第225話「節操なし」
夜が明け、朝が来る。
小屋の外に出てみると、朝露に濡れた罠に数匹のイグアナが引っかかって死んでいた。
それを引き剥がして解体していると、森の奥から艶々とした表情のエイミーがトーカたちを引き連れて戻ってきた。
「おかえり、どうだった?」
「楽しかったわ。使いやすいチップの組み合わせも見つかったし」
軽い運動を終えた後のようなすっきり具合だが、彼女は夜通し戦っていたはずだ。
その証拠に後ろの二人は随分と疲れた表情をしている。
「トーカたちは何かやったのか?」
「いえ、私たちの出番は殆どありませんでしたね。ミカゲが〈呪術〉スキルのレベル上げをしていたくらいでしょうか」
「……あんまり収獲はなかった」
三人は小屋で少し休むと言うので、少しのんびりと作業を進める。
「しもふり、今日もよろしくお願いしますよ」
小屋の隣で休止状態を取っていたしもふりをレティが起こす。
回収した罠や、小屋をしもふりのコンテナに詰め込めば、すぐに出発の準備は整う。
「それじゃあ行こっか。今日中に崖に行けると良いな」
プリズムクリスタル装備に身を包み、蒼月の晶弓を手にしたラクトが元気よく声をあげる。
休息を取ったエイミーたちもそれに続き、俺たちはまた森の中へと進んでいった。
「こうやって森の中を歩いていると、ニルマの|戦馬車〈チャリオット〉のありがたみがよく分かるな」
落ち葉を踏み踏み湿った森を進む。
〈歩行〉スキルやBBの関係で徒歩での移動速度は俺が一番速かったりするが、団体行動は一番遅い人に合わせるのが基本である。
「ごめんね、歩幅が小さくて」
「いや、嫌味じゃないから。なんかごめんな」
少し拗ねたように言うラクトに謝り、手を合わせる。
戦馬車のような複数人が纏めて乗り込める高速移動手段があれば、崖へもすぐに到着するのだろうか。
「あの戦馬車は小回りが利きませんが、木を薙ぎ倒して進めそうですしね」
「あれって燃費はどうなのかしら。結構コストは高そうだけど」
「四頭立てで、機械軍馬なんですよね。しもふりよりもバッテリーの消費は激しそうです」
一応、この世界には戦馬車以外の移動手段はある。
バギーのような四輪駆動のオフロード車や、霊峰で人気のソリ、牛車、ジェットパック、スプリングシューズ。
トンチキな発明を多く作る機械いじりが得意なバンドや、往年の名車を再現する車バカバンドなど、生産系バンドも多様なのだ。
しかしそのどれもが一長一短であり、結局徒歩に落ち着くというプレイヤーもそれなりに多い。
スキルに依らないというのはそれだけで大きな利点なのだ。
「トーカは〈歩行〉スキル高いですよね。やっぱり便利ですか?」
「サムライの要件ですしレベル80になってますよ。歩きやすいというか、足を取られることがなくなるのでストレスフリーです」
トーカの言葉に地下坑道での筋肉モグラ戦を思い出す。
あの時彼女が鋭角的に身を翻し素早く抜刀技を重ねられたのは〈歩行〉スキルの恩恵もあるのだろう。
「行動系スキルならミカゲが沢山取ってますよ。〈歩行〉〈登攀〉〈水泳〉〈跳躍〉〈受身〉の五つ全部80にしてたよね」
「うん。全部揃うと、かなり素早く移動できる」
姉の言葉に頷き、スキルウィンドウを見せるミカゲ。
彼のスキル合計は772と、それなりである。
「わ、ミカゲはもう800行きそうなんですね」
それを見て驚くのはレティである。
彼女が見せた自分のスキルウィンドウに表示された合計値は499だった。
「やっぱり行動系はしっかり向き合うと上がりやすい部類なんですかね。〈機械操作〉とか〈武装〉とかは色々必要条件もあるので上げにくいです」
「レティも結構スキル上がってる方じゃない? 後衛になるともう全然上がんなくて」
自然とそれぞれのスキル合計値を発表する流れになり、ラクトがウィンドウを開く。
そこには434とかなり低めの値が表示されていた。
「後衛だと攻撃受けたりもしないし、こんなもんだよ。〈武装〉スキルもそんなに高いのはいらないしね」
「私は622ね。レティより少し上かな」
エイミーのスキルも方向性が定まっているため
「レッジさんのスキルはどんな感じですか?」
「1,050だよ」
「えっ?」
「1,050だよ」
俺の回答に全員が固まる。
耳を疑う人、怪訝な顔をする人、呆れ顔の人。
「いや、仕方ないんだ」
「まあ弁明くらいは聞いてあげますよ」
大きなため息をついて腰に手を当てるレティ。
俺は自分のスキルウィンドウを可視化させて言った。
「上限到達のスキルは〈槍術〉〈野営〉〈解体〉〈鑑定〉〈収獲〉〈伐採〉〈採掘〉の七種類だから、これだけで560割いてるし、〈支援アーツ〉と〈登攀〉以外は50以上だしで。ぶっちゃけ何下げようか悩んでる」
「もう上限いってるとか、どんだけ節操なくレベル上げしてるの」
「迷走ってレベルじゃないわねぇ」
合計値の制限に引っかかってしまったせいで、昨夜の食事でも簡単なものしか作れなかった。
ちなみに〈料理〉スキルは現在レベル20でロール条件すら満たしていない。
