第221話「三頭の機械牛」

「遠征しましょう。遠征」


 その日、レティはログインしてくるなり開口一番にそんなことを提案した。

 白鹿庵にメンバーが全員揃い、思い思いに過ごしていた矢先のことである。


「遠征って、また突然だな」


 揃って首を傾げるエイミーたちを代表して発言の訳を聞くと、彼女はまっていましたと言葉を繋ぐ。


「最近ぜんぜん目新しい要素がないじゃないですか。なので、新要素をレティたちで見付けに行きましょう」

「そんな簡単に行かないから、皆困ってるんじゃない?」


 テーブルに身を乗り出すレティに、ラクトが冷静に返す。

 その言葉はもっともで、今もアストラ率いる〈大鷲の騎士団〉やケット・Cたちの属する〈BBC〉、メルの居る〈七人の賢者〉や新進気鋭の〈鉄牙の団〉などなど、錚々たる実力者を抱えたトップ攻略バンドが各地の領域を広げようと躍起になっているはずだ。

 しかし目立った成果といえば〈アマツマラ地下坑道〉が20層にまで到達されたことくらいで、〈鎧魚の瀑布〉を始めとする“第四域”の先――“第五域”は未だに発見すら成されていない。


「そもそも、瀑布とかの末端って見つかったんだっけ?」

「見つかってますよ。四つのフィールド全部、突然切り立った崖になっているみたいです」

「そういえば、スサノオとかがある一帯は〈オノコロ高地〉っていう高台の上にあるという話でしたっけ」


 小上がりで饅頭を食べていたトーカが言う。

 彼女やミカゲと共に訪れたウェイドの中央制御塔の七階で、タカマガハラによって齎された情報だ。

 それを掲示板に公開すると、すぐに有志の調査班が各フィールドの外縁を調べ、事実であると結論を下した。

 スサノオ、ウェイド、キヨウ、サカオ、アマツマラの五都市及びその周囲に広がる十三のフィールドは、広大だが限られたおよそ楕円形をした土地の上にある、と。


「だから、“第五域”は崖の下にある、って言われてる」


 姉の言葉を受け、ミカゲが言う。

 彼の手元には食べかけの饅頭があり、声が不自然に震えている。

 ……トーカも同じものを食べているはずだが、何が入ってるんだ?


「その崖を降りる方法が分かんないんだよね。飛び下りたら漏れなく落下死。〈登攀〉スキルで崖を伝おうにも高すぎて途中でLPが切れて落下死。ならばとパラシュートを作って飛び下りると鳥型の原生生物の群れに襲われて落下死。うーん、役満だね」


