第224話「夕餉と歓談」
夜の〈鎧魚の瀑布〉は物騒だ。
ひとたび戦闘に突入すれば続々と他の原生生物が集まり、うんざりするほどに長引いてしまう。
「うまぁい! いやぁボムカレーは至高ですね」
「それ売れ残ってて九割引ワゴンセールしてたラッキーフルーツ練乳ニンニク味だけどな」
そんなわけで俺たちは安全な小屋の中で英気を養いつつ夜が明けるのを待っていた。
夕餉は定番のボムカレーに各自好きなトッピングを乗せる形式を取り、スケイルフィッシュのフライや影狼の焼き肉などを用意した。
「狼肉ってたぶんリアルだとこんなに美味しくないんだろなぁ」
厚切り炭火焼きステーキをこんもりとカレーの上に乗せたラクトが小さな頬をいっぱいに膨らませながら言う。
確かに肉食動物は臭みがあったりと色々聞くが、ここはゲームの世界である。
そして世界観的にも影狼は“現実の狼に習性や姿が近似してはいるが根本的に別種の生物”であるため味に相関はないだろう。
事実、影狼のステーキは野趣溢れる味わいでめちゃくちゃに筋張って……あれ、正直あんまり美味しくないな?
「ラクト、よく噛み切れるな」
「おじさん顎の力弱まってるんじゃ無いの?」
「そ、そんな……」
確かに最近肉類よりも魚の方が好みに寄ってきたが。
昔はどんぶり三杯肉五枚とかいってた気がするんだけどな。
それより、狼肉があまり美味しくないのはやはり俺の〈料理〉スキルのレベルが低いせいだろう。
もっと精進せねばとは思うのだが、そうもいかない事情というものがある。
「そういえば、最近ウェイドの市場を中心に出店が流行ってるみたいですね。たこ焼きとか唐揚げとか、お祭りみたいで賑やからしいですよ」
「……ふーん」
白身フライとチーズとロングタンイグアナの生皮の素揚げ(下処理なし)をトッピングしたカレーを食べていたトーカが思い出したように言う。
なんだかんだと話す機会が得られず、焼きそばの件を言っていない俺は少し会話の輪から遠ざかる。
「ソースもの、食べたいですよねぇ。レティは焼きそばが好きです」
「出店ってチープだし帰ってから考えるとちょっと割高だったりするんだけど、何故か満足度高いんだよねぇ」
「けど、露店で調理なんてできたのかしら」
エイミーが気付かなくていいことに気付いてしまった。
別に隠すことでもないのだが、更に言い出しにくくなってしまったではないか。
「なんでも〈料理〉スキルと〈野営〉スキルと〈取引〉スキルがあればできるとか。どれもレベル10程度でいいので、かなりお手軽に出店できるようですよ」
「トーカは詳しいですねぇ」
「食の探求者ですから!」
そういえばトーカはそんな肩書きを自称していたな。
〈彩鳥の密林〉での一夜を思い出して感慨に耽る。
思えばあの時は一時的なパーティとして知り合ったが、ここまで深い付き合いになるとは考えもしなかった。
「で、レッジさん」
「はい」
「何か言うことあるんじゃないですか?」
「……はい。私がやりました」
結局全員気付いてるじゃないか!
そりゃあまあ、必要なスキルを全部持ってるもんね。
分かるよね。
「いや、全員いなくて暇だったから、カミルに市場でも行ってきたらって言われてな」
「それで露店側に回るのがレッジさんらしいですよね」
「レッジさんは何を売ったんですか?」
「焼きそばです」
絶対そこまで知っているはずだろうに聞いてくるトーカ。
彼女も最近少し意地悪になってきているような。
「今度私たちにもご馳走して頂戴ね」
「はい」
「わたし、塩焼きそばも欲しいな」
「はい。頑張ります」
「シーフードミックスとかも欲しいですよね」
「シーフードはあんまり出回ってないんだよなぁ」
ニコニコと笑顔のエイミーたちに頷いていると、トーカがふと気付いて言う。
この舞台が〈オノコロ高地〉という切り立った崖に囲まれた土地であるからか、ウェイドや他の都市のどこの食材店を回ってもシーフードミックスというものが見つからない。
他のゲームならありそうな海のマップが無いというのも、それを保証しているのだろう。
「川魚かちょっとした貝類くらいですかね。一応蟹はありますけど」
レティの言う蟹は、第1回イベントの時のあれだ。
あの蟹たちは〈雪熊の霊峰〉の尾根の向こう側でたくさん生息しているのが発見されたようで、各地の市場でもよく見掛ける。
「イカとかタコとか欲しいよね」
「まあそのうち獲れるようになるんじゃないか。フィールドが広がっていけば、そういうのがある土地も見つかるかも知れん」
「ですね。そのためにも是非この高地の下に行かなければ……」
シーフードの話でレティたちのやる気は一層高まったようだ。
戦闘力と食への渇望は比例するのだろうか?
