第223話「森を進む六人」
ウェイドの門でラクト、エイミー、ミカゲの三人と合流を果たした俺たちは、ひとまずそこから少し離れた森の中の小さな広場へと場所を移した。
人通りの多い門前では、しもふりの姿が騒ぎの元となってゆっくり話すこともできない。
「いやぁ、まさか真正面から三人の本気の臨戦態勢を見ることができるとは……」
のっすのっすと軽快に移動するしもふりに跨がったまま、隣を歩くラクトに話しかける。
すると彼女も肩を竦め言い返す。
「わたしたちだって、突然情報に無いボスでも来たのかと思ったよ。突発的なイベントなんて、ありそうなことだし」
「これ、ネヴァが作ったんだっけ? ここにくるまでで騒がれなかったの?」
エイミーがしもふりの黒い体躯を見上げて呆れたように言う。
「スサノオからウェイドまで全速力で突っ走ったので、あんまり周りの反応を気にする余裕が無かったですね」
「あー、今頃掲示板がお祭り騒ぎになってるんだろうなぁ」
きょとんとした顔で答えるレティに、ラクトは憂鬱な表情になる。
奇遇なことに、俺もしばらくは掲示板を見に行きたくない。
「さて、このへんでいいでしょ。まあ、色々聞きたいことはあるんだけど……」
良い具合に人気の無い森の中で立ち止まり、ラクトは俺の方を見る。
今回の首魁はレティだと思うのだが……。
「とりあえず、トーカのその状況は?」
その指摘にふと視線を下げる。
すでに大跳躍は終わったというのに、腰にはがっしりと注連縄のように回された二本の腕。
言うまでもなく、トーカのものである。
「あー、トーカ。もう大丈夫なのでは?」
「……。……? ……っ!? ああっ、す、すみません!」
「とととと、トーカ!? トーカなんでトトットーカ!?」
今の今までぎゅっと目を瞑っていたらしいトーカが、恐る恐る目を開いてようやく周囲の状況を把握する。
彼女は素晴らしい俊敏さで飛び跳ねてしもふりの背中から離脱する。
それと同時にレティの言語野が故障した。
「レティ、落ち着け。トーカは〈機械操作〉スキルを持っていないから、〈登攀〉スキルだけでしもふりの揺れに耐えてたんだよ」
「あは、あはは……レッジさんはいつもそうです。レティの知らない間に、あはは……」
「おい、レティ?」
虚ろな目をしてカタカタと全身を震わせるレティ。
壊れた機械みたいで背筋が冷える。
助けを求めて周囲に視線を向けるも、さらりとそれは躱される。
「……ていっ!」
「あたっ!?」
結局、壊れた機械にはこれが一番。
レティの頭頂、長い耳の間に手刀を落とすと、再起動して正常に戻ってくれた。
「これからは〈機械操作〉レベルが60以下の奴を乗せて走らせないことだな。振り落とされたら最悪死ぬぞ」
「あぅ、すみませんでした。そこまで考えが至らず……」
ゆっくりと言い聞かせるように説明すると、彼女も納得してくれる。
両方の耳をぺたんと倒し、萎れた花のように頷いた。
「……わたし、〈機械操作〉取ろうかな」
「いいわねぇ。色々便利みたいだし」
その横でラクトたちが何か囁き合ってるが、遠くて聞こえない。
とりあえずレティの様子が元に戻ったので万事オーケーだろう。
「ていうかレッジ、しもふりに白月は乗せられないのよね?」
「まあ、そうだな。白月は隣を併走してたぞ」
「それも実は結構凄い事よね。白月、普段あんなに寝てばっかりなのに」
しもふりの足下に立つ白月がきょとんとした顔で鼻先を舐める。
腐っても白神獣と言うことか、白月の運動能力はかなり高いのだ。
「っと、とりあえず降りるか。しもふりの説明はレティにして貰おう」
俺とレティがしもふりの背から飛び下りると、しもふりは待機状態であるお座りの姿勢に移行する。
賢い奴である。
レティがしもふりの各種能力について説明すると、ラクトたちはそれぞれに驚き、特に瀑布を飛び下りた話には驚愕と呆れが混じった顔になった。
「とまあこんな所ですかね。物資はしもふりだけで十分運べるようになったので、かなり便利になりましたね」
「カルビたちの元の機体はどうしてるの?」
「とりあえずネヴァさんのところで預かって貰っています。愛着もあるので、すっぱり手放す気にもなれなくて」
恥ずかしそうにレティは言うが、その気持ちは俺にも分かる。
なんだかんだと言って、あの三頭には随分世話になった。
「全員揃ったことだし、早速今日の目的地まで出発しようか」
ラクトたちへのしもふりのお披露目も終わり、やるべき事は一つになった。
最後にもう一度用意に不備が無いことを確認して俺たちは森の奥へと進路を向ける。
「レティはしもふりに乗らないのか?」
歩き始めてすぐ、俺はレティが自分で歩いているのを見て首を傾げる。
すると彼女は曖昧な笑みを浮かべて答えた。
「一応前衛ですので、いつでも出れるようにしておかないと。それにバッテリーの容量もありますし、他の皆が歩いているのに一人だけしもふりに乗ってる意味も無いですし。あと単純に……ず、ずっと乗ってるとお尻が痛くなります」
「な、なるほど」
最後の理由は別に恥ずかしいなら言わなくて良かった気もするが、とりあえず事情は分かった。
しもふりに騎乗しての移動の利点は、プレイヤーが走るよりも更に高速な移動だ。
その代わりレティの言うとおり乗り心地はお世辞にも良いとは言えないし、突然の対敵にも反応が難しく、更には有限であるバッテリーの残量を急速に消費していく。
「少人数で行動している時の緊急離脱くらいですかね。しもふりで全速力を出せるのは」
そんなことを言いつつ、彼女はしもふりの太い前足を撫でる。
「そういえば、ソーラーパネルとか小型風車とかの発電機がテントのアセットにあった気がするな」
今まで特に必要に迫られる事態もなく記憶の片隅に追いやられていたが、アセットショップでそのようなものを見たような気がする。
それを用意しておけば、こうした遠征の最中でも小屋を出せばしもふりの充電ができるかも知れない。
細かいことを言えば、バッテリーの中身は電力じゃなくて特殊なエネルギーらしいが。
「しかし、護衛対象が減ると結構やりやすくなるね」
道中、早速何度かの戦闘を行ったラクトがしみじみと言う。
今までは俺だけでなくカルビたち機械牛にターゲットが向かないように気を払う必要があったが、しもふりは硬い外装で覆われているため無視できる。
彼女はそれだけでも思考のリソースを他に回せて負担が軽くなると言う。
「思考のリソースっていうのがよく分からんが」
「戦闘中に他のこと考えなくて良いって事だよ。敵の位置と前衛の位置と組み立てるアーツとLPにだけ気をつければよくなるから」
さらりというが普通に大変なのでは?
