第211話「町の王の玉座」

 中央制御区域、中央制御塔。

 このゲームのプレイヤーならば幾度となく通い詰め、様々な任務や依頼を受発注し、インベントリに入りきらない大量のアイテムをストレージに預け、時に志を同じくする仲間を求めたり、まさに活動の中心として欠かすことのできない施設だ。

 しかしそれほどの重要性を感じ、現に数え切れないほどの数足を運んでいてなお、この塔の全容を知る者は皆無と言って良い。


「今日も沢山人が居ますね」

「人混みは苦手だったか?」

「少しだけ。ですが我慢できる位なので心配無用です」


 制御塔一階のエントランスホールには人々が密になっている。

 入り口からその様子を見たトーカが口をへの字に曲げた。

 延べ人数で言えば、1日で1,000は優に越える数がここを訪れる。

 しかし制御塔にやってくる用事のうち、九割九分九厘のものはこのエントランスホールで完結する。


「今回、用があるのはここじゃないからな。人混みも無いはずだぞ」


 しかし今回の俺たちの用事は、残りの一厘に当たるものだ。

 賑やかなエリアを掻き分けて進み、エントランスの奥にあるエレベーターの前までやってくる。

 傍にあるコンソールに手を置くといくつかの認証の後にドアが開く。

 二人が乗り込んだのを確認し、操作パネルに手を置いた。


「制御塔の地下はヤタガラスのホームですよね」

「その下が、産業廃棄物処理場」

「そうだな。駅はともかく、処理場はもう行けないが」


 今はウチで留守番をしてくれている少女を思い浮かべて苦笑する。

 この町の地下に広がる巨大なゴミ処理場は、すでに権限を失っているために入ることは叶わない。

 そもそもあのときだってミモレが強引にコンソールをクラックしてくれたから入れただけだ。


「まあ今回行くのは下じゃない。上だ」


 中央制御塔の二階は、職にあぶれたNPCたちが待機する監獄のようなエリア。

 そしてその上は全くの未知が広がっている。


「制御塔の三階以上って入れたんですね」

「まあ、行くだけならな」


 微かな振動、無重力感、そしてエレベーターが静かに停止しドアが開く。


「ここから先が問題なんだよ」


 扉の向こうに広がっているのは、真っ白な照明に照らされた細い廊下。

 滑らかな金属で覆われて、まさに宇宙船の中のような近未来的な光景が広がっている。

 ウェイドが西欧風の町並みということも相まって、中々にギャップの激しい内装だ。


「制御塔の三階から上は中枢演算装置〈クサナギ〉が直接管理するエリアだ。自由に出入りできるが、何かをすることは一切できない」

「私たちにとっては、完全に無用の場所ということですか」


 その言葉に頷き、エレベーターの外に出る。

 チカチカと眩しいほどに白く輝く廊下は傷一つ見当たらず、真っ直ぐに伸びた後、塔の丸い壁面に沿って左右に枝分かれしている。


「世界観を補足するためのフレーバー的なエリアだって言われてるな」


 ゆるいカーブを描く廊下の、塔の中心に向かう側の壁面には大きな窓ガラスが嵌め込まれている。

 ガラスの向こうには白い金属製の機械たちが忙しなく動き回り、DAFシステムの〈統率者〉にも似た巨大な黒い筐体がズラリと並べられていた。


「サーバールームみたい」

「機能としては似たようなもんだろうな」


 率直なミカゲの感想に頭を揺らす。

 町一つを管理し、無数の機械人形から送られてくる情報を処理するのだ、〈クサナギ〉の頭脳としてはむしろ小さいという感想すら浮かんでくる。


「ちなみに四階、五階、六階もこれと大体同じだぞ」


 厳密に言えば、塔が先端に向かうほど細くなる円錐状なので面積は一回りずつ狭くなっていくが。


「しかしレッジさん詳しいですね」

「イベントが終わって暇だった時にウェイドを隅々まで回ってたんだ。その一環でこの塔も一通り登った」


 レティたちが揃って完全燃焼してしまって、ずっと白鹿庵で駄弁っていた時だ。

 ウェイドはどこを撮っても良い絵になるから撮影がてら小旅行としても楽しめる。

 ――それに、一つ気になっていたこともあったしな。


「この、ガラスの向こうには入れないんですか?」


 物珍しそうにガラスに両手を付けてトーカが尋ねてくる。

 まるで工場見学に来たようで、少し微笑ましい。


「まあいろんな人が試したみたいだけどな。一見普通のガラスなのに馬鹿みたいに頑丈で、隙間一つ見当たらん。力任せに叩いても警備用ドローンにとっちめられるのがオチだそうだ」

