第220話「喧騒の市場」

 ごく稀にだが、白鹿庵の他のメンバーが全員リアルで忙しくログインしていない時がある。

 まあ俺以外のメンバーはみんな何かしらのリアルジョブに就いているのだろうし、そもそも生活の重点が仮想世界こっちに置かれている方が不健全な気もするのでそれは大いに結構なのだが。


「……暇だな」


 まさしく今日が、そのごく稀にあるレティたち全員が揃わない日だった。

 俺は白鹿庵の地下にある自室で質素なベッドに寝転がり、ぼんやりと掲示板の総合雑談スレッドを眺めながら何をしようかと思案する。

 〈罠〉やら〈補助アーツ〉やらの育っていないスキルのレベル上げをしてもいいのだが、俺一人の戦力では〈鎧魚の瀑布〉は少し危険だ。

 だからといってここでぼんやりとしているのも時間が勿体なくて落ち着かないし、なにより――


「ちょっと、掃除の邪魔なんだけど」

「すまんすまん」


 仁王立ちして俺を見下ろす赤髪のメイドさんにこうしてどやされる。

 ベッドから降りて部屋の隅に寄ると、カミルは慣れた手つきでシーツを回収し、足下の籠に詰める。


「暇なら部屋の掃除でもしたら? せっかくアタシが〈家事〉を教えてあげたのに」

「それもそうだな。掃除道具取ってこよう」

「部屋の外に置いてあるから、勝手に使いなさいよ」

「できるメイドさんだなぁ」

「ア、アタシが掃除しようと用意してただけなんだからね!」


 ツンデレ具合まで完璧なカミルの頭を撫でつつ、廊下に置かれた箒とちり取りを持ってくる。


「しかし、あんまり汚れてないなぁ」


 〈家事〉スキルの基礎的なテクニックの一つに、部屋の汚損度が分かる『点検』というものがある。

 それを使って自室を眺めると、全然汚れていない。

 嫌みな小姑みたいに部屋の隅を指で拭ってみるが、まあ当然の如く埃の一つも取れない。


「カミル、この部屋最後に掃除したのは何時だ?」

「昨日よ。ていうか建物は全部毎日さらっと掃除してるわよ」

「……有能すぎる」


 さらっと言うが、白鹿庵もまあまあ大きいはず。

 カミル一人で全て掃除するのはなかなか骨が折れると思うのだが……流石は協調性以外満点だっただけはある。


「ていうかこの部屋も汚れてるでしょ」

「そうか?」

「汚損度が2じゃない」

「普通、汚損度が70くらいになったら掃除するもんだと思うんだが……」


 汚損度が高くなると、家具や建物そのものの劣化が早くなる。

 劣化が進行すると破損部位も出てきて、〈木工〉スキルなどで修復する必要も出てくる。

 ちなみに汚損度2での劣化促進度合いは殆ど誤差である。


「〈家事〉スキルがなかなか上がらない理由がなんとなく分かったよ」


 俺も隙を見て掃除しようと思ってはいるのだ。

 しかしカミルが毎日マメに隅々まで掃除してくれているおかげでその隙がない。

 結果、せっかく覚えた〈家事〉スキルを使う場面が無く完全に死んでいる。


「アンタ、家建てられるんでしょ? そこの掃除したらいいじゃないの」

「いや、あれは壊して立て直したら汚損度とか関係ないし……」

「そもそも〈家事〉は掃除だけじゃないのよ。家の事を仕切ってこその家事なんだから」

「な、なるほど」


 ぱいーん、と胸を張って言うカミルに感心する。

 俺は彼女ほどの誇りを持って〈家事〉スキルに向き合っていなかったのかも知れない。

 だから埃も取れなかったのかもな。


「……」

「な、なんだよ」


 じとっとした視線を向けられてたじろぐ。

 もしや思考が読まれたか、と一人緊張していると彼女は肩を竦めて口を開いた。


「やること無いなら、市場マーケットでも行ってきたら? なにか掘り出し物があるかも知れないわよ」


 まるで休日家でだらだらしている親父を追い出さんとする母親のように、ハタキをパタパタと揺らしながら言う。

 ふむ、しかし市場か。

 一応存在だけは知っている。

 露店が並び、それぞれに自由にアイテムを売っている区画のことだ。

 以前までは中央制御塔の周囲に好き勝手に露店が並んでいたが、それでは混雑するということで専用の場所が設けられたのだ。

