第217話「守護のアーツ」

 白鹿庵でレティたちと別れた俺とラクトとエイミーの三人は、早速ウェイドのベースラインにあるアーツチップショップを訪れた。

 まずはアーツを使うこと自体が初めてであるエイミーのために、〈防御アーツ〉の初歩的なチップを揃える必要があるからだ。


「〈攻性アーツ〉や〈支援アーツ〉は実際に見てるから大体の性格が分かるが、〈防御アーツ〉はあんまり知らないな」


 店内に陳列された様々なチップを眺めながら首を傾げる。

 〈攻性アーツ〉はラクトのような攻撃型の機術師にとっては構成の軸となるスキルだし、〈支援アーツ〉は支援型のそれになる。

 しかし〈防御アーツ〉は基本自分自身に付与するという性質もあって、周囲でそれを使っているプレイヤーを見た記憶があまりなかった。


「〈防御アーツ〉は〈盾〉スキルのアーツ版みたいな立ち位置だね。敵への攻撃や味方への支援じゃなくて、自分への被害を抑えることに特化してる分野だよ」


 アーツのことならお任せとラクトが簡単な解説を施してくれる。


「ダメージを受け止める、受けるダメージの何割かをカットする、特定の属性を拒絶する、などなど。高レベル帯になったら“暑さを拒絶する耐暑のアーツ”なんてのも使えたり」

