれなりにLP効率の良いダメージソースとなる人気のテクニック。

 だが、彼の放った『疾風連斬』は俺の知るそれとはまるで違っていた。


「えっぐ……」


 全身に紫色の残滓が刻まれたヘルムに向けて放たれた五連撃。

 それは一振りごとに硬い鱗を常温のバターのようにすんなりと切り裂き、その下の肉を抉る。

 赤黒いエフェクトに重なる白いエフェクトはクリティカルアタックが成功した証だが、彼はそれを五回連続で決めた。

 瞬間的にHPの全てを消失させたヘルムはあっけなく湖面に浮かぶ。

 その白い腹の上に立ち、ミカゲはふらりと俺の方へ振り返った。


「……どうだった?」

「いや、その、お見事ですね」


 何故か敬語になってしまうが、とにかく彼の手腕は鮮やかだった。

 一切の反撃を許さない素早い攻撃の連続で、ヘルムはものの数分で倒された。

 攻略最前線フィールドのボスとは思えないほどのあっけなさである。


「〈呪術〉って、めちゃくちゃ強いんだな……」


 思わずそんな感想を漏らすと、彼は一度頷きすぐに頭を振る。


「でも、お金がかかる。呪具は基本使い捨て。それに、時間帯や環境が合わないと、こんなに上手く決まらない」

「なるほど。ヘルムはこんな暗い場所に居たのが運の尽きってわけか」


 ぷかぷかと浮かぶヘルムに釣り針を引っかけて引き寄せながら言う。

 恐らく昼間の〈角馬の丘陵〉や〈竜鳴の断崖〉ではもっと苦戦するのだろう。


「ちなみに〈冥蝶の深林〉のボスは呪術師のおやつ」

「まあ、うん。なんとなく分かってた」


 霊術師も深林に通っているらしいし、あそこは三術スキルの聖地にでもなっているのだろうか。


「あ、それと」

「うん?」


 思い出したように口を開くミカゲ。

 なんだろうと振り向くと、突然彼が胸に倒れ込んできた。


「ミカゲ!? どうした!」


 LPを確認するが、まだ半分以上残っている。

 気絶の状態異常を受けるほどでもないはずだ。


「〈呪術〉スキルを使うと、“厄呪”っていうバッドステータスが付く。あんまり使いすぎると、倒れて動けなくなる」

「おま、そういうのは最初に言っとけ!」


 ぐったりとするミカゲに悲鳴を上げ、慌てて彼を担いで小屋に飛び込む。


「時間経過で“厄呪”は減っていくから……。大丈夫……」

「とりあえず黙って寝とけ。俺は解体してくるから」


 小屋の中ならとりあえず安心だ。

 ……これがあるから俺を連れてきたんだろうか。


「とりあえず、トーカに報告しておくか」

「っ! ね、姉さんにはまだ黙ってて……」

「倒れたことはちゃんと伝えるからな」

「そんな……」


 今日一番の衝撃を受けたようで、ミカゲがよろよろとベッドに倒れ込む。

 ふむ、しっかり絞られると良い。


「とりあえず解体するか。……ちゃんと使える素材なんだろうな」


 俺はヘルムの素材が呪われていないことを祈りつつ、ナイフを取り出して解体へ向かった。


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Tips

◇厄呪

 〈呪術〉スキル系テクニックを使用するたびに上昇していく。一定以上まで上昇すると様々な状態異常が付与される。時間経過で自然回復する。回復速度は〈呪術〉スキルのレベルに依存する。

 呪うたびその身に溜まる澱み。理を越えた力の行使には相応の代償が求められる。呪いはその身を蝕み、いつしか主を食い殺す。


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