第215話「領域と五寸釘」
黒蟻はほぼ無尽蔵に湧き続け、そのたびにレティたちは真新しい武器を振るってそれを撃破していった。
LPに関しては俺が小屋を建てた地点から動かずとも向こうから来てくれるためさほど心配はない。
しかし武器や防具には耐久値が設定されており、当然それらは戦闘の経過と共に損耗していく。
「すみません、刀がそろそろ」
「分かりました。ここからはレティがメインで前に出ますね」
ハンマーと比べ耐久値で劣る刀を扱うトーカが下がり、代わりにレティが前に出る。
今回は応急修理用マルチマテリアルもあまり仕入れていないし、そもそもあれはコストが重すぎておいそれと使えるような物ではない。
本来は。
「レティ、次の一群は俺に任せてくれないか」
黒鉄を構えて前に出るレティの背中に向かって声を掛ける。
「ほえ。レッジさん大丈夫なんですか?」
振り向いたレティに頷き、俺は鋼糸の束を取り出してみせる。
「久しぶりに〈罠〉スキルもしっかり使ってみたいからな」
DAFシステムは使用条件に〈罠〉スキルが入っているとはいえ、殆ど〈機械操作〉がメインスキルとして目立っている。
最近で言えば〈白神獣の巡礼〉の白蝙蝠戦が、しっかりと罠を使った最後の戦いかもしれない。
「地味にレベルが上がってて使えるテクニックも増えてるんだ。それの試運転も兼ねて色々やってみたい」
「分かりました。それじゃあレティたちは援護に回ります」
俺の申し出に快く頷いてくれたレティが下がり、代わりに前に出る。
鋼糸の束を解きながら、俺は腰のベルトに吊ったアイテムポーチから四本の鉄杭を取り出して指に挟む。
「……忍者っぽい!」
「いや、苦無でも棒手裏剣でもないし、投げもしないぞ」
俄に声を上擦らせるミカゲに苦笑しつつ、坑道の壁に二本ずつ、丁度正方形の土地を区切るように杭を打ち込んでいく。
「よし、『領域指定』」
四本の杭を視界に入れつつテクニックを使うと、それらに囲まれた面積が薄く青に色づく。
〈罠〉スキルレベル40のテクニックである『領域指定』はマーカーと呼ばれる杭で区切られた面積を“領域”に指定するものだ。
これだけでは特に意味のない行為だが、その真価はその次にある。
「続けて、『侵入検知』」
〈罠〉スキルレベル50のテクニック、『侵入検知』。
これは指定した“領域”内に原生生物などの前もって設定しておいた存在が侵入した際にそれを知らせるという効果がある。
「『罠設置』」
スキルレベル1の基本テクニックを使い、“領域”内に罠を仕掛ける。
鋼糸を張り、有刺鉄線を渡し、穴を掘り杭の先端を上にして底に並べ、最後尾には機銃もいくつか置いておく。
「『耐久強化』『罠隠蔽』『自動作動』」
“領域”内の罠は全てを単一のものと見なして纏めてバフを掛けることができる。
耐久を上げ、存在を隠し、『侵入検知』に反応して自動で迎撃できるように設定する。
「『領域隠蔽』」
その上で更に“領域”自体の存在を隠せば、準備は終わる。
俺たちから見れば物々しい迎撃装置も、これからやってくるであろう原生生物の群れからは違和感を覚えない平凡な光景と見なされる。
「そろそろ、次の群れが来るよ」
警戒していたミカゲの声に緊張感を高める。
「とりあえず設営は間に合ったな」
〈罠〉スキルの欠点は、事前の準備に多くの時間が掛かること。
そして一度設置してしまえばおいそれと場所を動かすことができないこと。
しかしそれらも十分な時間があり敵の方から来てくれるこの坑道では容易にクリアできる。
「さあ、お披露目だ」
暗闇の中から影を纏った黒い蟻の軍勢が現れる。
大きな穴を空けて生活圏を荒らす不埒者に鉄槌を下さんと鋭い顎を打ち鳴らし、怒りに身を任せ侵攻してくる。