 指を折りながらラクトが言うが、改めて聞いても散々な惨状だ。

 命を以て実証してくれた先人達には畏敬の念を送らざるを得ない。


「今は〈プロメテウス工業〉とか〈ダマスカス組合〉とかが競って航空機を作ろうとしてるって聞いたわ」

「産業革命だねぇ」

「噂じゃあ本職の航空機技師とかも参加してるとか」


 女子が三人集まればなんとやら。

 どこから仕入れるのか分からない噂話に花が咲く。

 そんな中、レティが不満げにぷっくりと風船のように頬を膨らせて唸りを上げる。


「むぅ。皆さんずっと暗中模索を続けているというのに、レティたちだけのほほんと過ごしているのは嫌なんですが……」

「そういうことなら、一回くらい瀑布の外縁に行ってみるか?」


 とりあえず気を収めて貰おうとそう提案すると、途端にレティは跳ね上がる。


「はい! まずは動かないと。それにレッジさんが行けばなんだかんだで降りられるかも知れませんし!」

「レティは俺をなんだと……」

「確かにレッジはまだ行ったこと無いんだっけ? 連れていけば道が開くかも」

「レッジだしね。一回試してもいいんじゃない?」

「レッジさんですからね」

「……うん。レッジがいれば」


 呆れて突っ込みを入れようとするも、途端にレティ側に立ち始める白鹿庵メンバーズ。

 賑やかな声に白月が起きてきて、窓を拭いていたカミルが煩わしそうな顔を向けてくる。

 俺が騒がしくしたわけじゃないんだが……。


「そうと決まれば準備です! カルビ、ハラミ、サーロイン、全員連れて行きましょう。建材もあるだけ突っ込んで貰って大丈夫ですよ」

「私はアーツをちょっと調整しようかなー」

「じゃあわたしも手伝うよ」

「ちょっとネヴァさんの所で刀を研いで貰ってきますね」

「ついでに、呪具も貰ってきて」


 目標が決まれば行動は迅速だ。

 彼女たちは蜘蛛の子を散らす様に散開し、遠征の準備をするため姿を消す。

 瞬く間に静かになった大部屋に一人残され呆然としていると、ハタキを持ったカミルがやってきた。


「アンタも早く準備しなさいよ。家はアタシに任せなさい」

「あ、はい。よろしくお願いします」


 白月を連れてウェイドの町へ繰り出す。

 バンドチャットでレティが提示した出発時刻は二時間後。

 それまでに物資を補充し、装備を調える。

 建材に触媒ナノマシンに食材にテントに罠に応急修理用マルチマテリアル、やってることが多いぶん揃えておく消耗品もかなりの数になる。

 それにパーティの縁の下を自称している以上、彼女たちの必要とする細々としたアイテムまで揃えるのも俺の仕事だ。


「二時間後に出発だと、どうせ夜は越えるよな。燃料はあったっけか」


 町中を駆け回り心許ない消耗品を買い集める。

 それらを抱えて重量制限ギリギリの遅い歩みで白鹿庵に戻ると既にレティが待ち構えていた。


「物資はカルビたちに放り込んで下さい。カルビがレティたち戦闘職用、ハラミがレッジさん用、サーロインは二頭に入らない分とドロップアイテムを持ち帰る用です」

「はいはい。ちょっと待ってな」


 レティのアイテム運搬能力は白鹿庵随一で、こうして遠征前にはカルビたちに大量のアイテムを積み込むのが日常だ。

 たまに俺が整備をしていることもあって、カルビたちは普通の運搬用機械牛キャリッジキャトルの三倍ほどの容量を誇る。

 言うなれば、高級運搬用機械牛だろうか。


「レティはもっと高性能な機械牛に変えたりしないのか?」

「うーん、なんだかんだ付き合いも長いですし愛着が湧いちゃいまして」

「それならAIコアだけコンバートすればいいんじゃないか?」


 カルビのような機械には独自のAIが搭載されている。

 それによって絶えず学習を続け、よく積まれるアイテムの扱いや繰り返し通った地形の歩き方を覚えていく。

 機体を新たなものに換えた後もそれらの“癖”を引き継げるように、こういった機械のAIコアは〈機械操作〉スキルによってコンバートできるようになっていた。


「なるほど、そういうのもあるんですか。今度ネヴァさんに相談してみようかな」

「ネヴァも機械いじりは好きみたいだし、喜んで乗ってくれるだろ」


 何せ俺のDAFシステムも共同開発してくれた女性だ。

 それくらいの事なら小手先でやってくれるだろう。


「ていうか今トーカがネヴァのとこ行ってるだろ。ちょっと聞いてみたらどうだ」

「ああ、良いですね。じゃちょっと失礼して……」


 丁度タイミング良くトーカが花刀のメンテナンスをして貰いにネヴァの元を訪れている。

 それを足がかりにレティはネヴァに連絡を取った。


「はい、はい。……えっ!? わ、分かりました。それじゃあすぐに……はい。ありがとうございます。ではー」


 少し離れたところでTELをしていたレティが、何か驚いた様子でペコペコと頭を下げ始める。

 彼女は通話中、電話の向こう側の人に向かってお辞儀するタイプだったか。


「どうしたんだ?」


 通話が切れたタイミングで尋ねると、彼女は困惑と驚きの混じった表情で口を開いた。


「試してみたい新型機体があるから、それでも良ければ今から見るかって言われました。気に入ったら格安で譲ってくれるそうで、カルビたちも連れてこい、と」

「なるほど」


 どうやら本当にタイミング良く、ネヴァの方も使う宛ての無い機体を製造していたようだ。

 ――なんとなくレティの為に作って用意していたような気もするが、本人が言っていないのなら俺が推測することでもないだろう。


「レッジさんも来て下さいよ」

「俺の準備は終わったしな。付いていくよ」


 レティと共に再度白鹿庵を出て、中央制御塔へ向かう。

 俺は白月を、レティはカルビたち機械牛三頭を連れ歩いているため、端から見ると随分な大所帯だ。

 とはいえ〈機械操作〉は人気のあるスキルだし、機械牛の複数立ても珍しくは無い。

 最近は〈調教〉スキルによって白神獣を連れ歩くプレイヤーも増えて、白月もさほど注目されることはなくなってきた。

 良いことである。

 レティの“ブラックラビット”装備も他のプレイヤーが同じくらい物々しい鎧を着ているから上手く溶け込んでいるし、俺の“深森の隠者”シリーズは隠密性に特化した装備なので言わずもがなだ。


