第216話「それぞれの課題」
あの後三度の群れを迎撃した俺たちは、最後に16階層の階層主の姿を拝んでから地上へと戻った。
第16階層の階層主は、大黒蟻よりも更に大きく二対の透明な翅を持った女王蟻で、物資を消耗しトーカも戦えない状況では万に一つも勝ち目は無いと判断してすっぱりと諦めた。
「もっともーっと強くなって、すぱっと倒します!」
レティはそんなことを言って早くも熱意を燃やしていたが、女王蟻の巣はその配下である黒蟻たちの住処でもあり乱戦は避けられない。
あそこへ挑むにはもう少し時間と鍛錬が必要だろう。
「まあ今回の遠征でいくつか課題も見えたからな。俺はとりあえず〈罠〉を使いこなせるように研究しておきたい」
「……僕も、〈呪術〉スキルを伸ばして、他のテクニックを探す」
帰り道、現れる敵をレティが吹き飛ばしていくのを眺めながら今回の戦いの反省をする。
「私は継戦能力の低さがネックですね。刀は他の刀剣カテゴリの武器よりも繊細で耐久値が低いので」
戦闘に参加できずやきもきした様子のトーカは、刀身がボロボロになった花刀・桃源郷を見下ろして言う。
白鹿庵の中でもレティと並んで優秀なダメージソースとして活躍してくれるだけあって、彼女が戦線に立てなくなるとそれだけで進行速度がたちまち鈍る。
「私は攻撃の流し方をもっと勉強しないと。いらない被弾が多いし、まだこの盾にも慣れてないし。帰りにもう一回ネヴァの所にいって微調整してもらうわ」
巨大な拳を持ち上げて言うのはパーティの盾であるエイミーだ。
彼女が戦闘不能になってしまうとその瞬間に戦線が瓦解しかねないし、俺としても彼女を支援できる何か対策のようなものを考えておきたい。
「ラクトはあまり欠点らしいものが無い気がしますね」
トーカは俺の隣を歩くラクトの方へ話を向ける。
彼女の言葉に俺も概ね同意で、ラクトにはこれといった欠点がないような気がした。
強いて言うならアーツの重いコストと発動までの時間が欠点だが、LPは小屋の範囲内に居れば無視できるし彼女は短弓の物理攻撃も併用するため既に補うことができている。
しかしそんな下馬評に反して、本人は首を横に振る。
「いやぁ、欠点だらけ反省だらけだよ。アーツチップが少ないから戦略の選択肢に幅がないし、今の時点でも全部のチップを効果的に使えてない。戦況を見て最適なアーツを組み上げるのに時間が掛かってる。〈弓〉スキルもちょっと力不足になってきてるから育てたいし、矢にも手を加えたいと思ってるし」
次々と並べられる言葉の数々に俺たちは圧倒される。
ラクトが戦闘中様々な事を考えているのは薄々感じていたが、これほどまでに思考を広げていたとは思わなかった。
考えてみれば彼女のプレイスタイルである“氷属性アーツのみを扱う機術師”というのは、一種の縛りプレイに他ならない。
それでこれほどまでの活躍ができるのは一重に彼女の優秀さに依るものだろう。
「わたしとしては、レティの方がよっぽど完璧なプレイングができてると思うよ。攻撃力は申し分ないし、行動系スキルを上げて立ち回りも上手で攻撃を受けないし」
今も前の方でモグラ叩きをしているレティを見ながらラクトが言う。
「階層を上がっているとはいえ、ここまでほぼ回復無しで進んでるものね……」
「それも一人で敵を全部千切っては投げ千切っては投げ……」
「あれ、レティって私よりもよっぽどアタッカー適性が高いのでは」
不安がるトーカに首を振る。
「レティとトーカじゃ方向性が違うからな。どちらが欠けても白鹿庵は崩れちまう」
「そう言って頂けると私も頑張れます」
とはいえ確かにレティの戦闘能力は他の追随を許さない。
立ちはだかる敵を一手に引き受けて、余裕を持ってそれを対処できているのは、スキル以上に彼女のプレイヤースキルが大きいのだろう。
「まあ流石にずっとレティに任せっきりっていうのも後ろめたいし、そろそろスイッチしようか」
「私も練習したいし出るわ」
ラクトとエイミーがレティを呼び寄せ、交代する。