「レッジさん……」
「大丈夫だ。とりあえず見とけって」
心配そうに視線を送るレティに、余裕を持った顔で頷く。
そうしている間にも黒蟻たちはボスの指揮の下で猛進し、やがてデッドラインを越える。
「さあ、発動だ!」
先頭の蟻が“領域”内に侵入する。
その瞬間に仕掛けられた罠たちが覚醒し、己の仕事を果たすべく姿を現す。
まずは鋼糸が先頭を絡め取り、後続の圧力に押された蟻の硬い甲殻を切り刻む。
更に高圧電流の流れる有刺鉄線が仲間の死体を乗り越えてやって来た蟻を殺す。
それを越えてやって来た蟻も、穴に落ち杭に貫かれて血を流す。
三重の罠を仲間の死体によって乗り越えた後続の蟻は、照準を定めていた機銃の連射によって貫かれて斃れる。
「わぁ、圧倒的ですね!」
「いまいち〈罠〉って存在感が無いと思ってたけど、ちゃんと準備すれば凄く楽に乱獲できるんだねぇ」
何もせずとも目の前で次々と斃れていく蟻たちを見て、レティたちも歓声を上げる。
その通り、〈罠〉スキルの真価は事前の準備と条件さえ整っていれば自動的に敵が死んでいくところにあるのだ。
「しかし、ちょっとこれは不味いな……」
「どうかしましたか?」
順調に斃れていく蟻の群れを見て、俺は眉間に皺を寄せる。
目聡くそれに気がついたトーカの問いに頷き答えた。
「薄々感じてたが、蟻の数が多すぎる。死体はその場に残るから、罠の処理能力を超えちまう」
「なるほど。では……!」
それを聞いて、トーカは突然走り出す。
罠を掻い潜った蟻を斬るためかと思ったが、彼女の刀はもう耐久がない。
「トーカ!?」
「死体を取り除けば、罠はまだ使えますよね。後ろに投げていきますので、気をつけて下さい!」
「うぉわっ!?」
ぶんっ、と彼女は自身の身体ほどもある巨大な蟻の死体を持ち上げこちらまで投げてくる。
トーカも前衛としてレティほどの極振りではないが結構なBBを腕力に振っているからできる芸当だ。
「なるほど、それならレティも!」
「楽しそうだし私も参加するわ」
更にはレティ、エイミーの前衛組が参加して、罠に詰まった蟻の死体をこちらに投げてくる。
まるでゲレンデで雪合戦を楽しむかのようにはしゃぐ微笑ましい光景だが、投げているのは黒光りする巨大な蟻である。
「わー! ちゃんと狙って投げてよね!」
自分の所へ降ってきた蟻の死体を『
レティたちは迫り来る蟻を避けつつ投げているため、当然そんな文句は聞こえていない。
「うーん、これは自動で死体を後ろに運ぶ機構が必要になるか……? スキルが上がればそういうテクニックもあったりするのかね」
そんな様子を眺めながら、俺は運用上の改善点を洗い出す。
“領域”を使ったのはこれが初めてだし、ここから更に改良できる点は沢山ある。
それにこの“領域”にはもう一つ欠点がある。
「レティ、トーカ、エイミー、そろそろ親玉が来るから下がれ!」
「はえっ!? わ、分かりました」
穴の奥から現れた一際大きい黒蟻の親玉。
あまりにサイズが大きすぎるあのような原生生物の前では、今作れる“領域”は狭すぎる。
「あれは罠じゃ対応できない。手下は任せて貰って構わないから、親玉を頼む」
「なるほど、了解です。腕が鳴りますね!」
その言葉を待っていたとばかりにレティが黒鉄を構えて踊り出す。
彼女が気炎を上げて殴りかかったその時だった。
「『投擲』」
後方から鋭い軌道を描いて一本の太い針が飛来する。
それはレティの真横を掠め、大黒蟻の硬い甲殻を貫き突き刺さる。
「っ!? これは――」
レティが驚き振り向いたその時、蜘蛛糸が大黒蟻の身体に絡みつく。
「――『怨嗟送り』」
濃い紫色のオーラのようなエフェクトが、銀の針から吹き出す。
