第212話「三つの問い」

「これって……〈クサナギ〉じゃないですか! これこそ私たちには手出しできないものなんじゃ」


 同じ色の目を見開いて驚くトーカとミカゲ。

 姉の言葉に弟も激しく首を上下して同意した。


「ま、普通はそうだな」


 中枢演算装置〈クサナギ〉はこのウェイドの頭脳。

 空の上に停泊している開拓司令船アマテラスの中枢演算装置〈タカマガハラ〉とも直結し、俺たち機械人形を包括的に管理するイザナミ計画のあらゆる情報を扱う最重要存在。

 この町の端から端までを丸っと統治するまさに心臓そのものだ。

 だからこそ何の権限も与えられていないただの機械人形如きに扱える代物ではなく、もしその身体に触れようとしたらその瞬間にスクラップにされてしまうだろう。


「けどまあ、俺は大丈夫なんだ」


 機械の山を掻き分けて、その頂上に鎮座する丸い金属製の球体に手を伸ばす。


「レッジさん!? な、なんで無事なんですか」


 そこまでしても、照準を合わせている銃砲は火を噴かない。

 重苦しい沈黙が流れるだけで、警備システムが作動する様子は見えない。


「第2回イベントがあっただろう?」


 つるりとした白い玉を撫でながら、呆然とする二人に向かって訳を話す。


「あのとき、俺とアストラとタルトとルナ――神子持ちの四人には物凄く負担が掛かった。と言うわけでアストラが代表して運営に直訴してくれたんだ」

「その話は少しだけ聞いたことがありますね?」


 それとこれとに何の関係が? とトーカは小首を傾げたまま眉を寄せる。

 その隣では、ミカゲは少し察したように目を伏せた。


「四人に掛かった負担に対する報酬として、俺たちは一人につき三回だけ〈クサナギ〉にアクセスする権限を貰ったんだ」

「そ、そんなことが……」

「運営からは強い武器とか珍しいアイテムとかいくつか候補を出されたんだが、どれも別にいらないなってことになってな」


 結局、知識ならば俺たちの方でいくらでも料理できるという結論に至り、“一人につき三回だけ〈クサナギ〉がどんな質問にも答えてくれる権利”というものを貰うことになった。

 多分今なら〈クサナギ〉の好きな食べ物を聞いてもすんなり教えてくれるだろう。

 人工知能に好物があるかどうかは知らないし、知りたいとも思わないが。


「……〈クサナギ〉へのアクセス権は、レッジのもの。僕の為に使うのは」

「回り回って俺の為だよ。ミカゲが〈呪術〉スキルの第一人者になってくれれば、〈白鹿庵〉の名が上がるからな」


 おずおずと手を上げて言葉を挟んできたミカゲに反論する。

 別に〈白鹿庵〉を有名にしたいと思っているわけでも無いが、ミカゲが〈呪術〉スキルについて理解を深め、その知識が広く公開されるのならば、それは全体の利益となる。

 更に少し下世話な話をすると、それは俺の自尊心を満たしてくれる。


「あ、トーカも何か聞いときたいことがあるなら聞いて良いぞ」

「い、いいんですか!?」


 惚けていたトーカは肩を跳ね上げて驚く。


「こういうのは早い内に使っておく方がいいんだよ。どうせ貰える解答は手順さえ踏めばいつでも得られるものになるらしいから」

「そ、そうなんですか……」


 ミカゲが欲しがっている〈呪術〉スキルに関する情報も、情報資源管理保管庫で根気強く解読を進めていけば見つかるはずだ。

 俺が運営から貰ったこのアクセス権は、その滅茶苦茶に長大な手順を短縮するだけのものなのだ。


「レッジさんは、何か聞きたいことがあったりしないんですか?」

「別に攻略組を引っ張ってる訳でも、前人未踏の秘境を探してるわけでもないからなあ。今夜の食事のおすすめでも聞くかな」

「絶対ダメですからね!」


 口調が似通ってるのもあって、今日のトーカはレティみたいだな。

 元気なのはいいことである。


「じゃ、とりあえずミカゲの用件だけでも聞いておこう」


 そう言って、俺は〈クサナギ〉の方へと向き直る。

 継ぎ目のない真っ白な金属の殻は硬く、まるでゆで卵のようだ。

 この中に入っているのは黄身ではなくてこの町の全てだが。


「〈クサナギ〉、俺に付与されたアクセス権を一つ使う」


 卵に向かってそう言葉を掛けると、殻の表面に青い光の筋が走った。


『個体識別番号を確認。個体名“レッジ”の特別アクセス権を確認。開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉へ問い合わせ中。開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉からの承認を確認』


 機械的な音声が重なるように流れ、卵の周囲に光点が並ぶ。


『質問をどうぞ』

「新たに解放された〈呪術〉スキルに関する情報が欲しい」


 機械相手にこんなアバウトな問いかけでいいのか少し迷ったが、小さな卵はすぐに答えてくれた。


『了解。〈呪術〉スキルに関する情報を検索。現在開示されている情報を参照』

『解答

 “〈呪術〉スキルは他者に対する強い意志を呪具と呼ばれる特別な道具によって補正し、現実世界に於ける事象の書き換えを行う技術である。

 特殊開拓指令〈白神獣の巡礼〉の中で“未詳文明”による使用の痕跡が確認され、原理が解明され、スキルシステムへの適応が完了された。人工知能保全課による承認済み。

 なおテクニックの確立は現在の所『怨嗟送り』のみが完了しており、その他に於いては現在も調査・解析中である。

 またスキルカートリッジの作製には未だ不確定領域が多いと判断され至っていない。呪具の作製については領域拡張プロトコル内での優先順位はランク2000であり、近日内では予定されていない。