「な、なるほど……」


 ちらりと天井を伺い、彼女は震える。

 鋭い視線を向ける監視カメラが、廊下の天井には等間隔で並んでいる。

 不審な動きをした瞬間にそこら中から強力なロボットたちがわらわらと湧き出してくるのだ。


「……それじゃあ、何もできないんじゃない?」


 丁度塔を一周したところでミカゲが不可解そうに首を傾げる。

 その言葉を待っていた俺は得意げに胸を張り、指を振った。


「ま、三、四、五、六階で俺たちができることは何にも無い。それは事実だ。けどな、塔の最上階――七階だけは少し違う」


 エレベーターに戻り、コンソールを操作する。

 七階の数字に指で触れると、目の前に仮想ウィンドウが現れた。


「えっと、なんと書かれているんですか?」


 俺の肩越しにそれを覗き込んだトーカが眉を寄せる。

 そこに書かれている文字は、彼女の知らない複雑な記号だった。


「“中央制御塔七階はシード02-スサノオの最重要管理区域です。侵入者は常に厳重な監視下に置かれ、規定を逸脱した行動が認められた際には即時的に外部への排出処理が行われます。仮に抵抗が認められた際には武力行使が即座に許可されます。”だってよ」

「めちゃくちゃ物騒な事が書かれていますね!?」


 俺が読み上げるとトーカは驚いて後退する。

 そうしてすぐにきょとんとして首を傾げた。


「あれ、どうしてレッジさんは読めるんですか?」

「〈機械操作〉スキルで覚えるプログラム言語と同じだからな。ニルマとかも読めるはずだぞ」


 そう、この小さなウィンドウにみっちりと書き綴られた記号群は、俺のような〈機械操作〉スキル持ちにとってはなじみ深いものだ。

 DAFシステムを含め、様々な機械を動かすためのプログラムと同じ記号と文法を用いて、この警告文は書かれていた。


「多分こっちの言語が〈クサナギ〉とかシステム側の公用語なんだろうな」

「な、なるほど……。それで、本当に七階に向かうんですか?」

「そうだよ。もちろんじゃないか」


 警告文に了承し、コンソールを操作する。

 エレベーターが揺れ、すぐにドアが開く。


「……さっきと違う」


 ミカゲが黒い目を見開いて言う。

 彼の言葉通り、ドアの向こうに広がっていたのは先ほどの白一色とは対照的な――暗闇だった。


「わ、なんですかこの暗い空間は」

「『発光』。……まあ、七階は俺たちが来ることが想定されてないからだろうな。“視覚”を必要としないなら、照明は無駄なリソースってことなんだろう」


 ランタンに光を灯し、エレベーターから一歩踏み出す。

 床には無数の太いケーブルが這い、そこかしこで星のように計器のランプが揺れている。

 オレンジ色の光の中に浮かび上がるのは、乱雑に積み上がった機械の山だ。


「ここが、制御中枢?」

「そうだ。この町の中心。心臓コアと言ってもいいくらいの最重要部位。――中枢演算装置〈クサナギ〉が御座す玉座だよ」


 機械の山の内部から、一際強い光が放たれる。

 青白い輝きは波のように周囲へ広がり、壁に溶けるように消える。


「なんだか、息苦しい空間ですね」

「壁際見たら分かるさ」


 チラリとトーカが視線を漂わせる。

 無数の影の中に潜む最高ランクの警備ドローンが、この部屋に入った瞬間から照準を定め続けているのだ。

 彼女が窮屈さを感じていてもおかしくは無い。


「ここに、検索機がある?」

「ああ。もう見えてるだろ」


 キョロキョロと周囲を探すミカゲに、俺はランタンを掲げてそれを示す。


「……?」

「ほら、これだよこれ」


 困ったように眉を寄せるミカゲに重ねて指し示す。

 しばらくして、彼はまさかとこちらを振り向いた。


「もしかして、検索機って……」

「ああ、目の前にあるこれだ」


 ランタンの光を受けて、機械の山が影を浮かべる。

 その頂上に鎮座するこの町の王――ウェイドの中枢演算装置〈クサナギ〉。

 これこそが、情報資源管理保管庫に収められた膨大な情報の海から、一欠片の価値ある情報を拾うための検索機だった。


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Tips

◇中央制御塔中枢演算装置管理区域

 中央制御塔の三階から六階までを占有する区域。特殊透過装甲コーティングガラスによって隔てられた機密室に、中枢演算装置〈クサナギ〉の頭脳である情報処理筐体が並べられ、複数のマシンアームによって管理されている。

 一般の機械人形は立ち入りを禁じられており、見学のみが許されている。


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