それは糸を伝って大黒蟻を包み、そのHPを蝕み始める。
「『鋼糸』」
更に強靱な鋼の糸が蟻の身体に絡みつきキツく締め上げる。
硬い甲殻に食い込み、ギリギリと縛り上げた糸が刻む傷口から有毒の血が流れ出す。
「ミカゲ? これは、呪術か」
紫のエフェクトは蟻を蝕み、そのHPを急速に削っていく。
俺たちが知っているミカゲはあくまでサブアタッカーとして戦線の補助をしてくれる存在であり、これほどまでの攻撃力を持っていないはずだった。
しかし目の前の大黒蟻は彼以外が攻撃していないにも関わらず、すでに体力を半分まで削っている。
「……っ! 終わるよ」
ミカゲの言葉と共に、糸が千切れ霧散する。
それと同時に釘が抜け紫のエフェクトも消えた。
「これぐらいならすぐに終わりますよ!」
縛めから解放された大黒蟻に迫る赤い影。
解放の余韻に浸る間もなく、大黒蟻は大質量の連撃によって沈んだ。
「ミカゲ、さっきの技は何なの?」
群れが片付き、戦後処理のフェーズに移る。
俺が蟻の解体を進めている間にトーカがミカゲを問いただした。
「……『怨嗟送り』は、呪具が必要だから。ネヴァに頼んで、五寸釘を作って貰った」
そう言って彼は懐から大振りな釘を取り出して見せる。
「これを刺した相手が呪う対象になる。『怨嗟送り』は、対象と同種の敵から受けたダメージを返す技らしい」
ゆっくりと言葉を選びながら説明をするミカゲ。
彼によって謎に包まれていた〈呪術〉スキルの大まかな全容が分かった。
「聞いてると凄い強力ですよね。タンクなんかだとめちゃくちゃダメージ返せるんじゃ無いですか?」
「……呪具の性能と、時間と、スキル値による。事前に、呪具を装備しておかないといけないし、ダメージを受けてから時間が経つと、だんだん効果が減っていく」
「なるほど、装備枠を一つ使うのか」
〈呪術〉スキルのデメリットも分かった。
彼の使った五寸釘の場合は左右の手どちらかに持っておかないと、ダメージのカウントがされないらしい。
その間は当然エイミーの盾などは持てないし、だからといって回避してはダメージがたまらない。
中々に扱いづらいスキルであることは確かなようだ。
「今ので少しスキルレベルも上がった。使い続けてたら、そのうち新しい技も覚えると思う」
呪具を持っている間に攻撃を受けた時もスキル上昇判定があるらしく、ミカゲの〈呪術〉スキルは既に8になっていた。
偵察として前に出ていた時に黒蟻たちから少しずつ攻撃を受けて、反撃のダメージを溜めていたらしい。
「五寸釘は、まだあるから。もう少し戦いたい」
「俺ももっと“領域”の改善をしたいからな。レティ、物資に余裕はあるよな?」
「ちょっと待って下さいねー」
俺の問いに、レティは小屋の近くで待機させていたカルビ達の背中を開く。
アイテム運搬能力に秀でる彼女は、今回の遠征でも荷物持ちとして絶大な力を発揮してくれていた。
彼女が居なければ、ここでこんなに長く籠もっていることは〈野営〉スキルがあってもできなかっただろう。
「まだまだ余裕ですね。あと3,4回くらいはできますよ」
「よし、じゃあもう少し籠もっていくか」
その言葉を受けて、俺は早速次の罠を準備する。
ミカゲも五寸釘を構え、次なる戦いに向けて気持ちを入れ替えた。
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Tips
◇五寸釘
およそ15cmほどの釘。木材を固定するなど各種生産の中間素材となる他、敵に打ち付けたり、壁に打ってフック代わりにしたりできる。材質によって耐久値が変わる。
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