第219話「術盾拳法」
「『
一度に五つの〈支援アーツ〉を使い、LPが限界域まで消費される。
それと同時に目の前に立つエイミーが強化された。
彼女はちらりと俺に目を配り、浅く頷く。
「――『大威圧』」
ずしりと両肩に掛かる重量。
彼女が発した声は森中に響き渡り、夜の暗闇に潜む野生を呼び起こす。
「じゃ、俺たちは避難してるぞ」
「マズそうだったら声かけてね」
「ええ。バフありがとね」
彼らがやってくる前に、俺とラクトは広場の隅に建てた小屋の中に逃げ込む。
有刺鉄線で周囲を囲み小屋の耐久自体も強化しているセーフハウスだ。
窓越しに外を見る。
「――『
次第にざわめきが強くなる〈鎧魚の瀑布〉下層の森の一角――ぽっかりと開けた広場の中央に立ち、エイミーは詠唱を始める。
触媒であるナノマシンとLPを消費して現れたのは、三枚の盾。
それは主を守るように展開し、ゆっくりと周囲を回り始める。
薄く半透明で紫の光沢を放つ長方形の板は、衝撃を受けた際にその何割かを敵に返す。
「来たね」
隣で窓枠に顎を乗せたラクトが言う。
次の瞬間、濃密な闇の向こう側から無数の獣たちが現れた。
「イグアナ、
「普通に面倒くさい奴らばっかりだ。本当にエイミー一人で大丈夫なのか?」
瀑布の夜は、昼とは比べものにならないほどの危険度を誇る。
太陽が出ている間は穴の奥や茂みの影で眠っている夜行性の獣たちが、餓えた腹を抱えて覚醒するからだ。
ひとたび、周囲の原生生物へ無差別に
何も知らない並の開拓者ならば碌な抵抗もできずに即、死に戻りを経験することになるだろう。
しかし、
「『
牙を剥き飛び掛かる黒毛の獣の鼻先に赤い閃光が弾ける。
子犬のような悲鳴を上げて怯んだ影狼の下顎を、固い拳が打ち上げる。
「ほう、たいしたものだね。強い光を一瞬発する『
「あんまり普通じゃ無い使い方なのか?」
「とりあえず、wikiには載ってないよ。この後載るかも知れないけど」
アーツをよく知るラクト先生の解説を受けながら、エイミーの戦闘を見守る。
「『
闇を切り裂き飛来する、羽根の縁が鋭い刃になっている梟を、エイミーは拳の先に生成した盾で殴る。
自身の突進エネルギーをそのまま倍増されて返された梟はあっけなく地に落ち、その瞬間エイミーの蹴撃によって広場の端の木の幹へと打ち付けられた。
「なんか、盾って感じがしないな」
「『小盾』はLP消費が少ない代わりに小さい盾だからね。しかもエイミー、あれ設定上最小のサイズにしてる」
「できるだけLPを節約するためか」
「あとは拳の表面に生成して殴りつける時に、殴りやすいようにって事だろうね」
暗闇の中で赤い火花が弾け、そのたびに原生生物たちの悲鳴が上がる。
果敢に飛び掛かる獣を彼女は拳と足で吹き飛ばしていく。
「なんか〈防御アーツ〉の概念が崩れてないか……?」
「ジャストガード決めまくってるし、盾で殴ってる感じだね」
エイミーが今回の修行で確立した戦法は、盾で殴るというものだった。
〈格闘〉スキルで磨いた身体の動かし方をそのまま流用し、敵の攻撃に向けて拳や蹴りを放つ。
その手足の表面に極小の盾を生成することで、敵の攻撃を防ぎつつ様々な効果を発揮し、同時に自身の攻撃はしっかり当てるというなんとも器用な戦い方である。
「背中に目でも付いてるんじゃ無いかってくらい、どこからの攻撃にも対応してるな……」
「ああ、あれはほんとに見えてるんだよ」
「どういうことだ?」
ラクトの言葉に首を傾げる。
エイミーは――俺の〈支援アーツ〉で視覚が強化されているとはいえ――暗く見通しの悪い場所で無数の敵に囲まれている。
あらゆる方向から攻められながら、しかし彼女は的確に盾を生成してはそれを受け止め殴り返していた。
「彼女が最初に生成した盾あるでしょ?」
「えっと、付き従う三枚の反射する盾だったか」
アーツはそのシステム上、名前が長くて覚えにくいものが多い。
うろ覚えながら一応合っていたようで、ラクトは頷く。
「エイミーはあれを鏡として使ってるんだよ」
「鏡?」
ラクトの言葉に理解が及ばず、俺は窓の外のエイミーを見る。
彼女の周囲をぐるぐると回る三枚の薄紫色をした長方形の盾。
てっきり捌ききれない攻撃を受けるための保険だと思っていたが、今もまだ一枚も破壊されていない。
「『
「なるほど……。いや、理屈は分かるが、なんでできるんだよ」
限られた視界、薄く不鮮明な鏡像、しかも左右が反転している位置情報。
