第226話「断絶の崖で」
ウェイドから離れれば離れるほど、西へ進めば進むほど、そして森が深まれば深まるほどに原生生物の気性は荒くなり戦闘の間隔も短くなっていく。
「エイミー、大丈夫か?」
「流石にちょっと疲れてきたかな。LP管理まで頭が回らなくなって来ちゃった」
複数のクラッシャークロコダイルと遭遇し、なんとかそれを撃退したもののエイミーが傷を負ってしまった。
レティ、トーカの前衛組は攻撃を受ける機会も多く、三人とも次第に傷が増えLPが減っていく。
「『
三人の足下に向けて〈支援アーツ〉を使う。
この『
小屋を出すほどでもない時は、これを使って前衛三人を纏めて回復する。
「専属の
レティたちの傷が癒えるのを見守りながら、頭の中ではスキルの整理について思考を巡らせる。
せっかくラクトに師事して習得した〈支援アーツ〉だ、そう易々と手放す気は無い。
「構成を考える時は、2,3個軸になるスキルを決めておいた方がいいですよ。
レティの場合は〈杖術〉と〈戦闘技能〉と〈機械操作〉がメインスキルで、攻撃特化のビルドっていう方向が定まるのでそれを補助するように〈鑑定〉〈歩行〉〈武装〉〈跳躍〉〈異常耐性〉を取って戦闘能力を底上げしてる感じです」
ハンマーの損傷を確認していたレティが、ずっと考えている俺を見かねてかアドバイスをくれる。
俺の場合のメインスキルは何になるだろうか。
「メインスキルが分からない時は、レベル100まで取りたいスキルを探せばいいわよ」
エイミーからも助言を受けて、スキルウィンドウを見ながら指を折ってスキルを挙げる。
「〈槍術〉、〈解体〉、〈野営〉、〈罠〉、〈支援アーツ〉、〈機械操作〉……」
「なかなか多いですね」
2,3個どころか倍の6個も名前が挙がり、トーカが苦笑する。
彼女は最初から方向性がしっかり決まっているからこんなに悩むこともないのだろうか。
「さっき挙げた中で攻撃系が〈槍術〉と〈罠〉でしょ。どっちをメインにしたいか考えて一つに絞ろう。自分がしたいプレイの根幹になるスキルと、それを支えるスキルに分類するように考えて」
「むむ……。メインスキルは〈槍術〉〈野営〉〈支援アーツ〉で、サブスキルに〈解体〉〈罠〉〈機械操作〉その他、かな」
自分の個性となるようなスキルを選ぶのは、色々なものに手を出しがちな俺にはなかなか難しい。
ひとまず声に出してはみたものの、〈解体〉や〈機械操作〉はほとんどメインみたいなものだしな。
「あとはやっぱり、ロールから構成を考える方法ですかね。例えば〈
「ああ、ロールの件なら一つ目を付けてるのがあるんだ」
丁寧に教えてくれるレティに、道中見付けていたロールの名前を伝える。
「〈
「なるほど。レッジさんにぴったりなんじゃないですか?」
「むしろなんで今まで就いてなかったのって位しっくりくるね」
レティだけでなくラクトたちからもお墨付きを貰い一安心だ。
俺がどうして〈旅人〉ではなく〈蒐集家〉を取ったのかというと、単純にビットを稼ぎやすそうな能力が後者だったからである。
実用性を度外視して選ぶのなら、こちらの方がよっぽど俺の目的に合っている。
「〈槍術〉〈野営〉〈支援アーツ〉〈解体〉〈罠〉〈機械操作〉〈歩行〉〈取引〉で八つですか。かなりカツカツですねぇ」
「でも今は十七のスキルが乱立してるからな。結構整理できてるほうだ」
やはり相談しながら考えると物事はスムーズに進むらしい。
この遠征が終わったら色々とやるべき事が積み重なってしまった。
「話してるうちにそろそろ西端ですね。もうすぐ森を抜けますよ」
随分と会話に熱中していたようで、地図を見れば野営地からかなり離れた場所にいる。
レティの言葉通り、それから十分も経たずに突然左右が開け青い空が頭上に広がった。
「んー、爽快!」
