第214話「黒蟻は散る」

 アマツマラ地下坑道は現在のところ第17層が最高到達地点だ。

 しかしこれはいくつもの隠密系テクニックを揃えた足の早いプレイヤーによって樹立された記録であり、立ちはだかる原生生物を倒して進んだわけではない。

 一説によると16層以降の原生生物は輪を掛けて強く、あのアストラでさえも苦戦するほどだったと言う。

 攻略組は16層でレベリングをしている最中であり、一般のプレイヤーは10から14層あたりが適正である、というのが今のところの通説だった。


「レッジさん!」

「はいはい。風牙流、二の技、『山荒』ッ!」


 風が坑道を埋め尽くす巨大な蟻の群れをなぎ払う。

 硬い甲殻によってダメージこそ与えられないが、強引にこじ開けた隙間に黒鎧を纏ったエイミーが身体をねじ込んだ。


「『大衝壁』ッ!」


 彼女は鋭角的な盾を地面に打ち付け岩盤を隆起させる。

 鋭い杭が並ぶ大壁によって、蟻の軍勢が阻まれた。


「『貫き壊すブレイクスルー氷刃の矢雨アイスエッジレイン』」


 岩の壁を飛び越えて、銀の矢が放たれる。

 それは鋭い軌道を描きながら二本、四本、八本と分裂を繰り返す。


「『二重詠唱デュアルコード』『凍結世界コールドワールド』」


 黒蟻の硬い甲殻を易々と貫き突き刺さった矢が突如として爆ぜる。

 細かな氷の爆風が群れを巻き込み、その身体を氷漬けにして砕く。


「道が拓けましたね。行きますッ!」


 坑道を埋め尽くしていた敵が一掃され、道が作られた。

 その瞬間を待ちわびていた少女が黒髪を流して地面を蹴る。


「『俊足』」


 テクニックの使用と共に残像を残して彼女は遙か遠くへと移動する。

 そこに立っているのは、一際大きく厳めしい黒蟻。

 まさしく巨魁といった風貌の原生生物の大きな顎を掻い潜り、その反応速度を超えた超速で彼女は刀を引き抜く。


「彩花流肆之型、一式抜刀ノ型、『花椿』」


 竹を割ったような澄んだ音が坑道内に響き渡る。

 蟻の首が僅かにずれ、ごろりと転がる。

 その断面から濃い紫色の粘っこい体液が吹き出し、トーカに影を落とす。


「――『絡め糸』」

「きゃっ!?」


 その粘液の先端が彼女の白い肌に触れる寸前、トーカの身体に白い糸が巻き付き、後方へと引き寄せる。


「あの蟻の体液は、猛毒。気をつけてって言った」

「う、ごめんなさい」


 弟のむすっとした声にしゅんとする姉。

 二人の背後で蟻は地響きを上げて倒れた。


「お疲れー」

「いやぁ、15階層も慣れてきましたね」

「そう? 私はまだまだ捌ききれないかなぁ」


 敵の全滅を合図に緊迫した空気が一瞬で弛緩する。

 エイミーが生成した岩の壁が効果時間の終了と共に崩れ、その向こうに立っていた俺たちはトーカたちの方へ合流した。


「装備の方はどうだ?」

「ばっちりです。動きやすいですし、多少攻撃を受けても吸収できますし」


 第16階層では攻略組がレベリングをし、第14階層まででは多くのプレイヤーがレベリングをしているアマツマラ地下坑道。

 ネヴァの手によって装備を新たにした俺たちは、第15階層――少し敵は強いが人の少ない穴場でその使い勝手を試していた。


「流石にレッジさんにも手伝って貰わないと戦闘が続けられないですけどね」


 そんなことを言うレティの新装備“ブラックラビット”は、黒鉄鉱をメインに組み上げられた鎧だ。

 下地に革を用いて胸元や関節部などの急所を鉄の装甲で守る、防御力と動きやすさを両立した鎧は、軽装以上重装未満で中装鎧とでも言うべき代物に仕上がっている。

 シリーズの名前にもなっているように要所要所に兎のマークが象られており、彼女の要望した女性らしい可愛らしさもある。


「武器はどうだ。見てると随分重そうだが……」

「“黒鉄クロガネ”も良い感じに手に馴染んでて使いやすいですよ」


 彼女が持つ身の丈以上の大きさの金槌を見上げて言う。

 “とにかく硬くて丈夫で重くて威力があってなんでも破壊できそうなもの”というレティの要望通り、内部には隕鉄の塊をみっちりと詰め込み表面を硬い黒鉄鉱で覆った質量兵器である。