 〈呪術〉スキル及びその前身となる“呪術”についての詳細な情報は[情報アクセス権限がありません]に保管されている他、惑星イザナミ〈オノコロ高地〉その他に残る“未詳文明”遺跡群に断片的なものが残されている可能性が高いと判断されている”

 以上』


 ずらずらと羅列される情報の渦に巻き込まれて呆然としているうちに解答は終了する。

 はっとして目を彷徨わせると、ちゃんと文章が記されたウィンドウが浮かんでいる。

 聞き逃すと終わりじゃなくて良かった……。


「ていうかめっちゃ長いな……」


 恐らくは未整理の情報をそのまま流したのだろう。

 ぶっちゃけ直接的には関係ないと思われる記述もかなりある。


「どうだミカゲ、何か分かりそうか?」

「“〈呪術〉スキルは他者に対する強い意志を呪具と呼ばれる特別な道具によって補正し、現実世界に於ける事象の書き換えを行う技術”……。呪具、作製……」


 振り返って少年の方に視線を向けると、彼はすでに俯いて小さく口を動かしていた。

 何か引っかかりを掴めたということだろう。

 これが起爆剤となって〈呪術〉スキルにまつわる知識が広がれば万々歳である。


「さて、次はトーカだな」

「ほえ、本当にいいんですか?」


 虚を突かれたトーカが可愛らしい声を上げる。


「さっきも言ったとおり、こう言うのはすぐに使っちまうのが一番だ。トーカが知りたいことがあるなら、聞いてくれ」


 アクセス権が付与されてほぼ一ヶ月。

 この間ずっと使っていなかったのは、単純に使う理由が無くて持て余していたからだ。


「それに、トーカも家族みたいなもんだしな」


 同じ〈白鹿庵〉の仲間だし。


「っ!! わ、分かりました。その、それじゃあ……」


 何故か驚いたような表情で頬を淡く染めるトーカ。

 彼女が口に出した言葉を聞き、俺は〈クサナギ〉の方へと向き直る。


「ヘイ、〈クサナギ〉」

「それいいんですか!?」


 少しフランクに話しかけると、〈クサナギ〉より先にトーカが反応した。


『個体認証済み。二つ目のアクセス権を使用しますか?』

「い、いいんですか……」


 なんか後ろでトーカが取り乱しているな。


「ああ、アクセス権を使う。地下資源収集拠点シード01-アマツマラの地下坑道第4層に現れた“巌のプティロン”の正体を教えてくれ」

『了解。個体名“巌のプティロン”に関する情報を検索。現在開示されている情報を参照』

『解答

 ““巌のプティロン”はアマツマラ地下坑道内にて普遍的に確認される原生生物“ブラックネイルモール”の特殊個体に分類されている。

 特徴は高度に発達した全身の筋肉とそれによる種の限界的な数値を大きく逸脱した身体的強度。

 長期間アマツマラ第4層の“ホワイトネイルモール”の巣を占拠していたが調査開拓員によって討伐が成された。

 “巌のプティロン”はその特異性から各地に存在する脅威個体と同等の適性評価“赤”を与えられ“名持ちネームド”に分類。

 アマツマラ地下坑道の拡張工事により偶然的に接続した未探査領域を由来とする可能性が示唆されているが、現在それを確定する証拠は得られていない。

 “巌のプティロン”が連続的に行っている行動が汎用データベース内に存在する“ボディビルに於けるポージング集”事例と酷似している理由も不明であり、調査の必要性が“未詳文明”調査解析課によって提案されているが、領域拡張プロトコル内での優先順位は78000に指定されている”

 以上』


 やっぱり長いな……。

 しかし、トーカの因縁の相手について多くの情報が得られた。

 更にはそこから推測される、面白いものもいくつかある。


「トーカ、どうだった?」

「少しわくわくしてしまいますね」

「やっぱり、あの筋肉モグラがどうしてボディビルのポージングを……」

「そっちじゃないです!」


 はい。

 まあ、一番の収穫はアマツマラ地下坑道の更に先があることが暗に示されたことだろう。

 これこそ坑道を奥まで進めば分かることではあったが、ゴールがあるというのが分かった上で進めるというのは精神的に大きい。


「“名持ちネームド”の存在に、未探査領域。これは恐らくアマツマラに限った話ではないでしょうし――」


 機械に囲まれた薄暗い部屋の中で、少女と少年がそれぞれの世界に籠もってしまった。

 孤独になった俺は肩を竦め、最後のアクセス権を使うべく卵に向かって声を掛ける。


「ヘイ、〈クサナギ〉』

『個体認証済み。三つ目のアクセス権を使用しますか?』


 白い殻の表面に浮かんだ青い光点が弾む。


「ああ。そうだな……魚の美味い店を教えてくれよ」


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Tips

◇特別アクセス権

 各スサノオを管理する中枢演算装置〈クサナギ〉へのアクセス権限。特別な功績を上げたと認められた機械人形にのみ、回数制限付きで開拓司令船アマテラス中枢演算装置〈タカマガハラ〉より付与される。

 特別アクセス権を用いることで。使用者は現在公には開示されていない情報も含めた、一分野に関する詳細な情報を閲覧することが可能であり、特別アクセス権の付与はその情報を有効に活用することによってイザナミ計画を円滑に進行させることが期待されている。


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