「実際、どうやって崖を降りればいいのかね。スキル上限を80以上にする術は見つかってないし、多分現状の環境でいけるとは思うんだが……」
「最悪、生産バンドの航空機開発が実を結べば解決なんですよ。でもそれが正道ではない気がするんですよね」
「……野生の勘か?」
「誰が野生ですか!」
しかしレティの言うことも分かる。
FPOの生産システムは自由度が高く、それこそケルベロスすら作れるくらいに何でもできる。
当然、航空機も作ることは可能なのだろうが、それは本当に正解なのだろうか。
「そういえば、ドローンで偵察はできないのか?」
「普通に操作範囲外になるみたいです。中継器を置こうにも崖が堅すぎて杭も刺さらないとか」
「なるほど。厄介だなぁ」
そういえば〈オノコロ高地〉の崖の堅さは〈鎧魚の瀑布〉の滝の比ではないらしく、トンネルを掘ることもできないと聞いた。
俺の浅知恵で考えつくようなことはすでに先人が試し、不可能であることが証明されているらしい。
「やっぱり、一回見ないことには分からんか」
結局はそんな結論を付けてひとまず思考を放棄する。
伝聞だけでは分からないようなことも、実際にこの目で確かめれば分かるかもしれないしな。
「レッジさん、おかわりお願いします」
「まだ食べるのか……」
ずい、と突き出された空の皿にごはんとカレーを盛っていく。
今夜だけで何十杯食べるのか戦慄するが、レティは涼しい顔で次のトッピングを選んでいる。
「満腹度も回復したし、私はちょっと遊んでこようかな」
エイミーが立ち上がり、装備を調える。
「俺も行こうか?」
「うーん、ちょっと離れたところでするし、レッジは小屋の維持があるでしょ。それにダメージ受けるつもりも無いから大丈夫よ」
「では、私が付いていって良いですか。万が一危なくなった時だけ刀を抜きますので」
「そうね。トーカが付いてるなら心強いわ」
「……僕も行く」
食後の腹ごなしと夜の暇つぶしと自己研鑽を兼ねてエイミーは夜の森へと入るらしい。
トーカとミカゲがそれに付いて小屋の外に出る。
残ったのは、順調にカレーを食べまくっているレティとアーツの組み上げを始めたラクトだけだ。
白月は暖炉の前で眠っているし、しもふりは小屋の外で
「レッジ、なにか考えてるの?」
「うん? ああ、まあ、そうだな」
黙っていると、ラクトが視線を手元のウィンドウに落としたまま声を掛けてきた。
「どうやったら崖の下に、無事に生きたまま降りられるか。やっぱり自分でその活路を拓いてみたい」
一種の自己承認欲求だろう。
これまでなんだかんだと目立つことが多くなり、俺の心も味を占めてしまったらしい。
「あとはまあ、行けるって事は分かってるからなぁ」
「そうなの?」
「まあ、行けないはずがないというか。絶対方法は用意されてるんだよ」
曖昧な答えだったが、彼女は素直に頷いてくれる。
そうしてちらりとこちらの方へ視線を向けて口元を緩めた。
「わたし、レッジならきっとやってくれるって、なんとなく確信してるんだ」
「そりゃあ買い被りすぎじゃないか?」
恥ずかしげもなくさらりと言う彼女に、俺の方が少し照れくさくなってしまう。
それを隠すように答えた言葉に、彼女は間を置かず首を横に振った。
「レッジはきっと異常なんだよ。言葉が悪いけどね。
異常にこの世界に“合ってる”んだよ。この世界をゲームじゃなくて、もう一つの現実だと思ってる。だから、わたしたちじゃ出来ないような突拍子もない事を思いつくし、やってのけるんだよ」
「そういえばレングスにVR適合者がどうとか……」
「それとはちょっと違うんだけど……。ま、いいや」
ラクトは苦笑して頭を振る。
少しくさいことを言い過ぎたとはにかんで、またアーツのチップ組みに戻った。
「れ、レティもほうおもひまふ」
「……とりあえず食べてから言ってくれ」
何故か焦ったような顔でもごもごと口を動かすレティに呆れ、思わず吹き出す。
「夜明けまでまだ少しあるな」
窓の外を見ると、青白く輝く月が丁度目に入った。
幾つもの星屑の中にはツクヨミも多くあるのだろう。
俺は静かな小屋の時間に身を任せ、再度思考の海へと沈んでいった。
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Tips
◇ボムカレー(ラッキーフルーツ練乳ニンニク味)
“旨さ爆発!ボムカレー!”のキャッチコピーでおなじみの簡単お手軽レトルトカレーのオリジナル創作テイスティシリーズ。
777種のフルーツと666種のスパイスを高性能AIによって計算された完璧な割合で配合、それに全て塗りつぶす大量の練乳と刻み、すりおろし、炒め、焼いた四種のニンニクを合わせた挑戦的な新作。
〈料理〉スキル1で作ることが出来るが、食べるには〈状態異常〉スキル30以上を必要とする。
現在、シード01、02、03、04ースサノオ各所及びシード01ーアマツマラにて大好評絶賛発売中。在庫多数。まとめ買い歓迎。
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