第213話「武装新調」
「ネヴァの所に行こうと思ってるんだが」
ウェイドの〈クサナギ〉のもとを訪れてから数日。
久しぶりに全員が集まった白鹿庵の円卓に向かってそのような声を掛けた。
「武器のメンテナンスですか?」
〈新天地〉でテイクアウトしてきた大盛りボンゴレパスタを食べながらレティが首を傾げる。
「いや、武器を含めて装備を一新したくてな」
「なるほど。確かにそろそろ必要かもしれませんね」
今レティとお揃いで着ているシャドウスケイル装備は〈水蛇の湖沼〉のボスである“隠遁のラピス”の素材を用いて作ったもの。
蛇眼蛙手の紅槍と合わせて〈鎧魚の瀑布〉に挑むタイミングで新調したものだが、流石にそろそろ耐久の最大値も目減りしてメンテナンスまでの間隔が短くなり、性能そのものも少し不足感を覚え始めてきた。
「〈武装〉スキルも51になったことだし、良い機会だと思ってな」
〈武装〉スキルは文字通り武装に関連するスキルだ。
装備の要件に入っていることが多く、例えばシャドウスケイル装備なら〈武装〉スキルレベル41が必要となる。
装備の防御力を引き出すためにはこの〈武装〉スキルが要求値を満たしていなければならず、特に装備の防御力が重要な重装系プレイヤーにとっては縁深いスキルだろう。
反面、俺のように殆ど戦闘しないような奴にはとんと縁が無くてまだ51そこらで燻っていたりもするのだが。
「レティたちもそろそろ装備更新したらいいんじゃないか?」
「そうですねぇ。大抵の攻撃は避けるとは言え、かすり傷が馬鹿にならなくなってきましたし」
自分の身体を見下ろしてレティが言う。
そもそも彼女は前線で被弾する機会も多いというのに、まだ俺と同じ装備であるのが問題だろう。
エイミーのような能動的な防御スキルを持っているわけでもないし。
「それなら私も揃えて貰おうかな。最近はカニの殻よりも優秀な鉱石系の装備があるらしいし」
うきうきと声を踊らせるのはエイミーである。
この白鹿庵で一番被弾するポジションに居る彼女だからこそ、そういったものには敏感らしい。
「じゃ、わたしも。結晶系の装備はアーツ補正が高いらしいんだよね」
「私も流石に今の袴と着物だと、坑道の奥に行けなさそうですね」
「……なら、僕も。作って貰いたい道具もある」
円卓の方が騒がしくなると、キッチンの涼しいところで寝ていた白月も起き出してくる。
地下室の倉庫を掃除していたカミルが上がってきたところで、彼女に留守番を頼んで白鹿庵のガレージを出た。
「ちゃきっとした格好にしてもらうのよ」
「はいはい。後はよろしくな」
つんけんとしながらもちゃんと戸口に立って見送ってくれるカミルに手を振って、中央制御塔へ足を向ける。
そのままヤタガラスに乗ってスサノオへ移動し、ネヴァの工房の戸を叩く。
「ネヴァー、俺だー、開けてくれー」
「はいはい。あら、賑やかね」
扉を開けてくれたネヴァは相変わらずの胸元がはだけた白いシャツに作業着という出で立ちである。
彼女は俺の背後に並ぶレティたちを見て驚いた。
実は事前にアポイントは取っていたのだが、俺一人だけという話になっていたのだ。
「ちょっと声を掛けてみたらみんな装備を更新したかったみたいでな。頼めるか?」
「商機は逃さないのがモットーよ。それにレッジたちにはこの前たんまり納品してもらったからね。ま、入って入って」
工房の主に促され、二階の談話室に移動する。
「それじゃあまずはそれぞれのご要望から伺いましょう」
大きな紙をテーブルに広げ、鉛筆を持ったネヴァが言う。
「俺はなるたけ動きやすいものを。重装ほどの防御力はいらないが、軽装で一般的な布だとちょっとキツいから……そうだな、革とかがいい。〈武装〉スキルは51だ。
武器も新しくしたいんだが、こっちはちょっと考えてることがあってな……」
そう言ってネヴァにテキストデータを送る。
以前からぼんやりと考えては思いついた構想を書き留めていたメモのようなものだ。
「なるほど。これはまた面白そうね」
「できるか?」
「DAFシステムのドローンたちよりは簡単よ」
悪戯好きな笑みを口元に浮かべるネヴァ。
悪巧みが得意なのは俺と同じで、DAFシステムを共同開発した時も同じような顔をしていた。
「よし、じゃあ次はレティね!」
「レッジさんとお揃いで!」
「流石にもう無理だろ」
勢いよく声を上げるレティに思わず突っ込む。
「い、行けますよ。レティ大丈夫です!」
「前衛と後衛くらい必要な防御力が違うだろ。せっかく重量限界に余裕があるんだからしっかりした装備作って貰えって」
「うぐぐ……」
レティはBBを腕力に極振りしていることと機械牛を運用できることで、パーティでも随一のアイテム所持能力を誇る。
その長所を活かすなら、俺よりもしっかりとした装備を作って貰った方がいいだろう。
「ちなみに〈武装〉スキルはいくつだ?」
「…………72です」
