第236話「高速行商人」

 無事に任務【路を征く人】を終わらせ、〈路を行く人トラックウォーカー〉のロール能力アビリティ“幌の家”を入手してから数日。

 俺は〈旅人〉系二次職の〈丘を征く人グラスウォーカー〉へとキャリアを進めるため、〈歩行〉と〈取引〉スキルのレベル上げに時間を費やしていた。


「えっと、ここで“金色蚯蚓”と“竜虫の琥珀”を売って、“金網”と“誘蛾香”を一枠仕入れると」


『任務【農業プラント整備計画(肥料編)】を達成しました』

『任務【珍しい琥珀の化石】を達成しました』

『任務【物資輸送計画No.3533】が進行しました。(1/2)』

『任務【害虫駆除要請】が進行しました。(1/2)』


 サカオの小さなユニークショップを訪れ、店主に大量のアイテムを売却する。

 その後同じ店で別のアイテムを大量に仕入れ、ずしりと重くなったリュックを背負いなおす。

 〈歩行〉と〈取引〉を効率よくレベリングする王道の手法、いわゆる行商任務の基本的な動きである。


「ふんふん、次は物資輸送計画がキヨウで害虫駆除要請がスサノオか」


 任務の詳細が表示されたウィンドウを見て次の目的地を確認する。

 一つの町での滞在時間は30分以下。

 アイテムを購入し、特定のNPCに売却するという任務を複数受注し、ぐるぐると五つの都市を回るだけで二つのスキルがぐんぐん上がるという寸法だ。


「いやぁ、ここで地味にBB極振りが活きてくるのが楽しいな」


 断崖を抜け、丘陵を走りながら笑いが止まらない。

 補正値が小さいこともあって普段はあまり意識していなかったBBの脚部極振りは、フィールドを駆けるとその速度が実感できた。

 〈歩行〉スキルが上がれば更に速度は上昇し、今では他のプレイヤーどころか並の原生生物ならば余裕で逃げ切れるほどの健脚になってしまった。

 移動速度が上がるということは、つまり回転率が良くなり効率が高まるということで、時給も徐々に上がっている。


「金も稼げてスキルも育てられて、いやあ楽だなぁ」


 走り疲れてLPが減ってきたら浮蜘蛛を展開して回復しながら移動する。

 “幌の家”のおかげで浮蜘蛛の回復能力には更に磨きがかかり、俺自身も〈歩行〉スキルが上がったおかげで浮蜘蛛の上に立つのも随分楽になった。

 行商任務高速回転の欠点といえば単調で飽きやすいということだが、俺はそういったことがあまり気にならない性格なので特に欠点とも思わない。

 俺のためにあるかのような、まさに天職だ。


「俺、行商人になろうかな」


 確か〈行商人〉ロールの条件は〈取引〉〈歩行〉の二つだけで、〈旅人〉ロールを取得すれば自動的にそちらも取得できる構成になっているはずだ。

 〈行商人〉のロール能力“絹の標”は“特定アイテムのユニークショップ売却時価格上昇”というもの。

 ユニークショップは在庫が比較的少ないとはいえ、うまくやればかなり金を稼ぐことができるロールだ。


「いや、でもな……。旅人の方がいいよな」


 少し信念がブレかかったが、頭を振って邪念を霧散させる。

 丁度その時、〈歩行〉スキルがレベル60になった。


『ロール〈路を征く人トラックウォーカー〉が〈丘を征く人グラスウォーカー〉に変化しました』

『ロール能力アビリティ“幌の家”の効果が上昇しました』


「よし、目標達成だな!」


 一足先にレベル60に到達していた〈取引〉スキルも合わさり、職業が二次職に変化する。

 それに伴い能力も強化され、目標を達成することもできた。

 これで行商任務を回す理由も無くなったわけだ、が。


「とりあえず、物資輸送と害虫駆除を終わらせてもう一稼ぎしよう」


 ステータスウィンドウにはっきりと表示されたロール名を確認してひとしきりにやけた後、俺は気を取り直して歩みを進める。

 スキルは上がったが、金もいくらあっても困らないのだ。





「というわけで諸々のツケを払いに来た」

「なるほど、頑張ったみたいね」


 場所は変わりネヴァの工房。

 俺がビットをトレードすると、ネヴァは労いの言葉と共にそれを受け取った。