 スサノオではプレイヤー間での売買に利用されているが、高機能なNPCが生活するウェイド、サカオ、キヨウの三都市ではNPCも客となる。


「なるほどな。分かった、ちょっと行ってみる」

「そうしなさい。ずっとここで腐られても邪魔なだけだし」

「ぐぅ」


 ずけずけと厳しい言葉を突き刺してくるカミルから逃げるように階段を駆け上る。


「白月、ちょっと退いてくれ」


 すっかり定位置となったキッチンの影で眠っていた白月を起こし、調理台の前に立つ。


「……市場に行くんじゃ無かったの?」


 地下から上がってきたカミルが、俺を見て怪訝な顔をする。

 不思議なことを言う彼女に俺も首を傾げて答えた。


「そりゃあ、市場に行くなら売り物も作っておかないといけないだろう?」


 カミルは一瞬目を見開き、そのあと大きくため息を吐く。

 彼女は俺が客として出かけるものだと思っていたようだが、それだけでは楽しくないだろう。


「〈料理〉スキルがあるから料理が作れる。〈取引〉スキルがあるから露店が出せる。ならもう商売するしかないだろ」


 それにこの万年金欠状態を脱するためにも、金は使うより稼ぎたい。


「……そういえば、アンタってそういう人だったわね」


 なぜかNPCにまで呆れられ、彼女はそのままシーツを詰めた籠を持って上階へ消える。

 それを見送った俺は気を取り直して何を作るか考える。


「素材は結構集まってるんだよな。特に使う機会も無かったから溜めるだけ溜まってる感じだが」


 ストレージの中には、今まで集めてきた様々な素材系アイテムがみっちりと詰まっている。

 〈解体〉スキルで動物性の素材はもちろん、〈収穫〉スキルや〈釣り〉スキルで野菜山菜果物キノコ、魚まで揃っている。

 肝心の〈料理〉スキルがあまり育っていないとはいえ、大抵のものは作れるはずだ。


「炙りロングタンイグアナの塩漬け生皮寿司でも作るか?」


 あれは見た目が少し人を選ぶが味は最高級炙りサーモンだ。

 しかし露店で売るような代物ではないな。

 露店に求められるのはやはりライブ感。

 お祭りの出店でついつい買ってしまうような、チープな懐かしさ。

 となれば……。


「よし、作るか」


 袖を捲り、エプロンを着ける。

 料理のグレードを上げてくれる優秀な装備だ。

 頭に巻く三角巾は、作成時のルーレットを少し簡単にしてくれる。

 包丁とフライパンは基本の調理器具で、どちらもウェイドの調理道具専門店で揃えたこだわりの品だ。

 それらの準備を終えた俺は、早速竈に火を入れた。



 ウェイドのベースラインの一角に設けられた、広大な敷地面積を誇る広場。

 町の景観に合わせ白い石を敷き詰めた壮麗なその場所には、多様な露店が軒を連ねている。

 ガイドのグリッドに合わせてきっちりと並ぶ店々は、工夫を凝らした旗や垂れ幕で飾られており、カウンターの奥からは店主たちが威勢良く声を上げていた。

 そんな活気溢れる市場マーケットの一角、背の高い建物の影になって目立たないエリアに建つ小さな露店が一つ。

 何を隠そう、俺の露店である。


「~~~♪」


 鼻歌まじりに設備の準備をし、臨時で雇った店員NPCを配置する。

 大きな鉄板とコンロ、素材を保管する簡易保管庫ポータブルストレージが並ぶ様子は、さながら縁日の出店だ。


「うわ、なんだこれ」

「いらっしゃい。っつってもまだ準備中なんだが」


 偶然通りがかったプレイヤーが、店を覗き込んで声を上げる。

 彼は不思議そうに店内をキョロキョロと眺めて首を傾げた。


「なあ、こんなしっかりした露店どうやったんだ? 〈取引〉スキルの『露店設営』じゃあできないだろ」


 市場の常連なのか、戦闘職らしい格好ではあるが詳しいらしい。

 そんな青年に向かって俺は得意げに胸を張る。


「露店は〈野営〉スキルの『野営地設置』を使ってカスタマイズしてるんだ。おかげで調理設備や簡易保管庫も置けるようになって便利だぞ」

「なんだそれ。聞いたことねぇな」

「俺もさっき気が付いたんだ。いやぁ、いろんなところでスキル同士のシナジーがあるな」


 露店もテントも仮設の建物という点では同じ、ということだろうか。