「結構応用範囲が広いのね」


 彼女の言葉に感心するエイミー。

 アーツはチップを自由に組み合わせるという基本のシステム故にカスタマイズ性が高く、使用者によって印象が大きく異なる。

 複雑すぎて扱いきれないという人もいれば、高度の柔軟性を持って臨機応変に対応できるので便利だという人もいるのだ。

 エイミーがそのどちらなのか今の段階では分からないが、このショップにずらりと並ぶチップの山を見ても物怖じしないところを見ると、期待はできそうだ。


「最初なら『シールド』のチップが基本のオブジェクトチップだね。そこに『浮遊フロー』とか『追従フォロー』とかのエレメントチップを重ねていく感じ」

「なるほどね。お金には余裕あるし、ここにあるの全部買ってもいいかしら」

「別に腐ったりはしないし、良いと思うよ」


 普段は財布の紐が固めなエイミーも今回ばかりは豪快だ。

 ここからここまで全部、というのを実際にやって店売りの〈防御アーツ〉のパーツチップを全て購入した。


「とりあえず、〈鎧魚の瀑布〉で練習してみる?」

「いいの?」

「わたしは時間あるしね。レッジも良かったらだけど」

「どうせ暇だしな。とことん付き合うさ」


 そんなわけで俺たちは久しぶりにウェイドの外に出る。

 ドローンを使って森の茂みに潜むロングタンイグアナを一匹釣ってきて、戦いやすい広場へと誘導する。


「エイミー、行くぞ」

「ええ。――『浮遊する盾フローシールド』!」


 ドローンが高度を上げ、イグアナは目標をエイミーに変更する。

 勢いを乗せた頭突きがエイミーの鳩尾へ向かったその時、


「ふっ!」


 エイミーの身体から少し離れた場所に、半透明の丸い板のようなものがあらわれる。

 それは空中で静止して、ロングタンイグアナの攻撃を阻む。

 しかしイグアナは盾を砕き、勢いを減衰させながらもエイミーの腹を突く。

 結局そのダメージもエイミーの防御力によって吸われてしまったが、アーツで出した盾は壊れてしまった。


「むぅ……」

「成功だよ! おめでとう!」


 初めてのアーツが微妙な結果だったエイミーに、ラクトが拍手を送る。


「スキル0だし、盾貫通されるのは仕方ないよ。ちゃんと攻撃に合わせて発動できただけでも十分すごいって」

「そ、そうかしら……」


 屈託の無い笑みを浮かべ、嘘の無い賞賛を語るラクトに、エイミーは少し照れくさそうにしながら頷いた。


「その『浮遊する盾フローシールド』が一番基本的な〈防御アーツ〉かな。今はまだ真正面にしか出せないけど、スキルレベルが上がったら自由に出せるようになるはずだよ」

「なるほど。使いこなせるようになったら死角からの攻撃も防げそうね」


 ラクトの説明に頷きながら早速応用を模索するエイミー。

 普段から盾を使っているだけあって、肌感覚で分かるものもあるのだろう。


「この盾、複数出せたりもするのよね。たぶん」

「出せるよ。『二つダブル』とか『三つトリプル』なんかはスタンダードなチップで、他のアーツ系スキルでもよく使うし」

「ラクトはどこでチップを集めてるの?」

「基本は任務かな。スキル条件がある任務とかだとレアなチップが報酬に貰えたりするよ」


 そういえばラクトは一人で活動している時の殆どをパーツチップ集めに費やしている。

 今ではかなり大量のチップを持っているはずだが、彼女が使うアーツには過去と現在でさほど大きな変化がないな。


「ま、わたしのチップ集めは趣味みたいなものだから。使い所が限られてるニッチなチップが殆どだよ」


 そう言ってラクトはチップの一例を取り出してみせる。

 『鱗を剥ぐストリップスケイル』というチップは〈鎧魚の瀑布〉のスケイルフィッシュを大量に討伐する任務の報酬らしいが、その内容は“鱗のある原生生物の、鱗を剥がしやすくなる効果をアーツに付与”するというもの。