張り切って前へ飛び出した二人と入れ替わりで戻ってきたレティはさっぱりとした表情で清々しい吐息を吐いた。
「ふぅ。運動すると気持ちいいですね」
「ほんとに殆どダメージ受けてないな……。ほとんどテクニックも使ってないのか」
レティのLPゲージはほぼ無傷で驚く。
LPが他のゲームで言う体力、スタミナ、マナパワーをひとまとめにしている性質上、戦闘に入ればLPの消費は避けられない。
これだけの消費で抑えられていると言うことは、テクニックを使わず通常攻撃と移動回避だけで戦闘を続けていたということだ。
「レッジさんの小屋は移動中には使えませんから。行動パターンを覚えれば割と楽ですよ」
「そういうの言われると、私はちょっと辛いんだけどねぇ」
モグラを殴り飛ばしながらエイミーが苦笑する。
誰もがレティみたいにできるわけじゃないから、安心して欲しい。
「あ、そうだレッジ」
「なんだ?」
氷の槍を生成し機関銃の様に射出しながらラクトが振り向く。
「この後なんか予定あったりする?」
「いや、特には。罠の構成でも練ろうかと思ってたくらいだ」
「それならアーツチップ集め、手伝ってよ」
彼女は口元に笑みを浮かべて言った。
「レッジもそろそろ〈支援アーツ〉のチップ増やした方がいいでしょ。一緒に町回ったり任務受けたりしてレパートリーを増やそう」
「なっ!? ラクト、それはずるくないですか?」
俺が返事をする前に何故かレティが前に出て口を開く。
耳をピンと立てて迫る彼女に、しかしラクトは涼しい顔で答えた。
「ずるいもなにも正当な理由だよ。レッジが〈支援アーツ〉のチップを集めて回復能力を上げたら、レティももっと自由に活動できるしね」
確かにそれはそうだ。
小屋以外のパーティメンバーのLPを回復する手段として〈支援アーツ〉を伸ばし始めたのはいいものの、最近はその運用もおろそかになっていた。
アーツの師匠でもあるラクトと共にチップを集めるのもいいかもしれない。
「レティも付いてきて良いんだぞ?」
「…………このあとリアルで用事があるので、そろそろログアウトしなきゃなので」
重苦しい声で答えるレティ。
それは残念だが、優先すべきはリアルだろう。
「じゃあ決まりね! まずはどこから行こうかなぁ」
「あ、ラクト。私もそれに参加していいかしら?」
ブラックネイルモールが顎を砕かれ坑道の天井に突き刺さる。
その惨状を作ったエイミーが柔やかに笑みを浮かべて振り向いた。
「えっ、でもアーツチップ集めるだけだよ?」
不思議そうな顔で首を傾げるラクトに、彼女は頷く。
「〈防御アーツ〉ってあるじゃない。あれを使えば私ももっと硬くなれるかなって思って」
「なるほどね。じゃあ一緒に行こうか」
エイミーもアーツを導入することを考えていたとは、少し意外だ。
しかし彼女が更に硬くなってくれるのは後衛で安全を享受している俺としても大歓迎である。
「うぅ、いいなぁ二人とも……」
「レティも結構ラクトたちと色々出かけてないか?」
「……そう言う話じゃ無いです」
慰めようと声を掛けるもレティは素っ気なく首を振る。
若い女の子の気持ちというのは、相変わらずよく分からない。
「トーカとミカゲはどうする?」
「……〈呪術〉の研究」
「私もアーツはあまり興味がないので。お三方で楽しんできて下さい」
双子はそれぞれ一人で動きたいようで、メンバーの予定が分かれる。
「よし、じゃあ白鹿庵に戻ったら一旦解散かな」
もう一踏ん張りだね、とラクトが氷塊でモグラを圧殺しながら発破を掛ける。
レティが先頭に戻ると帰る速度は更に上がり、それからさほど時間を経ずに俺たちは坑道のゴンドラへと乗り込んだ。
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Tips
◇『
四つのアーツチップを用いる中級アーツ。貫通属性を持つ鋭い氷の槍を生成する。前方に存在する対象を貫き、更に凍傷の状態異常を付与する。
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