 とりあえず〈取引〉スキルの『露店設営』で建てられる露店を〈野営〉スキルの編集システムでいじれることに気付いた時は思わず小躍りしてしまった。


「それで、ここは何を売ってるんだ?」

「もう準備が終わるからな。まあ見てろ」


 興味津々といった様子の青年を宥め、コンロに火を点ける。

 全体が温まったところで保管庫から取り出したるは予め下ごしらえを済ませた野菜と中華麺。

 そして鰹節(的なもの)と紅ショウガとソース、マヨネーズ。


「ま、まさか――!」


 それらを見れば一目瞭然。

 趨勢を見守っていた青年も思わず声を上げる。


「ふふ、さあ料理開始だ」


 油が跳ねる。

 野菜をさっと炒め、麺をほぐす。

 そこへ黒いソースをさっと掛ければ――


「っ!!!!」


 弾ける音。

 一気に広がる、あの匂い。

 麺にソースが絡んだところで用意していた長方形の箱に詰める。

 本当はプラスチックのアレと輪ゴムが良かったが、流石にそれは準備できなかった。


「まだ行くぞ」


 更に卵を割り、鉄板に落とす。

 バチバチと縁を焦がしながら、白い身が熱され固まっていく。

 表面に塩胡椒を振り、化粧を施したそれを箱に乗せ、上から鰹節を掛け、紅ショウガを添える。


「……マヨ、青のり、その他トッピングもご用意しております」


 ばっ、と隣に控えていた店員NPCが価格表を提示する。

 それを見た青年は小さく肩を跳ね上げてこちらを見た。


「マヨ、青のり、激辛ソーストッピングで!」

「あいよっ」


 手早くトッピングを乗せ、隣の店員NPCに手渡す。

 彼女が蓋を閉じ、箸と共に渡すと、料金分のビットが振り込まれて焼きそばが青年の手に渡る。


「っ! い、いただきます!」


 市場の隅という立地も悪い訳では無い。

 散々歩き回った人々が休憩できるように設置されたベンチがすぐ傍にある。

 彼はそこへ小走りで移動して、お行儀良く手を合わせてから焼きそばを掻き込む。


「~~~! うまいっ!」

「そりゃよかった」


 露店と言えば、ライブ感。

 目の前で調理して渡したできたての料理というのは、例えそれがゲーム内でのものだとしても特別な味になることだろう。

 それに、この露店には他にも意味がある。


「お、俺も焼きそば一つ! 鰹節紅ショウガマヨ青のりトッピングで!」

「私も! 青のり抜きで二つ頂戴!」

「まあ、あんなところに焼きそばのお店が! わたくし、焼きそば大好きなんですのよ」

「なんか良い匂いがするぞ。露店で料理作ってる!」

「焼きそば!? 焼きそばなんで!?」


 風に乗って広がったソースの香りが市場を歩き疲れて腹を空かせた人々を引き寄せる。

 俺が食材を準備している間にも露店の前にはどんどんと列が作られていく。

 大きめの鉄板を買っておいて良かった。

 あと、店員も二人雇っておいて良かった。


「〈家事〉スキルも上げられるし、一石三鳥くらいだな」


 汚れた鉄板は〈家事〉スキルの清掃によって一瞬で片付く。

 汚れたまま使い続けると料理のグレードが落ちるからこまめに掃除してやる必要があるし、そもそも衛生面もアピールしていきたい。


「これは、たこ焼きとかもやりたいなぁ」


 ネヴァならたこ焼き器作ってくれるだろうか?

 というより、他の料理人にも参入してもらって色々な露店を食べ歩きしてみたい。


「ほら、できたぞ」


 そんなことを考えながらも、俺は焼くに徹する。

 トッピングと販売は雇ったNPCが分担してやってくれるから、忙しいが殺されるほどではない。

 俺はヘラを動かしながら、心地よい騒音に身を任せた。


_/_/_/_/_/

Tips

◇焼きそば

 縁日の定番。シンプルなソース味。ざく切りの野菜と太めの麺。鰹節が踊り、紅ショウガが色にアクセント。真ん中に乗った目玉焼きは黄身がとろりと流れて二度美味しい。トッピングはお好みで。

 バフ〈ソースの香り〉を付与。

 三分間、LP回復速度が5%上昇。


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