 正直その属性を乗せる意味は薄く、まさしくロマンチップといった使い所の無さである。


「でもこれはレッジの〈解体〉スキルに合わせられそうね」

「へたに死体に手を出されたら評価値が下がるんだが、そのあたりはどうなってるんだろうな」

「無駄に中級チップだから、コスパが悪すぎるよ」


 エイミーの指摘に少し興味が湧くが、ラクトに一蹴される。

 確かに鱗がある状態と比べて手順も変わるだろうし、余計に作業を進めづらくなる可能性が高い。


「私も今後は任務を受けてチップを増やしていけばいいのね」

「そうだね。基本的な組み合わせはwikiにも載ってるし、まずはそれを作って使いながらアレンジしていくといいよ」

「ふむふむ。勉強になるわ」


 真剣な顔で聞き入るエイミーにラクトは身を捩る。

 普段エイミーは彼女やレティの保護者役といった姿が多いからか、その反応がこそばゆいようだ。


「俺も全然〈支援アーツ〉のチップ集めてないしな。色々集めておきたい」

「それなら任務を受けてからフィールド回ろっか。戦闘してれば二人のスキルも伸びるだろうし」

「そうね。ロングタンイグアナだけじゃ受け止め甲斐がないもの」


 ラクトの提案はすんなりと受け入れられて、俺たちは制御塔へと戻る。

 そこで報酬に面白そうなチップが設定されている任務をそれぞれ10個選んで受注し、フィールドへとんぼ返りする。


「レッジは〈野営〉スキル、エイミーは〈盾〉スキル禁止ね。回復と防御はそれぞれのアーツで代用すること」

「分かったわ」

「頑張る」

「ま、もし危なくなったらわたしも出るから、安心してレベリングしよう」


 そんなラクトのかけ声で行動は開始される。

 基本的な動きとしては、俺が支援役バッファー回復役ヒーラーとなり、前衛で盾役タンクをするエイミーを支える二人パーティの構成だ。

 基本的にラクトは手を出さず、時折アーツの使用タイミングや構成についてアドバイスを出してくれる。


「まずはスケイルフィッシュ10匹の討伐だな」

「盾があれば余裕で無傷なんだけどなぁ」


 瀑布を登り、上層へ移動する。

 静かな水面の広がる水場に立ち、エイミーは“黒鉄の拳盾”を外した。


「じゃ、行くわよ。『威圧』!」


 彼女が大きな声を上げ、水面を滑るように移動するスケイルフィッシュを引き寄せる。


「『浮遊する盾フローシールド』ッ!」


 強靱な筋肉で飛び上がり、頭突きをしようと襲いかかるスケイルフィッシュを半透明の盾が阻む。

 先ほどのイグアナの時よりも更に硬い音が響き、スケイルフィッシュの体力が少し減る。


「なるほど、ジャストガードの概念もあるのね」

「うん。タイミング良く盾で攻撃を防いだら、スキル値に依存する反撃ダメージが入ったり、盾の許容ダメージ以上の攻撃も防げたりするよ」


 どうやらジャストガードなるものは〈盾〉スキルにもある仕様のようで、エイミーはそれだけでうきうきと嬉しそうにしている。


「レッジ、ダメージは受けないからアーツのコスト分のLP回復をお願い」

「お、おう? 分かった」


 頼もしい背中を見せてエイミーがガツンと拳を打ち付ける。

 しかし随分と余裕があるが、と怪訝に思った矢先、彼女は更に『大威圧』を使って周囲のスケイルフィッシュをひとまとめに集めた。


「ちょ、大丈夫なのか!?」

「アーツの発動とディレイの時間も分かったし、スケイルフィッシュの行動は覚えてるから、大丈夫よ」


 慌てる俺とは対照的に、エイミーは泰然と立って言う。

 そしてその言葉通り彼女は次々とジャストガードを決めてスケイルフィッシュの猛攻を防ぐ。


「っ! 『治癒の領域ヒールサークル』!」


 エイミーの足下にLP回復の円を生成して、彼女がアーツの発動で消費したLPを補う。

 『治癒の領域』は決して高性能なアーツではない。

 むしろ今まで使い所が無かったせいで〈支援アーツ〉のレベルは低いままだし、こんな奥のフィールドでは効果不足が否めないまである。

 しかしそんな僅かな回復量だけで、エイミーは戦闘を継続できている。

 ジャストガードはダメージ反射とダメージ吸収だけでなく、若干のLP消費量低減効果もあるようで、その助けもあってギリギリの均衡を保っている。


「むぅ、けどこれは戦闘が長引いちゃうわね」


 しかしアーツを出す以外に行動ができないエイミーは、自慢の体術で反撃することもできない。

 ジャストガードの反射ダメージは本当にごく僅かなもので、これだけを頼りにしていたら日が暮れるどころの騒ぎでは無い。


「よし、じゃあ一回片付けよっか」

「よしきた!」

「あー、風牙流――」


 『群狼』で手早くスケイルフィッシュを片付け、ラクト先生に傾聴する。


「今のエイミーとレッジのパーティだと防御はできても攻撃ができないよね。エイミー、〈盾〉スキルだけ制限を外したら殲滅できる?」


 彼女の問いに、エイミーはすぐに答える。


「もちろん。『リフレクトガード』とか使えばそう時間は掛からないわ」


 そのテクニックは彼女が多用しているものだ。

 効果としては名前の通り、受け止めたダメージの何割かをそのまま相手に返すというもの。

 攻撃を防ぎながらダメージを与えられるということで、彼女の時間あたりダメージ量DPSに大きく貢献している。


「さっきお店で買ったチップに『反射リフレクト』っていうのがあるよね」

「なるほど。これを組み合わせれば良いのね」


 そう言ってエイミーは早速アーツのエディター画面を開く。

 『浮遊する盾フローシールド』にチップを一つ加え、『浮遊する反射の盾フロー・リフレクトシールド』へ。

 試しにスケイルフィッシュを一匹釣って使う。


「『浮遊する反射の盾フロー・リフレクトシールド』!」


 よくしなる鞭のようなスケイルフィッシュの尾ひれを打ち付ける攻撃に合わせ、盾を出す。

 パン! と水に濡れたタオルを打ち付けたような音がして、スケイルフィッシュにダメージが入る。


「おお、結構〈盾〉スキルと似てるわね」

「アーツのメリットは自由にカスタマイズできること。もっとレベルが上がれば自動的に攻撃を捕捉して場所を移動する盾なんかも作れるはずだよ」

「ふむふむ。なんだか楽しくなってきたわね!」


 どうやらエイミーはアーツにも適性があったらしい。

 すっかり熱中した様子の彼女は、今持っているチップをどうにか組み合わせられないかと試行錯誤を始める。


「レッジ、小屋出してー」

「いいのか?」


 エイミーを一瞥しラクトが甘えるように言う。

 〈野営〉スキルは禁止されてるはずだが、と首を傾げると彼女は苦笑いして頷いた。


「ちょっと時間掛かりそうだし、お茶飲みながら待とうと思って」

「……それもそうか」


 ああでもない、こうでもないと画面に指を向けるエイミーを見て俺も納得する。

 小屋を建て、俺たちが休憩する間、彼女はぐるぐると思案に没頭するのだった。


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Tips

◇『浮遊する反射の盾フロー・リフレクトシールド

 三つのアーツチップを用いる初級アーツ。自身の前に浮遊する盾を一つ生成する。盾は脆く、一度の被弾で容易に破壊されるが、受け止めたダメージの一部を攻撃者に反射する。


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