第227話「悪友と悪巧み」
ウェイドの白鹿庵に戻ると、俺以外の全員がログアウトして一人
現実時間でも随分遅いし仕方ない。
「おわ、本当に結構な金額があるな」
ログアウトする直前にレティが教えてくれた白鹿庵の共有ストレージには、確かにスキルデータカートリッジがいくつか買えるほどの金額が預けられていた。
その金額の大きさと、その存在に今の今まで気がつかなかった自分に驚きを隠せない。
「しかし、俺が一銭も入れてない口座の金を俺の個人的なことに使うのは気が引けるんだよな……」
共有口座の存在を知らなかったと言うことは、当然俺はそこに1ビットも関与していないということで。
俺が〈解体〉スキルで増やした素材アイテムの余剰を売却した利益も入っているらしいが、ここはもう俺の気持ちの問題だ。
「そうだな、とりあえず自力で入手できないか調べてみるか」
wikiのページを開き、スキルデータカートリッジについて検索する。
纏められたページ曰く、アイテムの存在自体は随分以前から示されていたものの入手法が判明したのはつい最近とのこと。
それもなかなかに難易度が高く手間が掛かるということで、知名度ほどの流通量はないらしい。
「カートリッジを入手するには任務【四獣奮迅】をこなして“ホワイト・スキルデータカートリッジ”を入手。
それに〈機械製作〉スキルで作った“オプティマイザー・キー”を使用して“最適化済みホワイト・スキルデータカートリッジ”にする。
更にそれに封入したいスキルに合わせた色石を使用することで“最適化済み(任意の色)・スキルデータカートリッジ”になって、ようやく使用できると」
さらっと流し読んだだけでも三段階、それも恐らく戦闘と生産要素が混在する見るからに面倒くさそうな工程だ。
これは確かに50万ビットの価値があるだろう。
「……とりあえず【四獣奮迅】について調べるか」
丁寧に説明文からハイパーリンクが繋がっていたので任務について纏められたページへと遷移する。
それによると、この任務は予想通り四体のボスを討伐するという内容だった。
四体のボスというのは“第四域”に、つまりは〈鎧魚の瀑布〉〈雪熊の霊峰〉〈角馬の丘陵〉〈竜鳴の断崖〉それぞれに生息しているもののことらしい。
「そういえばなんだかんだと言って瀑布以外のボスは倒してなかったな」
流石に第四域が実装されて時間が経っているのもあって名前と姿くらいは知っているが、倒したことがあるのは老鎧のヘルムくらいだ。
「装備も新しくなったし、一回ソロでやってみるか?」
幸い夜はまだ長く、時間はたっぷりとある。
もし難しいようならアストラとかに声を掛けてみよう。
多分忙しくて断られると思うが。
「ついでにスキル構成の整理もできるだろ。よし、そうと決まれば準備からだな」
正直、金に糸目を付けないならDAFシステムを使えばすぐに終わるはずだ。
しかしそれは下手をすればスキルデータカートリッジを買うよりも金が溶ける。
それに、あの戦い方はいまいち楽しくもない。
「攻撃手段と回復手段があるんだ。まあ、なんとかなるだろ」
結局そんな軽い気持ちで、俺は早速白鹿庵を飛び出した。
†
「――で、サクッと負けてきた訳ね」
「はい……」
数十分後、俺はネヴァの工房にいた。
槍を片手に意気揚々とヘルムに挑んだ俺はそのままあっさりと負けてしまい、敗因を考えた結果彼女を頼るために訪れたのだ。
「攻撃力は多分足りてるんだよな。〈槍術〉スキルはレベル80だし、武器も最新のものだし」
言い訳――ではなく自身の戦闘を振り返って反省する。
「足場が悪いのと、〈戦闘技能〉がないのが致命的だな。それとLPが全然足りない」
問題はすぐに分かった。
白鹿庵で挑んだ時はラクトが『
『氷の床』は水面にしっかりとした足場を作り戦闘をやりやすくするし、〈戦闘技能〉は攻撃のLPコストを減らしたり攻撃力そのものを底上げしたり前衛に求められる各種能力を補強する。
今の俺では足下がおぼつかず、LPを回復しようにもアーツを詠唱しているだけの時間が確保できない。
ヘルムがいるのは水中だから、設置できる罠もない。
普段後方で安穏と過ごしていたから実感してなかったが、アイツは随分と戦いにくい厄介なボスらしい。