「流石に二日掛けて歩くと疲れるわねぇ」
ラクトが両腕を伸ばして目を細め、エイミーも肩を回して息を吐く。
深い草むらが足下に広がっているが森の中のじめじめとした湿気は穏やかな風によって吹き飛んだ。
燦然と輝く太陽に照らされて、柔らかな緑が揺れている。
そして、俺たちの目の前に現れた切り立った崖。
それは南北へゆるくカーブを描きながらどこまでも続き、この高台を形成している。
「これが〈オノコロ高地〉の末端か」
「はい。この崖が〈角馬の丘陵〉や〈竜鳴の断崖〉や〈雪熊の霊峰〉の尾根の後ろまでぐるっと囲んでいるんです」
思わずカメラを取り出してシャッターを切る。
雄大な自然の景色に、喉の奥から漏れるのは感嘆の吐息だけだ。
「この下に、次のフィールド――“第五域”があるはずなんですが……」
慎重にすり足で崖際に近づき、レティは真下を見下ろす。
その隣に立って同じように視線を下げると、思わず肝の冷えるような高さが目に飛び込んでくる。
「こ、これは……予想の十倍くらい高いな……」
雲の上、とまでは言わないが、下は白い靄が掛かって様子も分からない。
荒れ地なのか、森なのか、海なのか、草原なのか、どのような地形であるのかも定かではなく、更にはゴウゴウと唸りを上げて暴風が吹きすさんでいる。
これは確かに下へ降りるのに苦労しそうだ。
「どう? レッジ、何か案は浮かんだ?」
遠く後ろの方からラクトが声を掛けてくる。
そういえば彼女は高所恐怖症だったか。
「いくつか浮かんでたが、この高さじゃあ無理な気がしてきた。写真撮って資料集めて、ウェイドに帰ってからゆっくり考えるかね」
調査とブログのネタ集めを兼ねてシャッターを切りまくり、周囲の地形的な情報を収集する。
流石の原生生物たちも崖際には近づきたくないのか、先ほどまでの連戦乱戦が嘘のように穏やかだ。
「あれがパラシュートを破る鳥か」
崖の下の方、暴風の中を群れで飛ぶ黒い影。
ファインダーに収めシャッターを切ると、それなりに鮮明な姿を捉えることができた。
「
「あれ鳩なんですか? 大きさ全然違うような……」
鋭く尖った嘴と大きな翼を持った灰色の鳥だ。
言われてみれば鳩に似ていなくもないが、大きさは俺の知るそれの数倍はある。
「そのパラシュートで落ちてった人は今際の際に地上の景色は見えなかったのか?」
「落下中に針突き鳥の群れに襲われて死んだらしいので、地上は一切見ていないそうです」
「それは落下死って言っていいのか?」
「機体は回収不可らしいので」
通常、LPを全損して死に戻った時は死に場所に残っている機体を回収すれば特にペナルティもなく復活できる。
しかし溶鉱炉で溶けたり著しい衝撃を受けて機体が大きく損傷した場合はそれも適わない。
つまりは落下の衝撃でそれなりに頑丈な機体も再起不可能になったということだ。
「それじゃ、帰るか」
立ち上がり踵を返す。
「もういいんですか?」
「欲しい情報は集まったしな、後は考えて対策を練るだけだ」
ここで出来ることは全部済ませた。
ならばあとは早く帰って頭を動かす番だ。
「現実時間も押してるし急いで帰ろう」
「うわ、ほんとだもうこんな時間ですか。早く帰らないとママに怒られちゃう……」
ゲーム内で丸二日も経てばリアルでも相応の時間が経っている。
俺はともかく他の皆は色々不都合もあるだろう。
そんなわけで目的地では十分ほど滞在し、早々に帰路へ就くのだった。
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Tips
◇『
三つのアーツチップを用いる初級アーツ。
範囲内にいる対象のLPを大きく回復する円形の領域を生成する。
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