流石はラクトというか、平気な顔で並列思考について語られると少し胸がギュッとなる。
プロビデンス作戦、ラクトならもっと楽にやってたんだろうか……。
「あとはエイミーの盾能力がめちゃくちゃ上がったおかげもあるかな。あれはなかなか凄いよ」
言いながらラクトは前方を指さす。
こうしてのんべんだらりと話している間も、前衛ではレティたちがさくさくと原生生物を倒していた。
その中でエイミーは最近習得したばかりの〈防御アーツ〉を巧みに使いこなして周囲のエネミーを寄せ付けない。
「あの強制ジャスガ戦法、かなり凶悪だよね。アーツを選べば消費を回復が上回るし」
「なんか、皆強いなぁ」
正規の戦闘職ではない俺では、あの三人のうちの誰にも敵わないことだけはよく分かる。
ていうか、普通にアストラとも良い勝負できるんじゃないか?
「随分暗くなってきたな」
「森の中だし、日が暮れるのが早いんだよね」
〈鎧魚の瀑布〉は日の出が遅く日の入りが早い、日照時間の短い土地だ。
東に背の高い瀑布があるのも関係して、特に下層ではなかなか朝がやってこない。
そして鬱蒼と広がる森はじっとりと湿っていることもあってすぐに陰鬱とした夜に支配される。
「『発光』。ははは、どうだ明るくなったろう」
機械槍に内蔵されたランタンに明かりを灯す。
ぼうっと柔らかなオレンジ色の光がパーティを包み、周囲に黒い木々の影が浮かび上がる。
「わざわざランタンを出さなくていいのは便利ですね。片手も空きますし」
それを見たトーカが機械槍の利点に気付いてくれた様だ。
彼女の言うとおり、従来のランタンならば槍とは別に取り出して持たなければならず両手が塞がってしまう。
しかしこれなら片手が空く上取り出す手間がなくなるためすぐに周囲を照らすことができる。
「光源が高いってのも利点の一つだな。ランタン持つよりも広く照らせる」
明るい場所が増えるということは、それだけ戦いやすくなるということだ。
戦場が広がることで、レティたちも動きやすくなる。
「もう少ししたらキャンプ地みたいだな。今夜はそこで休もう」
瀑布のような広大かつ障害物の多いフィールドでは、野営ができる程の広さがある土地も限られてくる。
そんなわけで〈野営〉スキル愛好家の間では各地の野営に適したポイント――キャンプ地を記した地図が出回っていた。
なんでも〈筆記〉スキルを使えば地図に直接マーカーすることができるとかで、その座標データが掲示板のスレッドを使って配布されているのだ。
「ここですね。じゃあレティたちは見張りしてるので、テントよろしくお願いします」
「はいよ。任せろ」
森に点在する広場の一つに到達し、今夜の寝床が決まる。
しもふりから建材を取り出し、小屋を建てる。
“深森の隠者”の特殊能力に〈野営〉スキルテクニックの効果上昇というものがあり、それもあって普段よりも迅速に小屋が建つ。
更に広場の周囲に杭を打って“領域”にし、原生生物の襲撃を防ぐ罠を仕掛ける。
「よし、準備完了だ」
最後に小屋の前で火を熾し、拠点が整う。
「わぁい! これだけしっかりした拠点で休めるのはレッジさんがいるおかげですねぇ」
途端にレティたちのぴりぴりとした空気も弛緩する。
本来ならばテントを建てたところで多少は警戒する必要もあるのだろうが、罠と拠点が合わさると瀑布の原生生物程度では容易に突破できないほど堅固なものになるためそれも必要ない。
「道中のドロップ品に食べられそうなものはあったかね……」
次々と小屋に入っていくレティたちを尻目に俺はしもふりのコンテナに放り込まれた道中の収獲を物色する。
使えそうなものがあれば何か料理をしたい。
そのために調理道具もしっかりしたものを積んできた。
「――よし」
首尾良くいくつかのアイテムを見付けた俺は、両手に抱えて足取り軽く焚き火へ向かった。
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Tips
◇深森の隠者シリーズ
深い森の奥に隠遁する者の装い。各所に装飾された様々な緑で自然に紛れ、大地の息吹とその恩寵を一身に受ける。野生動物からの警戒が薄れ、自然の中での営みが容易になる。
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