それらをあの乱戦に次ぐ乱戦の中で的確に把握して、その上で最適な技を選択して打ち続けているのか。
口で言うのは簡単だが、正直あれは誰にでも真似できるような代物では断じてない。
「白鹿庵、訳が分からん奴が多すぎないか……」
「いやぁ、レッジがそれを言うのはどうかと思うけど」
俺たちが話している間にも、エイミーは次々と敵を屠っていく。
影狼たちは群れの半数がやられた時点で遁走し、斬り羽根梟はあっけなく墜落し、イグアナはいつの間にか全滅している。
そうしてお零れを掠め取ろうと待ち構えていた屍蜘蛛たちは、ようやく戦況の不利を理解したようだった。
八本の足を動かし背中を見せる黒い蜘蛛に、エイミーが鋭い視線を向ける。
「『
逃げる大蜘蛛の目の前に、分厚い壁が現れる。
勢いよく激突した蜘蛛の質量にも負けず立ちはだかるそれは、瞬時に左右も取り囲み退路を立つ。
「あれって盾の使い方であってる?」
「今まで正しい使い方してる盾無かったよ」
屍蜘蛛は他の強い原生生物が倒した得物を横取りする狡猾だが弱い存在だ。
長い戦闘の果てに鬼神の如き興奮状態に到達しているエイミーに敵うはずもない。
「――パンチ」
最後の一撃は、静かに終わる。
僅かなLPも消費しないただの殴打によって屍蜘蛛は押しつぶされる。
「えいみ」
「っ!!」
「うぉわっ!? お、俺だ俺だ」
小屋から出て背後から声を掛けると、殺気立った彼女がギロリと振り向く。
両手を上げて叫ぶと、彼女ははっとして正気に戻る。
「お疲れさん。ほんとに全部倒すとはな」
「あれ、ほんとだ。なんだか一瞬だったわねぇ」
どうやら深い集中状態に入ったからか、時間感覚が無くなっていたらしい。
あのまま正気に戻らなかったら、俺までボコボコにされるところだった。
止まらない冷や汗を背中に感じながら、ひとまずはエイミーの戦果に賞賛を送る。
「この三日で随分強くなったな。ていうか、ユニークな戦い方になったな」
そう、彼女が〈防御アーツ〉を上げ始めてまだ三日である。
〈格闘〉など他のスキルが育っていることと、ラクトのアドバイスがあったおかげで若干パワーレベリング的な事ができたため、随分早いペースでここまで到達したのだ。
「うふふ。〈防御アーツ〉は結構性に合ってるみたい。戦ってて楽しいわ」
「なら良かった」
ま、パーティメンバーが強くなる分にはありがたいからな。
「ただやっぱりアレね。ソロだとアーツを使いながら戦闘は難しいわ」
「そうなのか?」
眉を寄せて言うエイミー。
この戦闘の中で滅茶苦茶な強さを見せた彼女だが、同時にこの戦法の欠点も見つかったらしい。
「単純にLPの消費が物凄く大きいの。レッジに『
「なるほどなぁ。ジャストガードである程度回復すると言っても、本当に多少だからな」
「そうなのよね。だから、レッジに回復して貰わないと、安定して戦えないわ」
「分かった。俺もエイミーがLP気にしないで良いくらい努力するさ」
「ふふ。頼りにしてるわよ」
気さくな笑みと共に肩を叩くエイミー。
パーティの回復役を担っている以上、彼女だけでなくレティやラクト、トーカ、ミカゲ、全員のLP管理ができるようになりたい。
「ああ、任せとけ」
縁の下の力持ちは元々俺が望んでいるポジションである。
とりあえず、エイミーには小屋で休んで貰うことにして俺は彼女が倒した骸の山を片付けることにする。
小走りで小屋の方へ向かうエイミーを見送り、くるりと反転する。
「いやぁしかし……怖いなぁ、うちの女性陣」
混沌とした惨状を見渡して思わずため息を吐く。
ゴアな光景が広がっている訳では無いが、それでも思わずそんな言葉が飛び出す程度には恐ろしい場所になっている。
「……できるだけ怒らせないようにしよう」
大した戦闘力もない一般おじさんである俺は、サクサクと餓狼のナイフを振るいながらそんなことをしみじみと思うのだった。
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Tips
◇『
四つのアーツチップを用いる中級アーツ。自身の周囲に三枚の盾を生成する。盾は常に術者の周囲を周りながら、外部からの攻撃を防ぐ。盾は脆く、一度の被弾で容易に破壊されるが、受け止めたダメージの一部を攻撃者に反射する。
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