他にも〈支援アーツ〉はもっと上げたいし、行動系スキルは俺の当初の理念的にも確保したいし、〈機械操作〉はDAFシステムの運用などで絶対に必要になる。
何を下げて何を上げるべきか、実はめちゃくちゃ悩んでいるのだ。
「せっかく風牙流あるんだし〈槍術〉は残したいしなぁ」
「採集系は普通にいらないのでは? 特に〈採掘〉と〈伐採〉は殆ど使ってないですよね」
レティの指摘に頷く。
そもそも採集系は暇だったから上げ始めたのが発端で、何か必要に迫られたわけではない。
しかしロールが〈
「レッジ、あんまり〈
「……はい」
ラクトの容赦ない正論に押しつぶされる。
風牙流の要件に入っている〈解体〉と、食材調達に便利な〈収獲〉を残して、〈伐採〉と〈採掘〉を切れば160も浮くのだ。
「けど、せっかく上限まで育てたから切るのは忍びないんだよな」
スキル上限に到達してなおスキルを伸ばしたい場合は、不要なスキルを選んで減少設定にする必要がある。
伸ばしたいスキルがレベル1上がった時、減少設定のスキルのレベルを1下げることで辻褄を合わせるのだ。
「それならスキルデータカートリッジに入れればいいんじゃない? 流石にキャップまで上げたスキルをそのまま減らすのは勿体ないし」
「スキルデータカートリッジ?」
ラクトの口から聞き慣れない言葉が飛び出し首を傾げる。
すると今度こそ全員から信じられないといった視線を頂く。
「習得したスキルを保存しておくアイテムだよ。割と高額だけど、スキルを入れたカートリッジをもう一回使うと保存されてるレベルまでブーストが掛かって上がりやすくなるの」
「なるほど、そんなアイテムが……」
「割と常識だと思うよ」
最近は意識的に掲示板見てるし世間知らずも治ってきたかと思ったが、そうでもなかったらしい。
そのスキルデータカートリッジというものを使えば、上げたスキルを封入して他のプレイヤーに売ることもできるとかで、入手難度がそこそこ高いもののトップ層ではそれなりに使われているのだとか。
「アストラに言えば、三つくらい売って貰えるんじゃない? まあまあ高いとは思うけど」
「ちなみに相場はどれくらいで?」
「これくらいかな」
ラクトが五本の指全てを立てる。
「5万ビットか、それなら頑張れば……」
「500kだよ。50万ビット。入手できる任務が結構難しいっていうか、面倒なやつだからね」
「ええ……」
万年金欠の俺になんという残酷な宣告だろうか。
そんな金、逆立ちしても出せるわけがない。
「〈伐採〉〈採掘〉だけなら1M、100万か。白鹿庵の共有資産で払えるんじゃない?」
「ひゃっ!? って、共有資産とは……?」
さらりと言うラクトに何度目かも分からないが首を傾げる。
「誰かが大きい買い物をする時の助けになるように、皆で何割か集めてるお金ですよ。バンドの共有ストレージに入ってます」
「初耳なんだが……」
「そりゃあレッジさんそこに入れられるほど稼いでないですもん」
ずけずけと言われて心に深い傷がつくが、反論はできない。
宵越しの銭は持たないというわけではないが、共有資産の存在を知らないくらい懐に余裕はないのだ。
「レッジさんがスキル構成をもっと専門化させたら、100万くらい一週間程度で稼げると思うんですけどね」
「魚釣ってお刺身にして売るだけで時給かなり良いんだよ」
「ていうか、レッジさんの〈解体〉で出てきたドロップアイテムの何割かも売ってて、それも結構な金額になってますよ」
トーカたちから知らされる衝撃の事実の数々に開いた口が塞がらない。
俺が今まで金欠で喘いでいたのは何だったのか。
「ちなみに共有資産は副リーダーであるレティが管理してます。レッジさんに任せたら知らない間に溶かされそうなので」
「流石に共有資産には手は出さんさ……」
金遣いに関して白鹿庵から一切信頼がない。
「ま、遠征が終わったらスキルデータカートリッジ買ってもいいですよ。スキル構成考えておいて下さいね」
「ありがとうございます……」
優しいレティさんに平身低頭で感謝を示す。
〈伐採〉と〈採掘〉を抜けば〈
次に就くロールも調べておく必要があるだろう。
「なんか今のスキルで取れそうな複合ロールはあったかね……」
正直ロールの数は膨大だから、何かしらあるのだろう。
問題はそのロールの特殊能力と俺の行動との噛み合いだ。
〈
「むむむ……」
そうして俺は崖への道を歩きながら、掲示板やwikiと睨めっこしながら唸る羽目になるのだった。
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Tips
◇スキルデータカートリッジ
習得したスキルを保存しておくデータカートリッジ。スキルを保存したカートリッジは再度使用することで、保存時のレベルまでブーストが掛かり、レベルを上げやすくなる。
カートリッジ自体は他者と取引できるため、スキルの売買にも使用できる。
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