「ふつうに考えて専門の戦闘職じゃないレッジが負けても仕方ないんじゃない?」
「いやあ一切手応えがないならすっぱり諦めるんだけどな。中途半端に手応えがあるんだよ」
仕方なさそうに腰に手を当て肩を下げるネヴァに弁明する。
一切手出しできずに瞬殺されるなら切り替えて素直にレティに頼んだりもするのだが、一人でもそれなりに戦えてしまうのが厄介なのだ。
ただ決定打が足りない、あともう少しのLPに余裕がない。
おぼろげながら成功が見えているからこそもどかしい。
「そこでネヴァの出番ってわけだ」
「はいはい。ご注文をどうぞ」
テーブルに紙を広げペンを持つネヴァ。
俺はヘルムに殺された直後から考え続けていた案を彼女に披露する。
「……それ、本当に言ってる?」
「できないことはないと思うんだ」
それを聞いて彼女は驚き、難しい顔になる。
だがその感情の裏には隠しきれない好奇心も覗いているのが最近俺も分かり始めてきた。
こうなれば彼女は頼れる生産者から調子の合う悪友へと変貌する。
「それなら脚はこんな感じにして……」
「機動力を優先してくれ。安定はこっちである程度努力できる」
「でも地形が――」
揺れるオレンジの炎の下、薄暗い工房で懇々と話し込む。
俺が出した草案を元に技術者としての視点から指摘が入り、更に洗練されていく。
「長い夜になりそうね」
「すまんな」
「睡眠時間なんて些細な問題よ」
瞳を輝かせ、ペンを走らせるネヴァ。
彼女と言葉を交わし、夜は更けていく。
†
一度睡眠のためログアウトし、日を改めた早朝。
俺はログインするとそのままネヴァの工房で目を覚ました。
「おはよ、よく眠れた?」
「うおっ!? ね、ネヴァはもうログインしてたのか」
ぼんやりとしていると突然真横から声を掛けられ背中を反る。
顔を向ければ悪い笑みをしたネヴァがそこに立っていた。
「つい一時間くらい前かしら。昨日詰めた奴は、とりあえず試作品を完成させたわ」
「相変わらず仕事が早いことで」
俺と同じくらい深夜までプレイしていた筈なのに、俺よりも早くログインして作業まで終わらせているとは、相変わらず彼女はここに住んでいるのかと疑わずには居られない。
「けどこれ、本当に上手くいくの?」
作っておいてなんだけど、とネヴァは眉を顰めて不安げに言う。
「それを確認するためにこれから行くんだよ」
そう答えると、彼女も納得したようだ。
作りたてのアイテム類をトレードで渡してくれる。
「使い方は……説明しなくてもいいよね。多分レッジの方が詳しいでしょ」
「隠し機能とか付けてなかったらな」
「……」
「とりあえず教えてくれ」
ふっと視線を逸らす彼女の肩を掴んでこちらを向かせる。
俺の要望していない機能も含め、一通りの説明を受けて頷く。
「ちなみにこれに名前は付けてるのか?」
テーブルの上に載せたものを見て尋ねる。
それは大きく分けて三種類あった。
一つは、見かけ上は平凡なただのキャンプセット。
二つ目は、太く長い立派な鉄杭。
そして三つ目は、バランスボールほどもある大きな黒い金属製の鉄球。
これら全てが俺の考えた計画に必要なもので、夜遅くまで彼女と共に頭を悩ませた曲者だ。
「私が付けた名前を教えても良いけど、これを使うのは貴方でしょ。貴方が付けた方が良いわ」
「……なるほど。それも一理あるか」
さらりと言うネヴァに俺も頷く。
「とりあえず使ってみて、何かしっくり来るものがあったらそれを付けるよ」
「ええ。楽しみにしてるわ」
三種のアイテムをインベントリに戻し、改めてネヴァに礼を言う。
そうして俺は昨日のリベンジを果たすため〈鎧魚の瀑布〉へと足を向けた。
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Tips
◇共有ストレージ
各バンドごとに一つ設置されるストレージ。個人ストレージと異なり、バンドメンバーが自由にアイテムやビットを出し入れできる。
バンドリーダー、サブリーダーに管理権限があり、特定のメンバーのアクセスを禁止することも可能。
各地の制御端末だけでなく、ガレージに設置したストレージアクセス端末からも操作が可能。
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