「スキルデータカートリッジは売れなかったの?」

「〈採掘〉の方は売れたんだがな。〈伐採〉はさっぱりだ」

「そっか。……まあ上げてる人は自分で上げてるのかもね。どうしても売りたいならオークションに流してもいいでしょうけど」

「一応自分で持っとくかな。自分で使ってまた上げ直すって使い方もできるんだろ」


 オークション、というのは一定以上の〈取引〉スキルを持ったプレイヤーのみが参加できる競売システムのことだ。

 出品者は最低落札価格だけを決め、各都市の制御塔にあるカウンターでアイテムを預ける。

 オークション自体は毎日夜に開催され、イザナミ中の富豪たちが目当てのアイテムを落札しようと競い合う。

 市場や個人間の取引と違ってレアリティの高いアイテムが剛速球で飛び交い、それに伴って目玉が飛び出るような金額のビットが瞬間的に交換される、お金持ちの巣窟のような場所である。


「ていうかネヴァもオークションって使うのか?」

「たまにね。欲しい素材でレアなやつとかがたまにあるから。それに私、お金持ちだもん」

「そういえばそうでしたね……」


 さらりというネヴァは、確かにお金持ちである。

 使用者の要望に忠実なオーダーメイドの装備品は、俺たち白鹿庵メンバー以外にも多くのプレイヤーに愛されている。

 そもそもゲーム開始初期の段階でこんなに立派な工房を構えるのだから、生来の商才もあるのだろう。


「それで、とりあえず目標は達した訳だけどこのあとはどうするの?」

「その件もあってネヴァに会いに来たんだよ。また頼みたいことがあってな」


 そう言うと彼女の瑠璃色が怪しく光る。

 口元を猫のように緩め、机から身を乗り出す。


「なぁに、せっかく稼いだお金またすぐ溶かしちゃうの?」

「絞り取る気満々だなぁ……。まあ金は使ってなんぼだからな。それに今回の案件は個人の利益じゃないぞ」


 早速金の匂いを嗅ぎつけたネヴァに苦笑しつつ、俺は頭の中で練っていた案を彼女に話す。

 まだ机上の空論ですらない輪郭も定まらない話だったが、彼女は真剣に耳を傾けてくれる。


「なるほど。またまた難しそうなことをするわね」

「組合の方はどうなんだ?」

「あっちも相当難航してるみたいよ。やっぱり有人ってなるとサイズが大きくなって、色々制約も増えるんだって」

「なるほどな。で、こっちはどう思う?」


 彼女が殆ど癖でペンを滑らせた紙に目を落として聞く。


「荒唐無稽。不確実性の塊。眉唾物。正直、この前の幻霊の話の方がまだリアリティがある。ってところかしら」


 辛辣な言葉が容赦なく投げられ心に深い傷を負う。


「そ、そこまで言わずとも……」

「自分でも分かってるでしょ。そう上手くはいかないって」

「それはまあ、だからネヴァを頼ってるんだが」


 頭を掻きながら答えると、ネヴァは少し驚いた様子で固まり、すぐに呆れたように息を吐く。


「レッジ、いっつもそんなこと言ってるの?」

「うん?」

「……まあ良いわ。将来刺されても知らないからね」


 じと目で俺を見つつ、ペンをクルクルと器用に回すネヴァ。

 彼女の言葉の意味が分からず首を傾げていると、突然ふっと笑われた。


「絵に描いた餅で、雲を掴むような話で、到底実現できそうにない話ね」

「ぐぅ……」


 追い打ちを掛けられ思わず唸る。

 しかし、そのすぐ後で彼女は続ける。


「でも私と組めば、必ず実現させて見せるわ」


 顔を上げ、彼女の顔を見る。

 白い長髪を掻き上げ束ね直す彼女の表情は、今までと同じくらいとても頼もしかった。


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Tips

行商人ペドラー

 〈行商人〉系一次ロール。要件スキルは〈取引〉と〈歩行〉。自らの足で販路を広げ、町から町へ珍品特産品と共に移動する。その土地には無い物を運び、価値無き物を価値有る物へ、より安く買いより安く売る。


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