「いや、そのもさもさは町中だと違和感バリバリですよ」

「なんで考えてることが分かるんだよ……」


 即座に突っ込みを入れられ驚くやら恐ろしいやら。

 しかしまあ“深森の隠者”は名前の通り森の中でこそ真価を発揮するのだ。

 今はまだ雌伏の時なのである。


「しかし、機械牛を三頭連れるのは大変だったりしないのか?」

「そうですねぇ。殆ど自動で付いてきてくれるので、そこまで負担に思ったことは無いですね。単純に移動速度が遅いのと、三頭連なると敵に見つかりやすいことくらいですかね」


 ヤタガラスに乗り込み、小刻みな揺れに身体を任せながらカルビたちを見る。

 高性能なスタビライザーが内蔵されているのか、車内でも積み荷のある背中部分は一切動いていない。


「ああ、でもちょっとお馬鹿だなって思う時はありますね。なんだかんだ言ってかなり安いモデルではあるので」

「なるほど。それはたまに俺も思うな」


 牛なのに馬鹿とはこれいかに、という冗談は置いておいて。

 カルビたちは絶えず学習を続けているとはいえ、根本の部分でスペックの低いコアであることは否めない。

 それにより少し複雑な地形になると通過するのに時間が掛かることはたまにあった。


「一頭だけならあんまり気にならないんですが、流石に三頭になると」

「同じ様なことを三回続けることになるもんな。確かにちょっと大変だ」

「あとはやっぱり、護衛の必要ですかね。カルビたちに戦闘能力は無い上に原生生物を引き寄せるらしいので」


 などと言っていると列車はスサノオへ到着する。

 下車後町を歩いてネヴァの工房の戸を叩くと、すぐに作業着姿の彼女が柔やかに出迎えてくれた。


「いらっしゃい、待ってたわよ!」

「すまんね、突然」

「いいのいいの。私も丁度見てもらいたいものがあったのよ」


 妙にテンションの高い彼女に背中を押され、工房の中に入る。

 レティもカルビたちを連れて入り、部屋の隅で待機させる。


「この子たちがカルビにハラミにサーロインね」


 行儀良く並んで足を折る機械牛を見て、ネヴァは感心したように言う。

 そういえば、彼女がカルビたちを見るのは初めてだったか。


「カルビたちを改造でもするんですか?」

「いや、俺も詳しいことは知らない」


 先に来ていたトーカが二階の談話室から降りてきて話しかけてくる。

 とはいえ俺も試したい機体があるという話しか聞いていないから何も説明はできなかった。


「時間もあんまり無いみたいだし、早速見てもらいましょうか。こっちよ」


 弾むような足取りで、ネヴァは工房の奥へ進む。

 レティたちと共にそれに付いていくと、暗がりに分厚い布を掛けた大きな物体が置いてある。

 ……わざわざインベントリから出して準備していたのか。


「さあ、これが私の最新作よ!」


 口でファンファーレを奏でながら、ネヴァは一息に布を取り払う。

 現れたのは、狛犬のように後ろ足を折ってお座りの体勢になった大柄な四足の姿。

 背丈は優に俺たちを越え、ゴーレムであるネヴァすら見下ろしている。

 耐久性を重視したのか黒鉄鋼によって構成された重厚で堅固な体躯は、洗練された機能美を感じさせる。

 胴体部にはカルビたち三頭を合わせても及ばない収容量を誇る大型コンテナが内蔵され、搬出入を容易にするためのタラップも付属していた。

 そうした物々しい装備類を見てなお、最も視線を集めるのはその上部。

 鋭い牙を剥き出しにし、鋭い眼をした――だ。


「こ、これは……」

「まさか……」

「ケルベロス、ですか?」


 唖然とする俺たち。

 レティが尋ねると、ネヴァは深く頷いた。


「“三機相互接続型高機能人工知能搭載運搬用機械猛犬”――通称を“ケルベロス”よ」


 長々とした名前を語り、最後に地獄の番犬の名を飾るネヴァ。

 彼女の不敵な笑みと鋼鉄の猛犬の威容は恐ろしいほどに噛み合っていた。


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Tips

◇AIコア

 自律行動を行う機械獣などに搭載された記録演算装置。各種駆動系およびセンサー類から得られた情報を蓄積、分析し自身の行動にフィードバック、より高効率な稼働を行えるよう常に自己学習を行う。この自己学習によってコア特有の“癖”が生まれ、使用者が新たなコアを搭載した機械を操作する際の違和感へと繋がる場合もある。高い〈機械操作〉スキルがあればAIコアを別の機体へコンバートすることができ、高性能な機体へのスムーズな転換も可能となる。


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