 女性としては長身であるレティだが、これを持つとラクトほどのスケール感になってしまう。

 だというのに腕力にBBを極振りしているレティにとっては丁度良い重量感なのだから不思議なものだ。


「武器の威力で言うなら、ラクトのアーツが一番変わってますよね。なんですかあの無双ゲーみたいなダメージ」


 レティは隣に立つラクトに向かって口を開く。


「結晶装備のアーツ補正がかなり強いんだよ。見た目も可愛いし、気に入っちゃった」


 自慢げに身体を回す彼女の装備は“プリズムクリスタル”シリーズと言った。

 キラキラと輝く結晶の装飾が美しいドレスのような装備で、袖が長くスカートの丈が短い。

 防御力に乏しい反面、アーツの威力を底上げする効果は凄まじく、彼女のアーツは更なる高みへと至っていた。


「あと短弓も“蒼輝の短弓”から強化したから癖が変わらなくて使いやすいよ」


 彼女が持つ“蒼月の晶弓”は、以前使っていたものに結晶素材を加えて強化したものだ。

 アーツの強化能力や事前にアーツを仕込んでおけるアーツジェムも健在で、特に使用感を変えずに正統進化を果たしている。


「一番外見が変わったのは、やっぱりエイミーか?」「そうねぇ。前は道着だったし、色も赤だったしね」


 エイミーの新装備は“黒鉄の重鎧”というシリーズ。

 そう、レティの持つ金槌と系譜を同じくする重量級の装備である。

 防御力を極限まで高め、更にはその鋭角的なデザインはそのまま体術の攻撃力を補正する。

 更に彼女の“黒鉄の拳盾”は両腕をすっぽりと覆い、一回り大きな腕のように身体と一つになっている。


「黒いしゴツいし、なんか敵のロボットみたいですね」

「何か言ったかしら?」

「何でも無いですよ!」


 ぼそりとレティが呟いた感想に、エイミーがにっこりと顔を向ける。

 彼女が巨大な拳を上げるとそれだけで震え上がってしまいそうだ。


「逆にトーカとミカゲは殆ど外見が変わってませんね」


 エイミーから逃げるようにレティが話題を変える。

 その先に居た双子は互いの装いを見て頷いた。


「どちらも元の装備からの強化ですし、確かに外見にあまり変化はないですね」

「でも、強くなった」


 トーカは桃花の柄の着物に黒い袴、ミカゲは全身真っ黒な忍装束と、確かに外見に目立った変化はない。

 しかしよくよく目を凝らして見てみると、着物は色鮮やかになり、袴には金糸で刺繍が施されている。

 忍装束に至っては、内部に板金や鎖帷子を追加して防御力を上げている。


「強化は一から作るのと比べて前後で動きに変化があまり無いのがいいですね。すぐにこの装備にも慣れましたよ」

「良いですね。レティはもうちょっと慣れるのに時間が掛かりそうです」


 レティとトーカは互いの装備を見て言うが、どちらにせよ大幅に性能が向上したことには変わりない。

 以前の装備のままでは、恐らく15層どころか14層でも厳しかっただろう。


「そういえばミカゲ、ネヴァに作って貰ってた道具っていうのはどうなったんだ?」


 俺はふと思い出して忍者の少年に声を掛ける。

 彼がネヴァに依頼していた道具とやらは、ここまでの戦闘で見ることが無かった。


「……まだ、内緒」

「そうかぁ」


 期待を込めて聞いてみたものの、ミカゲはそう言ってはぐらかす。

 どうやらちゃんと効果を見てからお披露目したいらしい。


「……それよりも、レッジの服装が気になる」


 代わりにと彼は俺の方をじっと見つめて覆面越しに声を出す。

 それを聞いて、周囲の面々も揃って頷いた。


「そうですね。外見の変わりようで言えばレッジさんも大概ですよ」

「なんかネヴァもレッジが絡むと仕事ぶりがちょっと変わるよね」

「レッジが満足してるならそれでいいんだけど……」

「わ、私はその、いいと思いますよ」


 口々に言われ、改めて自分の格好を見直す。

 俺がネヴァに伝えた装備の要望は“〈武装〉スキル51で扱える、動きやすい革製の防具”で、それを元に作られた装備の名前は“深森の隠者グリーン・ハーミット”と言った。

 ロングタンイグアナの鞣し革や、ブラックネイルモールの厚革、アクセントにコオリザルの白毛皮と、複数の原生生物の革を組み合わせた複雑な色合いの装備は、自然の景色に良く馴染む。


「なんか、ミリタリー色が強いよね」


 そんなラクトの言葉通り、この装備は迷彩柄だった。

 森の妖精みたいでいいだろう?


「それで、その槍はなんなんですか? いや、便利なのは分かりますけど」


 続けてレティが指し示したのは俺が持つ長槍。

 金属製の柄の先には簡単な機械部品、そしてランタン、その先にノコギリのような鋭い歯が並ぶ刃が付いた、少しごちゃごちゃとした機械槍である。


「レティの機械鎚に着想を得た〈機械操作〉スキルを使う槍だ。別に爆発はしないが、刃が高温になったり微振動したりする。あとランタンを別に持たなくてもこれが光源になる」


 説明としては以上だ。

 バッテリー着脱式で、色々な効果を内蔵した便利アイテムとしての槍というアイディアを形にしたもので、攻撃力はさほど高くない。

 名前は“試製機械槍”とシンプルなもので、ここから実際に使用しながら改良を加えていく予定だ。


「“深森の隠者”は〈罠〉と〈野営〉にボーナスが掛かるし、“機械槍”は武器として以外にも使えるから、俺のプレイスタイルに合ってるんだよ」

「まあ、それなら何も言いませんが」


 これのおかげで小屋を建てる速度もかなり短縮されているのだ。

 見た目がレティたちの中では少し浮いている自覚もあるが、そこまで気になるほどでもないだろう。


「まあみんな装備に満足しているってことで良いだろう。それよりも、そろそろ次の波が来そうだぞ」


 話しているうちに蟻の死体が消えてしまった。

 もうすぐでリポップ時間を迎え、また蟻の軍勢と大きい奴が現れるだろう。


「さっきはラクトが一掃しちゃいましたからね。次はレティも暴れますよ!」

「俺もちょっと試してみたいことがあるからな。まあ死なない程度に鍛えていこう」


 アイテムを準備しながら敵を待つ。

 そうして坑道の暗闇から無数の足音が響き、俺たちはまた戦いに身を投じていった。


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Tips

◇黒鉄

 優れた硬度を持つ黒鉄鉱を用いた装備のシリーズ。防具であれば高い防御力を、武器であれば重量による圧倒的な攻撃力を発揮する。反面、重量はそのまま動きにくさにも直結し、扱うには相当な身体能力を必要とする。


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