「めちゃくちゃ高いじゃねえか!」
どうしてそんなになるまでシャドウスケイルを着続けてたんだ。
愕然としながらレティを見て、彼女の肩に手を置いて説得する。
「そろそろ新しいフィールドが来るって噂もあるし、レティは前衛で攻撃を受ける機会も多い。それにレティに倒れられたらパーティのダメージソースが無くなる」
「むぅ……」
しかし納得がいかない様子の少女は長い耳をピコピコと揺らして赤い髪を指に絡ませる。
「ていうか前提として、仲間が傷つく姿はあんまり見たくない」
「な、仲間ですか……」
「ああ。レティは家族みたいなもんだ」
思えばゲーム開始当初からの付き合いか。
本当に長いな。
「そ、そうですか。家族ですか。ふ、ふ~ん」
何故かキョロキョロと周囲に視線を彷徨わせ挙動不審になるレティ。
しばらくして彼女は観念した様子で頷いた。
「ネヴァさん、〈武装〉スキル70台で、それなりに動きやすい重装をお願いします」
「任せなさい。それで、武器は? 隕鉄も機械鎚もそろそろ型落ちでしょ」
「そうですね……。とにかく硬くて丈夫で重くて威力があってなんでも破壊できそうなものがいいです」
武器に関しては一貫した姿勢を見せるレティに、ネヴァも思わず苦笑いだ。
「そっちは分かりやすくて良いわね。了解、色々考えてみるわ」
そう言って彼女は紙にペンを走らせる。
「エイミーは、防御力を上げる感じかしら?」
「そうね。鉱物装備に興味があるから、思い切って武器も防具も新しいの作って貰って良いかしら。〈武装〉は80で止まってるわ」
流石パーティへの攻撃を一手に引き受けるだけ合って、エイミーの〈武装〉スキルはかなり高い。
というよりスキル80レベルというのは現時点での最大値、所謂カンスト数値だ。
「なるほど。〈格闘〉と〈盾〉に合わせるために、ちょっと設計を考え直さないと行けないわね」
「〈盾〉は耐久系じゃなくて回避系の方が性に合ってるわねぇ」
「なるほどなるほど。分かったわ」
さらさらと紙に字を書いていくネヴァ。
ちなみに彼女の文字は悪筆すぎて本人以外の誰にも解読できない。
システム由来ではないから〈解読〉スキル持ちでも無理だろうな。
「わたしは結晶系装備がいいな。アーツ威力とかに補正をドンドン掛けて欲しいよ」
「ラクトも主義が変わらないから設計が楽ねぇ」
「私は和装の軽装で、クリティカル率や威力などに補正が掛かると嬉しいです。あ、〈武装〉スキルは68です。武器はつい先日作って貰ったので、大丈夫ですが」
「和装だと〈裁縫〉の領域ね。布も今は色々と開発されてて面白い特徴のものが沢山あるから、色々遊べるわよ」
「……忍装束。〈武装〉スキルは、63。真っ黒いのが良い。あと、これも」
「ミカゲも変わらないわね。っと、これは……分かったわ、用意してみる」
ラクト、トーカ、ミカゲの三人も順調に要望を伝え、ネヴァは設計の段階に入っていく。
ミカゲは装備と武器以外にも作って貰いたいものがあったらしく、俺と同じように要望を纏めたテキストデータを彼女に送っていた。
おそらくは、先日〈クサナギ〉から得られた情報を元にした物だろう。
階下の工房へ向かうネヴァを見送って、俺たちは談話室で一息つく。
この後は一人ずつ呼び出されて更に細かい箇所を詰めていく地道な作業だ。
「白鹿庵の装備はネヴァさんに依頼するのがお決まりになりましたねぇ」
「オーダーメイドで、かなりしっかり要望を聞いてくれるからね」
「市販品とか露店の量産品では満足できなくなってしまいました」
レティの言葉にラクトとトーカがしみじみと頷く。
ネヴァの製作スタイルは徹底したオーダーメイド。
依頼者から細かく要望を聞き取り、それに合わせて素材から組み上げていく。
途中で何度も試着を重ね、一人一人にぴったりとフィットする物を作ってくれるのだ。
一応、生産スキルはもっと簡単に装備を作れるのだが、それをするとサイズも性能も画一的な量産品に仕上がる。
それはそれで品質が安定してコストも安いという利点があるため、例えばアストラの所の標準装備である銀の鎧なんかは量産の恩恵を受けているのだが。
「レッジー、ちょっと来て頂戴」
「はいよ。今行く」
雑談に花を咲かせていると、下から声が掛けられる。
俺が立ち上がって階段に向かうと、暖炉の傍で寝ていた白月がゆっくりと首を上げて、すぐにまた鼻を鳴らして眠り始めた。
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Tips
◇〈武装〉スキル
装備の装着に関連するスキル。戦闘を活動の主とする者にとっては己の傷を減らすためにも重要となる。攻撃を受けることでレベルが上がり、数値が高いほどに強力な装備を身につけることができるようになる。
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